図面記録類の電子化-写真資料の電子化を中心にー
Digitization of drawing and other records -Focusing on the digitization of photographic records-
奈良文化財研究所
- 奈良県
要旨
ポイントは、三点
①なぜ電子化するのか知っておきましょう
②フィルムは確実に経年劣化します(ネガフィルム>ポジフィルム>白黒フィルム)
③写真資料の特質を理解して、適切な電子化をできることからコツコツと
1.一次資料と二次資料(『発掘調査のてびきー整理・報告書編―』(2010)より)
記録類は、ある意味、その代償ともいうべき性格を持ち、同時に人類の過去を明らかにするための重要な情報となる。よって、地方公共団体などの責任のもとで、恒久的かつ適切な保存管理と公開をおこなうことが必要である。①発掘調査で作成した一次資料(図面や日誌、写真などの各種の記録類)
・報告書作成に使用した基礎資料のほか、報告書には掲載しなかった資料も含めて、さまざまな情報が
記録されている。これらについても、将来にわたり、確実に保管していく必要がある。
②報告書に代表される二次資料(概報やリーフレットの類い含む)
・これらは、教育委員会やそれが設立した調査組織、大学等研究機関だけでなく、当該地域をはじめとする
図書館や博物館、公民館など、活用が見込まれる施設で、分散して保管することが求められる。
※電子化した資料は、1次資料?2次資料?あるいは1.5次資料?
2.フィルムの保管実態(長期保存を目指す保管条件のハードルが高い)
①低温(可能な限り)で低湿(20~40%)が前提。カラーフィルムで2℃以下、白黒フィルムで20℃以下、ともに湿度40%前後を推奨。カラーリバーサルフィルムは通常保管で早くて1~3年で変退色発生、暗所保管でも10~20年の寿命とされる。※奈文研飛鳥・藤原地区のフィルム保管庫は12~14℃、38~40%
②文化庁アンケート(2016)では、1056市町村のうち、半数近い456組織で保管フィルムに劣化と退色有り回答。温湿度管理施設は123組織が有りと回答。
3.フィルム電子化の方法(カタログスペックの解像度と実際の解像能力は別物)
①フィルムスキャニング…フィルムスキャナ(含ドラムスキャナー)とフラッドベッド②デジタルカメラによる複写撮影…精度は機種とレンズに依存
※フォトショップを使用してカラーネガフィルム、白黒フィルムの適正化も可能
はじめに
電子化したい対象物は、なんですか?
どれくらいの精度で、電子化しますか?
コスト(お金と時間と人足)は、どれくらいかけられますか?
今おこなうべき作業ですか、将来おこなうべき作業ですか?
電子化は紙媒体資料をデジタルデータ化するものであるが、突き詰めていくと文化財の調査記録に値する資料を残せていますか、という話になる。
たとえば古文書はマイクロフィルムで複写し、プリントを写真帳形式で整理保管する方法を長く採用してきた。これは原本を将来に護り伝えつつ、研究対象としても利用することを両立させるために採られてきた方法である。現在はデジタルカメラによる撮影に移行しているが、文字情報と形態情報をできるだけ忠実に写し取り、読めるようする目的は不変である。電子化することで、色彩情報やモニターでの観察、あるいは読み下し文の自動作成など充実化の方向に進む利点もみられる。しかし、最も重要なことは原本の代替品としての機能を果たすことで、現物の破損を防ぐことに繋がるという点であろう。
電子化とはコピーの類いよりもっと高次なもので、複製品を作り出す作業といえよう。こうした意識を持つことが、電子化に伴う諸条件を決めていく上でのキーポイントである。ブレてピンボケした写真の複製品は必要か、いい加減な測り方で作成した図面はどうか。良質な一次資料無しには、良質な電子化資料は存在しえないことを明記しておきたい。
1.一次資料と二次資料
このことについては、『発掘調査のてびきー整理報告書編―』(2010)及び『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について』(報告)の1(2017)でデジタルカメラ、2(2017)で発掘調査報告書、3(2020)で一次資料のデジタル化、が文化庁で検討報告され、冊子にまとめられているので参照されたい。
本講義の内容は文化庁報告3と関係するものである。なお、二次資料である発掘調査報告書を電子化する場合の方法と注意点については、文化庁報告2の資料編に掲載されているので、参考資料として以下に転載しておく。

図1-1_2017_『文化庁報告2』_報告書電子化の方法と注意点1

図1-2_2017_『文化庁報告2』_報告書電子化の方法と注意点2
さて、一次資料は恒久的な保管対象となるものである。発掘調査の記録類としては、遺構・遺物の図面類、写真類、日誌、メモなどがこれにあたるものとされる。これは破壊を伴いながら進行する発掘調査の特殊事情による部分が大きい。すなわち、「発掘調査の代償」でとして唯一無二の記録という点が、記録としての価値を高めている。したがって、一次資料として扱うべきものは、恒久的な長期保存を前提として保管していくことが求められる。その対象として紙媒体のものを想定しがちであるが、デジタルカメラで撮影した遺跡の画像データに類するものも当然一次資料として長期保存の対象となる。
2.フィルムの保管実態
電子化する一次資料は、①図面類と②フィルムに大別される。
それぞれの保管がどのような状況に置かれているか、大局的な状況を整理しておく。
(1)図面類
図面類については、調査担当者が心血を注いで作成した実測図類が中心となる。その作成に対するいきさつを踏まえても、調査を終えて発掘調査報告書を作成した後は収蔵庫で大切に保管されている場合が大半であろう。
図面類は紙媒体であることから、物理的に嵩張るものでなく、報告書刊行後は調査成果物の一つとして図面ケースに収納されて頻繁に出し入れされるものではない。このため、長期保存を目的とする電子化についても、緊急的な必要性を感じる場面は少ない。
文化庁報告3をまとめる際(2017年11月)に実施されたアンケート(埋蔵文化財専門職員を有する都道府県市町村1,151自治体)でも、図面をデジタル化した自治体は314/1151と3割程度である。その目的は「報告書作成作業等のため」が297/314(複数回答可)とほとんど全てであり、保存や保管を目的とするものでない傾向が明らかである。このため取り込み解像度は360dpi~720dpiに収まるものが大半である。
ちなみに電子化した後、図面を全て廃棄する自治体が1箇所、劣化の著しいものは廃棄する自治体が3箇所存在していることは記しておきたい。
表1 図面のデジタル化と取扱いに関するアンケート

表1-1_2020_文化庁報告3_図面のデジタル化1

表1-2_2020_文化庁報告3_図面のデジタル化2

表1-3_2020_文化庁報告3_図面のデジタル化3
(2)フィルム
白黒フィルムは現像された銀粒子で画像が構成されている。銀は鉱物であることから物質として安定していることは、幕末に撮影された銀板写真はもとより写真術が誕生した19世紀前半の写真が現存していることからも明らかである。一方カラーフィルムは、色素で構成されているため変退色する宿命を帯びている。
この変退色時期について、温度24℃・湿度40%の通常の保管環境でもカラーポジフィルムは早ければ1年~3年の単位でそれが発生するとされている。マイナス26℃で保存し続ければ理論上1000年もの長期保管が可能ともされるが、果たして3024年までそうした環境を維持し続けることが出来るのだろうか?ともかく低温低湿がポイントである。但し湿度については低すぎると変形や剥離が発生するため、20~40%の湿度が推奨値となる。温度については2℃で保管し続けることができれば、期待寿命は500年とされているので2524年まで保管できることになる。
ちなみに奈文研平城地区本庁舎のフィルム保管庫の温湿度目標設定値は20℃、40%。飛鳥藤原地区庁舎のフィルム保管庫の目標設定値は12℃、35%である。
文化庁報告1に伴う市町村アンケート(2016年6月)では、設定値はさておき温湿度管理ができる施設を有している自治体は123/1056と1割程度である。ではどうしているか?「温湿度管理はできないができるだけ日光を避けられる環境で保管」812/1056である。そして保存状態の確認は、「貸し出しや使用等の機会がなければ特に確認はしていない」813/1056である。 フィルムの変退色は静かに着実に知らぬ間に進行している、ということだろうか。
しかし、保管しているフィルムの変退色を認識している自治体は、456/1056と4割に達している。定期的あるいはできるだけ確認するよう心がけている数値233/1056よりも200以上高い。このことは、確認する習慣がなくても高い確率で変退色を目にしている機会があることを示している。
表2 発掘調査写真フィルムの保管方法と保存状態の確認に関するアンケート結果

表2-1_2017_文化庁報告1_フィルムの保管1

表2-2_2017_文化庁報告1_フィルムの保管2
さらにフィルムのデジタル化の実施について、2016年アンケートでは238/1056であったものが、2017年では379/1151に急増している。その目的は「劣化による情報消失の防止」が274/379とトップで、次に「報告書作成作業等のため」235/379が続く。
図面の電子化と比較すると、ともに報告書作成に伴う比重が大きい方向性は一致している。しかし差異に目を転じると、変退色というフィルム特有の要因が作用して、劣化対策のために電子化を実施していることがよくわかる。両アンケートを合わせ考えると、保存や保管のために電子化するフィルムと報告書作成のために電子化する図面という構造が存在しているといえよう。
ちなみに電子化した後、フィルムを全て廃棄する自治体が2箇所、劣化の著しいものは廃棄する自治体が5箇所存在あり、わずかであるが図面廃棄事例より多い。残念なことではあるが、収蔵環境やフィルムの状態もあるので、一概に非難できないだろう。一次資料としての性質を踏まえて、置かれた環境なりに最善を尽くしていただければと願っている。
表3 フィルムのデジタル化と取扱いに関するアンケート

表3-1_2017_文化庁報告3_フィルムのデジタル化1

表3-2_2017_文化庁報告3_フィルムのデジタル化2

表3-3_2017_文化庁報告3_フィルムのデジタル化3
【参考】現像済みフィルムの取り扱いと保存について
フィルム等の保管方法は、写真関連の書籍やフィルムメーカーを通じて周知が図られている。ISO(国際標準)・JIS(国内標準)での推奨保存条件が根拠となり、現像写真フィルムはISO18911 ・JISK7641、プリントはISO18920・JISK7642等である。筆者が四半世紀前に入手した資料には、「・原板を素手で触らない・汚さない・有害なガスを発する場所(臭いの強いところ)にはおかない・必要以上に光にさらさない・高温多湿な場所での取り扱いは避ける」の5項目が日々の取扱い注意点として示されていた。平易な言葉のためか、簡単に真似出来そうに思えたのでここでも紹介しておく。
3.フィルムの電子化の方法
(1)電子化する理由
先のアンケートによれば、フィルムを電子化する最大目的は「劣化による情報消失の防止」とされ、コピーや複製、バックアップといった機能が期待されている。では、そもそも写真画像が劣化する原因と種類はどのようなものなのだろうか。速やかに電子化に着手できればよいが、機材や予算や人員等を踏まえ将来的な取り組みと考えているところもあるだろう。そこで、知識として劣化原因や種類を知っておくことも大切だと考えられるので、日本写真学会画像保存研究会編による『写真の保存・展示・修復』(1996)から「写真画像劣化の状態とその要因」(河野純一)分類表を紹介する。
表4 画像劣化の原因と種類
表4_1996_画像劣化の原因と種類_『写真の保存・展示・修復』河野純一
この表によれば、画像劣化原因として、
①保存要因
②現像要因
③材料要因
をあげている。
この中で保管しているフィルムに対して、自治体関係者が対応できる余地があるのは①である。その際、劣化物質の状況に応じて対応することになる。
また、劣化の種類には
①生物的劣化
②物理的劣化
③化学的劣化
があり、それぞれが単独あるいは複合的に発生するとしている。その主な原因をみれば「高温・多湿」が悪者筆頭だ。続いて「機械的応力」。(人為的ミス)と記しているようにフィルムに直接触れることによって発生する可能性があることに注意したい。こうしてみると、高温多湿を主とする保存要因をコントロールし、人為的な接触を制限することで長期保存への道が開けてきそうだ。高温多湿はフィルム保管庫等の収蔵環境整備で、人為的な接触制限はフィルムの電子化で。ということである。
そこで関係者自身で対処することが比較的容易なフィルムの電子化について、手段や方法とともに注意点を示していくことにする。
(2)電子化する目的
文化庁報告3では、「発掘調査の記録類のデジタル化の目的」として下記の4項目をあげている。
①一次資料の劣化に備え、一次資料のもつ精度を最大限保ったままデジタル化する。
②資料の貸し出し等、利活用のためにデジタル化するもので、業務の効率化を図るとともに一次資料へのアクセス を減らすことにより一次資料を良好な状態で保存する。
③インターネット等での情報発信を目的としてデジタル化する。
④資料の管理や検索のためにデジタル化する。
このうち①の精度が最も高くあるべきで、②③と低くなっていってもよいとしている。ただし、デジタルの特性として大きなデータサイズのものを小さくリサイズすることは問題ないが、小さなデータサイズのものを大きくリサイズすることは精度保持の観点で問題がある。大は小を兼ねるが、小は大を兼ねないのがデジタルデータなのである。 ここでフィルム写真からプリントする場合とデジタルデータからプリントする場合を考えてみる。
日本写真学会編『写真の百科事典』の「4画像と加工と編集」では、引伸しについて次のように記述している。「銀塩写真のプリントサイズの上限は、特別に決める要素がない。光学的な条件さえ許せば35mmフィルムから畳1畳(180cm×90cm)、あるいはそれ以上に引き伸ばすことも可能」とし、「確かに大きくすれば粒状性が粗くなり、画質が明らかに低下する。しかし、銀塩写真の画像がランダムな大きさと配置をもつ粒子という特徴のため、粗くなった画像からも情報を認識しようとする人間の視覚が作用し、画質が低下しているにも関わらず画像としての役割が果たせる。」ので小が大を兼ねる能力をフィルムが有している場合があることを記している。一方、デジタルデータは規則正しく並んだ正方形の画素(ピクセル)の集合体なので、拡大すればするほど正方形のマス目が見えるようになり、輪郭のエッジもギザギザと人工的に感じることになる。
人間の視覚を基準にするなら、ランダム配置の粒子が比較的ゆとりをもって画像として成立させるのに対して、規則正しく並ぶピクセルは画像形成の点でシビアなものであるといえよう。
ただし、これはあくまでも人間が目で見て画像を認識する話である。写真資料として記録精度の観点でみると、フィルムの使用限界は当然シビアになる。埋蔵文化財写真技術研究会で発行した『報告書制作ガイド』(1998)では、「透過原稿・反射原稿のいずれであれ、写真の拡大・縮小は写真の特性上、拡大すればするほど粒子は粗れ、逆に縮小すればするほど細かな絵柄はつぶれてしまう」とし、カラーリバーサルフィルムを入稿原稿として用いる際には「拡大はフォーマットの4倍まで、縮小は1/2までの限度内においてを原則」とすることを求めている。
つまるところ、フィルムサイズによる絶対的な限界値はあるのだが、スキャンする目的によってその精度は変化するといえよう。事前にフィルムサイズ別、使用目的別に精度をよく検討しておくことが大切になる。
(3)電子化の方法
フィルムのデジタル化の方法は①スキャナーでスキャン、②デジタルカメラでフィルム複写の2通りとなる。このうち①のスキャナーには、フィルムを直接スキャニングする①―1フィルムスキャナー(ドラムスキャナー含む)と、コピー機のようにガラス台の上に置いたフィルムを読み取る①―2フラットベッドスキャナーがある。両者の解像度を比較すると、カタログ数値上はあまり差がないことがある。例えば①―2タイプであるEPSON社のハイエンドスキャナーGT-X980(約7万円)は光学解像度が6400dpiであるのに対して、①―1タイプであるハッセルブラッド社のハイエンド半ドラムタイプスキャナーFREXTIGHT X5(約300万円)は8000dpiである。解像度数値と価格差が釣り合っていない。が心配は無用。解像力、解像性能が段違いなのである。想像してみて欲しい。フィルムを直接スキャンするのと、ガラス越しにスキャンするのではどちらが綺麗にスキャニングできるか。単純化すればそういうことであるが、フィルムを直接スキャンするための機械制御とフォーカシング性能がこの価格差を生み出している。

図2-1_エプソン社 GT-X980(フラッドベッドタイプ)

図2-2_ハッセルブラッド社 Frextight-X5(フィルムスキャナータイプ)
ところで、死に物狂いで予算を獲得する、あるいはクラファンで資金を募って購入予算を集めたとしても、すでに高品質なフィルムスキャナーは国内で生産しておらず、ハッセルブラッド社も生産終了し日本から撤退した。それではエプソンのスキャナーしかないではないかということになるが、それとても2014年発売とすでに10年以上前のモデルなのである。先行きは明るくない。
こうした状況を踏まえて、外注によるデジタル化は別として、自前で電子化をスタートするなら②デジタルカメラでのフィルム複写も現実的な選択肢として浮上する。この方法は直接フィルムを撮影することになるので、①―1のフィルムスキャナーと類似した形式と言えなくものない。そのためのグッズも販売されているので紹介しておこう。
図3 ペンタックス社のFILM DUPRICATOR(2014年発売、118,300円)

図3_PENTAX film duplicator
スピードライトによるストロボ光を光源として、レンズ前に装着したフィルムホルダーにフィルムを装着しピントを合わせてデジタルカメラで撮影。フィルムスキャナーを機能別にバラして再構成したようなイメージである。4×5フィルムまで対応するホルダーも一時期販売していたが現在は販売終了。残念ながらブロニーサイズのフィルムまでの対応となる。
図4・5 ニコン社のフィルムデジタイズアダプター(2018年発売、22,000円)

図4_ニコン_フィルムデジタイズアダプターES-2-1

図5_ニコン_フィルムデジタイズアダプターES-2-2
こちらは、PENTAXのフィルムデュプリケーターをもっと簡素にしたものである。Fマウント60mm、40mm(DXフォーマット)、Zマウント50mmの標準マクロレンズに装着して撮影するタイプである。下図のとおり35mmフィルム限定となる。
注目したいのは、光源に関する表記である。「自然光下での撮影、または、高演色性蛍光灯やライトボックスなどRa(平均演色評価数)の高い光源を使った撮影をおすすめします。」とある。解像性に関してはカメラ側に委ねることになるが、色調再現性は光源側の性能に依拠するのである。デジタルカメラでの撮影なので後処理で色調は変えられるという考え方もできるが、一次資料の複製という立ち位置を踏まえるなら、光源の品質にも十分配慮したい。なお地味に重要なのはフィルムについた汚れやホコリを取り除くことである。①デジタルカメラで②フィルムを③光で透過させて、撮影する。この構造を理解し代用できればグッズを買わなくても同様のことが可能であり、大判フィルムも一応対応できる。
(4)電子化の仕様
デジタル化するに際、どのようなサイズで取り込むかは十分に検討が必要である。前述したように、フィルムサイズ別、使用目的別に精度をよく検討しておくことが大切であるが、サイズの指標も必要かと思われる。そこで、フィルムのアーカイブデータ化の一つとして一時期普及したコダックフォトCDシステムの解像度サイズを参考として紹介しておく。なお一時期としたのは、すでに同システムの製造販売とサポートが終了した過去のものであるからだ。1990年に発表、1992年に発売されたこのシステムは、2006年に開発とサポートが終了した。デジタルデータの寿命と定期的なコンバートの必要性を認識させた意味でも、インパクトを与えたシステムであった。一時の普及度合いもあり、使用目的を見越した下記のサイズ区分は指標としての価値をそれなりに有している。

表5_フォトCDサイズ区分一覧
また、ファイルの保存形式については用途と目的から考えると、持続性と汎用性を重視すべきである。ここで「電子化する目的」で挙げた4項目を再掲し、対応を考えてみる。
①一次資料の劣化に備え、一次資料のもつ精度を最大限保ったままデジタル化する。
②資料の貸し出し等、利活用のためにデジタル化するもので、業務の効率化を図るとともに一次資料へのアクセスを減らすことにより一次資料を良好な状態で保存する。
③インターネット等での情報発信を目的としてデジタル化する。
④資料の管理や検索のためにデジタル化する。
①は非圧縮記録方式(画質重視)のTIFF形式が適切であろう。②も同様か。③④は圧縮記録方式(記録容量重視)のJPEG形式などが運用し易いだろう。もちろんJPEG形式の非可逆性を踏まえたオリジナル画像の保護は、忘れてはいけない。
さらに、文化庁報告3では以上を踏まえて、「フィルムがもつ解像力以上の精度で、デジタル化をしたとしても画像サイズが大きくなるだけで、精度の向上にはつながらない」とし、①では「フィルムサイズに対し、2800dpi程度を指定し、非圧縮のTIFF形式で保存すれば十分な精度を保つことができる」としている。②は写真の使用サイズと解像度を決定しておく必要があり「175線での印刷を想定する場合は、使用サイズに対して350dpiを指定すればよく、ポスター等、大型のプリントに使用する場合は150~200dpiで十分」とし「非圧縮のTIFF形式が望まれるが、使用サイズが小さければJPEGでも問題ない」としている。
(5)フィルムサイズと解像度

図6_GT-980_35フィルム2400→350dpi
35mm フィルムを 2400dpi でスキャンし 350dpi リサイズ

図7_GT-980_4×5フィルム2400→350dpi
4×5mm フィルムを 2400dpi でスキャンし 350dpi リサイズ
図6、7は、EPSON社のGT-X980で35mmと4×5サイズのカラーリバーサルのフィルムを2400dpiでスキャンしたものである。
35mmフィルムを2400dpiでスキャンしたものを175線印刷に用いる350dpiで割り戻すと、長辺24.9cm、短辺17.37cmとなっている。版面設定にもよるが、A4 で1ページ相当の寸法になる。
4×5フィルムを2400dpiでスキャンしたものは、長辺81.63cm短辺67.01cmとなり、A1ポスターまで対応できそうだ。
縦横比を厳密にしてスキャンしたわけではないので誤差はあるが、35mm、4×5フィルムを2400dpiでスキャンする目安と思っていただければよい。多少のトリミングを考慮すれば、35mmはA4で1/2のキャビネ相当、4×5はB2ポスターに用いるのが妥当だろう。なお、フィルム原寸に対して7~8倍の拡大率になる上、フラットベッドスキャナーの精度なので画質は推して知るべしである。
ちなみにdpiの違いによる鑑賞性については、「多くの人にプリント解像度の異なるプリントを見せて視覚的な下限を探ってみた。その結果150dpiになると正常の視力をもつほとんどの人がデジタル写真特有のジャギーの発生を確認し、画質の低下を認めることがわかった。」(『写真の百科事典』)というやや主観性が強い検証結果があることを追記しておく。
(6)電子化のその後
各種検討を踏まえて、適切なスキャニング等を終えて電子化されたデータはフィルムや原図の複製としての役割を果たすことになり、活用されていくことになる。フィルムや原図を使用する機会は基本的には無くなることになる。だからといって廃棄してはいけない。フィルムは劣化を続け、原図と同様に破損や散逸する可能性がある。そして、デジタルデータも消失する危険性がある。ハイブリッド保存、二重保存、保険をかけておく、このことが大切である。
フィルム・図面類を一次資料と考えるのであれば、電子化されたデータはこれを補う1.5次資料として位置付けスタンスで臨むべきと考えるのだが、共感は得られるだろうか。この扱いにたどり着ければ、原資料との対応関係を明瞭な形にして整理・管理していくことが欠かせないということにも気づき、そのためにリソースを割く考え方にも繋がっていくのではないかと期待している。
おわりに
・電子化は手をつけると面倒なことも多いですが、得られる成果も多いです。
・予算や人手など、ボリュームと内容次第でいかようにも大きくなり、かつ小さくなり ます。今回お伝えした一次資料と二次資料、そして1.5次資料の考え方に基づいて、それぞれの機関の状況に応じた電子化を進めてください。
・写真フィルムは温度と湿度が鍵です。変退色劣化が見えないうちに進んでいるという知識のもとで、大切な写真の電子化に取り掛かってください。
・でも電子化したからといって、原資料を捨ててはいけません。デジタルデータの消去と一緒で廃棄したらもう終わりです。リカバリーもできません。
・フィルムをスキャニングする機器は、想像以上に脆弱な販売環境です。求める精度品質に応じて、外注も含めた現実的で適切な方法を採用していってください。
・自前でフィルムをスキャンする際は、フィルムについたチリやホコリに要注意。特に35mmフィルムなどフォーマットの小さなものを大きなサイズでスキャンすると、もはや老眼の目には見えないホコリも一緒に巨大化します。 ・デジタルの特性を理解しながら付き合っていきましょう。 まず良いところや便利なところを見つけ、悪いところや不便なところは仲間と共有して対処しましょう。
・「もうちょっと何とかならないか?」と追い求める姿勢が大切です。
参考文献
文化庁文化財部記念物課 2010『発掘調査のてびきー整理・報告書編-』
文化庁 2017『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について1』(報告)
文化庁 2017『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について2』(報告)
文化庁 2020『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について3』(報告)
河野純一 1996「写真画像劣化の状態とその要因」『写真の保存・展示・修復』日本写真学会画像保存研究会編 (一社)日本写真学会 2014『写真の百科事典』朝倉書店
埋蔵文化財写真技術研究会 1998『報告書制作ガイド』
