「越谷市役所」を対象とした全庁的なデジタルアーカイブの構築
Construction of Digital Archives covering all materials held by Koshigaya City Hall
本稿では越谷市デジタルアーカイブがどのような過程を経て市の計画に位置づけられ、計画に基づきどのような手順を踏んでシステムの構築・公開に至ったのか紹介をする。
また、図書館・博物館(郷土資料館)・公文書館が所管すると考えられる資料群と、越谷市デジタルアーカイブの関係性についても本稿の中で整理する。
1.はじめに
(1)越谷市の概要
越谷市は埼玉県の南東部、都心から25km圏内に位置しており、市域の面積は約60平方キロメートルで比較的高低差の少ない、平坦な地形となっている。昭和37年に東武鉄道と地下鉄日比谷線の相互乗り入れが実現し、その後、JR武蔵野線の開通、東武鉄道の高架複々線化、道路網等の都市基盤の整備などで人口の増加に拍車がかかり、首都近郊のベッドタウンとしての性格を色濃く持つようになる。
平成20年には、広大な調節池を中心に良好な住宅地や国内最大級のショッピングセンターなどを集約した、越谷レイクタウンが誕生した。平成27年4月から事務権限の拡大を図り、地域の実情に合ったまちづくりをさらに進めていくため中核市に移行した。
中核市ではほとんど全てに歴史系の博物館や郷土資料館が整備されているが、本市ではそれらの施設が整備されておらず、類縁機関として整備されているのは図書館のみであり1)、公文書館は整備されていない。なお文化財関係業務は生涯学習課文化財担当が担っている。
(2)本稿の目的
越谷市では令和5年8月1日から「越谷市デジタルアーカイブ」を公開した(図1)2)。
図1 越谷市デジタルアーカイブトップ画面イメージ
図2 総合振興計画と情報化推進計画の関係
本市のデジタルアーカイブの最大の特長は文化財関係の資料にとどまらず「越谷市役所」という組織が業務を行う過程で発生する様々な資料を対象としたことである。ただし、初めからそのような計画で始まった訳ではなく、段階を踏んだ結果である。
本稿では越谷市デジタルアーカイブがどのような過程を経て市の計画に位置づけられ、計画に基づきどのような手順を踏んでシステムの構築・公開に至ったのか紹介する。デジタルアーカイブを目指す地方公共団体等の置かれている状況は様々であるが、デジタルアーカイブ導入に至った一例として、本市の事例が参考になれば幸いである。
2.越谷市デジタルアーカイブの計画策定
(1)越谷市情報化推進計画第5次アクションプランの策定
本市では官民データ活用推進基本法第9条第3項に規定する市町村官民データ活用推進計画として「越谷市情報化推進計画」を策定している。情報化推進計画は本市の最上位計画である「越谷市総合振興計画」のうち、具体的事業を定める「実施計画」と連動しており3)、令和3年度から令和7年度における各計画の関係性を示すと図2のようになる。令和3年度以前も同様の関係性である。
平成30年度から令和2年度までを計画期間とした「越谷市情報化推進計画第5次アクションプラン」(以下「第5次アクションプラン」という。)において「市の文化財等のデジタルアーカイブ(デジタルミュージアム)の検討」(以下「DAの検討」という。)が位置づけられた4)。DAの検討は①ICT環境の変化に対応した、新しい情報提供への対応②行政情報のオープンデータ化を進めることで行政の透明性や市民からの信頼を高め、市民や民間企業との協働による多様な公共サービスを可能とする取り組みを強化する、という「行政情報の積極的な提供」の一施策である。教育関係は別施策として「ITを活用した教育の推進」が設けられているが、そこに紐付くものではない。
第5次アクションプランの策定は計画期間開始の前年度である平成29年度に行われたが、まず情報化推進計画の事務を所管する情報推進課からDAの検討について表1左の当初案が示された。これは博物館(郷土資料館)が整備されていない本市の現状を踏まえて提示されたものと推測される。当初案に対しては、記載事項や推進体制などについて関係課による内容確認等が行われるが、本件についてはその内容から生涯学習課文化財担当で確認を行うこととなった。
当初案の「図書館及び生涯学習課では」という書き出しを見ると図書館と生涯学習課の資料が対象であるように見えるが実情は異なる。というのも平成29年度以前は「市史に関する」業務は図書館が所管していたが、平成29年度から生涯学習課に移管されている。よって、当初案「古文書、行政文書、写真、地図、民具、考古資料等の歴史・文化資料」というのは生涯学習課の資料を意味している5)。
しかしながら、デジタルアーカイブというものは「文化財等」、つまり生涯学習課の資料だけを対象とすることがふさわしいものだろうか。また、「文化財等」とは何を指すのであろうか。生涯学習課の資料は多種多様であり、当初案に例示された資料のほか、フィルムや地図、映像記録、図書館でいうところの地域資料や公文書なども含まれる。そこには市役所各課所が業務上作成した資料や市民から収集した資料も含まれている。
前述のとおり本市は図書館が整備されているものの、博物館(郷土資料館)・公文書館は整備されていないが、例えば生涯学習課の資料である古典籍は、図書館・博物館(郷土資料館)・公文書館の何れの施設にも所蔵される可能性がある。市が作成した刊行物(地域資料)は図書館にも公文書館にも所蔵される可能性がある。他の資料も同様であろう。つまり生涯学習課の資料はこれら3つの施設がもし整備されていれば何れかの施設に属し、保管・活用されると考えられる。3館は所蔵する資料の形態により分けられているのではなく、目的の違いにより設置されている。資料は館の特性に応じ、資料が最大限活用されるように管理されているため、資料だけを見たときにどこの施設に所蔵されるのがふさわしいかの線引きは難しい場合がある。
表1 情報化推進計画第5次アクションプラン検討過程
とはいえ、生涯学習課の資料とはどのようなものかを分類すると、当初案のうち民具や考古資料を除外したものはいわゆる文書である。本市における文書とは越谷市文書管理規程(平成17年規則第12号)で定められており、それによると「職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フィルム及び電磁的記録をいう。」とされている。作成年代や資料の価値を問わず、当初案で例示された資料の前半は文書管理規程上の「文書」なのである。
次に文書館(公文書館)が対象とする資料について『アーカイブ事典』6)によれば、一般に「個人または組織がその活動の中で作成または収受し蓄積した記録のうち、組織運営上、研究上、その他さまざまな利用価値のゆえに永続的に保存されるもの」と定義される、としている。
以上をまとめると、生涯学習課の資料は、その範囲として市役所各課所や市民から集められたものであり、対象は幅広く、市の刊行物などのいわゆる地域資料として図書館に属するもの、民具や考古資料等の博物館(郷土資料館)に属するもの、越谷市文書管理規程上の文書として文書館に属するものがある。また、越谷市文書管理規程と『アーカイブ事典』の記載内容とを考え合わせた時、デジタルアーカイブの対象資料は文化財だけでも、生涯学習課の資料だけでもなく、「越谷市役所」という組織が業務を行う過程で発生する様々な資料が対象になり得ると言えるだろう。
さらに、本市のDAの検討は「行政情報の積極的な提供」という施策に紐づいているものであり、生涯学習課の資料というように対象資料を絞ることは施策の理念からすると不完全なものになることが想定された。
また、図書館・博物館(郷土資料館)・文書館(公文書館)として館単位でデジタルアーカイブが構築されている事例があるが、市(生涯学習課)としてデジタルアーカイブを複数構築せずに、市のあらゆる情報(言い換えると上記3館の何れかに属する資料)を格納できる受け皿をあらかじめ構築しておくことで、デジタルアーカイブを構築・運用する費用対効果は高いものになると考えられた。
よって、当初案の現状課題の項目について「図書館及び生涯学習課」から「市」と変更し、図書館が収集対象とすることの多い「地域資料」を例示の1つとして明記した。これにより、図書館・博物館(郷土資料館)・文書館(公文書館)に属する市全体の資料をカバーできる表現とした。ほか達成目標や実施内容についても多少ニュアンスを変えた。
事業実施のため、デジタルアーカイブ検討プロジェクトを組織することとなるが、構成課については当初案から大幅に見直しを行い、デジタルアーカイブに搭載可能な資料を明らかに多く所有している課所に限定し、フットワークの軽いコンパクトな部会とすることとした。具体的には広報広聴課(広報写真所管)、情報推進課(システムに関する技術的助言)、総務課(行政文書及び行政資料所管)7)、生涯学習課(文化財関係資料所管・プロジェクト事務局)、図書館(地域資料所管)とした。カッコ内は所管する資料や期待する役割である。
(2)第5次アクションプランに基づく取り組み
第5次アクションプランに基づき、おおむね毎年度上半期と下半期の各1回、達成目標に向けて会議を行ってきた。この中で特筆すべき成果として3点が挙げられる。
1点目は越谷市デジタルアーカイブ導入における基本方針案をプロジェクトとして定めたことである。以下要約して箇条書きで記す。
ア.システムに関する部分
a.各課所が保有している資料を、個別に登録・更新できるシステムを目指す。
b.市民が見られる情報と、職員が見られる情報を区分可能とする。
c.オリジナルデータの保管機能を併せ持ったシステムを目指す。
d.市民が情報を投稿できるなど、市民参加型のシステムを目指す。
e.ジャパンサーチと連携する。
f.利用条件を分かりやすく明示する。
イ.業務の考え方・進め方に関する部分
a.行政資料等を作成する際は電子データを作成し、現物を再データ化するなどの重複投資を避ける。
b.デジタル化されていない資料は順次デジタル化を進める。
c.現物しか存在しない資料の媒体変換をして資料の損失を防ぐ。
d.登録が必須となる資料を定めるルールづくりを進める。
e.行政資料等を作成する際に、著作権者等に対し公開及び二次利用についての許諾を得る。
f.市が保有している資料のメタデータを公開し、サムネイル・プレビューを充実させる。
越谷市デジタルアーカイブは結果的にこの基本方針に沿った内容となっており、また構築後も引き続き留意する部分がある。
2点目は市ホームページを利用して「越谷市デジタルアーカイブ(意見募集)」(図3)と題した調査を実施したことである。
図3 越谷市デジタルアーカイブ(意見募集)ページ
デジタルアーカイブを試行的に実施し、閲覧数の調査、閲覧者の意見聴取を実施し、デジタルアーカイブに対する市民の意見や要望等を整理することを目的とした。言うなれば簡易的なパブリックコメントである。デジタルアーカイブは第5次アクションプランに位置づけられているとはいえ、あくまでも「検討」であり、予算措置されるか否かも含めて実現の確約は無い。デジタルアーカイブの必要性をプロジェクト構成課担当者は認識しているとはいえ、市民の意見や要望等を客観的に提示する資料を持ち合わせていなかった。このままでは市民目線でのデジタルアーカイブの必要性が示せず、実現の妨げになると考え実施したものである。
具体的には令和2年8月から令和3年3月までの間、市ホームページに記事を作成し、古文書や写真など一部の市所有資料のデジタルデータ及び前述の基本方針案を公開した。市民からの意見投稿には既に整備されていた電子申請システムを活用することで新規にコストをかけることなく実施できた。
とはいえ、デジタルアーカイブと市のホームページでは目的や機能が異なり、例えば搭載できるデータ容量に限りがあること、ソフトに依存しない画像等のビューアー機能が無いこと、目録情報と資料を結びつけることができないなど、相違点を挙げればきりがないが、結果として以下のような意見を聴取することができた。
【実施期間】令和2年8月1日から令和3年3月31日まで
【公開資料】計56点。内訳:写真(42点)、刊行物(5点)、古文書画像データ(1点)、古文書テキストデータ(1点)、行政資料コーナー配架資料目録(1点)、公文書目録(3点)、絵図(1点)、古文書目録(1点)、統計データ(1点)
【アクセス数】 38,470件
【意見募集結果】
ア.意見投稿数:25件
イ.意見・要望(抜粋)
a.市でデジタルアーカイブを構築することについて、19件が「必要」、5件が「どちらかといえば必要」と回答、1名は未回答
b.高画質な画像データの掲載について、市ホームページでは、掲載できるデータ容量に制限があるため、画像が低画質でよく見えないことへの不満や拡大して見たいなどの意見が複数件あった。
c.目録・検索機能について、目録の各項目が検索できる機能を求める意見が複数件あった。
d.公開資料のライセンス(利用許可範囲)の表示について、わかりやすい表示を求める意見があった。
e.公開を希望するデータとして写真、古文書、絵図、地図、指定文化財等が挙げられた。
3点目は関連機関から情報収集を行ったことである。デジタルアーカイブ構築にあたってはデジタルアーカイブの概念、仕様書の作成やジャパンサーチとの連携方法など、さまざまなことを理解し、検討する必要があるが、独学では時間がかかり限界もある。以下、本市で実施した内容を簡単に記載する。
ア.国立公文書館が実施している「アーカイブズ研修Ⅰ」の参加:例年5日間かけて公文書等に関する研修を行うものである。令和元年度と令和4年度にデジタルアーカイブに携わる文化財担当者が研修を受講した。公文書に特化した研修であるが、越谷市デジタルアーカイブに公文書館としての役割も担わせようとする発想に至った研修であった。
イ.国立公文書館との打ち合わせ:令和2年11月に対面にて打ち合わせを実施。国立公文書館では『公文書館等におけるデジタルアーカイブ・システムの標準仕様書』を作成しているが、デジタルアーカイブシステム構築業務を発注するための仕様書について助言を頂くことができた。
ウ.国立国会図書館との打ち合わせ:令和3年1月にZoomにてオンライン打ち合わせを実施。主な内容はジャパンサーチとの連携方法についてである。ジャパンサーチとの連携は基本方針でも示していたほか、後述する公益財団法人図書館振興財団の助成金を受ける条件にも含まれていたため、具体的な連携方法について助言を頂くことができた。
(3)越谷市情報化推進計画(2021)の策定
令和3年度から令和5年度を計画期間とした「越谷市情報化推進計画(2021)」(図4)は第5次アクションプランの後継となる計画である。
図4 情報化推進計画(2021)
計画づくりは令和2年度に行われたが、デジタルアーカイブの整備は継続事業となったことから、第5次アクションプランとは異なり素案の段階で関与できたため、プロジェクトの活動で得られた意見や生涯学習課の意見を反映することができた。よって、第5次アクションプランとは異なり当初案にほとんど修正は無かった。施策は「オープンデータの推進」に紐付くものとなった。
現状・課題及び達成目標のあるべき姿に関連するが、完成した計画の特長として以下4点が挙げられる。①対象資料を「業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産」としたこと。②資料をデジタル化して複製をつくること。③社会的・文化的・経済的発展につなげるためにデジタルデータを保存・蓄積すること。④デジタルデータをインターネット上で公開・活用すること、である。
①について、第5次アクションプランでは対象資料は「古文書、行政文書、地域資料」などと例示をしていたが、プロジェクトとして念頭にあった「業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産」という表現とした。知的資産の具体例を挙げると、結局は第5次アクションプランで例示した資料になるが、前述の『アーカイブ事典』の記載事項及び官民データ活用推進基本法(平成二十八年法律第百三号)第2条第1項8)を意識した表現になったと言えるだろう。官民データ活用推進基本法はオープンデータの取り組みと関連するものであり、本市デジタルアーカイブ事業がオープンデータの推進に位置づくことと整合が取れるものである。
②について、デジタルアーカイブ業務とは公開と複製(媒体変換)が両輪であるとしたことである。公開には権利等の関係で不向きでも貴重な資料はデジタル化することがある、ということを見越した内容である。貴重資料を後世に伝えることも市の業務である。
③について、社会的・文化的・経済的発展につなげる、というのはいささか大風呂敷を広げた表現に見えるが『我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性』9)で示されている表現であり、また前述の意見募集で得られた意見である「d.公開資料のライセンス(利用許可範囲)の表示について、公開資料の利用許可範囲についてわかりやすい表示を求める意見があった。」にも直結するものである。つまり利用許可範囲が不明瞭ではそれらの発展にはつながらないという意味の裏返しでもある。
④についてはデジタルアーカイブの意味そのものである。
プロジェクト名はデジタルアーカイブ検討プロジェクトからデジタルアーカイブ構築プロジェクトとなり、構成課所は引き続きとなる広報シティプロモーション課、行政デジタル推進課10)、総務課、生涯学習課、図書館とし、他に教育委員会指導課を加えた。指導課は小学校社会科副読本の作成や学習指導を所管しているため、デジタルアーカイブの学校利用を見据えつつ副読本の連携を強化することを目的としたものである11)。
なお「デジタルアーカイブ事業」は本市の最上位計画である「第五次越谷市総合振興計画」のうち、具体的事業を定める「前期基本計画第一期実施計画」(図2参照)の中にも位置づけられた(図5)。
図5実施計画(デジタルアーカイブ事業抜粋)
事業施策体系としては
大綱(目標):大綱1 多様な人が交流し、参加と協働により発展するまちづくり
大項目:市民参加と協働による市政を推進する
中項目(施策の方向性):情報を提供し、市民との共有を図る
小項目(具体的な取組):多様な手法による情報提供と市民との情報共有
実施計画事業:デジタルアーカイブ事業
となっており、主に教育分野が属する「大綱6 みんなが主体的に学び、生きがいを持って活躍できるまちづくり」とは別目標に位置づけられていることは第5次アクションプランからの流れを汲んでいる。
(4)越谷市情報化推進計画(2021)に基づく取り組み
越谷市情報化推進計画(2021)では令和3年度の検討、令和4年度の構築、令和5年度の運用が位置づけられている。令和3年度は上半期と下半期の各1回、構築に向けて仕様書の作り込み、デジタル化対象資料の抽出、予算要求用資料の作成を行った。システムの仕様は第5次アクションプランにおける活動の成果である基本方針や意見募集で得られた意見、プロジェクト会議の成果に基づき、概ね以下のとおりとした。
・クラウド型システムであること。
・資料を個別に搭載できること。
・権限によって閲覧できる情報が変更できること。
・オリジナルデータはデータセンターにも保管すること。
・ジャパンサーチと連携可能なこと。
・利用条件を個別にメタデータに登録できること。
・画像、テキスト、音声・動画、3Dデータ、PDFデータ等に対応可能であること。
・高精細画像を特別なソフト等をインストールせずにスムーズに閲覧可能とすること。
・別にCMSサイトを構築すること。
令和4年度は令和3年度の活動に基づき、まず契約事務を行い構築業者が決定した。プロジェクト会議は毎月開催し、システムの見た目や画面遷移、検索結果の表示方法、ビューアーの選択、メタデータの項目設定、利用規定の文言など、様々なことを検討してシステムを完成させた。デジタルデータ作成のための資料搬出入やメタデータの作成など、コンテンツについても単年度で実施した。
令和5年度は公開可否判断を進めたほか、PR動画や操作説明動画の作成、記者会見の準備等を行い、8月1日(火)から無事公開開始することができた。
3.越谷市デジタルアーカイブの内容
(1)公開時点の資料
令和5年8月1日時点での公開資料は総数約12,000点であり、内訳は表2のとおりである。公開可否を確認したものから公開しているため、令和4年度にデジタル化した資料の全てではない。今後資料数は増加する予定である。
表2 公開資料一覧
(2)クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの設定
デジタルアーカイブで資料を公開する場合、二次利用を促進する形でオープンに提供され、広く流通することが望まれている12)。また、越谷市デジタルアーカイブの場合、実施計画では「情報を提供し、市民との共有を図る」、情報化推進計画(2021)では「オープンデータの推進」に位置付けられていることからも、二次利用の促進が求められている。
図6 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス判断のための参考フロー
二次利用の設定については、原則としてクリエイティブ・コモンズ(CC)を使うことがよい13)とされている。奈良文化財研究所文化財担当者研修・令和4年度文化財デジタルアーカイブ課程においてもクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの解説があったが、いざライセンスを設定しようとすると、困難に直面する。というのも、越谷市デジタルアーカイブの場合、対象資料を「市が業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産」としているため、デジタルアーカイブの概念等に不慣れな構成課以外の課所室が作成した資料(主に行政資料)それぞれに対してライセンスを設定してもらう必要があるためである。
そのためには公開対象資料を所管する課所室にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを理解してもらう必要がある。ライセンス設定時の混乱を防ぐため、ライセンスの意味を解説するほか、図6のようにクリエイティブ・コモンズ・ライセンス判断のための参考フローを作成し、なるべく事務負担がないよう工夫した。
デジタルアーカイブの目的や、事業がオープンデータの推進に位置づけられていることから、CC BYやCC BY-SAが設定されることを期待したが、結果としては割合の多い順にCC BY-NDが35%、CC BYが29%、CC BY-NC-NDが10%となった14)。行政資料について種類は別として約75%ライセンスを設定できたことは大きな成果と言えるだろう(図7)。
図7 CCライセンスの割合
4.財源の確保
デジタルアーカイブの構築には少なからず費用がかかる。デジタルアーカイブを構築する組織全て、といっても過言ではないと思うが、潤沢な予算は無いと思われる。本市も当然のことながら潤沢な予算があるわけではなく、これまで述べたように市の計画にデジタルアーカイブの位置づけはあるものの、予算が措置されるかどうかは不透明な状況であり、財源の確保は実現に向けた大きな足がかりになるものである。
何か財源はないかと調べたところ、公益財団法人図書館振興財団の提案型助成事業に行きついた15)。年度により助成のメニューが異なるが、令和3年度は郷土資料・貴重資料等のデジタル化及び公開事業の募集が行われていた。もし令和3年度に助成事業として採択をされれば令和4年度の構築、令和5年度の運用の2ヶ年度の事業実施に使用できるというもので、越谷市情報化推進計画(2021)の工程と合致するものであった。助成金の上限は原則3,000万円であり、助成を受けられればデジタルアーカイブ構築が実現する可能性が高まるものであった。
選考基準を一部抜粋すると、実現可能な事業であること、図書館サービスの向上につながること、ジャパンサーチとの連携が可能であること、デジタルデータのバックアップ体制・整備について十分な対応がなされていること、とある。これらの点については奇しくも第5次アクションプランや越谷市デジタルアーカイブ導入における基本方針案で対外的に発信した内容と合致するものであった16)。
一次審査は書類選考、二次審査はオンライン(Zoom)により10分程度でプレゼンテーションをするものである。
本市の取り組みが選考基準に合致していたことが幸いしたのか、助成金申請額に対して59%の助成金を得ることができたことは、デジタルアーカイブの実現に向けた大きな一歩となった。無事に令和4年度当初予算でもデジタルアーカイブ構築費用が予算措置された。
5.公開前後の活動
越谷市デジタルアーカイブの公開時期については報道発表のタイミングも見据えて日程を調整した。具体的には7月28日(金)に定例の市長記者会見が予定されていたため、公開日時を記者会見後かつ月初めの8月1日(火)午後3時にデジタルアーカイブを公開することを発表した。記者会見と同時にPR動画(https://www.youtube.com/watch?v=XoXs6JUGzh8)を公開した。
また8月1日に刊行される広報こしがや8月号2面でも公開を周知し、予定どおり午後3時にシステムの運用を開始した。公開に合わせてYouTubeに操作説明動画4本を公開した。(再生リストhttps://www.youtube.com/playlist?list=PLzpINH7YK5A0rqoe-_r4sZ94twX19MuFx)
8月24・25日には庁内約120課所室に対して研修を行い(図8)、今後はデジタルアーカイブを見据えた業務を行う必要性があることを周知した。8月26日には市民対象にデジタルアーカイブ公開記念講演会を実施し、9月24日には市民対象に操作研修会を実施した(図9)。
図8 庁内向け研修
図9 関連事業チラシ
6.今後の展望
図2のとおり、情報化推進計画は令和5年度に施策が見直される。令和5年4月に改定された計画が図10である。
越谷市デジタルアーカイブは「越谷市役所」という組織が業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産を対象としているということは既に述べているが、8月1日現在、越谷市デジタルアーカイブに搭載されている資料は主にプロジェクト構成課の生涯学習課・広報シティプロモーション課・図書館・総務課の資料である。デジタルアーカイブに搭載する対象を今後広げるために関係課として「その他デジタルアーカイブの対象となり得る資料を所有している各課」とし、市役所全ての課所室がデジタルアーカイブの整備に関わることができるよう計画を見直した。
また、実施内容に学校教育と連携させることを明記した。具体的には社会科電子副読本からデジタルアーカイブの該当ページに移動できるようにする、授業でそのまま加工せずに使えるコンテンツを作成する、などが考えられる。
図10 情報化推進計画(2021)改定
7.まとめ
以上、本市のデジタルアーカイブの成立過程について振り返ってみた。程度の差はあれ、地方公共団体では各種計画に基づいてさまざまな事業が実施される。計画は事業の実施根拠となるだけでなく、予算措置にも影響を及ぼすと考えられる。計画がどのようにつくられるのかはそれぞれの組織のあり方や、計画の内容などにより異なるが、計画が事業の結果を左右するため、不透明な状況の中でなるべく事業の到達点を見据えて計画を立てることが必要である。
本市の場合では第5次アクションプランが現在の越谷市デジタルアーカイブのあり方を左右したと行っても過言ではなく、施策が開始される準備段階で明確なビジョンを提示できるかどうかが施策のあり方を左右すると言えるだろう。本市の場合、生涯学習課が所管する「文化財等」には地域資料や行政資料が含まれていることを明記したことで全庁的なデジタルアーカイブにつながったと言えるだろう。
また、越谷市デジタルアーカイブが現在の方向性になった要因は、デジタルアーカイブがオープンデータの分野に位置づけられていたことが大きい。つまり、第5次アクションプランにおいては「行政情報の積極的な提供」、越谷市情報化推進計画(2021)においては「オープンデータの推進」の一施策であり、あくまでも教育とは異なる分野である。このことがヒントになり「市が業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産」を対象とする方針に至ったわけである。
文化財担当部局がデジタルアーカイブを整備することとなった際には、対象資料はどうしても文化財に特化したものになりがちだが、市が業務を行う過程で発生するさまざまな知的資産はいずれ文化財的な価値を持つ資料となり得る。図10のあるべき姿にも記載したが、「モノやアナログ媒体の形で蓄積されてきた知的資産がデジタル媒体に複製され、新たにデジタル媒体として発生する知的資産とともに次世代まで活用できるように蓄積・保存されている。」状態にすることができれば、将来的に市の歴史に関する資料に厚みが出るかもしれない。あるべき姿を実現することは難しいことであるが、市全体で取り組み理想に近づけていく必要があるだろう。
【註】
1)図書館は昭和58年に整備されている。
2)https://adeac.jp/koshigaya-city-digital-archives/top/
3)実施計画と予算措置は必ずしも連動するものではないが、実施計画に採択されることが予算措置の第一歩となる。
4)第5次アクションプラン中のDAの検討は予算を伴わないこともあり、実施計画には位置づけられていない。
5)ただし、古文書等紙資料の物理的な置き場所は引き続き図書館である。
6)小川千代子2003『アーカイブ事典』。引用部分は安藤正人による。
7)本稿でいう行政資料とは公文書等の管理に関する法律(平成二十一年法律第六十六号)で示された文書に類するものである。つまり「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書(図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。)であって、越谷市の職員が組織的に用いるものとして、越谷市が保有しているもの」である。
8)「官民データ」とは、電磁的記録に記録された情報であって、国若しくは地方公共団体又は独立行政法人若しくはその他の事業者により、その事務又は事業の遂行に当たり、管理され、利用され、又は提供されるものをいう。
9)デジタルアーカイブの連携に関する 関係省庁等連絡会・実務者協議会2017『我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性』(事務局:内閣府知的財産戦略推進事務局)
10)組織改正により広報広聴課が広報シティプロモーション課に、情報推進課が行政デジタル推進課に名称変更している。
11)越谷市では令和4年度からタブレット端末を用いた電子副読本が運用されている。
12)デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会2017『デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン』(事務局:内閣府知的財産戦略推進事務局)
13)註12と同じ。
14)個人的な感想としては商用利用を嫌がるきらいがあることや改変と改ざんの線引きが難しいのではないかということが挙げられる。なお、改ざんについては越谷市デジタルアーカイブ全体の利用規定で禁止事項としている。
15)https://www.toshokan.or.jp/jyosei/
16)第5次アクションプランで地域資料を入れ込んだことは図書館サービスの向上につながり、ジャパンサーチとの連携及びデジタルデータのバックアップについては基本方針で明記している。