GIGAスクール環境におけるデジタルアーカイブ利用と創作活動の実践例
はじめに
学校教育においてGIGAスクール構想が推進され1人1台を前提とした議論が展開できるようになり、生徒一人ひとりの特性や関心に応じた学びを展開する基盤が整った。オープンサイエンスや、パブリックヒューマニティーズなどの基盤となるデジタルアーカイブの動向に対して、未来の市民の接点を創出する学校教育は、どのような可能性を見出すことができるだろうか。
2022年の博物館法改正において「デジタルアーカイブ」化が明示され(1)、各所で基盤的整備が推進されている。しかしながら、デジタルアーカイブの議論は、提供者側の視点が多く、利用者側に立った議論に乏しいのが現状である。そこで利用者側の視点で若い世代の実践例を紹介するべく中学生3名の執筆機会を得た。
3つの論考の読者に期待する視点は、生徒のUX(ユーザーエクスペリエンス)である。つまり、生徒の学びのプロセス全体を議論の対象とする。学校教員が言及する学びのプロセスというと、おおよそそのキーワードから想起されるのは、学校の教室内における学びの姿である。しかし、本論考における学びのプロセスは、その意味を異にする。異にする特徴は2つある。1つ目は、学校の空間という部分的な学びの捉えでなく、教室内外の学びのプロセスに焦点を当てていることである。2つ目はオンラインとオフラインの接点を通じた全体を、生徒の経験・ジャーニーとして統合的にとらえ、その全体を示す点にある。
文化財情報のオープン化の先にある3つの論考
本論考に続く3つの報告は、生徒が執筆したものである。林(2024)の論考である「3Dスキャンを利用して作成したデジタル博物館」は、岐阜県飛騨市が公開する3 のオープンデータを活用し、オンライン—オフラインの接点を通じて、関係者との対話の中で自身の作品の課題を見出し、吟味する中でその作品をよりよくするプロセスを示している。デジタルによる県域を越えた関わりが、足元の地域文化資源を捉え直す契機を生んでいる。
松下(2024)の論考である「学校教育でのデジタルアーカイブ」は、長野県埋蔵文化財センターの情報発信を契機として、地域の遺跡である塩崎遺跡群の発掘現場を見学し、情報収集・整理・編集をする中で、wikipediaへの記述の挑戦や、遺跡を紹介する動画や、インタビュー動画などを製作している。
これらの情報を学校内外に積極的に発信しようとする中に、クリエイティブコモンズライセンスや、オープンデータの考え方と出会っている。
青木(2024)の論考である「OECMと文化財」では、一見関係のない取り組みのように見える「鳥類と土地利用」の探究のプロセスの中で、土地利用の観点から現在と過去をレイヤー構造で捉え、その接点を『トカゲが展示会を依頼されて、その構想を練る』というクリエイティブなストーリーで表現されている。
今後、遺物等の3Dデータのオープン化が一般的になれば、自分たちが関わった地域の過去を、生徒たちのキュレートにおいて3D空間に展示表現する小さなデジタルツインとでもいえるアプローチになるかもしれない。
本報告書で繰り返し言及されるオープンサイエンスの動きと、 GIGAスクールによる市民参加の拡張、学校教育における探究学習の推進と相まって、非専門家たる学習者の表現の幅が広がっている。
これらの論考には、次の2つの点が共通性を見出すことができる。1つ目は、オープンデータの活用ありきではないということである。生徒の論考は「デジタル博物館」「映像制作」「野烏と土地利用」などをテーマとしており、「やりたいこと」・「好奇心」・「面白いこと」の先にデジタルアーカイブの活用がある。
つまり、それぞれに探究の方向性があり、必要な情報を希求する中でデジタル化・オープン化された文化財情報、オープンデータ等の活用が位置づいているという点である。生徒がはたらかせている見方考え方は、文化財から想起される社会科の見方考え方に固定されていないということであり、入口を広く、生徒自身の体験・参加・問いの創発からスタートすることに他ならない。
2つ目は、学習者中心のICT活用を前提とした社会教育のネットワークを活用している点にある。換言すると、学びの拠点を学校教育としつつも、学校教育の中だけで考えていないということである。例えば、長野県長野市更北中学校と岐阜県飛騨市にある飛騨みやがわ考古民俗館との事例や(三好ら2023)、長野県埋蔵文化財センターや長野県立図書館を活用した事例(佐々木2022)須坂市における技術情報センターの科学クラブでの取り組みなどが挙げられる。学校での時間でも活用しながら(表1)、飛騨みやがわ考古民俗館、長野県埋蔵文化財センターや長野県立図書館、長野市立博物館などオンラインーオフライン問わず、時に県域を越え、そのときに最適な接点を選択しながら、何かをアウトプットするプロセスの必要なタイミングで、社会教育施設を活用している点にある。詳細は次の論考を参照されたい(野口ら2024)。
表1
学びの環境を拡張する
奈須正裕は、著書の学校教育のパラダイムシフトの項目の中で、「教える」システムから「学び」システムヘの転換いく方向性に言及している。詳細は著書を参照されたいが、生徒が教師を介することなく、一人ひとりの判断でいつでも自由に知識データベースやエキスパートシステムにアクセスし、各自がいま現在必要とする経験や知識と出会い、自立的・個性的に学びを進めていくことの重要性に触れている(奈須2023)。まだまだ萌芽的段階ではあるが、GIGAスクールの整備が整った今、子どもたちの学び(利用側)全体にフォーカスし、学び手の判断でデジタルアーカイブを積極的に活用しながら博物館や図書館や公民館のネットワークの中で学び遊ぶこともそう遠くないのかもしれない。これら3つの論文を一読された上で、「学び」のシステムへの転換、デジタルアーカイブの利活用、エコシステムアプローチ(白井ら 2021)などをキーワードに学びの環境について対話を進めていきたい。
参考文献および引用文献
1)文化庁博物館法の一部を改正する法律について. 2022.https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/shinko/kankei_horei/93697301.html(参照 2023-10-22)
2)林啓太(2024) Unityと3Dスキャンを利用して作成したデジタル博物館 奈良文化財研究所研究報告「デジタル技術による文化財情報の記録と利活用」
3)松下佑(2024) 学校教育でのデジタルアーカイブ 奈良文化財研究所研究報告「デジタル技術による文化財情報の記録と利活用」
4)青木考賢(2024) 文化財とOECM~トカゲ学芸員がつなぐ文化財と自然史~ 奈良文化財研究所研究報告「デジタル技術による文化財情報の記録と利活用」
5)三好清超、佐々木宏展(2023) 博物館資料の学校現場での活用と展望 考古学ジャーナル2024年1月号
6)佐々木宏展(2022) GIGA スクールと地域文化財:学校での活用事例発掘現場とスクール構想学習者中心のICT活用は埋蔵文化財にどのような変化をもたらすか?
7)かがくクラブHP
8)野口淳、高田祐一、三好清超、佐々木宏展(2024) 3Dデータと書誌データを軸とした考古学・博物館資料のデジタル化、LOD化とパブリック化特集パブリックヒューマニティーズ
9)奈須正裕、伏木久始編著(2023)「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して 北大路書房
10)佐々木秀彦、佐久間大輔(2023)『ライブラリー・リソース・ガイド』(LRG)第45号(特集「文化資源の保全と図書館・博物館」)(アカデミック・リソース・ガイド)
11)白井 俊, 諏訪 哲郎, 森 朋子(2021)特別企画 OECDラーニング・コンパス2030について ―文部科学省 白井教育制度改革室長に聞く―.環境教育 2021 年 31 巻 3 号 p. 3_3-9