多賀城「鴻の池」地区周辺調査の学史的検討と展望
Historical Review and Prospects for Survey of the Konoike-Lakelet Area in Tagajo Fortress
相原 淳一
( AIHARA Junichi )
7.津波堆積層を識別するための展望
前章までに,2011年3月11日以前から研究史を追って,「砂の薄層」から津波堆積物へ,さらに条件が整えば,遺構内に封じ込められた津波堆積層,あるいは津波固有の堆積構造について論じて来た。基本層序に対する漫然とした観察や,学術発掘のために調査目的が限定的な場合は,本来の津波堆積層の最も大きな特質と言える水成堆積によるラミナ構造ですら,見落とされることになる。特に津波堆積層の中位に形成されるMud drapeや,津波堆積層下底面に残される火炎状構造や筋状痕跡,アメーバ状痕跡などの見落としは致命的ですらある。
(1)土層の剥ぎ取り調査法
方法論としての土層の剥ぎ取りは,貝層などの展示や保存技術のひとつとして発達してきた。2014年の産総研の澤井祐紀による熊の作遺跡における剥ぎ取り調査法は,これまでの考古学の常識を覆す衝撃的なものであった(相原ほか2019)。剥ぎ取り試料と剥ぎ取られた土層断面はポジとネガの関係となり,剥ぎ取り薬剤は粒度の粗いものは厚く,細かいものは薄く剥ぎ取るため,平面的に削っただけではわからない土層が立体化され,微細な堆積構造や層理面が鮮明に視覚化された。また,何度でも,あるいは現場には立ち会えない研究者でも観察が可能であり,証拠の保全という意味でも,重要な意義を持つ。さらに小さく剥ぎ取った試料は実体顕微鏡での観察が可能であり,層の構成物である砂粒の大きさや円磨度を視覚化することも可能である。現場で応用可能な簡便な方法にスプレー缶(約1,000円)と古タオルによる剥ぎ取り法(戸倉1996)がある。
(2)珪藻分析
すでに環境指標種群の詳細が明らかにされている珪藻分析も津波堆積層識別の有効な手がかりとなる。3.11津波堆積物中に含まれる珪藻は,多くは淡水生種であるが,わずかずつでも汽水生種,海水生種が含まれている。逆に,汽水生種,海水生種が全く含まれない場合は,津波堆積物ではない可能性が高い。また, 珪藻の環境指標種群に関する研究も,3.11以降長足の進歩を遂げており, 最新成果による評価が欠かせない。1 試料の分析費用が2万円程度と比較的安価に行える利点もある。
(3)被災物としての遺物
津波堆積層中には遺物が含まれる。自然科学研究者との貴重な架け橋となる資料でもある。北海道大学の平川一臣は,東北の古津波堆積層には北海道とは異なり,層中に多くの場合,土師器や弥生・縄文土器,製塩土器の小片が含まれていることを指摘している(相原ほか2013,相原・駒木野2014ab,駒木野・相原2014)。
津波堆積層中に含まれる遺物は年代的に幅があり,最も新しい遺物がイベントの年代である。湿地では流出した建築部材等も含まれ,重量のある部材は下層にめり込んで検出される(荷重痕:load casting)。須恵器や土師器の割れ口は概して新鮮で,割れ口縁辺にはリタッチ状の小剥離や全体にスレの痕跡を残している。
(4)遺物の3次元情報の活用-Inbrication(インブリケーション:覆瓦構造)をとらえるために
津波堆積層中の遺物はUnit2引き波堆積層にやや多く含まれ,ばらまかれたような状態で出土し,3.11津波被災物(山内2014:いわゆる「瓦礫」)と同様の状況を呈する。
第21図は,新潟県村上市上野遺跡の砂礫層(土石流堆積物)中の土器の分布状況(小野本2022)である。調査地の基本層序は丘陵の山体崩壊による花崗岩質の砂礫層が幾重にも堆積し,試掘調査で「集落」の中心からは外れることが予測されていたが,砂礫層中から大量の遺物が出土することから,調査対象になった経緯がある。遺物の取り上げはトータルステーションを用い,3次元データを取得している。当初は遺物の接合関係を可視化するために全点ドットを採用したが,断面の摩耗等により遺物の接合自体がほとんど不可能であった。D3層の遺物の出土状況は調査区内に流入した土石流が拡散した様子を示し,遺物の高密度分布帯は流れの中心であることを示している。D3層の流入元をたどっていくと西側丘陵の崩落地形にあたることから,ここがD3層の発生源と推定することができる。物理法則に従う遺物の動きを可視化することに成功した貴重な研究である。
遺物の出土状況(第22図)から,明治時代に大野延太郎・鳥居龍蔵(1895)は,遺物の人為的堆積の「遺物包含層」と耕作などによって遺物が地表にばらまかれたような状態になっている「遺物散列地」とを区別した。林謙作(1973)は尖頭器と土器が共伴関係にあるか否かをめぐって繰り広げられた本ノ木論争の解決をはかるべく遺物の出土状況を整理した。層理面上に遺物が寝たような状態で出土した場合は原位置を保った安定した状態にあるとし,層中に立ったまたは斜めの状態で遺物が出土した場合,層の再堆積あるいは遺物の二次的移動の有無を判定する重要な目安とした。
津波堆積層中の遺物は,自然の営力に任せて堆積しており,もはや「遺物包含層」ですらない。流体の中での堆積は流れに対して物理的にある一定の傾き(Inbrication覆瓦構造)を伴う。現在,遺物の取り上げには多くの場合,トータルステーションが導入され,ある程度の大きさのある遺物は傾きも含めた3次元データが記録されている。こうした遺物の傾きを集成・解析することにより,押し波・引き波の津波流向を復元することが可能となり,遺跡における津波被災の実態解明に大きく道を開くことが期待される。
前章までに,2011年3月11日以前から研究史を追って,「砂の薄層」から津波堆積物へ,さらに条件が整えば,遺構内に封じ込められた津波堆積層,あるいは津波固有の堆積構造について論じて来た。基本層序に対する漫然とした観察や,学術発掘のために調査目的が限定的な場合は,本来の津波堆積層の最も大きな特質と言える水成堆積によるラミナ構造ですら,見落とされることになる。特に津波堆積層の中位に形成されるMud drapeや,津波堆積層下底面に残される火炎状構造や筋状痕跡,アメーバ状痕跡などの見落としは致命的ですらある。
(1)土層の剥ぎ取り調査法
方法論としての土層の剥ぎ取りは,貝層などの展示や保存技術のひとつとして発達してきた。2014年の産総研の澤井祐紀による熊の作遺跡における剥ぎ取り調査法は,これまでの考古学の常識を覆す衝撃的なものであった(相原ほか2019)。剥ぎ取り試料と剥ぎ取られた土層断面はポジとネガの関係となり,剥ぎ取り薬剤は粒度の粗いものは厚く,細かいものは薄く剥ぎ取るため,平面的に削っただけではわからない土層が立体化され,微細な堆積構造や層理面が鮮明に視覚化された。また,何度でも,あるいは現場には立ち会えない研究者でも観察が可能であり,証拠の保全という意味でも,重要な意義を持つ。さらに小さく剥ぎ取った試料は実体顕微鏡での観察が可能であり,層の構成物である砂粒の大きさや円磨度を視覚化することも可能である。現場で応用可能な簡便な方法にスプレー缶(約1,000円)と古タオルによる剥ぎ取り法(戸倉1996)がある。
(2)珪藻分析
すでに環境指標種群の詳細が明らかにされている珪藻分析も津波堆積層識別の有効な手がかりとなる。3.11津波堆積物中に含まれる珪藻は,多くは淡水生種であるが,わずかずつでも汽水生種,海水生種が含まれている。逆に,汽水生種,海水生種が全く含まれない場合は,津波堆積物ではない可能性が高い。また, 珪藻の環境指標種群に関する研究も,3.11以降長足の進歩を遂げており, 最新成果による評価が欠かせない。1 試料の分析費用が2万円程度と比較的安価に行える利点もある。
(3)被災物としての遺物
津波堆積層中には遺物が含まれる。自然科学研究者との貴重な架け橋となる資料でもある。北海道大学の平川一臣は,東北の古津波堆積層には北海道とは異なり,層中に多くの場合,土師器や弥生・縄文土器,製塩土器の小片が含まれていることを指摘している(相原ほか2013,相原・駒木野2014ab,駒木野・相原2014)。
津波堆積層中に含まれる遺物は年代的に幅があり,最も新しい遺物がイベントの年代である。湿地では流出した建築部材等も含まれ,重量のある部材は下層にめり込んで検出される(荷重痕:load casting)。須恵器や土師器の割れ口は概して新鮮で,割れ口縁辺にはリタッチ状の小剥離や全体にスレの痕跡を残している。
(4)遺物の3次元情報の活用-Inbrication(インブリケーション:覆瓦構造)をとらえるために
津波堆積層中の遺物はUnit2引き波堆積層にやや多く含まれ,ばらまかれたような状態で出土し,3.11津波被災物(山内2014:いわゆる「瓦礫」)と同様の状況を呈する。
第21図は,新潟県村上市上野遺跡の砂礫層(土石流堆積物)中の土器の分布状況(小野本2022)である。調査地の基本層序は丘陵の山体崩壊による花崗岩質の砂礫層が幾重にも堆積し,試掘調査で「集落」の中心からは外れることが予測されていたが,砂礫層中から大量の遺物が出土することから,調査対象になった経緯がある。遺物の取り上げはトータルステーションを用い,3次元データを取得している。当初は遺物の接合関係を可視化するために全点ドットを採用したが,断面の摩耗等により遺物の接合自体がほとんど不可能であった。D3層の遺物の出土状況は調査区内に流入した土石流が拡散した様子を示し,遺物の高密度分布帯は流れの中心であることを示している。D3層の流入元をたどっていくと西側丘陵の崩落地形にあたることから,ここがD3層の発生源と推定することができる。物理法則に従う遺物の動きを可視化することに成功した貴重な研究である。
遺物の出土状況(第22図)から,明治時代に大野延太郎・鳥居龍蔵(1895)は,遺物の人為的堆積の「遺物包含層」と耕作などによって遺物が地表にばらまかれたような状態になっている「遺物散列地」とを区別した。林謙作(1973)は尖頭器と土器が共伴関係にあるか否かをめぐって繰り広げられた本ノ木論争の解決をはかるべく遺物の出土状況を整理した。層理面上に遺物が寝たような状態で出土した場合は原位置を保った安定した状態にあるとし,層中に立ったまたは斜めの状態で遺物が出土した場合,層の再堆積あるいは遺物の二次的移動の有無を判定する重要な目安とした。
津波堆積層中の遺物は,自然の営力に任せて堆積しており,もはや「遺物包含層」ですらない。流体の中での堆積は流れに対して物理的にある一定の傾き(Inbrication覆瓦構造)を伴う。現在,遺物の取り上げには多くの場合,トータルステーションが導入され,ある程度の大きさのある遺物は傾きも含めた3次元データが記録されている。こうした遺物の傾きを集成・解析することにより,押し波・引き波の津波流向を復元することが可能となり,遺跡における津波被災の実態解明に大きく道を開くことが期待される。