他機関における多言語化の状況 ー北海道立埋蔵文化財センター
Translation Practices in Different Institutions: Hokkaido Archaeological Operations Center
2024年2月1日に訪問した北海道立埋蔵文化財センターは、野幌森林公園に隣接した坂の上に建っており、森の静けさに包まれている。雪が膝まで積もっていて、歩けるのは除雪されたバス停から入口までの道、駐車場から入口までの道だけだった。センターの駐車場には除雪後にできた雪の山がほぼセンターの屋根までそびえており、雪を久々にみた私たち多言語チームの心を躍らせた。入口の右側にある、センターに入らずとも見える最初の展示物、大型黒曜石原石ももふもふの白い雪帽子を被っているようだった。
図1 雪に埋もれている入口の前の黒曜石原石
北海道立埋蔵文化財センターを訪れたのは、他機関の多言語化の経験について伺い、考古学関連の展示での様々な言語の用い方について、また一般の人の中であまり知られていない埋蔵文化財の説明をどのようにし、さらにそれを多言語しているかという調査を行うためである。奈良文化財研究所の平城宮跡資料館にも発掘調査についての展示や、木簡を展示している部屋があり、その多言語化で常に悩んでいる私たちにとって、他機関の経験から学べることは非常に多い。
北海道立埋蔵文化財センターは、北海道教育委員会により、北海道で発掘された埋蔵文化財を保存、活用することを目的に1999年に設置された。センター設置以前から行われている道内の発掘調査で出土した遺物も保存しており、展示室では発掘調査の進捗が窺える。継続している調査研究以外に、埋蔵文化財の収蔵保管を行い、啓蒙活動にも力を入れている。埋蔵文化財についての教育は、展示説明や様々な体験を含めており、異なる年齢層を対象とし、多言語化もされている。
センターを訪れたとき、まずは多言語化を担当している方から事業の説明や多言語化における試みについて詳しく教えていただき、私たちの経験についてもお話し、意見交換をした。話題になったのは、専門用語の翻訳など、基礎的な翻訳ルールが掲載されているガイドラインの少なさである。特に、北海道特有の事情を反映しているものがなく、多言語化を行う際に苦労するということで、考古学的な用語のみでなく、アイヌ文化関連の単語を含めるガイドラインの必要性について議論をした。その後、埋蔵文化財の展示と教育における多言語化の諸問題について理解を深めるために、展示室を見学した。
私たちが見た展示は、埋蔵文化財の素材で大きく分けられており、石器・土器・木製遺物等のエリアがあった。縄文時代と擦文時代の器の特色や首飾りの作り方などがわかるようになっており、非常に興味深かった。特に旧石器時代の黒曜石の石刃と石刃核、接合資料(尖頭器が作られた石)の豊富さとサイズの大きさが圧倒的だった。
図2 接合資料
以上の展示物は非常に専門性が高く、考古学の研究者にとっては馴染みがあるものの、一般の来訪者は尖頭器を初めて見たら説明なしでは展示物のすばらしさをわからないだろう。日本語でもそれをわかりやすく説明するのは難しいものの、多言語化はどのようにされているか。
まず、どの博物館や資料館の入口においてあるリーフレット。北海道立埋蔵文化財センターは、北海道教育委員会から多言語のリーフレット作成推進の指示があり、考古学の専門家に翻訳を依頼して、英語・中国語・韓国語・ロシア語のリーフレットを作成している。北海道とロシアは地理的に距離が近く、また歴史的な背景もあるということで、北海道教育委員会が定めている多言語化の条件にはロシア語版も必要とされているそうである。リーフレットにはセンターが行っている事業と、開館時間やアクセスについて基本的な情報が記載されている。(注1)
また、教育事業の一環として、日本語での体験や講演のみでなく、留学生向けのプログラムもあり、その資料が多言語化されている。プログラムは、隣の札幌学院大学の留学生を対象に、日本語学習をかねて北海道の遺跡について教えるという内容である。毎回おおよそ30~40人の留学生を迎えるが、そのうち10人ほどは日本語初級者のため、わかりやすさを目指し、遺跡についてのプレゼンテーションと配布資料を英語・韓国語・中国に翻訳している。クイズや展示室を回るゲームや勾玉を作る体験もあり、考古学に親近感をもってもらうプログラムとしている。
しかしながら、多言語のリーフレットや講座が用意され、海外からの学生や考古学専門家を迎える体制が整っているにもかかわらず、一般の海外観光客にとってはパネルやキャプションの多言語化が不足していると、担当者の方が残念がっていた。さらに展示の大きなテーマの題目や、何点かの展示物のキャプションに英語の翻訳がついているが、やはりそれだけだと海外観光客にとってはわかりにくく感じるであろうと、展示の多言語化がこれからの課題である、と改めて強調していました。体験中や一日の講座中には講師が付いて来館者の質問に回答もでき、多言語の資料を配布しじっくり説明できる。一方、展示は来館者がそれぞれまわることになるため、専門性の高い情報は理解できずに終わるのではないかというところは、私たち多言語チームもよく直面する大きな課題でもある。
図3 題箋の多言語化の様子
もう一つ、北海道特有の課題としては、展示の説明と多言語化においては、アイヌ語をどのように扱うかという複雑な問題がある。様々な道具などの名前は、考古学専門用語とアイヌ語の名前が両方とも存在する場合が多い。その際に、スペースが非常に限られている題箋にアイヌ語の名称を記載するか、考古学の用語にするかという難題が出てくる。北海道立埋蔵文化財センターの方針は、統一性を重視し、発掘調査の報告書に掲載されている考古学用語をそのまま展示にも使用し、スペースに余裕がある場合はアイヌ語や英語訳もつけるそうである。
北海道立埋蔵文化財センターの訪問では多言語の教育プログラムが強く印象に残った。日本語で行われる様々な体験は奈良文化財研究所の管轄に入っている資料館でも開催するが、例えば留学生を対象とした多言語のプログラムというものはない。北海道立埋蔵文化財センターの留学生プログラム資料では、文化財の情報がクイズになっており、プレゼンテーションされるときも学生が自分の文化・言葉・文化財を再考する機会になる。そのような文化的な繋がり、結びつきを通して考古学的資料に馴染んでもらうことは、奈良文化財研究所の多言語化チームも、木簡リーフレットを作製したときに経験したことがある。これからは海外観光客のみでなく、留学生向けの講座の多言語化もできたら、海外の若い世代に日本の文化財のことをもっとうまく伝えることができ、さらに文化遺産の研究と保護の重要性を感じてもらえるのではないかと思われる。
今回の北海道立埋蔵文化財センターの訪問で、北海道ならではの課題について知る機会になり、悩みが多い埋蔵文化財専門用語の多言語化について専門家に相談でき、また教育プログラムの経験についても伺い、そこから受けたインスピレーションを奈良文化財研究所のこれからの多言語化に活かしたいと思っている。
(注1)北海道立埋蔵文化財センターのリーフレットは、ウェブサイトからダウンロードできます。http://www.domaibun.or.jp/publics/index/18/