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栗橋宿跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/132737
DOI 二次元コード
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.132737
引用表記 公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団 2020 『埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書463:栗橋宿跡』公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団
公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団 2020 『栗橋宿跡』埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書463
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書名 栗橋宿跡
発行(管理)機関 (公財)埼玉県埋蔵文化財調査事業団 - 埼玉県
書名かな くりはししゅくあと
副書名 首都圏氾濫区域堤防強化対策における埋蔵文化財発掘調査報告
巻次 5
シリーズ名 埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書
シリーズ番号 463
編著者名
編集機関
公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団
発行機関
公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団
発行年月日 20200323
作成機関ID
郵便番号 3690108
電話番号 0493393955
住所 埼玉県熊谷市船木台4丁目4番地1
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 栗橋宿跡
遺跡名かな くりはししゅくあと
本内順位
遺跡所在地 埼玉県久喜市栗橋北二丁目3425-1
所在地ふりがな さいたまけんくきしくりはしきたにちょうめ3425-1
市町村コード 112321
遺跡番号 011
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 360828
東経(世界測地系)度分秒 1394211
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.141111 139.703055
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
調査面積(㎡)
調査原因
遺跡概要
種別
集落
交通
時代
江戸
主な遺構
建物跡
基礎状遺構
道路跡
木樋
埋設桶
井戸跡
杭列
溝跡
土壙
ピット
埋納遺構
埋甕
土留状遺構
落ち込み
主な遺物
陶磁器
土製玩具
土製人形
木製品
金属製品
石製品
硝子製品
布製品
特記事項 栗橋宿の町屋跡を調査した。
日光道中とみられる道路跡を調査した。
神楽面が出土した。
要約  栗橋宿跡は利根川右岸に立地する日光道中の宿場「栗橋宿」の町屋跡である。栗橋宿跡の調査は第1から9地点に分けて実施しており、第5地点は調査範囲の北端に位置する。調査区の北半分は、北二丁目陣屋跡を一部含む。調査区の南半分は栗橋宿本陣跡に含まれ、本陣跡第5 次として調査した。発掘調査は19 世紀前葉~中葉の遺構を中心とする第一面と、18 世紀以前の遺構を中心とする第二面で実施した。
 調査の結果、第一面では町屋の建物跡、敷地境とみられる杭列・木樋、日光道中の一部とみられる道路跡が検出された。道路跡は東西に走行し、南北を木樋で区切られていた。木樋は杭と板材で壁面を土留めする構造を持ち、一部は木桶と木枡が付属する。木樋は複数が並行して確認され、また路面では複数の硬化面が確認されたことから、補修と整地が繰り返されていたと考えられる。道路に面した建物跡は土蔵のような重量物を支持する基礎構造は持たず、礎石が並べられているだけのものと捨杭がうたれているものがあった。第一面・第二面とも土壙の中には火災の後片付けに関わる遺構があり、陶磁器類のほか角材や瓦などの建築部材が被熱した状態で出土した。
 遺物では、土壙から「天狐」とみられる木製神楽面が出土した。面が発掘調査によって出土した事例は少ない。また日光道中を遺構として調査した例はなく、どのように使用されていたかを示す貴重な資料が得られた。このほか土壙を中心に出土した多種多様な一括遺物は、近世宿場町の実態を示す良好な資料群である。

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