興戸2号墳(京田辺市)出土家形埴輪破片の3Dデジタル復元作業の詳細
1.はじめに
興戸2号墳は京都府京田辺市興戸山添に位置する古墳時代前期後半の円墳である。既往の測量調査から直径約25m、高さ約2.5m、西側に周溝が巡る構造であることがわかっており(鷹野1982)、現地では今回報告する家形埴輪の破片を含む遺物が断続的に採集されている。
この興戸2号墳で採集され今回報告する家形埴輪は、三間×二間の入母屋造の形状で古墳時代前期末に比定される(諫早ほか2023)。この家形埴輪は、1943(昭和18)年に梅原末治が現地で破片を採集し、坪井清足が石膏を用いて復元した一連の資料(梅原1955)のほか、その後数回に渡る踏査等により採集された破片からなる。現在これらの破片は、京都大学総合博物館(以下、「京大博」)及び京都府立山城郷土資料館(以下、「資料館」)にそれぞれ保管されている(図2)。
京都府立大学考古学研究室では、京田辺市市史編さん事業と連携し、興戸2号墳の再検討を進めており、令和4(2022)年度には遺物を所蔵する関係機関の協力のもと、前述の家形埴輪を含めた資料調査を実施した。このうち京大博の所蔵する坪井復元資料の調査では、当初は三次元写真計測(フォトグラメトリ)で取得した3Dデータを基に報告図面等を作成する予定であった。ところが資料の現状を確認したところ、石膏や接合部分の剥離で写真1の状態であり、また後に採集された破片の接合が想定された。このため資料の取扱いを京大博と検討した結果、残された石膏の学史的価値も踏まえ、再度の接合・復元は行わない方針となり、当初想定していた三次元計測に代わる作業が必要となった。
以上のような状況から、フォトグラメトリの実施方針は変わらないが、三次元計測対象を全ての破片資料とし、破片ごとに取得した3Dモデルをデジタル上で接合させ、全体復元図を提示する方法を採用した。一連の作業は既に完了しており、概要も報告済みではあるが(仲林ほか2023。以下、「既報告」)、技術的な詳細等は未報告のため、本稿で報告する。(仲林篤史)
図1 興戸2号墳位置図(諫早ほか2023)
図2 破片資料のゆくえ
写真1 興戸2号墳出土家形埴輪(吉永健人撮影)
2.三次元計測作業
(1)事前の接合検討作業とその意義
三次元計測作業に先立ち、京大博・資料館それぞれに保管されている資料の現状確認と検討の基礎となる整理作業を行った。京大博では、石膏が付着した坪井復元段階の破片と、その後新たに採集された破片が確認できたため、それらの中から同一個体と思われる破片をすべて抽出した。復元対象資料の決定後、それらを部位ごとに分けて接合検討へと移った(註1) 。
接合検討では、一つ一つ破片をつきあわせて検討することにくわえ、石膏部分であっても破片が接合する可能性を考慮しながらの作業となった。形態や製作技法に対する詳細な肉眼観察や、破片同士を実際に照らし合わせることができる実物資料での検討が、この後の全体復元案作成の基礎となった。特に、微妙な焼成具合の違い、断面にみえる粘土の流れや接合痕など、写真や3Dモデルでは捉えにくい情報を得ることができるという点においても、実物資料の肉眼観察は不可欠な作業であった。また資料館においても、興戸2号墳採集資料として保管されていた数点の中から同一個体のものを見分け、おおよその部位(復元先)を推定できたことも、実物資料での肉眼観察あってこその成果である。(吉永健人)
(2)京都大学総合博物館での作業
京大博所蔵の42点の破片資料の三次元データ化を行った。計測した破片資料、撮影作業および解析の概要は以下である。撮影作業から3Dモデル構築処理までの概要は既報告を参照いただくとして、ここでは処理に用いたPCのスペック、フォトグラメトリソフトウェアの設定項目、そして撮影作業に要した時間、ソフトウェアの処理時間といった詳細を提示する。
① 作業用PCのスペック
作業に用いたPCのスペック等は表1のとおりである。
表1 使用したPCのスペック等
② 使用したソフトウェアと設定
本作業での解析ソフトは、Agisoft Metashape Professional 1.8.3を使用した。設定した項目の一部は表2のとおりである。
表2 Metashapeの設定項目(抜粋)
③ 撮影枚数や処理に要した時間等
撮影した写真の枚数や撮影時間、Metashapeでの処理時間を表3にまとめた。
まず撮影時間は1枚目の写真と最後の写真が撮影された時間の差である。既報告で述べたスケールバーの設置やRAWデータの現像処理の時間は含まれない。
撮影に要した総時間は1,185分(19時間45分)、全点の平均で29分と、概ね1点あたり20~30分で撮影している。やや時間を要した資料もあるが、これは習熟具合によるものである。
ソフトの処理時間は、使用したAgisoft社のMetashapeから書き出したレポートに基づく。また、写真のアラインメント処理は、現地解析用に2台のノートPCで行った。一部の資料で2時間を超えるが、それ以外の資料での処理は概ね30分程度で完了している。
全体の処理に要した総時間は4日18時間51分で、1点あたりの平均時間は2時間48分である。なお、表3には高密度点群処理の時間も抽出しているが、メッシュ構築処理では深度マップをソースデータとしたため、ここに含めていない。(溝口泰久)
表3 写真撮影作業及びMetashapeでの処理時間等 (表3Excelファイルはコチラからダウンロード出来ます。)
(3)京都府立山城郷土資料館での作業
事前の資料調査にて資料館が保管する興戸2号墳採集資料のうち、1点が京大博で対象とした家形埴輪と同一個体の可能性が高いと判断したことから、後日この破片1点の三次元計測を行った。この破片資料と京大博所蔵資料の接合が確認できた点も、成果の一つである。
郷土資料館で計測した資料は、表3の報告番号32である。(吉永健人)
3.3Dデジタル復元作業
(1)作業の概要
ここでいう「3Dデジタル復元作業」とは、三次元計測した42点の破片資料の3Dモデルを読み込んだデジタル三次元空間内で、①実物観察に基づいた吉永作成の下図をベースにした配置、②配置した家形埴輪破片の集合をオルソ画像として書き出す、という一連の作業をいう。
42点もの破片資料を用いた3Dデジタル復元作業にあたり、まず問題となったのはハードウェアの操作性であった。家形埴輪の破片の3Dモデルという、四面の壁部分や屋根部分の破片からなる立体構造上、1点ずつ配置するには、正背面と両側面、そして上下方向の視点から配置を決定する必要がある。この作業をPCのディスプレイを見ながらマウスとキーボード操作で行ったところ、視点の切替えと破片の移動・回転を同時に行う必要があり、非常に困難であった。
このため、以下の2段階での作業を行うこととした。
第1段階では、VR(バーチャルリアリティ)機器を用いた操作で、デジタル3D空間内に読み込んだ42点の破片の3Dモデルを大まかに配置する作業を行う。第2段階では、3DCGソフトを用い、第1段階で大まかに配置された42点の3Dモデルをマウスとキーボード操作で、詳細な位置合わせ作業を行い、オルソ画像として書き出す。
以下に2段階の作業の詳細を述べる。
(2)VRを用いた作業の詳細
①VR機器とソフトウェア
VR機器とは、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)とコントローラである。作業には、PCと接続して利用するHTC社VIVE Proを用いた(図3(註2) )。現実空間でのVR機器の位置や回転は別途設置したセンサーが感知するため、作業者が現実空間(概ね2m~5m四方の範囲)で前方に進めば、その移動に対応したデジタル3D空間内の映像がHMDに投影される(註3) 。作業者が手に持ったコントローラを動かせば、コントローラと同期された3Dモデルがその動きに対応し、その映像がHMDに投影され。またHMDに投影された映像は、接続されたPCのディスプレイにも投影可能である。
PC側でのVR機器の制御や3D空間の構築、3Dモデルの配置にはゲームエンジンの「Unity」(バージョンは2019.1.4)を用いた。Unityとは Unity Technologies社が提供するソフトウェアで、2Dや3Dのゲーム開発に用いられる。個人であれば基本的に無料で利用でき、フォトグラメトリ3Dモデルも読込み可能である。次に述べる42点の画像テクスチャ付き3Dモデルを読み込んでの処理も可能であった。
図3 HMD(画像はVIVE Pro2)
②事前準備・処理
作業の事前処理には、Unityで新規プロジェクトを作成し、三次元計測した破片資料の3Dモデル(メッシュデータ(FBX)とテクスチャ画像データ(JPG))および吉永作成の簡易復元図の画像データをUnityにインポートし、3D空間内に配置した(図4)。
PCでの作業の負荷軽減のため、3Dモデルのポリゴン数を2万ポリゴンまで削減し、シェーディング(陰影処理)は、「Unlit」(光源による影の影響を受けない処理)を選択した。ポリゴンの形状よりもテクスチャ画像の解像度で3Dモデルの精細さを確保するため、3Dモデル1点につき8,192px×8,192pxの解像度に設定Dした。
最後に、3Dモデルにはコントローラ操作に対応したスクリプト(プログラム)(註4) を設定した(図5)。コントローラ操作と同期された3Dモデル(今回の場合は人間の手の形をしたオブジェクト)が破片の3Dモデルと接触した状態で特定の操作(本事例ではコントローラのトリガーボタンを引いた状態を維持)を行うことで、3Dモデルもコントローラの動きと同期された状態となる。つまり、作業者が手に持つコントローラの動きに合わせ、破片の3Dモデルが3D空間内を移動・回転する。また、その特定の操作を解除すれば、破片資料3Dモデルは重力シミュレーションの影響を受けずにその位置で静止する設定とした。コントローラは両手で2点同時に操作できるため、2つの破片の3Dモデルを操作し、接合関係を検討することも可能である(図6)。
図4 Unityでの作業画面
図5 Unityでの設定
① コントローラの動きに対応する手の3Dモデルと破片の3Dモデルが接触すると、外形線が黄色くなる。
② コントローラ操作で破片の3Dモデルを掴む(手の3Dモデルは消える)。
③ 掴んだ状態でコントローラを操作し、3Dモデルの位置を合わせる。
④ コントローラ操作を解除すると3Dモデルが静止し、手の3Dモデルが再表示される。
図6 コントローラ操作による破片接合作業
③ 作業方法
VR機器を装着した作業者とPCを操作する補助者が1組となって作業を行った。作業者は移動しながらコントローラ操作で破片の3Dモデルを移動・回転させ、大まかな位置に配置する(写真2)。補助者は、HMDに投影された映像と同じ映像がPCのディスプレイに投影されるため、この映像を確認しながら下図に基づく破片の想定位置を作業者に伝達するなどの補助作業を行った。1点ごとに配置が完了した状態で、3Dモデルの位置と回転を記録させた。
なお、注意点として、長時間のHMDを装着し3Dモデルを観察する作業が長時間続くことで眼の疲労を感じた点が挙げられる。いわゆるVR酔いではないが、長時間作業の負担には注意する必要がある。
続く第2段階の配置作業のため、大まかな位置合わせを行った42点の破片資料の3Dモデルを1個のFBXファイルとしてUnityからエクスポートした。エクスポートにはUnityのPackage managerから「FBX Exporter」を追加して使用した(註5) 。これでVR機器を用いた作業が完了した。
写真2 VRを用いた作業風景
(3) PCを用いた詳細な配置作業
本作業ではBlender Foundationが提供する「Blender」(バージョンは2.90)を用いた。
UnityからエクスポートしたFBXファイルは42点の破片3Dモデルが1つのファイルに統合されているが、43個のメッシュで構成されているため、Blenderを含め他の3DCGソフトウェアで読み込めば個別に移動や回転等の編集が可能である。
Blenderでの作業では詳細な位置合わせのため、後述する吉永作成の四方向からの想定復元図のPNGファイルを読み込み、基準とした(図7)。しかしながら、二次元画像からの位置合わせでは奥行方向の位置の決定が困難なため、家形埴輪全体の復元3DモデルをBlenderで作成し、それを基に位置合わせが行えるようにした(図8)。工夫した点として、復元3Dモデルの破面が隠れないよう、マテリアル(3Dモデル表面の色等の情報)を透過設定にした。
以上の作業により、42点の破片の三次元空間上での位置合わせ及び四方向からのオルソ画像の提示が可能な状況となった。(仲林篤史)
図7 復元図を用いた位置合わせ(仲林ほか2023)
図8 復元モデルを用いた位置合わせ(仲林ほか2023)
4.全体復元図作成
三次元計測やデジタル復元作業と併行した接合検討を重ねていく中で、坪井復元段階では不詳だった妻側の様相や、細かい柱間間隔などに関する新たな情報が得られ、坪井による復元図を更新する必要が生じた。そのため、各所蔵館で破片の配置場所(復元先)を考古学的見地から推定し、家形埴輪全体の形状を復元した。これが図7の復元図である。その後、前述したデジタル復元によるオルソ画像から、その配置をなぞるように復元線を引き、破片のない部分も含めて家形埴輪四面の全体復元図の作成を目指した。この時点で、復元にやや齟齬のある箇所が認められたため、もう一度実物資料を実見し、その結果とデジタル復元作業を相互にフィードバックを行うことで、復元の精度を高め、最終的なオルソ画像(図9)および全体復元図(図10)が完成した。(吉永健人)
図9 家形埴輪復元オルソ画像(仲林ほか2023)
図10 家形埴輪全体復元図(諫早ほか2023)
5.おわりに
近年の三次元計測の普及により、カメラやPC等の機材やソフトウェアがあれば、誰でも三次元計測やデータ取得が可能な状況になってきているが、今回の報告のように実物観察の重要性が失われないことは既報告でも指摘したが、本稿でも改めて指摘しておきたい。
また、今回の作業で活用したVR技術は、近年、考古学・文化財分野での活用も盛んになってきており、フォトグラメトリ3DモデルをVR空間で展示・鑑賞するコンテンツなども制作されている(仲林2019)。一方で、コンテンツの名称に「VR」という用語は用いつつも、実際は定点からの360度パノラマ映像を鑑賞するだけのものや、CG映像を二次元平面に投影したものなど、VRの構成要素とされる「2次元の空間性」、「実時間の相互作用」、「自己投射性」(舘ほか2010)をもたないコンテンツも多く制作されている (註6)。コンテンツ制作の目的は多様であろうが、技術的な難易度の低いコンテンツでは新たな課題解決に至るイノベーションは起こりにくいのではないかと考えている。今回のように業務や研究等での課題解決に向けて、技術をどう活用できるかといった視点が重要である点も指摘しておきたい。(仲林篤史)
【註】
1)令和4(2022)年2月10日に有識者検討会をおこない、青柳泰介氏、東影 悠氏(奈良県立橿原考古学研究所)、泉 眞奈氏(藤井寺市教育委員会)、上野あさひ氏(京田辺市教育委員会)より大変貴重なご教示をいただいた。
2) 画像出典 https://www.vive.com/jp/product/vive-pro2-full-kit/overview/
3) 360度を俯瞰するだけでなく、前後や上下左右の移動にもHMDの映像が追随する。
4)スクリプトの設定は、株式会社相互技研の内山幹夫氏に大変貴重なご教示をいただいた。
5) https://docs.unity3d.com/ja/2019.1/Manual/com.unity.formats.fbx.html
6)文化庁地域創生本部 2019 で紹介されたVRコンテンツ16件のうち、VRの三要素を備えたコンテンツは1件のみ。
【引用・参考文献】
諫早直人・下垣仁志・吉永健人2023「3.京田辺市興戸2号墳の再検討」『京都府立大学文学部歴史学科 フィールド調査集報』第9号 京都府立大学文学部歴史学科
梅原末治1955「第三 田邊町興戸の古墳」『京都府文化財調査報告』第21 冊 京都府教育委員会
鷹野一太郎1982「8.興戸古墳群」『田辺町遺跡分布調査概報』田辺町教育委員会
舘 暲、佐藤 誠、廣瀬 通孝 監修 日本バーチャルリアリティ学会編 2010 『バーチャルリアリティ学』 工業調査会
仲林篤史2019「3D計測とモデリングによる文化財の展示・活用-VR博物館の事例-」『考古学・文化財のためのデータサイエンス・サロン:考古学・文化財のためのデータサイエンス・サロン予稿集第4回4』考古形態測定学研究会
仲林篤史・溝口泰久・吉永健人2023「4. 京田辺市興戸2号墳出土家形埴輪の三次元写真計測とデジタル復元」『京都府立大学文学部歴史学科 フィールド調査集報』第9号 京都府立大学文学部歴史学科
文化庁地域創生本部 2019 『IT活用 新しい文化体験で地域活性 先端技術による文化財活用ハンドブック』