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デジタル技術による文化財情報の記録と利活用 > 6 号 > アジア諸国における博物館デジタルアーカイブスの動向:ICCROM-CollAsia2023プログラムでの体験から

アジア諸国における博物館デジタルアーカイブスの動向:ICCROM-CollAsia2023プログラムでの体験から

野口 淳 ( 公立小松大学次世代考古学研究センター )

Trends in Museum Digital Archives in Asian Countries: perspectives from the ICCROM-CollAsia2023

Noguchi Atsushi ( Special Commissioned Associate Professor, Center for Next Generation’s Archaeology, Komatsu University )
野口 淳 2024 「アジア諸国における博物館デジタルアーカイブスの動向:ICCROM-CollAsia2023プログラムでの体験から」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 遺跡地図・3D・GIS・モバイルスキャン・デジタルアーカイブ・文化財防災 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/41

はじめに

 Collasiaは、東南アジアにおける博物館コレクションの保存・取り扱いに関して文化遺産保存修復国際協力センター(ICCROM)(注1)が組織・開催する、国際的な研修課程である。2023年度は Scientific principles of collections care: 博物館コレクション取り扱いの科学的原則として、タジキスタン国立博物館を会場に9月18日〜10月6日の3週間にわたって実施された(注2)。

 筆者はこのうちドキュメンテーション課程の講師として招聘され、デジタルドキュメンテーションとデータの取扱について3日間の講習を担当した。この中でアジア各国の参加者とのディスカッションを通じて、それぞれの国、所属機関における取り組みについて情報を得るとともに、各国における現状と課題、とくにデジタル化された博物館、文化遺産情報に対する期待と懸念をヒアリングする機会を得た。

 それらは体系的な調査成果ではなく、あくまで講習参加者とのピアトゥピアな情報交換に留まるものであるが、共有のためのメモとして本稿をまとめる。なお講習課程の性格による参加者の偏りと筆者自身の専門性による限界から、文化遺産を中心とした人文系博物館資料に関する言及が主であることをあらかじめお断りしておく。

1.ナショナル・デジタルアーカイブをどう考えるか

 筆者が担当したドキュメンテーションのパートでは、さまざまな類型の博物館コレクション中の資料をどのように記録するのかについて、3D計測を含むデジタル技術と、取得データの取り扱いを中心として、講義、実習、および受講生間の討議を行なった。参加者の概要は以下の通り。



 それぞれ専門やバックグラウンドが大きく異なるほか、国・地域による博物館の運営やコレクション・アーカイブの状況も大きく異なるため、データマネジメントに関する講義と受講生からの事例紹介後に行なった意見交換は大変興味深いものとなった。

2.博物館資料のナショナル・アーカイブ:統合型か分散型か

 博物館資料のデジタルドキュメンテーションの意義、有効性を学び、議論したのち、データマネジメント、とくに公開と普及について考えるために、まず筆者から、日本における国レベルの取り組み事例として「ジャパンサーチ」(注3)を紹介した。

 日本では、規模や対象、運営主体などきわめて多様な博物館が多数存在している。そのコレクションについて、国レベルで中央集約型、統合型のデジタルアーカイブを構築することはなかなか困難である(注4)。一方で、個別館単位でのデータベースやデジタルアーカイブの構築と公開が進んでいるという側面もある。それらと連携し横断型の検索利用が可能なプラットフォームが「ジャパンサーチ」である。2024年3月時点で147機関、229のデータベースが連携しており、約524万件が検索可能となっている。

 これについて受講生からは、既存のリソースの連携によるクロスプラットフォームという仕組みへの高い関心が示された。一方で、登録情報やデータについて基準が統一されていないことに、たとえば情報の信頼性のばらつきなどで問題がないのかという意見が表明された。

3.ウズベキスタン

 ウズベキスタンでは2020年より国家事業として文化遺産、博物館資料の総合デジタルアーカイブの構築を進めており、その成果がGoskatalog.uzとして公開されている(注5)。現状ではウズベク語とロシア語(ウズベキスタンにおける準公用語)のみがサポートされている(図1)。


図1 Goskatalog.uzトップページ


 Goskatalogの特色は、同国内の中央および地方の博物館・美術館のそれぞれのデータベースを横断するかたちで構築されている点にある。2024年3月時点で、参加館・機関・コレクションは53、登録アイテム数は約64万件となっている(図2)。トップページのポータルは、美術品(ファイン・アート)、武器・武具、貨幣、書籍、工芸品、彫刻、建築、自然史、公文書、工業製品、古写真、考古学・古美術資料、印刷物、その他となっている。


図2 Goskatalog.uz構成機関・登録データ件数(2024年3月20日取得)


 国土が広く、歴史的・文化的背景を異にする地域性が見られることなどから、統合型ではなく横断型のプラットフォームとなっている旨の説明があった。またGoskatalogプラットフォームの構築が、国全体でのIT・ICTインフラの整備と連動しているとの説明もあった。

4.シンガポール

 シンガポールでは、国家文化遺産委員会(National Heritage Board)の下、統合型のデジタルアーカイブの構築と運用が進められている。担当するのは文化遺産保存センター(HCC: Heritage Conservation Centre)(注6)であり、実体資料の保存修復や分析などを行なうファシリティの一部に組み込まれたかたちとなる。

 つまり国家が運営するデジタルアーカイブとして、データ・情報が統合に管理されているだけでなく、実体資料も含めた国家のコレクション(National Collection)の保管・保存と管理の全体がひとつの組織・機関に集約されている。これは“Our SG Heritage Plan 2.0”という国レベルの文化遺産政策にもとづいている(注7)。

 デジタルアーカイブの運営にはHCCの複数の情報工学の専門家がシステム部門に専従している。文化遺産の専門家としては、アジア文明博物館、シンガポール国立博物館、シンガポール美術館などが関わる。クローズドの統合データベースが構築されており、ポータルサイト“ROOTS”では2024年3月現在、約11万件が公開されている(注8)(図3)。


図3 Rootsトップページ


 なおCollAsia2023にはシステム部門の担当者が受講しており、バックオフィスについても説明を受けることができた。統合データベースのアイテム単位、さらに各アイテムの情報単位で公開・非公開の設定が可能であり、入力規則や公開の判断は基本的に博物館の専門家が行なっているとのことである。

 国の規模(面積、人口)が小さく、中央政府機関の権限が強い都市国家の様相を呈するシンガポールの国情を強く反映した状況であることが拝察される。

5. タイ、フィリピン

 タイ、フィリピンの状況について、両国からの受講生から説明があった。

 両国ではともに、国立博物館が主導して集約型のデジタルアーカイブの構築を進めている。しかしシンガポールと比較して国土面積が広く、また文化、言語、歴史的背景の異なる地域性も強い。国立博物館だけではカバーできない範囲を、地方の博物館等が補うことが期待されている。

 またシステム部門のリソースも十分ではなく、国立博物館の学芸員がそれぞれの専門分野についてデータベース構築を進めている状況がある。このため、デジタルアーカイブとしての公開には至っていない。

まとめ

 わずか2か国の事例であるが、デジタルアーカイブの構築と公開が先行しているアジア諸国で、集約統合型と横断型の2つの異なる志向性が存在していることは大変興味深かった。

 また国レベルでのデータベース構築、デジタルアーカイブの整備を目指すタイ、フィリピンでは集約統合型が志向されているようであった。これについて、受講生全体での意見交換でも、情報の管理、標準化、信頼性の担保と公開版のキュレーションの観点から、集約統合型の方が優れているのではないかという意見が多かったことも付言しておく。

 一方で、ウズベキスタンが、国主導の政策にもとづくとは言え、短期間で国レベルのデジタルアーカイブの公開を達成した背景には、やはり横断型のプラットフォームを選択したことが大きかったのではないかと強く感じられた。Goskatalog.uzにも関わるウズベキスタンの受講生も同じ見解であった。博物館および文化遺産の専門家による情報の整備と公開、一般普及についての原則論的な考え方と、実務レベル、とくにシステムマネジメントの観点からの現実的ソリューションの間に開きがあるのが実際と言うことなのではないかと思われる。今後のアジア諸国におけるデジタルアーカイブ構築にむけた構想において重要な背景情報となるだろう。

 翻って、日本国内においても、個別館レベル、あるいは地域レベルのデジタルアーカイブを構想する際に同様の課題が生じているのではないか。博物館、文化遺産、および個別資料に関する学術専門分野の思想ではなく、情報コミュニケーションやシステムマネジメントの観点がますます重要になるだろう。

謝辞

 ColAsia2023プログラムでの講師の機会を与えてくれた、井川博文(ICCROM本部、現文化庁)、Thomas Meraz(ICCROM本部)両氏、およびシンガポールにおけるデジタルアーカイブ事情について追加情報を提供いただいた池田瑞穂氏(大英博物館)に感謝いたします。

【注】

1) https://www.iccrom.org/

2) https://www.iccrom.org/courses/scientific-principles-collections-care

3) https://jpsearch.go.jp/

4) 文化庁による「文化遺産オンライン」(https://bunka.nii.ac.jp/)がそのような役割を担っていると言えるかもしれないが、基本的には個別の博物館・美術館が情報を登録するものである。

5) http://goskatalog.uz/ ロシアにも同名のサイトがあるため注意。

6) https://www.nhb.gov.sg/what-we-do/our-work/preserve-our-stories-treasures-and-places/the-national-collection/heritage-conservation-centre

7) https://www.nhb.gov.sg/heritage-plan/about-our-sg-heritage-plan-2

8) https://www.roots.gov.sg/


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キーワード : ICCROM 文化遺産保存修復国際協力センター デジタルアーカイブ 3D計測
データ権利者 : 野口 淳
総覧登録日 : 2024-03-27
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