南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ

保阪 太一 ( 南アルプス市教育委員会文化財課 )

Utilization of historical resources and digitalarchive in Minami-Alps City

Hosaka Taichi ( Minami-Alps City Board of Education )
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Submitter : 奈良文化財研究所 - 奈良県
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保阪太一 2025 「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 XR・LiDAR・3D・デジタルアーカイブ・知的財産権 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/83
 南アルプス市の取り組みは、歴史資源に裏付けられたまちづくりを目指す中で、積極的に住民とつながり、文化財や歴史資源の理解促進のための「機会」と「手段」を創出してきたもので、その活動がデジタルデータの蓄積と活用へとつながっている。その中で取り組んだ「ふるさと〇〇博物館」事業は、オーラルヒストリーを含む歴史資源を住民とともに掘り起こし伝えるプロジェクトであり、令和5年度はサイトのアクセス数が年間67万件を数えた。また、近年では蓄積してきたデジタルデータを公開し結びつけることにより、多角的な新たな展開ができている。本稿ではデジタルアーカイブを介したまちづくりやその活用を中心に報告する。 
目次

はじめに

 山梨県南アルプス市は平成15年4月1日に4町2村が合併して誕生した、甲府盆地の西縁に位置する人口約72,000人の市である。

 個性あるまちづくりが求められている現在、「地域らしさ」を語ることのできる歴史資源が適切に継承され、市民によって活かされていくことが必要となる。そのためには歴史資源の価値を市民が理解することが不可欠となり、これらがさらに歴史資源の保護や継承につながる好循環を生み出すものと考えている。

 しかし、合併当初の本市は文化財や歴史資源に対する認知度・理解度は非常に低く、歴史資源に裏付けられたまちづくりとはほど遠い状況であった。合併後最初の予算査定で「市民には文化財へのニーズは無いから」と言われた言葉がその後の活動の原動力となっている。

 市民が知らないものをまちづくりに活かせるわけがなく、まずは認知度・理解度を上げることと、さらにはその情報を市民が使えるようにすることが課題であると考えた。まずは「やってみる」を信条に取り掛かり、都度修正を図ってきたが、その中で取り組んだ「ふるさと〇〇博物館」事業は、オーラルヒストリーを含む歴史資源を市民とともに掘り起こし伝えるプロジェクトであり、まさに「デジタルアーカイブ活動」といえるものであった(註1)。また、近年では蓄積してきたデジタルデータをオンラインで公開しそれぞれを結びつけることにより、多角的な新たな展開ができている。本稿ではデジタルアーカイブの構築そのものよりも、デジタルアーカイブを介したまちづくりやその活用を中心に、その背景から現在の取り組み、マイナス事例も含めて報告する。


1.課題解決のために~「文化財課のお手伝い」の取り組みがデジタルアーカイブの基盤に

(1)市民が歴史資源に接する機会をあの手この手で作る~保存と活用を両輪に

 合併直後に文化財担当が選択したことは、「調査・研究」・「保存・蓄積」と共に、「教育普及」・「活用」を両輪で行うことを徹底し、①まずはとにかく知ってもらうために、市民が歴史資源に接する「機会」をあの手この手で増やし、②市民の理解度を上げるために有効なやツールを作成・活用することであった。これら初期の取り組みの詳細については過去の報告を参照されたい(保阪2011、2015、2018)。

図1 「文化財課のお手伝い」のイメージと実施件数


 「文化財課のお手伝い」と名づけて、出前授業や史跡の案内など小中学校から市民団体、地区の寄り合いに至るまで、市民の皆さんとつながり年間約250件、1万人を超える参加者のペースで実施してきた(図1)。また、「南アルプス市らしさ」を語ることの出来る市の歴史的特徴をリスト化し、重点的に調査するなど地域研究にも注力(史跡整備へとつながる)、成果は市広報の連載(毎月カラー見開き)やCATVの番組(月1)、メールマガジン(月2連載)などの身近なメディアで即時的に発信した。

 これらの活動が功を奏し、市民からの要望で既存の「ふるさと文化伝承館」が文化財保存・活用の拠点として文化財課へ移管され平成21年にオープンしている(令和3年に博物館登録)。

(2)情報発信のツール~「他世代」・「多世代」・「見えないもの」・「気づきにくいもの」

 「文化財課のお手伝い」を補助できるツールとして、ガイドマップ「遺跡で散歩」やガイドブック(図2)、記録保存を実施した遺跡の説明版(H17~)、児童手描きの遺跡の説明板(H19~)、小学生の音声ガイド付きサイト「文化財Mなび」(H23~)、「MなびAR」(H24~)などを積極的に整備してきた。その際に文化財と接することの少ない世代など「他世代」・「多世代」の関心を得ることと、「目に見えないもの」・「気づきにくいもの」へも関心を持ってもらうことを意識した。


図2 ガイドマップ・ガイドブック


 合併当初より印刷物はDTPの完全原稿で内製してきたため、これらの作成を通して相当量のデジタル画像データ、テキストデータ、コンテンツが蓄積され、その後の活動に活かされていくこととなる。


2.デジタルデータの蓄積と活用

(1)「文化財Mなび~こどもたちの声がふるさとをつなぐ!~」(H23~)

 上記のツールはフィールドミュージアム的な意図を持っており、歴史資源に裏付けられたまちづくりを行うには、現地へ訪れることが重要と考え取り組んできた。これらのうちデジタル技術を用いた事例を2例紹介する。

 「文化財Mなび」は歴史資源や地下の遺跡をパソコンや携帯端末を通じて解説するとともに、地元の小学生や、住民の「音声データ」のガイドも備えたサイトである。

 市内の何気ない場所にQRコードのあるステッカーや景観に配慮した小さな情報発信板を設置し、通った方が「見えない」遺跡などに気づきながら「まちめぐり」ができる仕掛けで、ガイドマップの各コースと連動している。(図3)。


図3 文化財Mなびのチラシと情報発信板と現在のHPのトップページ


 当初200件程のコンテンツからスタートし、現在600件を超え、約60件の音声データも公開されている。携帯電話対応として開発したが、翌年スマートフォンに対応させ(初年度はスマホ用の予算が認められなかった)、小学生による動画も配信されるなど、各学校との連携が成功している。

https://103.route11.jp/?ms=2

(2)「MなびAR~遺跡で散歩~」(H24~)

 史跡ではなく、記録保存の調査地点でも現地で遺構を体感できないかと発想し、「AR(拡張現実)」を用いたアプリケーションを製作した。発掘調査によって確認された地下の遺構を、現地の景色の中でタブレット端末を通して覗き見るアプリであり、地下の遺構を再現した汎用型のARアプリは当時類例がなかった。原寸大の3Dの遺構を「現地」で体感できる点が利点と言え、VRとはその点で異なる(図4)。


図4 MなびARのマーカーと作動時の画面


 AR用に調査を実施したわけではなく、過去の調査での写真データを用いて3Dモデルを作成している。地上に遺る堤防との位置関係が重要なため、マーカー方式を採用し再現位置を固定した。マーカーは解説を兼ね、アスファルトの舗装面(歩道)にシートを貼り付けた(往来頻度によるが本市での耐用年数は約5年)。

 独自アプリケーションの構築は、利用者には一手間増えるのでハードルが高く、また、自治体としても相応のランニングコストを継続して確保できない場合にはお勧めしない。iosでは一定期間更新のされないアプリはStoreに表示できなくなるということも数年後に知ることとなる。


3.「ふるさと〇〇博物館」~掘り起こし・育み・伝えるプロジェクト~

(1)文化財課のお手伝い事業を進めてきた中での課題

 お手伝い事業を深める中で、文化財とは縁のない分野の方々と積極的に繋がることを意識してきた。その際に、文化財サイドが知らせたい情報だけでなく、市民が知りたい情報にたどり着きやすくする必要性と、共に掘り起こし伝えていけるということがわかった。調査成果やその重要性を市民が共有し、例えば商品開発など多様な形で共に魅力を発信してくれる存在となっている(保阪2024)。

 同時に、とにかく目の前のものから取り組んできたため、合併後10年を契機に、市全体として体系的に取り組み、これまでに蓄積してきた資料も整理してアーカイブする必要があると考えるに至った。

(2)ファミリーヒストリーを紡いで地域のストーリーを語る

 これらの活動を経て、平成29年、やっと体系的な取り組み「ふるさと〇〇(まるまる)博物館~掘り起こし・育み・伝えるプロジェクト~」(「〇博」)という、地域の歴史資源を市民と共に掘り起こし、伝え共有していく事業を開始する(保阪2021)。

 市内のあらゆる歴史資源や遺跡、人をつないで市全体を博物館とみたてるものであり、何気ない風景にあって忘れられていたような身近な歴史資源を市民自らが掘り起し、文化財課で正しい価値づけを行い、共に発信していこうというものである。この対象は、理想は全ての歴史資源であり、個人や家族単位のヒストリーこそを大切にしている。これらをつなぐことで字単位やまち単位の地域のストーリーが見え、これこそが「地域ならでは」「地域らしさ」を語るものと考えている。

 その過程の中で歴史資源や、地域を誇る「人」を顕在化させ、魅力ある地域や地域コミュニティ、シビックプライドを醸成し、地域力を高めることを目指している(図5)。


図5「ふるさと〇〇博物館」事業の概要


 そのため、各家庭や高齢者の集まるサロンなどでの聞き取り活動を繰り返している。その中で特に優先しているのが「オーラルヒストリー」であり、動画で記録し蓄積させている。昔を思い出すことでどんどん笑顔になっていく様子が印象的で、いわゆる「回想法」的な効果も期待できるし、何よりも高齢者の記憶や経験は地域にとって大切な資源である。

 また、高齢者が亡くなれば家財を整理し蔵もモノも廃棄されてしまうため、建造物、民俗資料、古文書(日記や通い帳、アルバムなどの身近なもの)等を優先的に調査・収集している。史料や古写真などはデジタルデータ化し、価値づけを行ったうえでアーカイブして公開し、オーラルヒストリーのうち公開できる動画は動画配信サイトYouTubeにて公開している。また、市民が主役となって語ってもらう調査成果の報告ウォークも開催している(図6)(註2)。

図6 聞き取り調査の様子


(3)見切り発車での展示・公開が情報・資料の更なる収集に

 寄贈された資料は、整理し収蔵した後、ふるさと文化伝承館の期間限定のテーマ展(いわゆる企画展)で内容を入れ替えながら適宜展示公開している。

 テーマ展は地域に密着した内容で企画し、詳細な情報が得られなかった資料も敢えて展示することで、むしろその資料への情報や関連資料が収集できている。これらは調査時においても同じで、聞き取りや調査状況もSNS等で適宜公開し、広報誌や地域で行う講座でも新資料を紹介しながら素直に「情報求む!」とすることで情報が集まってくるのである。私たちにとって展示や地域での講座は大切な聞き取り調査の場とも言え、まさに〇博の活動といえる(図7)。


図7 ふるさと文化伝承館での展示の様子

   

(4)多元的デジタルアーカイブ「〇博アーカイブ」(H29・H30~)

 本事業の中では、蓄積させたデータの利活用を促進する意図を持って、東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授の研究室と共同研究を行った。同研究室が先進的に研究されている「多元的デジタルアーカイブ」を活用して(註3)、平成29年から30年にわたり、3Dのデジタルアース(「cesium」)上に地域の歴史資源であるモノ・コト・人の記憶を配置した「〇博アーカイブ」を製作した(註4)。

 VRのランドスケープを介することで過去と現在をつなげ、直感的に共感できるような視覚化を意識したものである。昭和22年の航空写真や明治21年の地形図をレイヤーとして重ねること、現代から旧石器時代まで遡って時間軸を動かせるスライドバーを配することで、現在が歴史の上にあることを実感できるよう意図している。

 平成30年12月の公開時には200件足らずだったコンテンツはR6年度現在1000件以上が入力され、身近な歴史資源や市民の記憶が多く配置されている。たとえば高齢者の記憶はこのデジタルアーカイブの中で語り続けることができ、身近な人が言葉を発していることで、より共感の連鎖を促している。語り部は市民全員。瞳を輝かせながら半径30mを誇りを持って語る市民で溢れさせたいと目論んでいる(図8、9)。

https://archives.maruhakualps.jp/


図8 「〇博アーカイブ」の画面の一例


図9 「〇博アーカイブ」の画面の一例


(5)コミュニティの誘発と小学生による実践

 〇博アーカイブはあくまでもツールであって、その真価は、市民同士による掘り起こしの成果を共有・共感しあうことでコミュニティが誘発されることだと考えている。

 「多元的デジタルアーカイブ」の活動を通して渡邊は、アーカイブを育み記憶を継承していく運動体を「記憶のコミュニティ」という概念で示しているが(渡邊2016)、その活動込みのアーカイブという点に共感し、共同研究を打診している。

 記憶の継承は大人同士でも良いし、若い世代が介在することで活発になることもある。例えば小学校の授業では、小学生が地域をめぐって高齢者へ聞き取りを行い、掘り起こし、最終的に○博アーカイブで発信するという取組みを実践している。子供たちは初めて聞く内容に目を輝かし、また、高齢者の皆さんも事前の準備や子供達からの質問にとても生き生きとされていた。子供たちの発信だけを集めた別サイト「〇博アーカイブbyぼこ」も公開している(ぼこ:方言で子供のこと)。

 実は先述した手描きの遺跡説明板もこの取り組みも社会科や総合の学習だけでなく、国語も活用している。史跡などを調べて発信する「おすすめパンフレットを作ろう」という主旨の単元で、まさに文化財担当が関われるものである。その成果とともに聞き取りの様子などの素材映像も公開している(図10)。

https://schools.maruhakualps.jp/

図10 小学生による実践の様子


4.デジタルデータの蓄積と連動 近年の新たな取り組み

(1)〇博ホームページの公開~「文化財Mなび」のポータルサイト化

 「ふるさと〇〇博物館」のホームページは、「〇博アーカイブ」、「〇博アーカイブbyぼこ」、「文化財Mなび」の3つで構成している(図11)。平成30年のホームページの公開に合わせて「文化財Mなび」も〇博仕様に改変し、増大化する情報に対応してカテゴリー・時代・地域などの検索機能を加えた。さらにガイドマップのコース以外も含めた市内のあらゆる歴史資源を表示できるように拡充させている。また、これまで蓄積した膨大なデータの整理については、「文化財Mなび」の入力フォームのデータをCSVで書き出して管理できるように改訂している。


図11 「ふるさと〇〇博物館」ホームページトップページ


 さらに近年では①ふるさと文化伝承館で常設していない資料等を3Dデータとして公開することや、②過去に作成した広報やコラム、読み物、印刷物などをデジタルデータとして公開すること、③それらの元となった個別の素材データも公開することを目指し、南アルプス市の歴史資源のポータルサイトとして市民が求める情報にたどりつきやすくする方策を考えた。費用をかけずおこなったためにUIの統一も図れず切り貼り感は否めないが、Sketchfabやyoutube、奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧など、外部のプラットフォームを活用してリンクすることで、ポータルサイト化を図ることとした(図12)。


図12 「文化財Mなび」の改訂後画面とリンク先のプラットフォーム


 外部のプラットフォームを利用することは、サービスの廃止などによる影響を懸念する意見もあるが、作成したデジタルデータを適切に保管さえしていれば、公開の方法はいずれなんとかなるとも考えている。公開できるときに少しずつでも公開しておきたい。

https://103.route11.jp/?ms=2

 

(2)土器や民俗資料の3Dデータ化と公開

 収蔵する民俗資料、考古資料、文献資料などは膨大な量にのぼり、画像のデジタルデータ化が課題といえ、目下進行中である。同時に一部の資料についてはフォトグラメトリーを活用して3Dデータ化も進めている。これは、展示スペースが狭小なために常設展示できない資料や、展示設備の制限から360度でお見せできない資料を公開する目的である。近年大規模な発掘調査が行われたためにその整理作業としても3Dデータは有効と考えており、MetaShapeのスタンダードを用いて、内製で少しずつ土器の3D化を進め、随時Sketchfabで公開している(図13)。Sketchfabでは、博物館施設などはCultual Heritage Programへ申請することで歴史資源の公開はfreeでできていたが、近年そのサービスは終了している。そのため本市では無料使用の制限内で公開を進めている。また、今年度改訂し令和7年度から使用される小学校の副読本には2次元バーコードを表示し、古民具の3Dデータをリンクしている。

https://sketchfab.com/minamialps


図13 「文化財Mなび」内の「Sketchfab」のリンク画面


(3)Re:Earthのストーリーテリング機能を活用したテーマ別アーカイブ

 〇博アーカイブ開発時に、コンテンツ同士の関連性を示す機能を備えたいと計画していたが共同研究内では実現に至らなかった。渡邊教授の研究室と研究室発で〇博アーカイブ開発時のメンバーも在籍する株式会社Eukaryaは、デジタルツイン構築プラットフォーム「Re:Earth」を開発し、コンテンツに表示順を与え、ユーザーが物語を読むようにデータを提示することができる「ストーリーテリング」機能を装備した。それにより、〇博アーカイブに示す数あるコンテンツの中からストーリーごとのアーカイブを抽出し提供することができている。

 現在は、小学生が鎌倉の修学旅行前に学習する「南アルプス市の甲斐源氏アーカイブ」(図14)と、戦時中の市民の軌跡を古写真と遺品で綴る「戦争のキセキマップ」を公開している。

https://103.route11.jp/?ms=2&mc=105

図14 「Re:Earth」を用いての「南アルプス市の甲斐源氏アーカイブ」の一場面


(4)バーチャルミュージアム~バーチャル空間内でのポータルサイト化・過去の展示も

 公立小松大学次世代考古学研究センターと産業技術総合研究所の協力を得て、Matterportを用いてふるさと文化伝承館の展示室全体や史跡を3Dデータ化して公開している。

 バーチャルツアーができるだけでなく、展示パネルの高解像度データや、資料の3Dモデル(Sketchfab)、展示資料が掲載される発掘調査報告書(全国遺跡報告総覧)、小学生たちによる解説の動画(YouTube)など、外部のプラットフォームのリソースをリンクし、バーチャル空間内でのポータルサイト化を目指している(図15、16)。


図15 「文化財Mなび」内のバーチャルミュージアムのリンク画面


図16 「バーチャルミュージアム」の一場面 既存コンテンツと連動


 また、期間限定のテーマ展も3Dデータにしアーカイブすることで過去の展示もサイト上でご覧いただけるようにしている(図17)。さらに外部にある国史跡「桝形堤防」の3Dデータとも連動し(図18)、調査時や修復時の画像なども備え、史跡と展示室を往来することもできる。今後は、国重要文化財の古民家「重要文化財安藤家住宅」などとも連動したいと考えている。

https://103.route11.jp/?ms=2&mc=54


図17 「バーチャルミュージアム」の一場面 過去の企画展


図18 国史跡「桝形堤防」の「バーチャルツアー」の一場面


(5)流域治水の自分事化支援ツール~過去に学び未来を考える

 国土技術政策総合研究所からの委託研究で、パシフィックコンサルタンツ株式会社が山梨大学と連携し、南アルプス市をフィールドに流域デジタルツインを用いた流域治水の自分事化支援ツールの開発に取り組んでいる。市内の小学4年生は全校が御勅使川流域等の水害や治水について学び、文化財課がお手伝いをしている。このツールは南アルプス市の過去の水害や治水遺構のデータを用いたもので、「未来への対策を考える素地を育むため」のものとして、市内小学校と連携し実装へ向けて取り組んでいる。土地の記憶の継承を目指した、デジタルを介してのリアルな取り組みとなっている(図19)。


図19 市内小学校での自分事化支援ツールのデモの様子


5.「ふるさと〇〇博物館」ホームページの利用状況と傾向~70万アクセス

 「ふるさと〇〇博物館」ホームページは、小さな市の歴史資源に特化したホームページであり、公開当初は利用数は非常に少なかった。しかし、コロナ禍においてオンラインでのサービスを強化したことと、市内小中学校における一人一台PCでのGIGAスクールの開始、さらに夏休み中の教員向けふるさと教育の研修会等を契機に利用数が増加していった。学校側との連携も図れていたのでGIGAスクール導入の際に、事前にブックマークしてもらったことも大きい。


表1 〇博ホームページの年ごとのアクセス件数


 利用状況は表の通りで、令和5年度はアクセス数67万件、令和6年度は70万件を越える見通しである(表1)。土日などの休日や、夏休みなどの長期休みの期間に利用者数が減っているので(表2、3)、やはり小中学校での利用が主体と言える。また、一日の中では朝の時間に伸びがあり、各学校で実施している授業前の朝の学習の時間に「ギガの時間」を設けていることで、その際に利用されているようである。何を視聴しても良いようだが、ある教員からは「子供達、〇博アーカイブが楽しくてついつい開けているようですよ」との嬉しい声もいただいている。


表2 〇博ホームページの月ごとのアクセス件数


表3 〇博ホームページの日ごとのアクセス件数


 ただし、小中学校の休日にあたる日であっても令和5年度の実績で1日平均335件のアクセス数があり、月に換算して約1万件、年間で12万件と言え、学校以外でのアクセス数も決して少なくないと捉えている。国内は全ての県からアクセスがあり、海外の利用も広範囲からあるが、どのような利用実態なのかは把握できていない。


まとめにかえて~現在の課題と展望~

 本市の取り組みは、歴史資源に裏付けられたオリジナルな魅力あるまちづくりを行うため、歴史資源を活発に活用し、市民と大いにつながりながら、文化財や歴史資源の理解促進のための「機会」と「手段」を創出してきたもので、その活動がデジタルデータの蓄積と活用へとつながっている。また共感を促すのに有効なデジタル技術は積極的に取り入れ、「まずはやってみる」を信条に取り組んできた。

 現在南アルプス市教育委員会では、「第2次教育振興プラン」(R4~R8)で、ふるさと教育、歴史資源の活用、ふるさと〇〇博物館事業の推進、デジタルアーカイブの公開までも明示している(註5)。また、令和7年度から始まる「南アルプス市第3次総合計画」では歴史資源がまちづくりに活用されることで、ふるさとを愛する心が醸成され、さらなる歴史資源の保護につながる好循環をもたらすことも明示している。

 振り返れば、合併以来一貫して歴史資源に裏付けられたまちを目指して取り組んでおり、「ふるさと〇〇博物館」もデジタルアーカイブもそのための手段と言える。決して目的ではなく、むしろ、システムを開始した時がスタートで、どれだけ市民と共に成長させていけるかが肝と考える。職員も多いわけではないので「小さく始めて、大きく育てられたら良いな」という作戦である。

 とはいえ、「ライセンス」の扱いなどデジタルアーカイブの要件として不備も多く、それらの整備・修正は急務と考えている。収蔵資料のデジタル化も引き続き取り組み、都度オンラインで公開してゆく。市民の皆さんが得たい情報によりたどりつきやすくなるよう引き続き取り組んでまいりたい。


1)デジタルアーカイブジャパン推進委員会実務者検討委員会 『「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン』

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/pdf/guideline_2023.pdf

2)https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/fs/8/1/2/8/3/_/__2017_4__No117__________-12.pdf

https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/fs/8/1/2/7/1/_/__2018_5__No130_________________________12.pdf

3)渡邊英徳研究室

https://labo.wtnv.jp/

4)〇博アーカイブ:製作担当代表:首都大学東京大学院山浦徹也氏(当時)

5)第2次南アルプス市教育振興プラン

https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/fs/9/6/7/5/5/_/__2_______________.pdf


参考・引用文献

斎藤秀樹 保阪太一 2011「埋蔵文化財活用への取り組み~とりあえずご相談ください~」『平成23年度埋蔵文化財担当職員講習会講習会‐発表資料‐』文化庁

田村 賢哉, 井上 洋希, 秦 那実, 渡邉 英徳 2018「市民とデジタルアーカイブの関係性構築: ヒロシマ・アーカイブにおける非専門家による参加型デジタルアーカイブズの構築」『デジタルアーカイブ学会誌2』

保阪太一 2015「デジタルコンテンツを活用したガイドツアー‐教育的活用と地域づくり‐」『デジタルコンテンツを用いた遺跡の活用』奈良文化財研究所

保阪太一 2018「南アルプス市における遺跡を活用した人づくり・地域づくり」『月間文化財10月号』第一法規

保阪太一 2021「ふるさと〇〇博物館-掘り起し・育み・伝えるしかけ」『観光と考古学第2号』観光考古学会

保阪太一 2024「ストーリーを活用する~まちづくりのための南アルプス市の模索~」『埋蔵文化財活用と観光の視点発表要旨』山梨県

渡邊英徳 2016「多元的ディジタルアーカイブズと記憶のコミュニティ」『人工知能31巻6号』人工知能学会

渡邊英徳 2019「デジタルアーカイブと可視化:進化・創発する実践」『デジタルアーカイブ学会誌3』

引用-システム内 :
引用-システム外 :
使用データリポジトリ画像 :
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図1 「文化財課のお手伝い」のイメージと実施件数
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図2 ガイドマップ・ガイドブック
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保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図14 「Re:Earth」を用いての「南アルプス市の甲斐源氏アーカイブ」の一場面
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図15 「文化財Mなび」内のバーチャルミュージアムのリンク画面
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図16 「バーチャルミュージアム」の一場面 既存コンテンツと連動
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図17 「バーチャルミュージアム」の一場面 過去の企画展
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図18 国史跡「桝形堤防」の「バーチャルツアー」の一場面
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図19 市内小学校での自分事化支援ツールのデモの様子
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表1 〇博ホームページの年ごとのアクセス件数
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表2 〇博ホームページの月ごとのアクセス件数
保阪太一「南アルプス市における歴史資源の活用とデジタルアーカイブ」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表3 〇博ホームページの日ごとのアクセス件数
NAID :
都道府県 : Yamanashi Prefecture
時代 :
文化財種別 :
史跡・遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
テーマ : 活用手法
キーワード日 : デジタルアーカイブ 多元的デジタルアーカイブ ファミリーヒストリー 歴史資源の活用 GIGAスクール 3D 南アルプス市ふるさと○○博物館 南アルプス市ふるさと文化伝承館
キーワード英 : Digital Archive Plural digital archives Family History Utilization of Historical Resources GIGA School 3D Field Museum of Minami-Alps City Historical Museum of Minami-Alps City
データ権利者 : 保阪太一
データ権利区分 : クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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総覧登録日 : 2025-03-06
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