博物館におけるユニバーサルデザインについて―韓国の事例を中心に
Universal Design and Museums: Case Studies from South Korea
はじめに
筆者は元職場である京都国立博物館で 韓国語(多言語化)担当職員として務めており、主業務は日本語の作品解説を韓国語で翻訳することであった。博物館の展示室で展示を説明する紙やシールのようなものを題箋というが、京博ではその題箋に日本語に並び英語・中国語・韓国語が提供される。ある展示において、展示題箋のフォントをユニバーサルフォントにすることになり、ユニバーサルフォントで表示された展示解説を実際に展示室の照明の下で読んでみたところ、視力の弱い人にもそうでない人にも可読性が非常によく、感心したことがある。これがユニバーサルデザイン(Universal Design)に興味を持つようになった契機であった。その体験を踏まえ、この論考では日本でも適用されつつある博物館のユニバーサルデザインについて、韓国の事例をあげて述べてみたい。
ユニバーサルデザインについて
まずは、ICOMが2028年までの目標として設定した戦略プラン(ICOM’S STRATEGIC PLAN 2022-2028)をみてみよう【注釈1】。
図1
「私たちのビジョン(Our Vision)」として、「2028年までに一層透明で、機敏で、共同であり、そして民主的な組織になり、素早く変化する世界への要求にあうように私たちのネットワークをサポートする(By 2028, we will be a more transparent, agile, collaborative and democratic organisation, supporting our network to meet the demands of a rapid changing world)」とある。また、「わたしたちのコミットメント(Our Commitment)」の中には「わたしたちは多様性・包括性・公平性を養う(We foster diversity, inclusion, and equity)」とあり、多様性・包括性・公平性が博物館に重要な目標として設定されている。ICOMは世界の博物館に影響力が大きい団体であり、博物館にビジョンと目標を提示している。そこで、ICOMのビジョンや目標と相まって、ユニバーサルデザインも博物館に導入されつつあるように思われる。
次に、ユニバーサルデザインについて説明しておきたい。ゴ・ヨンジュン氏はユニバーサルデザインについて下のように説明している。
誰もが利用できる博物館を作るためにはユニバーサルデザイン(universal design)が適用されるべきである。ユニバーサルデザインとは、すべての使用者を包容することができるよう、製品・環境・サービス等をデザインすることをいう。この概念は米国のユニバーサルデザインセンター(The Center of Universal Design)の所長、ロナルド・メイス(Ronald Mace)氏により初めて唱えられた。ロナルド・メイス氏はユニバーサルデザインを普及させるためにユニバーサルデザインの7原則を作っており、それは「公平な利用」、「利用の融通性」、「簡単であり直観的な利用」、「認識しやすい情報」、「あやまちに対する寛大さ」、「最小限の身体的努力」「アクセスと利用のための大きさと空間」である。この原則は現在、製品・環境・サービス等においてユニバーサルデザインが適用されたかいなかを評価する基準として世界的に広く活用されている【注釈2】。
ゴ・ヨンジュン氏はロナルドメイス氏が設定した7原則について言っており、「公平な利用(Equitable Use)」、「利用の融通性(Flexibility in Use)」、「簡単であり直観的な利用(Simple and Intuitive Use)」、「認識しやすい情報(Perceptible Information)」、「あやまちに対する寛大さ(Tolerance for Error)」、「最小限の身体的努力(Low Physical Effort)」、「アクセスと利用のための大きさと空間(Size and Space for Approach and Use)」がそれである【注釈3】。この七つの原則はユニバーサルデザインにおいて具体的な評価基準となるということで、本論考では、この7原則を意識しつつ、「分かりやすさ」「多様な感覚で接する」「バリアフリーとの連携」「多言語化との連携」の項目を設定し、韓国の博物館でのユニバーサルデザインの事例をあげてみたい。
韓国の博物館の事例
1)分かりやすさ
まずは、「分かりやすさ」について述べてみたい。博物館の展示解説において「分かりやすさ」は現在にも求められているが、その実現は簡単なものではない。分かりやすく作品を説明することは、通常の解説より専門的に知ってからできる場合が多く、専門用語を分かりやすく説明することも容易なことではない。なお、分かりやすく説明するためには解説文の分量が増える傾向があり、スペースの制約がある場合が多い。また、分かりやすさが幼稚さとして受け入れられ解釈されることが多々あることも難点である。このような状況に対して、「京畿陶磁博物館」では、分かりやすい作品解説を一般的な解説とは別に作成しており、それをQRコードで提供することによりスペースの問題を解決していた。その案内の説明は次のようである。
図2
スマートフォンで展示品QRコードを認識させると、音声解説、参考イメージなどより分かりやすい展示品解説を見ることができます。分かりやすい解説は京畿陶磁博物館のモーバイルアプリでも利用可能です。
QRコードでつながる内容は、専門用語の説明も丁寧で分かりやすい言葉で説明されており、展示室で見れる作品解説より長くなっているが、ウェブではスペースの制約が少ない。また、リンクを通して、展示室の中のみならず観覧後でも読めるようになっており、モバイルアプリででも見れるということで、展示室で説明を読むことに時間を取られすぎないように工夫されている。これはユニバーサルデザインの7原則のうち、「認識しやすい情報」に当たると思われる。
図3 図4
次に、「ソウル工藝博物館」の事例であるが、<図3><図4>は限られた展示スペースで展示物の解説を示すために工夫された事例のように思われる。ここでは展示作品一つ一つ個別に題箋を置く方法ではなく、まとめて展示パネルで説明を示していたが、どの解説がどの作品に当たるかを分かりやすくするために作品のシルエットで表示していた。これで、観覧中に作品と題箋を合わせることに時間を取られることが減る。これはユニバーサルデザインの7原則のうち、「簡単であり直観的な利用」に該当すると考える。
2)多様な感覚で接する
博物館の作品は、基本的に視覚によって「見る」ことが多い対象である。しかし、昨今は「見る」以外の体験型の展示も増えつつあるように思われる。ここからは、「ソウル工藝博物館」の展示の実例をあげて説明したい。<図5>は、華角という材料で作った箱である。展示ケースの中に入っているこの作品を展示室で楽しむ方法は、視覚による「見る」のほか、触覚による「触る」鑑賞方法が提示されている。
図5 図6
箱は実物の二分の一の大きさで製作された樹脂模型と、職人により作られた実物と似た金具を展示説明のスペースに示し、間接的に作品を「触る」ことができるようになっている。そして模型などを通して触ることができる作品には、手のマークがついている。展示説明は基本的に韓国語によるものであるが、点字が合わせて表示されていることが特徴的である。
図7 図8
また、青磁香炉作品は白磁で模型を製作されており、香りを嗅ぐことができるように再現されていた。再現に当たっては、製作窯や釉薬の素材など、詳細な情報が点字とともに提供されている。再現は間接的な楽しみ方ではあるが、展示作品の機能を嗅覚で体験できるということは作品鑑賞に多様性をもたらせるものであると考える。
図9
触覚で間接的に作品に接するということは、視覚にハンディキャップを持っている鑑賞者に対する配慮ともいえるが、だれでも楽しめるという点では、ユニバーサルデザイン7原則の「公平な利用」に該当すると思う。また完全な再現でなくても模型で体験を提供するという点は「利用の融通性」に当たるであろう。
3)バリアフリーとの連携
博物館での観覧に当たり、バリアフリー(Barrier-free)は様々な形で行われているように思う。「ソウル工藝博物館」では、上であげたように視覚にハンディキャップを持っている観覧者も楽しめるように展示の仕方を工夫しており、展示室の外でもそのような配慮がなされていた。
図10
<図10>はそのような一例である。施設を案内するこのパネルには「触地図(촉지도)」と書いてある。視覚障害を持つ人々のために点字が表示されている触地図は、ユニバーサルデザイン7原則の「公平な利用」を実現しているもののように思われる。
図11
このような工夫は建物自体にもなされていた。<図11>のフロアマップをみると、建物と建物の間にスロープがあるが、ほかの建物に移動する際に使用されている。建物の間を移動する際に、階段よりもスロープが効率のよい手段として採択されているのである。スロープにはハンドルもついていて、このスロープがバリアフリーを含め、だれでも利用できるものとして機能するように考えられたことが分かる。これをユニバーサルの7原則に当てると、「公平な利用」「アクセスと利用のための大きさと空間」「最小限の身体的努力」の要素に該当すると思われる。
4)多言語化との連携
「ソウル工藝博物館」の常設展示では、展示のイントロを説明するパネルや各章のタイトル等を四言語(韓国語、英語、中国語、日本語)で表示していたが、そのほか、作品解説では基本的には二言語(韓国語、英語)または韓国語と点字で表示されていた。そこで、中国語と日本語は、展示室では提供されない情報に対する解説がパンフレットに充実に載っていて、パンフレットを手にとって展示をみながら参考することができる。このような工夫はユニバーサルデザイン7原則の「利用の融通性」に当たると思われる。
図12 図13
おわりに
多様な人々に展示を観覧してもらうためには、どのような工夫が必要であるか。ユニバーサルデザインはこのような質問に対して一つの答えになると考える。また、分かりやすく、多様な感覚で接することができ、多言語化やバリアフリーとの連携ができる展示は、ユニバーサルデザインとも重なり合うということが確認できたと思われる。とくに、多言語化やバリアフリーは、今まで別のものとして考えられ具現化されてきた傾向があるが、ユニバーサルデザインを視野に入れて考えると、一緒に実現できるものであるように思われる。それをかなえるためには博物館や展示において新しいアイディアで工夫していく必要があるであろう。このような試みを増やしていくことで博物館の内実はより豊富になっていくことと考える。
【注釈1】https://icom.museum/en/about-us/missions-and-objectives/
【注釈2】ゴ・ヨンジュン、「皆のための博物館のデザインとサービス」(2022年国立中央博物館、博物館教育国際シンポジウム、2022年8月30日、発表文17ページ。)
【注釈3】ユニバーサルデザインセンターや7原則については、次のウェブサイトを参照。https://design.ncsu.edu/research/center-for-universal-design/