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Prefecture List > All Prefecture > 南仮宿遺跡Ⅶ地点

南仮宿遺跡Ⅶ地点

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/71486
引用表記 株式会社アーク・フィールドワークシステム 2016 『神奈川県埋蔵文化財発掘調査報告書43:南仮宿遺跡Ⅶ地点』株式会社アーク・フィールドワークシステム
株式会社アーク・フィールドワークシステム 2016 『南仮宿遺跡Ⅶ地点』神奈川県埋蔵文化財発掘調査報告書43
File
3次元画像
Title 南仮宿遺跡Ⅶ地点
Participation-organizations 神奈川県教育委員会 - 神奈川県
Alternative みなみかりやどいせきⅦちてん
Subtitle 平成27年度大磯警察署新築工事業務に係る埋蔵文化財発掘調査
Volume
Series 神奈川県埋蔵文化財発掘調査報告書
Series Number 43
Author
Editorial Organization
株式会社アーク・フィールドワークシステム
Publisher
株式会社アーク・フィールドワークシステム
Publish Date 20160328
Publisher ID
ZIP CODE 2410821
TEL 0453655522
Aaddress 神奈川県横浜市旭区二俣川1-2-1
Report Type report
NII Type Research Paper
NCID
JP Number
Other Resource
Remark
Site
Site Name 南仮宿遺跡Ⅶ地点
Site Name Transcription みなみかりやどいせきⅦちてん
Order in book
Address 神奈川県中郡大磯町国府本郷207番‐1
Address Transcription かながわけんなかぐんおおいそまちこくふほんごう207ばん‐1
City Code 14341
Site Number 大磯町№118
North Latitude (JGD)
East Longitude (JGD)
North Latitude (WGS) 351815
East Longitude (WGS) 1391849
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.304166 139.313611
Research Period
20150818-20151124
Research Space
929
Research Causes 警察署新築工事
OverView
Site Type
散布地
Main Age
弥生
古墳
奈良
平安
中世(細分不明)
Main Features
竪穴建物跡‐1(中世)
溝状遺構-1(中世)
土光‐7(中世)
竪穴建物跡‐1(奈良・平安)
掘立柱建物跡-4(奈良・平安)
柱穴列‐1(奈良・平安)
溝状遺構-8(奈良・平安)
土坑‐21(奈良・平安)
竪穴建物跡‐17(古墳)
掘立柱建物跡-4(古墳)
溝状遺構-1(古墳)
土坑‐21(古墳)
ピット‐84(古墳)
竪穴建物跡‐1(弥生)
土坑‐4(弥生)
Main Foundings
陶器(中世)
かわらけ(中世)
土製品(中世)
銭貨(中世)
土師器(奈良・平安)
須恵器(奈良・平安)
鉄製品(奈良・平安)
石製品(奈良・平安)
鉄滓(奈良・平安)
金銅製品(奈良・平安)
土師器(古墳)
須恵器(古墳)
鉄製品(古墳)
石製品(古墳)
土器(弥生)
土器(縄文)
石器(縄文)
Remark (奈良・平安)庇w伴う3×6間の掘立柱建物跡を確認
(古墳)前期・後期の集落を確認。
Abstract 南仮宿遺跡ではⅦ地点目の調査で、弥生時代から中世の集落跡を検出した。遺跡は不動川の沖積段丘の南端部から葛川に向かって南側へ比高さ約8mをもって傾斜する。中世は方形竪穴跡に類似する建物跡と方形ないし長方形の土坑を確認し、用途は貯蔵目的と想定した。いずれの遺構も覆土は砂を多く含むことで共通していた。奈良・平安時代は竪穴建物跡4棟を確認した。確認した掘立柱建物跡の中でH8号掘立柱建物跡は大型の建物で、公的性格を有するのではないかと推定される。溝状遺構はL字状に曲がるものが認められ、土地の区画を目的に掘られたものではないかと想定される。土坑はこの溝状遺構周辺でいわゆる円形土坑が集中していた。古墳時代前期から後期の集落は本地点の調査で最も遺構数が多く、主体となる時代である。後期の竪穴建物跡の中にはカマド煙道がトンネル状に刳り貫かれているものも複数認められた。弥生時代は後期の竪穴建物跡と土坑を確認したが、僅かながら東京湾岸系や中部高地系土器も出土しており、他地域との交流が伺われる。
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