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奈良文化財研究所紀要

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/65335
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.65335
引用表記 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 2017 『奈良文化財研究所紀要:奈良文化財研究所紀要2017』独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 2017 『奈良文化財研究所紀要2017』奈良文化財研究所紀要
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書名 奈良文化財研究所紀要
発行(管理)機関 奈良文化財研究所 - 奈良県
有償頒布・配布ページ https://www.nabunken.go.jp/publication/goods.html
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな なら ぶんかざい けんきゅうじょ きよう
副書名
巻次 2017
シリーズ名 奈良文化財研究所紀要
シリーズ番号
編著者名
編集機関
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
発行機関
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
発行年月日 20170630
作成機関ID
郵便番号
電話番号
住所
報告書種別 b01.年報・紀要・研究論集・市史研究等・文化財だより
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
軒先木口金具の意匠を構成する文様について -第一次大極殿院の復原研究22-。大極殿院の風鐸の検討 -第一次大極殿院の復原研究23-。西トップ遺跡の調査と修復。コ・ター窯跡の調査。ウズベキスタン南部ファヤズテパ遺跡出土壁画の公表に向けて。近世巨石石割技術および道具の復元的研究。飛鳥・藤原地域出土金属製品の調査 -坂田寺SK160出土銭-。直感的理解を重視した文化財展示の実践 -飛鳥資料館特別展の展示から-。飛鳥資料館におけるセルフプロモーション。キトラ古墳壁画の公開とアンケート結果の考察。興福寺二条家史料の抜書集。出雲市内神社本殿の特徴 -出雲市内神社調査の成果から。文化遺産の構成要素と関連性の可視化-歴史文化基本構想と文化的景観の報告書にみる表現方法-。「地域のみかた」としての文化的景観 -個別解を紡ぎ直す試み-。遺跡の履歴と計画論 -近世城跡の近現代-。織豊期から江戸時代初期の庭園。発掘調査報告書公開活用の展望。初めて土器胎土から検出されたキビの生物指標。平城宮・京跡出土漆刷毛の構造調査。「四方転びの箱」の用途について。年輪年代学的手法による平城京跡出土木簡の検討-平城第524次調査出土「皇」「太子」削屑の事例-。漢籍デジタルテキストの可能性 -『文苑英華』の校勘を通じて-。豊橋市普門寺所蔵僧永意起請木札の文化財科学的調査。藤原宮大極殿院出土の墨書竜山石。飛鳥寺塔心礎出土耳環。飛鳥寺塔心礎出土の真珠製小玉。縄生廃寺出土唐三彩の化学分析。交流インピーダンス法を用いた埋蔵環境下における金属製遺物の腐食速度に関する研究。PEGが溶出した出土木簡の高級アルコールを用いた再処理。瓦当の三次元計測法の検討 -瓦当データベース構築に向けた模索-。ツガに関する年輪データの収集と整理 -暦年標準パターンの構築に向けて-。油屋さんの油甕。大型遺物実測における三次元計測の有用性。国宝薬師寺東塔木部材の年代測定 -建立年代について-。奈良時代の井戸から出土した土師器甕の頸部に付着した紐に関する所見。飛鳥・藤原宮跡等の調査概要。藤原宮の調査。藤原宮朝堂院の調査 第189次。藤原宮大極殿院の調査 第190次。藤原宮東方官衙南地区・東南官衙地区の調査 第188-7次。藤原宮下層運河SD1901Aの機能と性格の検討 第186次。藤原宮外周帯の調査 第191次。藤原京の調査。藤原京右京九条二・三坊、瀬田遺跡の調査 第187次。飛鳥地域等の調査。山田寺北面大垣の調査 第188-8・188-11次。奥山廃寺(奥山久米寺)出土の素文軒平瓦 。飛鳥地域出土の湖西窯産須恵器。平城宮跡等の調査概要。平城宮の調査。平城宮第一次大極殿院西面回廊の調査 第561次。平城宮内裏官衙地区北方の調査 第579次。平城京と寺院等の調査。平城京朱雀門周辺・朱雀大路・二条大路の調査 第552次・第566次・第577次・第578次。平城京左京二条二坊十一坪の調査 第563次・第571次。平城京右京一条二坊四坪・西一坊大路・一条南大路の調査 第565次。興福寺境内の調査 第567次。平城京左京一条二坊十六坪、木取山古墳の調査 第568次。平城京右京三条一坊十坪の調査 第572次。東大寺東塔院跡の調査 第574次。法華寺旧境内の調査 第575次。平城京二条大路東一坊域の調査 第576次。平城京左京三条一坊十坪の調査 第580次。平城宮出土の奈良三彩陶器と施釉瓦磚。平城宮斜行溝SD8600出土の土器。平城宮朝堂院・宮城門・宮城築地大垣の軒瓦。平城宮・京域出土旧石器の新資料 第448次・第469次・第503次・第530次。墨書のある糸枠 第99次。平城宮東院地区出土の建築部材 第120次。平城京右京一条二坊四坪出土の井戸枠材 第530次。英文目次。
所収論文
所収遺跡
遺跡名 藤原京右京九条二・三坊、瀬田遺跡
遺跡名かな ふじわらきょううきょうきゅうじょうに・さんぼう、せたいせき
本内順位 1
遺跡所在地 橿原市城殿町
所在地ふりがな かしはらしきどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342921.28
東経(世界測地系)度分秒 1354820.00
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.489244 135.805555
調査期間
20151125-20161005
調査面積(㎡)
2019
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
古墳
時代
縄文
弥生
古墳
飛鳥白鳳
奈良
平安
主な遺構
建物
道路
周溝墓
井戸
土坑
土器集中部
主な遺物
土器
石製品
弥生土器
縄文土器
特記事項 187次。調査地区5AMQ-B・C。
藤原京期 条坊道路では、西二坊大路東側溝とみられる南北溝を検出したことで、西二坊大路の位置を明らかにすることができた。九条三坊東北坪では、同時期とみられる大型掘立柱建物3棟を検出した。これらは坪の東半に計画的に配置されており、この地に一町(以上)を占める施設が存在していた可能性を示唆している。一方で、九条二坊西北坪では坪内道路とみられる道路2を検出し、坪内を分割して利用していたことが確認された。隣接する坪で利用実態が異なることが明らかとなり、藤原京の宅地の様相がうかがえる新たな事例を加えた。
弥生時代終末期 大型の円形周溝墓とそのすぐ東に隣接して営まれた数基の方形周溝墓を検出した。とりわけ円形周溝墓1は幅約6mの周溝をめぐらせ、南側に陸橋が接続するもので、同時期の大和地域では最大級の規模である。周溝の底部付近に堆積した有機質粘土や周溝肩付近の黒褐色砂質土からは庄内0式の土器群が多量に出土し、周溝墓の築造時期を示しているほか、いくつかの土坑からもほぼ同時期の土器が出土している。周辺の調査では、すでに該期の遺構・遺物が確認されている。黄灰色シルトの堆積後、一転して高燥な微高地となったこの場所は、その一部が墓域に当てられたようである。今回の発掘調査では、瀬田遺跡が弥生時代の重要遺跡であることを明らかにするとともに、今後の研究に資する貴重な遺物群を多数回収することができた。
縄文時代 既往の調査でも明らかなように、瀬田遺跡は縄文時代の遺物包蔵地である。今回の発掘調査では、調査期間の制約などから、縄文時代の調査はかなり不十分なまま打ち切らざるをえなかったが、それでも調査面積の約20%につき下層確認をおこない、縄文時代後期から晩期にかけての土器・石器類を数多く回収することができた。瀬田遺跡とその周辺地域では、黄灰色シルトがいわゆる「地山」にあたり、これが無遺物層であるため下層確認の要なしと判断される可能性があるが、この洪水性の堆積物の直下には、縄文時代の古土壌(遺物包含層)が広がっている場合があるので、今後の注意が必要である。
遺跡名 藤原宮朝堂院
遺跡名かな ふじわらきゅうちょうどういん
本内順位 2
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343004.74
東経(世界測地系)度分秒 1354826.07
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.501316 135.807241
調査期間
20160620-20161201
調査面積(㎡)
870
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
藤原宮朝堂院礫敷広場
幢幡遺構
運河
土坑
柱穴
主な遺物
土器
金属製品
木質遺物
特記事項 189次。調査地区5AJF-N。
今回の調査成果と第153次・第179次調査の成果により、大極殿院南門前面・朝堂院朝庭北端部における儀式に関わる遺構の様相が明らかになった。
幢幡遺構の配置と思想 藤原宮中軸線上に1基(SX10760)、その東西に各3基(SX10765~10767・SX11405~11407)が三角形状に並ぶ、7基の大型柱穴からなる幢幡遺構SX11400は、その数と検出位置、柱穴の構造と規模から、大宝元年元日朝賀において立てられた7本の宝幢・四神幡に関わる遺構の、もっとも有力な候補である。他に候補となる遺構を検出していないこともこれを裏付けよう。幢幡遺構SX11400は、中央に烏形幢、東西に日・月・東北・南東・南西・北西にそれぞれ青龍・朱雀・白虎・玄武の四神幡を配するものと復元できる。
 この幢幡の配置は、当時の世界観である陰陽五行思想を表現しており、日・月が陰陽を、青龍・朱雀・白虎・玄武の四神幡がそれぞれ五行の木・火・金・水を、烏形幢が五行の土を象徴すると考えられる。同じ画題をもつキトラ古墳や高松塚古墳の壁画でも、日像は東、月像は西、青龍が東壁、朱雀が南壁、白虎が西壁、玄武が北壁に描かれている。両者にみる日・月・四神の配置方位に矛盾はなく、合理的に理解される。
旗竿遺構と東西柱穴列 幢幡遺構SX11400の南には、藤原宮中軸を挟んで東西に各8基、計16基からなる旗竿遺構SX11401が位置する。中央の14基は2本の柱を同時に立てるものであるのに対し、両端の2基は1本のみ柱を立てるというものである。さらに、幢幡遺構SX11400の東西には、SX11400の南東・西南柱穴と柱筋が揃う東西柱穴列SA11220・11420がある。これらの儀式遺構はその位置関係から計画的に配置されたことがうかがわれる。これらは一体的に設けられたものとみることができるが、各遺構の組み合わせが異なる場面があったとみるのか、その実態については更なる検討を要する。
幢幡遺構検出の意義 宝幢・四神幡(旗)に関わる遺構について、奈良時代中期以前に関しては考古学的に知られていなかった。今回の調査で幢幡遺構SX11400を検出したことにより、1本柱とみられる方形の大型柱穴が、中央に1基、その東西に各3基が三角形状に並ぶという幢幡(旗)遺構の最初のあり方をあきらかにできた。これは3本の柱が立つ横長の柱穴が東西一直線に並ぶ、既知の幢旗遺構とは配列や柱穴構造が全く異なるもので、朝賀や即位式という国家的儀式の整備過程をあきらかにする上で重要な成果といえる。
 朝堂院および大極殿院の継続的な発掘調査を通じて、大宝元年元年元日朝賀に立てられた幢幡に関わると考えられる遺構を今回あきらかにすることができた。「文物の儀、是に備れり」と記された古代史上の歴史的一場面を初めて具体的に復元できるようになったのであり、その学術的な意義はきわめて大きい。
遺跡名 藤原宮大極殿院
遺跡名かな ふじわらきゅうだいごくでんいん
本内順位 3
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343006.37
東経(世界測地系)度分秒 1354830.37
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.501769 135.808436
調査期間
20161004-20170206
調査面積(㎡)
480
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
藤原宮大極殿院東門
藤原宮大極殿院東面南回廊
藤原宮大極殿院内庭礫敷
主な遺物
土器
榛原石
金属製品
石製品
動植物遺存体
木炭
特記事項 190次。調査地区5AJF-L・M。
 大極殿院東門の南端部を確認した。また、東面南回廊を7間分確認し、回廊の礎石据付穴や、凝灰岩を用いた基壇外装の一部、東西の雨落溝を確認した。東門と東面南回廊の取付部では棟通りにのみ柱が配置される構造であることを確認した。
 主な検出遺構は下記のとおりである。
・東門 東門の南端にあたる礎石据付穴を3基検出した。梁行11尺。
・東面南回廊 あらたに7間分の礎石据付穴・抜取穴を検出した。桁行14尺、梁行10尺。また、内庭部では凝灰岩の基壇外装据付溝・抜取溝を確認し、さらに東西の雨落溝も検出できた。
・礫敷 拳大の礫を敷き詰めた、大極殿内庭の礫敷を検出した。
・南北溝 両基壇縁にあたる場所で、南北溝を2条検出した。造営期の排水溝と思われる。
遺跡名 藤原宮外周帯
遺跡名かな ふじわらきゅうがいしゅうたい
本内順位 4
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342949.54
東経(世界測地系)度分秒 1354818.93
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.497094 135.805258
調査期間
20170110-20170202
調査面積(㎡)
635
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
古墳
飛鳥白鳳
主な遺構
土坑
自然流路
主な遺物
土器
銭貨
吉備型甕
特記事項 191次。調査地区5AJH-K・Q・R。
水路による削平で遺構の残存状況は良好ではなかった。しかしながら、古代に関しては、調査区西端で藤原宮外濠に関わる可能性のある東西溝2や、藤原宮造営期のまとまった量の遺物が出土した東西溝1、西一坊坊間路東側溝の可能性のある遺構等を確認することができた。また、古墳以前に関しても、古墳時代の吉備型甕が出土した土坑や斜行する自然流路など、藤原宮造営以前の藤原宮南方の土地利用状況や旧地形の復元を考えるうえで参考となる成果を得ることができた。
遺跡名 奥山廃寺(奥山久米寺)
遺跡名かな おくやまはいじ(おくやまくめでら)
本内順位 5
遺跡所在地 明日香村奥山
所在地ふりがな あすかむらおくやま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342907.50
東経(世界測地系)度分秒 1354917.25
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.485416 135.821458
調査期間
20160406-20160414
調査面積(㎡)
6
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
中世(細分不明)
主な遺構
土坑
主な遺物
特記事項 188-1次。調査地区5BOQ-J・K。
個人住宅建設にともなう発掘調査。地表下0.5m付近の地山面で検出をおこなったが、中世以降と考えられる土坑を検出したのみで、奥山廃寺に関連する古代の遺構は確認できなかった。
遺跡名 藤原京左京五条三坊、木之本廃寺
遺跡名かな ふじわらきょうさきょうごじょうさんぼう、きのもとはいじ
本内順位 6
遺跡所在地 橿原市下八釣町
所在地ふりがな かしはらししもやつりちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342959.00
東経(世界測地系)度分秒 1354856.19
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.499722 135.815608
調査期間
20160517-20160524
調査面積(㎡)
27
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
中世(細分不明)
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-2次。調査地区5AJC-K・L。
個人住宅建設にともなう発掘調査。地表下0.5m付近の地山面で検出をおこなった。東南溝3条、斜行溝1条を検出したが、いずれも埋土に瓦器を含み、中世以降の遺構と考えられる。右京五条三坊東南坪の南北中心軸が、調査区南端から南に約2.7m(西端でX=166408.7)の位置にあり、東西溝のいずれかは坪内道路北側溝の可能性が考えられたが、古代と推定される溝は確認されなかった。
遺跡名 飛鳥寺
遺跡名かな あすかでら
本内順位 7
遺跡所在地 明日香村飛鳥
所在地ふりがな あすかむらあすか
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342848.64
東経(世界測地系)度分秒 1354903.96
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.480177 135.817766
調査期間
20160608-20160610
調査面積(㎡)
25
調査原因 埋設管設置
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-3次。調査地区5BAS-B・J。
埋設管設置にともなう立会調査で、調査地は飛鳥寺跡の西辺に位置する。地表下1.0~1.5mまで掘削したが、遺構面に達しなかった。
遺跡名 山田寺
遺跡名かな やまだでら
本内順位 8
遺跡所在地 桜井市山田
所在地ふりがな さくらいしやまだ
市町村コード 292061
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342904.97
東経(世界測地系)度分秒 1354947.34
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.484713 135.829816
調査期間
20160721-20160721
調査面積(㎡)
0.2
調査原因 電柱設置
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-4次。調査地区5BYD-K。
特別史跡山田寺跡における電柱の建替にともなう立会調査。地表下2.7mまで掘削し、青灰色シルト層を確認した。顕著な遺構および遺物は認められなかった。
遺跡名 飛鳥寺、坂田寺、雷丘東方、小墾田宮推定地、山田道、古宮
遺跡名かな あすかでら、さかたでら、いかづちのおかとうほう、おはりだのみや、やまだみち、ふるみや
本内順位 9
遺跡所在地 明日香村内
所在地ふりがな あすかむらない
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342846.65
東経(世界測地系)度分秒 1354909.16
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.479625 135.819211
調査期間
20160727-20160824
調査面積(㎡)
6
調査原因 観光サイン設置
遺跡概要
種別
宮都
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-5次。調査地区5BAS-B・J、5BST-T・U、5AMJ-A・H、5AMC-F・P。
観光サイン設置にともなう立会調査。各所で地表下0.6~0.7mまで掘削。水田耕作土あるいは造成土の範囲でおさまったため、遺構は認められなかった。
遺跡名 川原寺
遺跡名かな かわはらでら
本内順位 10
遺跡所在地 明日香村川原
所在地ふりがな あすかむらかわはら
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342817.62
東経(世界測地系)度分秒 1354907.09
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.471561 135.818636
調査期間
20160803-20160913
調査面積(㎡)
3
調査原因 観光サイン設置
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-6次。調査地区5AMJ-H。
観光サイン設置にともなう立会調査。地表下0.7mまで掘削。造成土の範囲でおさまったため、顕著な遺構・遺物は認められなかった。
遺跡名 藤原宮東方官衙南地区・東南官衙地区
遺跡名かな ふじわらきゅうとうほうかんがみなみちく・とうなんかんがちく
本内順位 11
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342954.97
東経(世界測地系)度分秒 1354842.90
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.498602 135.811916
調査期間
20161012-20161021
20161027-20161221
調査面積(㎡)
297
調査原因 道路拡幅
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-7次。調査地区5AJC-Q・S・T・U。
遺跡名 山田寺
遺跡名かな やまだでら
本内順位 12
遺跡所在地 桜井市山田
所在地ふりがな さくらいしやまだ
市町村コード 292061
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342906.44
東経(世界測地系)度分秒 1354949.57
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.485122 135.830436
調査期間
20160921-20161025
調査面積(㎡)
44
調査原因 法面改修
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-8次。調査地区5BYD-C・K。
遺跡名 キトラ古墳
遺跡名かな きとらこふん
本内順位 13
遺跡所在地 明日香村阿部山
所在地ふりがな あすかむらあべやま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342703.74
東経(世界測地系)度分秒 1354818.84
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.451038 135.805233
調査期間
20160907-20160907
20160909-20160909
調査面積(㎡)
1
調査原因 ロープ柵設置
遺跡概要
種別
古墳
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-9次。調査地区5BHQ-A~F、5ALK-S。
キトラ古墳墳丘南側園路のロープ柵設置にともなう立会調査。地表下0.4mまで掘削。すべて造成土の範囲でおさまったため、顕著な遺構・遺物は認められなかった。
遺跡名 甘樫丘
遺跡名かな あまかしのおか
本内順位 14
遺跡所在地 明日香村
所在地ふりがな あすかむら
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342844.81
東経(世界測地系)度分秒 1354849.74
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.479113 135.813816
調査期間
20161109-20161115
調査面積(㎡)
20
調査原因 公園整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-10次。調査地区5AMK・5AKG。
国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区園路における、横断溝改修4ヵ所、桝蓋改修16ヵ所、車止め3基の工事立会。いずれも既存施設埋設時の埋戻土ない、もしくは整備土の範囲内でおさまった。
遺跡名 山田寺
遺跡名かな やまだでら
本内順位 15
遺跡所在地 桜井市山田
所在地ふりがな さくらいしやまだ
市町村コード 29206
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342906.25
東経(世界測地系)度分秒 1354948.47
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.485069 135.83013
調査期間
20170207-20170215
調査面積(㎡)
261
調査原因 法面改修
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-11次。調査地区5BYD-C・K。
遺跡名 藤原宮外周帯、藤原京右京七条一坊
遺跡名かな ふじわらきゅうがいしゅうたい、ふじわらきょううきょうしちじょういちぼう
本内順位 16
遺跡所在地 橿原市別所町
所在地ふりがな かしはらしべっしょちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342949.73
東経(世界測地系)度分秒 1354821.29
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.497147 135.805913
調査期間
20161128-20161128
20161219-20170124
調査面積(㎡)
741
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
土器
特記事項 188-12次。調査地区5AJH-K・L・Q・R。
重点地区内における農業用水路改修工事にともなう立会調査。開渠の擁壁撤去に際し最大で地表下0.8m、埋設管の抜き取りに際し最大で地表下2.0m付近まで掘削したが、いずれの地点でも旧設備の設置にともなう埋戻土内におさまった。遺物は少量の古代の瓦および土器、弥生土器が出土した。
遺跡名 藤原宮
遺跡名かな ふじわらきゅう
本内順位 17
遺跡所在地 橿原市高殿町・醍醐町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう・だいごちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342951.65
東経(世界測地系)度分秒 1354825.06
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.49768 135.806961
調査期間
20170206-20170328
調査面積(㎡)
462
調査原因 農小屋等撤去
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-13次。調査地区5AJH-J。
農小屋と建物基礎の撤去にともなう立会調査。掘削深度はいずれも地表下0.1~0.3m程度で、表土および耕作土におさまり、遺構面には達しなかった。
遺跡名 藤原宮朝堂院東地区・外周帯
遺跡名かな ふじわらきゅうちょうどういんひがしちく・がいしゅうたい
本内順位 18
遺跡所在地 橿原市別所町
所在地ふりがな かしはらしべっしょちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342951.82
東経(世界測地系)度分秒 1354834.75
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.497727 135.809652
調査期間
20161216-20161221
調査面積(㎡)
65
調査原因 道路拡幅
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-14次。調査地区5AJH-A・B・C。
特別史跡内における道路拡幅工事にともなう立会調査。盛土施行のみで掘削は生じなかった。
遺跡名 本薬師寺
遺跡名かな もとやくしじ
本内順位 19
遺跡所在地 橿原市城殿町
所在地ふりがな かしはらしきどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342933.90
東経(世界測地系)度分秒 1354759.00
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.49275 135.799722
調査期間
20170227-20170303
調査面積(㎡)
30
調査原因 畦畔整備
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-15次。調査地区5BMY-N。
擬木柵を設置する畦畔補強のための立会調査。南北長33.0m×東西幅0.8mを掘削し、西塔にもっとも近い最北部において、塔基壇の土と思われる暗茶褐色の硬化面を確認した。
遺跡名 藤原京六条大路
遺跡名かな ふじわらきょうろくじょうおおじ
本内順位 20
遺跡所在地 橿原市別所町
所在地ふりがな かしはらしべっしょちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342947.93
東経(世界測地系)度分秒 1354834.35
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.496647 135.809541
調査期間
20170220-20170224
調査面積(㎡)
6
調査原因 集会所建替
遺跡概要
種別
宮都
時代
中世(細分不明)
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-16次。調査地区5AJH-C。
別所町集会所の建替にともなう発掘調査。調査地は藤原京六条大路の南側溝付近にあたる。地表下0.9mにおいて中世の南北溝SD11435を検出したのみで、古代の遺構は確認されなかった。
遺跡名 藤原京右京九条二・三坊、瀬田遺跡
遺跡名かな ふじわらきょううきょうきゅうじょうに・さんぼう、せたいせき
本内順位 21
遺跡所在地 橿原市城殿町
所在地ふりがな かしはらしきどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342931.73
東経(世界測地系)度分秒 1354805.40
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.492147 135.8015
調査期間
20170209-20170210
調査面積(㎡)
11
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
古墳
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-17次。調査地区5AMQ-B・C。
ポリテクセンター奈良の建替工事にともなう立会調査。第187次調査区から南に約3m離れた場所にあたる。地表下0.7mで遺構面を確認したが、遺構は確認されなかった。
遺跡名 キトラ古墳
遺跡名かな きとらこふん
本内順位 22
遺跡所在地 明日香村阿部山
所在地ふりがな あすかむらあべやま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342701.56
東経(世界測地系)度分秒 1354815.12
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.450433 135.8042
調査期間
20170323-20170324
調査面積(㎡)
1
調査原因 植栽植替
遺跡概要
種別
古墳
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 188-18次。調査地区5BHQ-A~F、5ALK-S。
キトラ古墳西側の枯死した樹木植替にともなう立会調査。遺構と遺物は確認されなかった。
遺跡名 飛鳥寺北方
遺跡名かな あすかでらほくほう
本内順位 23
遺跡所在地 明日香村飛鳥
所在地ふりがな あすかむらあすか
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342846.68
東経(世界測地系)度分秒 1354909.63
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.479633 135.819341
調査期間
20170323-20170427
調査面積(㎡)
270
調査原因 埋設管撤去
遺跡概要
種別
社寺
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
瓦溜
主な遺物
特記事項 188-19次。調査地区5BAS-B・J。
飛鳥寺寺域内および周辺における道路内のガス管移設工事にともなう立会調査。西側の寺域外では明確な遺構はみられなかったが、東側の寺域内では飛鳥寺にともなう多量の瓦を含む瓦溜もしくは包含層の存在を確認した。
遺跡名 平城京右京三条一坊・二坪・朱雀大路
遺跡名かな へいじょうきょううきょうさんじょういちぼう・につぼ・すざくおおじ
本内順位 24
遺跡所在地 奈良市二条大路南四丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみよんちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344107.74
東経(世界測地系)度分秒 1354737.89
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.685483 135.793858
調査期間
20151216-20160330
調査面積(㎡)
796
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
朱雀大路西側溝
坪内東西道路
橋脚
東西溝
自然流路
三条条間小路
雨落溝
瓦溜り
南側溝
柱穴
主な遺物
須恵器
土師器
軒瓦
木簡
和同開珎
萬年通寶
特記事項 552次。調査地区6AGF-G・H。
朱雀大路の規模が判明 北区・南区あわせて、朱雀大路西側溝を計約40mにわたって検出した。朱雀大路の規模は、朱雀大路を挟んで東対称位置にある、左京三条一坊一・二坪の調査による東側溝の成果と合わせると、側溝の心心間で約74mとなる。
これはこれまでの調査で判明している朱雀大路の規模と整合し、改めて平城京の中軸を縦貫するメインストリートであることを確認した。また朱雀大路の東西両側溝は、平城京の他の条坊道路側溝を上まわる、堂々たる幅や深さを有していることが、今回の調査でも確認できた。
今回の調査では、これまでの調査よりも大きな面積で西側溝を検出したことにより、朱雀大路の規模や平城京の排水計画を検討するための十分な資料を得ることができた。
一坪の坪内道路を確認 右京三条一坊一坪の南北を二分する位置付近で東西溝を検出した。この位置は、左京三条一坊一坪で検出した坪内道路北側溝の位置とほぼ一致する。またこの溝と朱雀大路西側溝の接続地点で、朱雀大路西側溝を渡る橋を検出した。この2点から、右京三条一坊一坪にも坪内道路が存在したと推測できる。
 坪内道路の幅については、北側溝と橋との位置関係などから、さらに検討が必要である。
三条条間北小路を検出 三条条間北小路の南北両側溝を確認した。その規模は両側溝の心心間で約5.5m。二坪を区画する築地塀は削平されたと考えられるが、雨落溝と考えられる素掘溝、および周辺から出土した多量の瓦類の存在から、本来築地塀が存在したと推測できる。
左京三条一坊二坪においても築地塀に関連する遺構が検出されており、左京・右京とも二坪は、朱雀大路に面する東辺と、三条条間北小路に面する北辺に築地塀が築かれていた可能性が高いことが明らかになった。
一坪には遮蔽施設がない 右京三条一坊一坪は、少なくとも東辺と南辺に遮蔽施設がない可能性の高いことが判明した。左京三条一坊一坪にも遮蔽施設がないことが判明しており、朱雀門前は左京・右京の三条一坊一坪を取り込んだ東西約260m、南北約140mにおよぶ広場的な機能をもつ空間であったとみられる。このことは、朱雀門前の利用方法を考えるうえで重要な成果と言える。
遺跡名 平城宮第一次大極殿院西面回廊
遺跡名かな へいじょうきゅうだいいちじだいごくでんいんさいめんかいろう
本内順位 25
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344133.03
東経(世界測地系)度分秒 1354735.75
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.692508 135.793263
調査期間
20151214-20160216
調査面積(㎡)
255
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
礫敷
東西溝
主な遺物
軒瓦
須恵器
土師器
特記事項 561次。調査地区6ABR-F、6ABQ-G。
これまで南門の東側でおこなった発掘調査では、南雨落溝は検出していないが、北雨落溝SD3778を検出している。第436次調査で検出したSD19235は、この北雨落溝SD3778にそろうことから、西面回廊を横切る暗渠とされる。当調査区でみつかった溝SD19956の心心間距離は約16.3m(55尺)となる。Ⅱ期築地回廊の幅は、西面築地回廊から推定されている。西面築地回廊では東雨落溝を検出しており、これを築地心で折り返すと、雨落溝心心間は約12.5m(45尺)と推定できる。したがって、溝SD19956を南雨落溝と考える場合は、西面回廊の調査データから推定した側溝心心間よりも約3m(10尺)程度大きいことになる。南面回廊の幅が西面に比べて、大きいと考えるか、築地の内外で、築地心と雨落溝の距離が異なるとみるのか、慎重な議論が必要であろう。また、この溝SD19956を南雨落溝とみない場合は、北雨落溝より約12.5m(45尺)の推定位置に東西方向の溝が検出されていない点が疑問として残る。削平されたと考えるには、その3m南で、奈良時代の溝SD19956が残存していることからみて、その可能性は低いと言わざるとえない。いずれにせよ、Ⅱ期築地回廊の幅については、今後の検討課題として残る結果となった。
遺跡名 平城京左京二条二坊十一坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうにじょうにぼうじゅういちつぼ
本内順位 26
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344119.55
東経(世界測地系)度分秒 1354813.37
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.688763 135.803713
調査期間
20160112-20160331
調査面積(㎡)
330
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
建物
南北塀
東西塀
回廊
柱穴列
南北溝
主な遺物
土器
軒丸瓦
軒平瓦
施釉瓦
丸瓦
平瓦
柱根
礎板
特記事項 563次。調査地区6AFF-D・E。
本調査では、平城第279次調査で一部検出した奈良時代の掘立柱建物(正殿SB6950、後殿SB6990)の西の続きを確認した。一方で、第279次調査と第282-16次調査で確認した後殿SB6993については、桁行16間の東西棟掘立柱建物が想定されていたものの、本調査区においては想定位置に柱穴が並ばないことから、建物が想定の規模よりも小さくなると考えられる。また、調査区西辺で、整地土(黒褐色砂質土)下から南北素掘溝を検出した。この南北溝が一番古い遺構である。さらに、正殿の柱穴付近では、5つの柱穴が重複関係にある。おおよその時期変遷は、南北溝、整地が施され、正殿・後殿(SB01、SB02;紫色の柱穴)、北で西にふれる建物、塀(SB03、SA08~11;赤色の柱穴)、SB04(青色の柱穴)の順に少なくとも4時期の遺構がある。
 本調査では、既往の調査で想定された正殿、後殿の建物に続く柱穴を検出し、改めて大型建物群の存在を確認した。また、4時期におよぶ濃密な遺構の重複関係や施釉瓦など特殊な遺物の出土からは、当該地区の重要性を伺うことができる。
遺跡名 平城京右京一条二坊四坪・西一坊大路・一条南大路
遺跡名かな へいじょうきょううきょういちじょうにぼうよんつぼ・にしいちぼうおおじ・いちじょうみなみおおじ
本内順位 27
遺跡所在地 奈良市二条町二丁目
所在地ふりがな ならしにじょうちょうにちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344131.45
東経(世界測地系)度分秒 1354716.40
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.692069 135.787888
調査期間
20160322-20160516
調査面積(㎡)
360
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
西側溝
南側溝
柱穴
沼状堆積
主な遺物
須恵器
土師器
製塩土器
灯明皿
転用硯
土馬
特記事項 565次。調査地区6AGC-I、6AGA-B。
1.佐伯門西南方の大路側溝の変遷が明らかになった。
 中区・南区の所見から、佐伯門西南方における一条南大路南側溝と西一坊大路西側溝は、①:幅1.5m前後でL字状に接続する段階、②:①の側溝が埋没し、灰色土が堆積する段階、③:灰色土層を切り込む幅2m前後の側溝と東西溝1を新たに掘削し、T字状に接続する段階という変遷を経たことが明らかになった。
 特に、③段階には灰色土層の堆積に伴う大路のかさ上げと東西溝1の新規掘削による排水体系の再整備がおこなわれており、第530次・546次調査における奈良時代後半の一条南大路の再整備についての所見や佐伯門前および一条南大路の空間の重要性があらためて確認された。

2.右京一条二坊四坪の土地利用のあり方が明らかになった。
 北区の所見から、右京一条二坊四坪では秋篠川旧流路や古墳時代大溝に由来する沼状遺構の存在が確認でき、この埋め立てが出土遺物から平城京造営期よりも下がることが明らかになった。一方、北区東部では小規模な柱穴を検出するにとどまっており、調査区付近での奈良時代の遺構の展開は希薄である。平城京造営直後の四坪の土地利用は、旧流路に起因して坪の一部を利用するのみであったとみられ、その後、埋め立て・整地と坪全体の利用へと推移したものとみられる。


遺跡名 平城京右京三条一坊一・八坪・朱雀大路・二条大路
遺跡名かな へいじょうきょううきょうさんじょういちぼういち・はちつぼ・すざくおおじ・にじょうおおじ
本内順位 28
遺跡所在地 奈良市二条大路南四丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみよんちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344111.20
東経(世界測地系)度分秒 1354737.66
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.686444 135.793794
調査期間
20160308-20160725
調査面積(㎡)
684
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
西側溝
南側溝
南北溝
整地土
主な遺物
須恵器
土師器
土馬
墨書土器
緑釉陶器
軒丸瓦
軒平瓦
特記事項 566次。調査地区6AGF-I。
朱雀大路西側溝、二条大路南側溝、西一坊坊間東小路西側溝を検出し、平城宮の正門である朱雀門前の様相が明らかになった。
① 朱雀門南西側の排水計画を解明
 二条大路南側溝と朱雀大路西側溝の接続部分を確認し、朱雀大路西側溝が二条大路を横断することをあらためて確認した。また、新たに二条大路を南北に横断する排水溝が見つかった。この南北溝は二条大路南側溝に流れ込み同時に埋められたもので、その性格については今後も検討していく必要があるが、南面大垣周辺または宮内の排水を二条大路南側溝へ流していた可能性がある。以上のように、平城宮の正門である朱雀門前の排水計画について、具体的なデータを得ることができた。
② 平城京右京三条一坊一坪と西一坊坊間東小路を確認
 西区において、西一坊坊間東小路西側溝を検出した。二条大路南側溝との接続点付近では西岸に沿って埋土の上層に大量の瓦が出土しており、右京三条一坊八坪を遮蔽する築地塀の存在が推測される。また、西一坊坊間東小路東側溝は想定された位置に明瞭には確認されなかった。
③ 朱雀門前の条坊道路の敷設計画を解明
 今回の調査で検出した条坊道路・側溝の位置・規模は、奈良市や奈良文化財研究所による既往調査の成果と整合し、朱雀門前の条坊道路や側溝の配置は朱雀大路を中心に東西対称に計画されていることを具体的に確認できた。
 いっぽう、二条大路を横断する朱雀大路西側溝および南北溝には、今回の調査区内では橋などの痕跡を確認することができず、周辺調査の進展が期待される。
遺跡名 興福寺境内
遺跡名かな こうふくじけいだい
本内順位 29
遺跡所在地 奈良市登大路町
所在地ふりがな ならしのぼりおおじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344056.32
東経(世界測地系)度分秒 1354950.83
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.682311 135.830786
調査期間
20160525-20160720
調査面積(㎡)
144
調査原因 防災工事
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
近世(細分不明)
主な遺構
基壇建物
雨落溝
瓦溜
瓦土坑
大土坑
長方形土坑
主な遺物
土器
陶磁器
寛永通宝
特記事項 567次。調査地区6BKF-J。
①西門守屋は、東門守屋とほぼ対称の平面形態であることが判明した。
旧調査で確認していた基壇外装に加え、新たに東南部の基壇外装およびその抜取溝を検出した。その結果、西門守屋は基壇が西側で南に折れ、東側では南辺に階段とみられる凸部をもつなど、東門守屋とほぼ対称の平面形態であることが判明した。ただし、規模には若干の差異があり、今後の検討課題である。
また、基壇の南北規模や建物の柱配置については、後世の削平・撹乱が著しく、明らかにすることができなかった。今後さらに慎重な検討が必要である。
②西門守屋の創建および廃絶の時期について、一定の見通しを得た。
創建時期については、残存する基壇外装の所見から、奈良時代前半にさかのぼる可能性が高い。これは、「門守屋」「曲殿」が『興福寺流記』所引「天平記」に見えることとも整合的である。廃絶時期については判然としないが、瓦土坑出土土器の年代観を重視すれば、12世紀頃が1つの有力な候補となり得る。これは東雨落溝の改修時期とも矛盾しない。1180年の南都焼き討ちにより焼亡し、以後再建されなかった可能性が考えられよう。
今後、出土遺物の整理を進めていく中で、南大門との関わりにも留意しつつ、上記を含むさまざまな可能性について検討していきたい。
遺跡名 平城京左京一条二坊十六坪、木取山古墳
遺跡名かな へいじょうきょうさきょういちじょうにぼうじゅうろくつぼ、きどりやま
本内順位 30
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344142.97
東経(世界測地系)度分秒 1354822.14
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695269 135.80615
調査期間
20160406-20160412
調査面積(㎡)
32
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
不明
主な遺構
南北溝
土坑
主な遺物
土師器
須恵器
平瓦
丸瓦
特記事項 568次。調査地区6AFB-Q・P。
検出遺構は、条坊方位に沿う南北溝とその支溝、そして土坑である。また、調査区で検出が想定された木取山古墳の周濠は認められず、また古墳に関連する埴輪等の遺物も全く出土していない。今回の調査区の西方でおこなわれた調査(141-13 次)でも古墳に関連する遺構は確認されておらず、木取山古墳北方では周濠は、古代以降に削平を受けて消失しているか、そもそも存在しない可能性がある。
遺跡名 平城宮推定大膳職地区北方
遺跡名かな へいじょうきゅうすいていだいぜんしきちくほくほう
本内順位 31
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344144.01
東経(世界測地系)度分秒 1354743.82
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695558 135.795505
調査期間
20160418-20160420
調査面積(㎡)
12
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
古代(細分不明)
主な遺構
土坑
主な遺物
特記事項 569次。調査地区6ABA-E。
個人住宅建設にともなう事前調査。東西4m、南北3mの調査区を設定した。現地表下約50㎝(H=75.2m)で遺構面と考えられる褐色粘質土を確認し、同約70㎝(H=75.0m)で地山とみられる明黄褐色砂質土を確認した。古代以降の土坑2基を検出したが、遺物はほとんど出土していない。
遺跡名 平城京左京一条二坊九坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょういちじょうにぼうきゅうつぼ
本内順位 32
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344143.02
東経(世界測地系)度分秒 1354815.43
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695283 135.804286
調査期間
20160523-20160524
調査面積(㎡)
1.5
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
時代
不明
主な遺構
なし
主な遺物
なし
特記事項 570次。調査地区6AFC-F。
個人住宅建設にともなう調査。東西1.5m、南北1mの調査区を設定した。旧表土下に地山と考えられる灰黄色粘土を確認した(H=73.5m)。遺構や遺物は確認されなかった。
遺跡名 平城京左京二条二坊十一坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうにじょうにぼうじゅういちつぼ
本内順位 33
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344120.49
東経(世界測地系)度分秒 1354812.05
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.689024 135.803347
調査期間
20160516-20160621
調査面積(㎡)
84
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
東西溝
南北溝
柱穴
主な遺物
土器
木製品
木簡
柱根
特記事項 571次。調査地区6AFF-E。
○平城京左京二条二坊十一坪の北西隅において、奈良時代の遺構を検出した。これらの遺構は上下に分かれる。
○上層では二条条間路南側溝と、坪内において柱穴を検出した。
○下層では二条条間路南側溝と、その南側溝から坪内に流入する南北溝を検出した。
○南北溝2、3はともに築地想定範囲を貫いて、二条条間路南側溝の下層溝に接続している。南北溝2は築地想定範囲では直線であるため、暗渠の可能性も想定し得るが、南北溝3は幅が広く東へ曲がっているため、暗渠の可能性は想定しづらい。
○そのため、二条条間路南側溝の下層溝のある時期には、今回調査区の範囲では築地で遮蔽されていなかった可能性も想定される。
○西に隣接する平城281次調査では、築地想定範囲においては柱穴を検出していないが、今回の調査区では、柱穴を2基検出した(柱穴10・柱穴27)。これらの柱穴は2条の南北溝とあわせて考えると、出入り口の施設の可能性に伴う可能性も考えられる。
 ○南北溝2、3の機能は現状では確定できないが、上記のような出入り口に伴う区画の
  ための施設であるか、ほかには二条条間路南側溝から坪内への取水のための施設のい
  ずれかもしくは両方の可能性が考えられる。いずれであるかは、東の隣接範囲の発掘
調査が必要である。
○上層遺構及び下層遺構としたこれらの検出遺構は、いずれも奈良時代と考えられる。
遺跡名 平城京右京三条一坊十坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼうじゅっつぼ
本内順位 34
遺跡所在地 奈良市二条大路南五丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみごちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344105.70
東経(世界測地系)度分秒 1354723.95
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.684916 135.789986
調査期間
20160624-20160726
調査面積(㎡)
117
調査原因 店舗建設
遺跡概要
種別
時代
古代(細分不明)
主な遺構
東西溝
掘立柱建物
主な遺物
土器
軒丸瓦
丸平瓦
丸棒
特記事項 572次。調査地区6AGF-O。
○調査区内で想定されていた坊間小路の東側溝は、検出されなかった。なお、今回調査区から 36 m南 に位置する、 2010 年度の平城第 463 次調査でもその想定位置で検出されていない。
○南北棟掘立柱建物が 1 棟検出された。またこれに先行する建物が調査区南側に広がっていることが分かった。 これらの建物は柱穴からの出土遺物か ら奈良時代である。
○東西溝1は検出された建物1よりも新しく、時期を特定できる遺物は検出されていない。しかし、 十 坪の 南北の中 軸から3.9m北に位置する東西溝であるため、坪 の中心を通る 道路の北側溝の可能性もある。周辺の今後の調査 で検証する必要がある。
遺跡名 興福寺境内
遺跡名かな こうふくじけいだい
本内順位 35
遺跡所在地 奈良市登大路町
所在地ふりがな ならしのぼりおおじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344059.00
東経(世界測地系)度分秒 1354948.19
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.683055 135.830052
調査期間
20160622-20160705
調査面積(㎡)
108
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
戦国
主な遺構
東面回廊東側
東面回廊西側
南面回廊南側
主な遺物
土器
特記事項 573次。調査地区6BKF-L・M。
興福寺北円堂院回廊整備事業の遺構の保全状況を確認するための調査。整備工事が施行された北円堂院回廊周囲に7ヵ所と、北円堂院回廊南面に調査区を設定した。北円堂回廊南側は、砂利・表土・焼土(約5㎝)直下の地山面(H=94.8~94.9m)で遺構検出をおこなった。
遺跡名 東大寺東塔院跡
遺跡名かな とうだいじとうとういんあと
本内順位 36
遺跡所在地 奈良市雑司町
所在地ふりがな ならしぞうしちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344114.20
東経(世界測地系)度分秒 1355031.06
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.687277 135.841961
調査期間
20160719-20161215
調査面積(㎡)
882
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
時代
奈良
平安
鎌倉
主な遺構
東塔
南門
主な遺物
軒丸瓦
軒平瓦
丸瓦
平瓦
鬼瓦
面戸瓦
特記事項 574次。調査地区6BTG-J・K。
今年度の調査では、鎌倉時代における東塔院復興の様相だけでなく、奈良時代創建時の様子も明らかになりつつあります。来年度以降、門や回廊の本格的な調査に着手し、東塔院全体の姿を明らかにし、その成果を踏まえて整備を進めていきます。極めて残りの良い巨大な塔基壇の遺構から、往時の七重塔の偉容に思いを馳せていただければ幸いです。
遺跡名 法華寺旧境内
遺跡名かな ほっけじきゅうけいだい
本内順位 37
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344129.24
東経(世界測地系)度分秒 1354817.35
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.691455 135.804819
調査期間
20160801-20160825
調査面積(㎡)
30
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
時代
鎌倉
南北朝
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
建物
埋甕
井戸
主な遺物
土器
木簡
キセル雁首
銭貨
特記事項 575次。調査地区6BFK-I。
○法華寺旧境内において中世と近世の遺構を検出した。古代遺構は検出されなかった。
○中世は、瓦器や羽釜を含む大小の土坑群が検出された。規模や形態が不ぞろいである。廃棄土坑が繰り返し構築されたものと考えられる。
○近世は、礎石建物1棟と埋甕2基が検出された。礎石建物は調査区外につづき建物の向きや規模は不明である。埋甕2からは底面に土師質土器の皿が2 点検出されたことから、何らかの埋納行為があった可能性がある。
○井戸1は井戸側専用の瓦形の塼により組まれた特徴的な構造をしている。最下部の約1m分はほぼ同じ径の桶を逆位に伏せて井戸側が構築されていた。この構造の井戸は、『守貞漫稿』(嘉永6 年)に京阪に特徴的な井戸として紹介され、堺環濠都市遺跡など大阪府下では、室町時代から江戸時代初頭までに構築された事例が知られている。井
戸内部からは近世に加えて、近現代の遺物が出土したため、廃棄されたのは近現代である。近世に特徴的な井戸の構造を調査することができた点で貴重な成果である。奈良ではおそらく最初の調査例であろう。
○法華寺旧境内の中心部よりやや東の地点における、中世から近世の土地利用を知ることができた。
遺跡名 平城京二条大路東一坊域
遺跡名かな へいじょうきょうにじょうおおじひがしいちぼういき
本内順位 38
遺跡所在地 奈良市二条大路南三丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみさんちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344112.26
東経(世界測地系)度分秒 1354744.52
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.686738 135.795699
調査期間
20161012-20161130
調査面積(㎡)
230
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
側溝
斜行溝
主な遺物
須恵器
土師器
軒丸瓦
軒平瓦
丸瓦
平瓦
木製品
木簡
鉄角釘
鉄鏃
特記事項 576次。調査地区6ABL-C。
本調査の成果としては、二条大路を横断する南北溝は見つからず、566次西区で検出された南北溝は左京と右京とで左右対称に配置されていないことが明らかとなった。また、本調査区の直ぐ西側では、既住の調査(第157次補)で宮内の基幹排水路(SD3715)が南面大垣を貫いていることが確認されており、二条大路北側溝に流れ込んでいたと考えられる。今回の調査でも、検出した二条大路北側溝の溝幅は西側で7.5mと通常の側溝幅に比べて広く、合流部付近ではその水量によって大きくえぐられていたと推定でき、既住の調査と整合する知見を得ることができた。
遺跡名 平城京右京三条一坊二坪・朱雀大路
遺跡名かな へいじょうきょううきょうさんじょういちぼうにつぼ・すざくおおじ
本内順位 39
遺跡所在地 奈良市二条大路南四丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみよんちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344106.34
東経(世界測地系)度分秒 1354737.85
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.685094 135.793847
調査期間
20161202-20170131
調査面積(㎡)
120
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
南北大溝
主な遺物
人形
斎串
漆器片
木片
土器
軒丸瓦
和同開珎
種実遺体
特記事項 577次。調査地区6AGF-F。
今次調査では、朱雀大路西側溝やそれに隣接する築地塀の遺構を検出し、その規模やとくちょうを把握することができた。木簡や銅銭をはじめとする数多くの遺物が出土し、奈良時代におけるこの地域一帯の様相を理解する上で極めて重要な知見を得ることができた。
遺跡名 平城京朱雀大路・二条大路
遺跡名かな へいじょうきょうすざくおおじ・にじょうおおじ
本内順位 40
遺跡所在地 奈良市二条大路南四丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみよんちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344111.88
東経(世界測地系)度分秒 1354737.99
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.686633 135.793886
調査期間
20161114-20170119
調査面積(㎡)
324
調査原因 史跡整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
西側溝
主な遺物
土器
軒丸瓦
軒平瓦
丸平瓦
人形
付札状
木器
斎串2
鳥形
木簡
特記事項 578次。調査地区6ABY-K、6AGF-I。
今回の調査の結果、既住の調査で推定されていた朱雀大路西側が二条大路を横断することを確認することができた。また西側溝を横断する橋などの構造物については、橋脚とみられる遺構や橋の木材などが今回の調査では検出されず、その有無を確認することができなかった。しかし、今回の調査では朱雀大路西側溝の東岸に3ヵ所の張り出しを検出しており、これらの張り出しは西側溝が発掘された当初から存在することを確認している。他の大路に類例がなくどのような機能を持っていたかを断定することはできないが、橋と何らかの関係がある構造物の可能性も考えられる。
遺跡名 平城宮内裏官衙地区北方
遺跡名かな へいじょうきゅうだいりかんがちくほくほう
本内順位 41
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344144.86
東経(世界測地系)度分秒 1354745.27
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695794 135.795908
調査期間
20161027-20161107
調査面積(㎡)
36
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
官衙
古墳
時代
鎌倉
南北朝
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
市庭古墳周濠
主な遺物
土器小片
陶磁器
特記事項 579次。調査地区6ABA-F。
今回の調査では、市庭古墳の周濠西側肩部に相当する落込みを確認した。ただし、埋土から遺物は出土せず、周濠埋立ての時期は特定できなかった。また、市庭古墳の周濠北西部分の調査で検出している葺石やその抜取痕跡はみられなかった。周濠埋土画、および古墳の外提相当画にて土坑5基をともなわないため時間や性格は不明である。当該地区の奈良時代以降の空間利用の様相、および市庭古墳周濠の規模・構造については今後の周辺調査の成果に期待したい。
遺跡名 平城京左京三条一坊十坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼうじゅっつぼ
本内順位 42
遺跡所在地 奈良市二条大路南二丁目
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみにちょうめ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344105.17
東経(世界測地系)度分秒 1354752.76
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.684769 135.797988
調査期間
20161128-20161209
調査面積(㎡)
21
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
柱穴
土坑
流路
主な遺物
須恵器
土師器
軒平瓦
丸瓦
平瓦
特記事項 580次。調査地区6AFJ-F。
本調査は、奈良市二条大路南2丁目164番2号の個人住宅の建設(土地所有者:石田正司)にともなう事前調査である。調査前の協議の結果、南北7m、東西3m、面積21㎡の調査区を設定した。本調査区は左京三条一坊十坪の中軸上に位置し、隣接地の既往の調査(平城第304次)では奈良時代の溝や掘立柱建物を検出しており、今回の調査でもそれらに続く遺構の検出が想定された。平成28年12月1日(木)に着手、平成28年12月9日(金)に終了した。
遺跡名 平城京左京二条二坊十一坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうにじょうにぼうじゅういちつぼ
本内順位 43
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344117.58
東経(世界測地系)度分秒 1354812.94
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.688216 135.803594
調査期間
20170116-20170120
調査面積(㎡)
21
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
柱列
柱穴
小穴
くぼみ状遺構
南北溝状遺構
主な遺物
須恵器
土師器
円面硯
軒丸瓦
柱材
木製品
特記事項 581次。調査地区6AFF-C。
集合住宅建設にともなう事前調査である。東西3m、南北7mの調査区を設定した。現地表下1.7~1.9m、標高59.9~60.1mの整地土および地山面上において遺構検出をおこない、奈良時代の重複する柱穴などを検出した。詳細は『紀要2018』で報告予定である。
遺跡名 平城京左京一条二坊十坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょういちじょうにぼうじゅっつぼ
本内順位 44
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344137.43
東経(世界測地系)度分秒 1354815.32
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.69373 135.804255
調査期間
20170213-20170303
調査面積(㎡)
100
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
時代
奈良
明治
大正
昭和
平成
主な遺構
東西溝状落込
柱穴
土坑
高まり
主な遺物
土師器
須恵器
瓦質土器
近世陶磁器
軒丸瓦
軒平瓦
寛永通宝
自然木
特記事項 582次。調査地区6BFO-E。
分譲住宅開発にともなう事前調査である。東西6m、南北16m、東方突出部東西2m、南北2mの計100㎡の調査区を設定した。現地表下約0.5m、標高70.4mの整地土および地山上面において遺構検出をおこない、中世以降の土坑、奈良時代の柱穴や土坑、平城京造営期に埋め立てられたと考えられる東西溝状の落込みを検出した。詳細は『紀要2018』で報告予定である。
遺跡名 平城京左京一条二坊十坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょういちじょうにぼうじゅっつぼ
本内順位 45
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344142.24
東経(世界測地系)度分秒 1354811.38
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695066 135.803161
調査期間
20170130-20170215
調査面積(㎡)
39
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
東西溝
くぼみ
炭層
長方形土坑
主な遺物
土師器
須恵器
軒丸瓦
軒平瓦
板状鉄製品
堝坩
羽口
鉄滓
銅滓
炉壁片
砥石
銅滓付礫
特記事項 583次。調査地区6AFC-G。
個人住宅建設にともなう事前調査である。東西3m、南北13mの調査区を設定した。現地表下約0.6m、標高約72.2mの整地土上面において遺構検出をおこなった。奈良時代の東西溝や土坑などを検出し、遺構や整地土から冶金に関連する遺物が多く出土した。詳細は『紀要2018』で報告予定である。
遺跡名 平城宮東院地区
遺跡名かな へいじょうきゅうひがしいんちく
本内順位 46
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344129.98
東経(世界測地系)度分秒 1354803.71
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.691661 135.80103
調査期間
20170206-20170529
調査面積(㎡)
986
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
建物
石列
南北棟掘立柱建物
石組溝
主な遺物
土器
軒丸瓦
軒平瓦
特記事項 584次。調査地区6ALR-G、6ALQ-H。
平城第481次調査区の東側、第503次調査区の北側に重複させて東西29m、南北38mの調査区を設定した。新規発掘部分の面積は986㎡である。現地表面下約20㎝で地山あるいは整地土上の遺構面を確認し、奈良時代の複数時期にわたる掘立柱建物、掘立柱塀、石組溝、石列などの遺構を検出した。詳細は『紀要2018』で報告予定である。
要約
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