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趣旨説明「考古学・古代史研究のベースレジストリとしての遺跡地図」

野口 淳 ( 公立小松大学次世代考古学研究センター・産業技術研究所 )

Archaeo-site map as a base registry for archaeology and ancient history

Noguchi Atsushi ( Center for Next Generation’s Archaeological Studies, Komatsu University; National Institute for Advanced Industrial Science and Technology )
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Submitter : 考古形態測定学研究会 - 東京都
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野口淳 2025 「趣旨説明「考古学・古代史研究のベースレジストリとしての遺跡地図」」 『古代寺院3DGIS科研研究集会予稿集』 遺跡地図GISの現在地 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/116
 各都道府県が整備する42万件超の遺跡地図・台帳データは、先史時代から中近世・近代までの時間幅で日本列島の全域をカバーする、世界的にも例を見ない考古学・古代史研究の地理情報基盤であり、特筆すべき出来事とそれに関わる場所(遺跡)やモノを中心に歴史叙述を試みてきた従来の考古学研究の方法に対して、定量的・分析的アプローチを可能にするビッグデータとして評価が可能である。一方で、実際の利用にあたっては情報の規格化・標準化、データの構造化などデータサイエンス上の課題も少なくない。研究集会「遺跡地図GISの現在地」の前提と論点を整理する。
目次

1. 遺跡地図とは何か?

 「遺跡地図」とは、一般的には遺跡の所在・範囲を示す地図である。一方、日本国内では文化財保護行政上の位置づけも与えられている。地中に埋蔵されている文化財の包蔵地、すなわち遺跡について、国および地方公共団体は「資料の整備その他その周知の徹底を図る」ことが求められている(文化財保護法95条)。これは埋蔵文化財を保護するための前提であるから、既知の遺跡は予め周知されなければならないということである。より具体的には、平成10年の文化庁による「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について(通知)」に、以下のように示されている(p.7)。

 「(前略)都道府県教育委員会が決定した周知の埋蔵文化財包蔵地については,都道府県及び市町村において,「遺跡地図」「遺跡台帳」等の資料に登載し,それぞれの地方公共団体の担当部局等に常備し閲覧可能にする等による周知の徹底を図ること。また,必要に応じて,関係資料の配布等の措置を講ずること。」

 このように日本では、既知の遺跡の位置と範囲を示す地図を行政的に整備公開することが法制度により定められている。その制度的裏打ちのもと、文化庁による2021年度の集計では、北海道から沖縄まで、現存・消滅あわせて472,071件(約47万件)の遺跡数が示されている。国土の総面積(378,000km2)からみると1km2あたり1.25件となり、件数・密度ともに世界的にも例を見ない規模のビッグデータセットである(図1)。


図1 全国の遺跡(周知の埋蔵文化財包蔵地)集計 

2. ベースレジストリとしての遺跡地図

 「遺跡地図」は、ただ遺跡の位置・範囲を表示するだけでない。同時に整備される台帳には、遺跡の時代や内容が登録される。さらに調査成果として、発掘調査報告書(13万5千件)・抄録(22万8千件)1)の情報が紐づけられる。単に地物としての情報件数が多いだけでなく、4万年まで遡る日本列島における人類の足跡の空間基盤である。

 なお文化財保護行政の目的で整備される「遺跡地図」が、考古学研究と表裏一体のものであることはすでに指摘した(野口2024)。したがって「遺跡地図」は、考古学・歴史学における「ベースレジストリ」として位置づけられる。

 「ベースレジストリ」とは「住所・所在地、法人の名称など、制度横断的に多数の手続で参照されるデータからなるデータベース」(デジタル庁)である。「遺跡地図」は、文化財保護行政の空間情報基盤であるとともに、関連する行政手続き、学術研究、学校・社会教育などで幅広く参照可能なデータとして「ベースレジストリ」足り得るとの認識が、本研究集会の出発点となる(図2)。


図2 前提:ベースレジストリとしての遺跡地図

3. 「遺跡地図」の現状と課題

 概念定義として遺跡地図がベースレジストリとしての要件を満たしているとして、実態はどうであろうか?

 先に参照した文化庁H10年通知のとおり、その整備・公開は47都道府県に委ねられている。このため、データ形式、公開手段、再利用可能性はまちまちである(高田・武内2021)。また遺跡地図とあわせて整備される台帳についても、時代区分や記載項目が統一的に標準化・規格化されていない(野口2021, 2024)。また報告書・抄録と遺跡地図・台帳を直接対比可能にする参照関係(リレーション)とそのためのUIDも未整備である。

 先行報告(野口ほか2025)では、全国地方公共団体コード5桁+自治体ごとの遺跡番号4桁+枝番号等予備2桁の11桁からなるUID(JASID)を整備した。しかし抄録情報との突合の試行では、自治体+遺跡番号の組み合わせだけでは不十分な事例が多いようであり、散逸的なデータの集成と再構築にはさらに手間がかかりそうである。本科研では今後、技術的課題の抽出と解決策の提示を進める。本研究集会では、特に武内報告で取り上げられる。また全体計画として2027年度を目標に、検討結果を報告する。

4. 先行事例:ブリテン島のローマ時代村落

 総合的な分布調査、開発事業の事前発掘調査、および学術調査等の成果の集約と整備公開に多くの課題があることは、日本だけの固有事情ではない。ここでは先行事例として、英国でのローマ時代村落データ集成の取り組みを挙げる。

 コッツウォルズ考古学、レディング大学、バーンマス大学などの共同プロジェクトとして進められたブリテン島内のローマ時代村落のデータ集成では、様々なバックグラウンドによる公開・未公開および灰色文献(Gray Literature)のデータを網羅的に参照、規格化・構造化した上で、最終的な成果は考古学データサービス(Archaeology Data Service)から公開されている(Holbrook et al. 2008, Allen et al. 2018)。遺跡位置と内容構成だけでなく、出土品や人体埋葬、動植物依存体などのデータベースを包括し、ローマ時代のブリテン島における生活や社会の再構成が可能なデータセットとなっていることが特徴である。

 この集成を通じて明らかにされた課題は多数あるが、ここで注目しておきたいのは、既往の研究・報告による参照・引用が、全体で3600遺跡のうち20%に満たない特定の“著名な(celebrity) ”遺跡に集中していることである。本プロジェクト成果の公開後の状況改善についてシステマティックな評価はまだ行われていないようであるが、ビッグデータとしての活用への展望が示されている(Lawrence2022)。

 なおより広域のデータセットを対象としたコイン埋納遺構(hoards)の定量的な検討でも、データ集成の行われた時期や内容により分析結果にバイアスが生じる可能性が指摘されている(Rademacher2024)。

5. エピソード指向・叙述的な考古学から定量化・データ駆動の考古学へ

 日本に限らず、文献史料を参照可能な歴史時代の考古学では特に、注目される歴史上の出来事(event)を起点とし、それに関わる人・モノや場所などを参照しながら編年体で歴史を叙述する、エピソード指向(episode oriented)の方法論が主流である。

 一方、1960年代にアメリカで提起されたプロセス考古学以降、人類社会の内部、あるいは社会間、さらに人類社会と環境との相互作用をシステムとして捉え、その時空間動態として人類史を記述する試みが先史考古学から歴史考古学へと広がりを見せている。一般にプロセス考古学は、理論を重視し、そこから導き出される仮説を史資料の観察・分析結果により検証するアプローチ(理論駆動:theory driven)がとられると理解される傾向がみられる。しかしコンピュータ利用の拡大、データサイエンスの考え方の浸透とともに、特徴的あるいは典型的な史資料への注目ではなく、利用可能な情報全体を計数的・定量的に解析することで、パターンやシステムの探索を目指すデータ駆動(data driven)アプローチも提起されている(図3)。


図3 考古学ビッグデータ:論点と課題


 本科研が対象とする日本列島の古代は、確かに文献史料が利用可能であるが、例えば東国において現地性の高い一次資料は極めて稀である。このため分布の広がりや資料数の点でより普遍性の高い考古学の成果が参照される傾向にあると言える。しかしそれが文献史学と同様のエピソード指向のアプローチでは、資料の特性を活かしているとは言えない。

 本科研研究で「遺跡地図」を基盤情報として最重要視するのは、このような課題意識にもとづいている。

6. マルチスケールな遺跡地図の解析と活用1:中広域動態

 ここまで主に議論してきたのは、自治体において埋蔵文化財包蔵地の把握と周知のために整備・公開される「遺跡地図」についてである。そのデータは、旧郡・国・さらに広い範囲の、中広域の遺跡立地や時系列的な分布動態を通じて、土地開発、景観利用の歴史を明らかにするために利用可能である。「遺跡地図」は地理空間情報として、他の地理・地形・環境情報との重ね合わせや統合的な解析にも利用可能である。

 図4右には一例として、国土地理院が公開する地形データ(10mDEM)にもとづき、武蔵国府を起点として標高と傾斜度から算出した累積移動コストと、奈良・平安時代遺跡の分布の重ね合わせを示した。この遺跡分布には、官衙・寺院、集落、生産遺跡等が含まれるが、それらを分別して移動経路やコストを検討することで、古代の交通と物量を定量的・面的に検討することが可能になる(野口ほか2025)。


図4 ミクロ・マクロスケールの遺跡地図データ


 また図5には、東京都と埼玉県の一部、神奈川県川崎市を対象とした旧石器時代〜中世の時代べつの遺跡立地(地形区分)の集計を示した。これは対象地域の全体像(広域パターン)であるが、例えば河川流域単位、その他の地形単位(台地・地形等)で集計した時に、広域パターンと一致するかどうかを地域性として提示することができる。また各時代における地域性の大小(例えば広域パターンとの差分の標準偏差として)を定量化して示すことで、それぞれの時代の土地利用の傾向を示すこともできる。


図5 関東平野南西部の時代別遺跡立地


 なお現時点で解析に利用できる属性は「遺跡地図」と台帳ベースの情報であるが、今後、抄録情報、報告書の記載情報を追加することで、時代・時期区分や遺跡種別・構成等の解像度を上げることも可能である。こうした手続きを経て、考古学ビッグデータによる文献史料の偏在性を補完することが、本科研研究が「遺跡地図」を対象として取り上げる目論見の一つである。

7. マルチスケールな遺跡地図の解析と活用2:発掘調査成果の統合と遺跡の再構築

 図4左には、国分寺市教育委員会が整備した武蔵国分寺跡および周辺遺跡の既往発掘調査区と遺構分布図をベースとして、縄文時代集石遺構の密度分布(緑)と、既往調査区の包含層深度から内挿補完により再構成した旧地形(青)を重ね合わせて示した。後者は、現地表面に対する相対的な包含層の深度を可視化したもので、すなわち旧地形における凹地または谷の推定範囲と言える。

 国分寺市をはじめとする都市・近郊で発掘調査件数が多く密度が高い、または範囲が広い場合、過去の地形や遺跡構成を面的に推定復元することも可能である。これもまた定量的・データ駆動アプローチである。

 本科研研究では、この手法を武蔵国分寺寺域全体に適用し、古代寺院の立地と造営について今まで以上の高い解像度で復元することを目指す。同時にその成果は、まだ発掘調査が行われていない地点における遺跡の広がり、遺構の存在予測にも使えるので、文化財保護行政にフィードバックが可能になる。

まとめ

 先にも述べた通り、文化財保護行政と学術研究の対象としての「遺跡地図」は別物ではなく、両者は表裏一体である。それぞれの目的に沿ったデータ整備と公開が進むと、もう一方に対しても大きく寄与することができる。

本研究集会を通じて「遺跡地図」の持つ、考古学・歴史学研究上の意義への理解が深まり、それが文化財保護行政への貢献となることを目指したい。

 1) 奈良文化財研究所「全国文化財総覧」収録件数より:https://sitereports.nabunken.go.jp/ja (2025年8月15日閲覧)。ただし発掘調査報告書については『発掘調査報告書総目録』掲載対象外を含む。同目録掲載対象は約10万件。

引用文献

高田祐一 2024「文化財総覧WebGISによる遺跡情報の統合と活用」『日本考古学』59: 59-85

高田祐一,武内樹治 2021「刊行物およびGIS による遺跡地図の公開状況」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用3』奈良文化財研究所研究報告27 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/15019

野口 淳 2021「考古学・文化財地理空間情報のオープンデータ化、整備と活用」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用3』奈良文化財研究所研究報告27 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/15056

野口 淳 2024「遺跡・埋蔵文化財包蔵地・遺跡地図−現状と課題・展望−」『日本考古学』58: 71-80

野口 淳・高田祐一・武内樹治 2025「考古遺跡の中広域動態から見た土地・景観利用の変遷史」『日本考古学協会第91回総会研究発表要旨』, p.107

Allen, M., N. Blick, T. Brindle, T. Evans, M. Fulford, N. Holbrook, L. Lodwick, J. D. Richards & A. Smith 2018 The Rural Settlement of Roman Britain: an online resource. York: Archaeology Data Service, https://doi.org/10.5284/1030449.

Holbrook, N. & R. Morton 2008 (updated 2011) Assessing the Research Potential of Grey Literature in the Study of Roman England: Stage 1 Report. Cirencester: Cotswold Archaeology. Available via ADS, https://doi.org/10.5284/1000418.

Lawrence, A. K. 2022 Harder – Better – Faster – Stronger? Roman Archaeology and the Challenge of ‘Big Data’. Theoretical Roman Archaeology Journal, 5(1): 1–29. https://doi.org/10.16995/traj.8881.

Rademacher, P. 2024 Data Quality and Bias in the Coin Hoards of the Roman Empire Database: A Logistic Regression Analysis. Theoretical Roman Archaeology Journal 7(1): 1–25. https://doi.org/10.16995/traj.15280.

関連資料・情報等

e-Gov法令検索「文化財保護法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0100000214/

文化庁「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について(通知)」(1998年9月29日) https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/hokoku_03.pdf

文化庁「周知の埋蔵文化財包蔵地」(2022年3月)https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/93717701_02.pdf

デジタル庁「ベース・レジストリ」 https://www.digital.go.jp/policies/base_registry (2025年8月15日閲覧)

総務省「全国地方公共団体コード」 https://www.soumu.go.jp/denshijiti/code.html (2025年8月15日閲覧)

国土地理院「基盤地図情報サイト」 https://www.gsi.go.jp/kiban/

JASOSR: Spatial Data Repository Archaeological Sites in Japan  https://kotdijian.github.io/JASOSR/ (@kotdiian on GitHub、監理者:野口 淳)


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NAID :
都道府県 :
時代 :
文化財種別 : 史跡 建造物 埋蔵文化財 その他 文化的景観
史跡・遺跡種別 : 社寺
遺物(材質分類) :
学問種別 : 考古学
テーマ : 技法・技術 年代特定 活用手法
キーワード日 : 3D GIS 考古学ビッグデータ 遺跡地図 遺跡台帳 文化財保護 地形 DEM ベースレジストリ
キーワード英 :
データ権利者 : 野口 淳
データ権利区分 : クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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総覧登録日 : 2025-08-15
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