URL |
https://sitereports.nabunken.go.jp/112114
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DOI 2D code |
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DOI |
http://doi.org/10.24484/sitereports.112114
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For Citation |
財団法人愛知県教育サービスセンター愛知県埋蔵文化財センター 2001 『研究紀要』財団法人愛知県教育サービスセンター愛知県埋蔵文化財センター
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財団法人愛知県教育サービスセンター愛知県埋蔵文化財センター 2001 『研究紀要』
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wikipedia 出典テンプレート :
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File |
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Title |
研究紀要 |
Participation-organizations |
(公財)愛知県教育・スポーツ振興財団愛知県埋蔵文化財センター
- 愛知県
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Alternative |
けんきゅう きよう |
Subtitle |
|
Volume |
2 |
Series |
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Series Number |
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Author |
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Editorial Organization |
財団法人愛知県教育サービスセンター愛知県埋蔵文化財センター
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Publisher |
財団法人愛知県教育サービスセンター愛知県埋蔵文化財センター
|
Publish Date |
20010300 |
Publisher ID |
|
ZIP CODE |
4980017 |
TEL |
0567674163 |
Aaddress |
愛知県弥富市前ケ須町野方802-24 |
Report Type Codes |
annual
|
NII Type |
Research Paper |
Research Report |
掲載されていない(発掘調査報告書総目録の掲載対象外) |
NCID |
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JP Number |
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Other Resource |
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Remark |
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Articles |
Japanease Title |
「棒状鹿角製品」小考 朝日遺跡出土新資料の位置付け |
English Title |
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Author |
川添 和暁
|
Pages |
1 - 12
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NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
弥生
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文化財種別 |
考古資料
|
遺跡種別 |
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遺物(材質分類) |
骨・歯・角製品
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学問種別 |
考古学
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テーマ |
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For Citation |
wikipedia 出典テンプレート :
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Abstract |
縄文時代中期から弥生時代の長期にわたって見られる精神文化の遺物として、「有鉤短剣」、「棒状加工品・叉状加工品・長叉状加工品」などと呼ばれている遺物が知られている。これらを体系づけた研究は、すでに春成秀爾によってなされてる(春成1985)。その中でも今回は春成の「棒状短剣」、金子浩昌の「棒状加工品」と呼称しているもので鹿角製のものに関して特に「棒状鹿角製品」として取り上げる。中心とするのは棒状鹿角製品が特殊な発展を遂げた、縄文時代晩期から弥生時代中期にかけての資料である。朝日遺跡99年度調査では、弥生時代貝田町式とされる貝層から、変形工字文を持つ当該資料の出土を見た。この遺物の出土の意味を探っていきたい。 |
Japanease Title |
松河戸・宇田様式の再編 |
English Title |
|
Author |
赤塚 次郎
早野 浩二
|
Pages |
13 - 32
|
NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
古墳
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文化財種別 |
考古資料
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遺跡種別 |
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遺物(材質分類) |
土器
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学問種別 |
考古学
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テーマ |
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wikipedia 出典テンプレート :
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Abstract |
これまで具体的内容が不分明であった松河戸様式後半期から(仮称)宇田様式までの土師器の編年を提示する。まず志賀公園遺跡における良好な一括資料を主に用いて時期区分を行い、画期を導き出した。そのうえで松河戸Ⅱ式を2段階に区分し、後続する様式を宇田Ⅰ・Ⅱ式、儀長式として再編する見通しを得た。さらに須恵器編年との関係についても整理した。これらは5世紀の社会像をえがく大きな足がかりとなる。 |
Japanease Title |
古代「三河型甕」考 |
English Title |
|
Author |
北村 和宏
|
Pages |
33 - 40
|
NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
古代(細分不明)
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文化財種別 |
考古資料
|
遺跡種別 |
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遺物(材質分類) |
土製品(瓦含む)
|
学問種別 |
考古学
|
テーマ |
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For Citation |
wikipedia 出典テンプレート :
{{Citation|first=和宏|last=北村|contribution=古代「三河型甕」考|title=研究紀要|date=2001-03|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/112114|location=愛知県弥富市前ケ須町野方802-24|ncid=AA11568230|doi=10.24484/sitereports.112114|volume=2}}
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Abstract |
愛知県下の奈良・平安時代の遺跡を発掘調査すると、旧三河国域を中心に「三河型」甕、清郷型鍋などと呼称される独特の土師器甕が数多く出土する。この小稿ではこれらの土師器甕を一連のものとして捉え直し「三河型甕」と総称し、その型式分類・編年を行なった上で、その出土遺跡の分布について整理・検討を加えた。その結果、8~9世紀代においては三河国の国境を境に排他的な分布を示し(第Ⅰ段階)、10 ~ 11 世紀代になると周辺諸国へと分布域が拡大する(第Ⅱ段階)ことが知られた。そしてその時期別の分布が意味するところについて、第Ⅰ段階については三河型甕の生産・流通に“三河国”の関与を想定し、第Ⅱ段階への変移については、隣接する猿投窯などの窯業生産の動向を勘案し、10 世紀初頭を機に大きく転換する新しい律令国家の地方支配方式の確立がその背景にあるのではないかと推察した。 |
Japanease Title |
建物方位でみる西三河の古代集落 |
English Title |
|
Author |
永井 邦仁
|
Pages |
41 - 50
|
NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
古代(細分不明)
|
文化財種別 |
考古資料
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遺跡種別 |
集落
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遺物(材質分類) |
|
学問種別 |
考古学
|
テーマ |
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{{Citation|first=邦仁|last=永井|contribution=建物方位でみる西三河の古代集落|title=研究紀要|date=2001-03|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/112114|location=愛知県弥富市前ケ須町野方802-24|ncid=AA11568230|doi=10.24484/sitereports.112114|volume=2}}
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Abstract |
西三河地域の矢作川流域の段丘上では、竪穴建物主体の集落が、7世紀代に入ってから一気に拡大する傾向にある。小論では、集落を構成する建物の主軸方向を鍵に、建物群の分析を試みる。そして7世紀後半を中心とする時期に、それ以前とは異なる建物の方位規制が一部の集落に持ち込まれたと想定する。 |
Japanease Title |
尾張の拠点城館遺跡出土の瀬戸美濃窯産陶器 時期別組成の分析を中心に |
English Title |
|
Author |
鈴木 正貴
|
Pages |
51 - 66
|
NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
戦国
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文化財種別 |
歴史資料
|
遺跡種別 |
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遺物(材質分類) |
土製品(瓦含む)
|
学問種別 |
考古学
|
テーマ |
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For Citation |
wikipedia 出典テンプレート :
{{Citation|first=正貴|last=鈴木|contribution=尾張の拠点城館遺跡出土の瀬戸美濃窯産陶器 時期別組成の分析を中心に|title=研究紀要|date=2001-03|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/112114|location=愛知県弥富市前ケ須町野方802-24|ncid=AA11568230|doi=10.24484/sitereports.112114|volume=2}}
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Abstract |
清洲城下町遺跡、岩倉城遺跡、小牧山城関連遺跡群の各遺跡から出土した遺物組成の再検討を行った。特にここでは、各遺跡から出土した瀬戸美濃窯産陶器に着目し、藤澤良祐氏の編年観で同定作業を行い、主要遺構の時期別組成などを算出した。この結果、遺跡や遺構に固有に確認される年代よりも前段階の遺物の出土量が多いことが明らかとなった。そして出土量の多い遺物で各遺跡の変遷を改めて検討すると、明瞭な形で1前期清須と岩倉の段階、2小牧の段階、3後期清須の段階(天正地震前)、4後期清須の段階(天正地震後)と分けることができると推論した。尾張における拠点的な城館遺跡の移動状況を考古学的に把握することができたと同時に、大窯編年から遺跡や遺構の年代を解釈する際には様々な問題点を孕んでいることが予見された。 |
Japanease Title |
愛知県における鉄器生産を考える(5) 鉄滓に付着する白い石 |
English Title |
|
Author |
蔭山 誠一
鈴木 正貴
堀木 真美子
|
Pages |
67 - 80
|
NAID |
|
Prefecture |
Aichi Prefecture
|
Age |
近世(細分不明)
|
文化財種別 |
考古資料
|
遺跡種別 |
|
遺物(材質分類) |
その他
|
学問種別 |
考古学
|
テーマ |
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For Citation |
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{{Citation|first=誠一|last=蔭山|first2=正貴|last2=鈴木|first3=真美子|last3=堀木|contribution=愛知県における鉄器生産を考える(5) 鉄滓に付着する白い石|title=研究紀要|date=2001-03|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/112114|location=愛知県弥富市前ケ須町野方802-24|ncid=AA11568230|doi=10.24484/sitereports.112114|volume=2}}
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Abstract |
清洲城下町遺跡、岩倉城遺跡、小牧山城関連遺跡群の各遺跡から出土した遺物組成の再検討を行った。特にここでは、各遺跡から出土した瀬戸美濃窯産陶器に着目し、藤澤良祐氏の編年観で同定作業を行い、主要遺構の時期別組成などを算出した。この結果、遺跡や遺構に固有に確認される年代よりも前段階の遺物の出土量が多いことが明らかとなった。そして出土量の多い遺物で各遺跡の変遷を改めて検討すると、明瞭な形で1前期清須と岩倉の段階、2小牧の段階、3後期清須の段階(天正地震前)、4後期清須の段階(天正地震後)と分けることができると推論した。尾張における拠点的な城館遺跡の移動状況を考古学的に把握することができたと同時に、大窯編年から遺跡や遺構の年代を解釈する際には様々な問題点を孕んでいることが予見された。 |
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Site |
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Abstract |
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