公設試験研究機関で蛍光 X 線分析をやってみた
1.はじめに 分析の3つの壁
考古学徒であれば、出土遺物を入念に観察し記録を取るであろう。形状を実測し、写真撮影が主な手段だろう。そこに機器を用いた分析となるとハードルが高くなる。そこには、①分析機器の保有、②分析機器の操作方法の習得、③文化財科学の修得の3つの壁がある。③については学問として学ぶしかない。しかしながら、①②については、環境に左右される。文化財科学を習得しながらも機器がない環境であったり、操作方法が分からない場合は調査研究をできない。また特殊な機器を除き汎用的な機器すらない状況は、研究環境の不均衡をもたらす。機器を持つ組織が優位に立つのではなく、知識や問題意識のアイデアによって個人でもエッジの効いた調査研究をできることが、学術分野全体を活性化させる。そこで、分析を安価に利用できる公設試験研究機関(工業試験場)での実践例を紹介する。なお、筆者は文化財科学の専門家ではなく、結果について本稿では触れない。
2.鉄滓の分析
2.1 対象
科学研究費「新しい遺跡を発見する:機械学習による自動地形判読手法の開発」の一環で、兵庫県豊岡市但東町小坂の踏査を実施した。その際、想定外であったが鉄滓を採集をした(高田他2023)(図1,2)。一部の鉄滓については豊岡市仲田氏・兵庫県永惠氏らと協議し、成分分析を実施することとした。
図1 大光寺散布地(兵庫県豊岡市)
図2 採集した鉄滓
2.2 兵庫県立工業技術センターでの分析
分析は、兵庫県立工業技術センターにて実施した。ご担当の方には、機器選定の相談から乗っていただき丁寧にご対応いただけた。2023年11月9日当日は鉄滓2点をエネルギー分散型蛍光 X 線分析装置「EDX-900」にて成分分析した(図3・4・5・6)。操作方法をレクチャーいただき、時間制限なく分析した(2点のみなので短時間で終えた)。費用は5000円であった。
図3 エネルギー分散型蛍光 X 線分析装置
図4 分析した鉄滓
図5 分析結果
図6 分析結果
※生データは文化財データリポジトリにて公開 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/cultural-data-repository/50
3.兵庫県立工業技術センター
兵庫県立工業技術センターでは、技術相談・機器貸出・機器利用研修・依頼試験等を実施している。貸出機器は254件あり、いずれも安価に利用できる(図7)。機器利用研修も充実している(図8)。
図7 貸出機器の一部 ( https://www.hyogo-kg.jp/kiki )
図8 機器利用研修(一部)( https://www.hyogo-kg.jp/download/kiki/Kensyu.pdf )
4.おわりに
各都道府県にはいわゆる工業試験場があり、調査研究環境に機器がなくとも安価に分析できる意義は大きい。また機器は常にメンテナンスが必要であり、コスト負担も大きい。公設機関の機器を有効に使うことで、分析の幅を広げることも可能となる。そして、学生や市民でも専門家と同等の高度な分析機器を使用できることは、文化財の調査研究のすそ野を拡大し、分野全体で発展していく基盤となる。筆者の立場としては分析した研究データが蓄積されていくことを目指したい。
参考文献
高田祐一・永惠裕和2023「兵庫県豊岡市における踏査の記録」『遺跡踏査とデジタル技術』奈良文化財研究所研究報告第40冊
謝辞
丹羽崇史氏(奈良文化財研究所)から金属技術についてご教示いただいた。お礼申し上げます。