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デジタル技術による文化財情報の記録と利活用 > 6 号 > 兵庫県立歴史博物館資料取扱研修会における実践 ―兵庫県内のデジタルアーカイブ構築推進に向けて―

兵庫県立歴史博物館資料取扱研修会における実践 ―兵庫県内のデジタルアーカイブ構築推進に向けて―

竹内 信 ( 兵庫県立歴史博物館 ) 吉原 大志 ( 兵庫県立歴史博物館 )

Training Workshop about Digital Archives in Hyogo Prefectual Museum of History

TAKEUCHI Makoto ( Hyogo Prefectual Museum of History ) YOSHIHARA Daishi ( Hyogo Prefectual Museum of History )
竹内 信, 吉原 大志 2024 「兵庫県立歴史博物館資料取扱研修会における実践 ―兵庫県内のデジタルアーカイブ構築推進に向けて―」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 遺跡地図・3D・GIS・モバイルスキャン・デジタルアーカイブ・文化財防災 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/17
 兵庫県立歴史博物館では、県内の博物館・美術館の学芸員や、自治体の文化財担当職員、自治体史編さん担当職員などにむけて、毎年研修会を実施している。2021~2022年には、2回にわたってデジタルアーカイブに関する研修会を行った。こうした企画にいたったのは、20世紀後半から現在にいたる大規模自然災害の頻発や、新型コロナウイルス感染症の流行拡大、博物館業界におけるユニバーサルミュージアムの考え方の定着、資料保存をめぐる法制度の相次ぐ「改正」など、歴史資料の保存と活用をめぐる現状への問題関心がある。
2回にわたる研修では、デジタルアーカイブに関する基礎知識の習得と、具体的な歴史資料の公開を想定したグループワークを実施した。本稿では、その内容についても紹介している。

はじめに

 本稿は、兵庫県内のデジタルアーカイブの構築を推進することにかかわる取り組み事例のひとつとして、兵庫県立歴史博物館(以下、兵庫歴博と略記)での取り組みを紹介するものである。

 兵庫歴博では、毎年度末に「博物館資料取扱研修会」という研修会を企画し、実施している。この研修会は、県内の基礎自治体における文化財や自治体史の担当職員、博物館・美術館の学芸員を対象にしたもので、主に資料保存にかかわるテーマを立てて開催している。

 そのあゆみについては後述するが、2021~2022年度の2年度にわたっては、兵庫歴博としては初めて、歴史資料のデジタル化と公開・活用に関する研修会を開催した。本稿では、まず研修会の企画にいたるまでの問題関心を整理したうえで、この研修会の内容を紹介することとしたい。

 なお、本稿で用いる「歴史資料」という用語については、古文書や近現代資料のほか、美術・工芸、民俗など、一般に歴史系博物館で所蔵される資料のことを幅広く想定している。

1 研修の経緯と問題関心

 本章では、筆者たちが本研修会を企画するにいたった経緯と問題関心について整理する。そこにはいくつかの文脈があることから、以下では(1)歴史資料のデジタル化と公開・活用をめぐる現状、(2)兵庫県内における諸実践、(3)兵庫県立歴史博物館におけるデータベースのデジタル化と公開の現状の3つに分けてまとめてみたい。

(1)歴史資料のデジタル化と公開・活用をめぐる現状

 筆者たちが本研修会において歴史資料のデジタル化と公開・活用をテーマに選んだのには、近年のデジタル化をめぐる不可逆的な状況の進展への問題関心があった。それは、以下のいくつかの観点によるものである*1。

 20世紀末から現在に至る大規模自然災害の続発は、博物館や文化財が物理的に消滅するきっかけになるということを私たちに厳しく突きつけてきた。これに対して、いわゆる「文化財レスキュー」事業や、民間所在の歴史資料を対象とした「史料ネット(資料ネット)」の取り組みが各地で積み重ねられてきたことは、現在広く知られていることであろう。特に2011年、東日本大震災の宮城県の被災地において、津波によって失われてしまったある資料群について、宮城資料ネットが震災以前からデジタルカメラによる複製を保存していたことから、その資料群がもつ情報は辛うじて残されることとなった。資料保存の考え方においては、これまでにも保存のための複製という考え方が定着していたが、大規模な自然災害を通して、デジタル化による複製が、直接的に災害への予防になるということが私たちの共通認識になったと言うことができるだろう*2。

 また、日本においては2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の拡大も、資料保存と活用の考え方に大きな影響を与えた。資料所蔵機関においては、感染症流行のなかで閉館を余儀なくされながら何ができるか、それぞれが試行錯誤しながら、さまざまな取り組みが行われた。博物館・美術館関係で広く取り組まれた「おうちミュージアム」などは、その代表的な実践例であろう*3。こうした取り組みを通じてJapansearchなど既存のプラットフォームの有用性が広く認識されたものと思われる。

 これとかかわって、多様性を確保する場としての博物館・美術館というユニバーサルミュージアムの考え方も、デジタル化の進展を後押しする大きな基盤のひとつになっていると考える。ミュージアムに来られなくとも、その役割の提供を維持するための方法としても、デジタルへの認識は高まっているのではないだろうか。

 以上のような状況を考えると、デジタル化とオープンデータ化は、避けては通れない、不可逆的な趨勢であることは明白であろう。

 こうした社会的な諸条件とも連動しつつ、資料保存をめぐる法制度が近年相次いで「改正」されてきたことも、大きな背景となっている。ここ数年に限って見ても、2018年の文化財保護法「改正」が、「活用」へ大きな重点を置いていることはしばしば指摘されてきたし、2021年には著作権法の改正を通じて、絶版資料等のデジタル送信が可能になるなど、デジタル資料の利用しやすさは飛躍的に高まった。この一連の流れのなか、2022年の博物館法「改正」は、博物館の事業のひとつとしてデジタルアーカイブを明確に位置付けた。

 本稿の主眼はこうした動向を詳しくたどるものではないが、これまでの取り組み如何にかかわらず、歴史資料のデジタル化と公開・活用は、歴史資料の保存と活用に関わる私たちにとって、本格的に向き合わねばならない共通課題となっている。

(2)兵庫県内における諸実践

 ここまで述べたような社会的背景とともに、筆者たちが関心を寄せていたのが、各地の資料所蔵機関における資料情報の公開にかかる実践の蓄積である。デジタル化と公開というと、資料のデジタル画像の公開をまずイメージしがちだが、たとえば資料の概要記述や目録をwebサイト上で公開することは以前から幅広く行われてきた。こうした基礎的な取り組みの大切さを、現状においてどのように共有できるだろうか。また、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのような利用規約の標準化が普及・定着してきているなか、利用者側の視点からデジタル化と公開への課題認識をどのように共有できるだろうか。このような問題関心をもつ筆者たちにとって参考になったのが、兵庫県内の諸機関の取り組みである。

 いくつかの事例をあげれば、尼崎市立地域研究史料館(現・尼崎市立歴史博物館あまがさきアーカイブズ)は、所蔵資料の概要記述と目録の公開を着実に続け、歴史博物館となって以後もデジタルアーカイブのページを新たに公開するなど、積極的な情報発信を行っている。また、同じ阪神間の事例として、西宮市による「にしのみやデジタルアーカイブ」がある。これは、同市の市史編さんや、市立郷土資料館、市立図書館、西宮市大谷記念美術館などが所蔵する古写真、古文書、絵図などが横断的に公開されている。そして図書館関係では、神戸大学附属図書館が、所蔵する古文書など歴史資料のほか、震災資料の画像データを早くから公開してきた。

 これら以外にいくつもの事例があるが、このように兵庫県内においては、いわゆるMLAをこえて、先行する実践事例が豊かにある。さきに述べたような現状認識のもと、これら県内の諸実践の蓄積に学び、これからの課題をどのように共有できるか、そしてそのためにはどのような場が必要か。こういったことが、筆者たちが今回の研修会を企画するに至った経緯と問題関心である。

(3)兵庫県立歴史博物館におけるデータベースのデジタル化と公開の現状

 ここまで述べてきた問題関心にくわえ、筆者たちにとってもっとも身近な兵庫歴博のデジタル化をめぐる問題がある。兵庫歴博でのデジタル化資料の公開は、2005年度に誕生したインターネットミュージアム「ひょうご歴史ステーション」を中心に行われてきた【表1】。


 「ひょうご歴史ステーション」は、博物館と閲覧者との時間や空間の制約がないインターネットの特徴を生かし、さまざまな切り口から館蔵資料や兵庫県内各地の歴史について紹介することで、博物館と閲覧者との新たな交流の場を作ることを目的としている。コンテンツ内において収蔵資料の紹介を行っているが、多くがコンテンツの文脈を説明する過程で使用されており、資料そのものを紹介しているものは少ない*4。なお、同ページは2020年度に行った大規模なリニューアルにともない、主要コンテンツを「デジタルミュージアム」という名称のページに再編の上、Flashコンテンツを使用したページの刷新をはじめとした改変を施したが、基本的なコンテンツの構成は一部を除いてほとんど変更していない*5。

 コンテンツの制作は、学芸員から提案のあった企画を制作するという形をとっているが、近年では学芸員の多忙化と世代交代が進んだことに加え、既存コンテンツの多言語化などに対応した年もあったことから、新規コンテンツの制作が行われなかった場合もある。

 とはいえ、デジタル化された館蔵資料の公開は県内の博物館施設では先駆的な取り組みであり、同ページの閲覧数も年間36万程度(2018年度Google analyticsページビュー数による)にもおよび*6、資料画像データの2次的利用についてもページを閲覧したマスメディアを中心とした多くの閲覧者から依頼を受けている。当館のデジタル化資料の公開において、同コンテンツが果たしている役割は大きいといえよう。

 一方、当館における収蔵資料データベースの整備状況に目を向けると、2009年にデジタルデータベースの整備を行い、古写真を中心としたデジタル画像が館内の端末において閲覧可能となった。ただし、データを蓄積するサーバーが館内に置かれたこともあって、データベースの閲覧は館内の特定の端末でのみ可能であった。そのため、データベースの閲覧には当館に来館する必要があり、利用者の利便性に課題が残されている。この点は2020年度にクラウドデータベースへの移行によって、IDとパスワードさえわかればインターネット上での閲覧が可能となり、館内の職員の利便性に限っていえば飛躍的に向上した。折しも新型コロナウイルス感染症拡大防止対策として在宅勤務を強いられた状況にあったため、職員にとって在宅しながらデータベースを閲覧できることは、職務を遂行する上でも大変ありがたいものであった。一方、一般向けのデータベースの公開は今のところ行われておらず、引き続き課題として残されている。この点は2025年を目途に公開する準備を進めている段階である*7。

 また、当館で公開している資料画像の利用については、新聞報道などの一部の例外を除いて、基本的に事前の利用申請をお願いしている状況にある。申請には申請者(団体)の押印のある文書の原本が必要で、館内で決裁の上、承諾書の返信と、原則としてメール添付によるデジタルデータの送付で完結する。そうした事情から、利用点数の多い申請には時間を要してしまい、職員の負担も大きいことから、データベースの公開によって申請数が膨大化して業務に手が回らなくなるのではないかという意見も館内に根強くあった。資料画像の利用を前提としたデータベースの公開のためには、まずは資料画像の利用手続き方法の抜本的な見直しを行う必要がある。

 以上のように、兵庫歴博に収蔵される資料の公開は、制作されたコンテンツ内において比較的早期から行われていたものの、公開される資料はごく一部に留まっており、一般利用者向けのデータベース公開はいまだ行われておらず、資料画像を利用するための申請が煩雑であることなど、多くの課題が残っている状況である。

 こうしたなかで筆者たちは、奈良文化財研究所が主催するデジタルアーカイブに関する研修へ参加する機会を得た。そこでの内容は、デジタルアーカイブに関わる法制度に関わるものや、各地での先行事例の報告があり、兵庫歴博が抱える課題をめぐって今後必要となる取り組みについて、具体的なイメージをもつことができた。

 特に印象的だったのは、デジタル化資料の利用規約を考えるグループワークである。ここでは、資料の画像データを公開する際にはどのような利用規約が必要となるかを、いくつかの班に分かれて意見交換を行った。このグループワークに参加した筆者にとっては、資料のデジタル公開のイメージや、その先にある利用の具体的なあり方のイメージが、参加者のバックグラウンドによってかなり異なるということが印象的であった。

 そして、そうしたバックグラウンドのちがいを前提にして、より具体的な資料を想定しながら意見交換を行えば、歴史資料のデジタル化と公開について、共通の課題認識をつくることにつながるのではないかと考えた。その結果、実施したのが、次章で述べる兵庫歴博が開催した研修会である。

2 博物館資料取扱研修会の内容

(1)2度にわたるデジタル関係研修会開催の経緯とねらい

 兵庫歴博が開催する資料取扱研修会は、【表2】にみるように、歴史資料の取り扱い方の講義や実習を行うことが多いが、近年では博物館資料そのものに対する取り扱い方のみならず、対象を広げて体験用のレプリカの製作・活用事例や、災害への備えといった時宜を得た内容を研修担当者が企画する傾向にある。こうした傾向もあり、2021年度に開催した研修会(2022年3月開催)では、デジタルアーカイブ構築にむけた基礎知識の習得を目指す内容を取り扱うこととした。


 このときの研修会では、福島幸宏氏を講師として、デジタルアーカイブに関する基本的な内容についてオンラインでの講義を行った。講義内容の詳細は割愛するが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスや、著作権法の考え方について、福島氏が京都府立総合資料館(現・京都府立京都学・歴彩館)において作成に関与したデータベースなどを事例としながら、基本的な事項を中心とするよう講義していただいた。参加者は、県内博物館だけでなく県内各自治体をはじめとした文化財行政担当者が例年よりも多い印象を受けた。数年来のコロナ禍に加え、博物館法が2023年4月に改正され、新たに博物館が行う事業としてデジタルアーカイブ化とその公開が追加されることも判明していたことから、デジタルアーカイブの構築への関心が高かったことが影響していたものと思われる。開催は感染症拡大防止の観点からオンライン方式が採られたが、チャット機能を使って気軽に質問を記入でき、それに対するリプライや有用となるページURLを共有することができるなど、オンライン開催ならではのメリットがあった。こうした関心の高さもあってか、研修は好評をいただき、アンケートには「より実践的な内容を知りたい」、といった趣旨のコメントが数多く寄せられたため、翌年度の研修会でも継続して同内容の研修会を実施することとした。

(2)研修内容全般について

 二度目のデジタル化に関する研修会を開催するにあたり、筆者たちで研修内容について検討を行った。その際に参考にしたのが、前述した奈良文化財研究所で2022年に行われた研修会でのグループワークである。兵庫県内においては、デジタルアーカイブが未整備、あるいは整備途上の機関が多く、当該業務に関わるノウハウを持つ機関が限られることから、こうした内容の研修を行うことで、県内の関係者がデジタルアーカイブについてともに考える1つの機会にしたいと筆者たちは考えた。

 そして本研修会を、参加者間で意見交換や情報共有をする場とし、今後の兵庫県内におけるデジタルアーカイブ構築の推進につなげようと考え、参加型のワークショップとすることとした。

 このワークショップも前年に引き続きオンライン開催とし、各機関につき1名ずつの参加を基本とした。最初に研修担当者(竹内・吉原)から開催趣旨の説明と前年度の内容を踏まえた簡単なプレゼンテーションを全体で行った後、参加者を4つのチャットルームに振り分け、具体的な資料を想定し、それを公開する上で注意すべき内容について参加者同士で意見交換を行った。話し合われた内容は全体で共有を行う場を設け、最後にコメンテーターとしてお招きした講師2名にそれぞれの観点から講評をいただく手順とした。講師は前年に引き続いて福島幸宏氏に依頼したことに加え、新たに奈良文化財研究所の高田祐一氏に加わっていただいた。各講師の方にはグループワーク中に随時各グループの会話内容にアドバイスをいただくように依頼した。

 検討事項については、一般的な議論よりも、実物に即して考えた方がより活発な議論となりやすいという判断から、兵庫歴博の館蔵品からいくつかの資料を事前に選ぶこととした。資料については、どの機関でも収蔵していそうな一般的な資料のほか、デジタル公開の際に判断が分かれそうな資料を提示した。また、ワークショップの時間上、出題する資料は4点(絵図・文書・写真資料・美術資料)に絞ることとしたが、兵庫歴博が歴史博物館であることに対して、参加団体は歴史・美術・自然系の多岐にわたるため、出題範囲には限界があった。以下では出題資料として取り上げた資料とその出題意図について述べる。

(3)研修で取り上げた多様な資料のねらい

 出題資料は①近世の絵図【図1】、②個人の日記(近現代)【図2】、③写真・映像資料【図3】、④美術資料(広告デザイン)【図4】の4点である。以下、研修時に提示した資料について、出題の意図を述べる。


図1 近世の絵図


図2 個人の日記(近現代)


図3 写真・映像資料


図4 美術資料(広告デザイン)

 ①近世絵図の公開については、差別にかかわる表記がポイントになると考えた。こうした絵図資料の公開については、地域住民など当事者への十分な説明や理解が必須であることはもちろんだが、兵庫県内でも地域や機関によって判断が分かれている。該当する資料をすべて非公開としている機関もあれば、公開している機関もある。デジタルアーカイブの事例ではないが、過去には差別呼称のある部分を「編集」した上で資料集を刊行した事例も存在する。また、近年は動画サイト上で差別を扇動する動画のアップロードが横行していることもあり、インターネットを通じた不特定多数への公開に対しては慎重な立場をとらねばらない局面もあると思われる。こうした現状を踏まえ、この研修においても、各参加者が所属する機関によって公開の判断が分かれることを想定し、参加者それぞれの所属の立場から意見交換する機会を設けるべく出題することにした。なお、実際にこの研修会で例示した資料については、身分差別にかかわる表記が今のところ確認されていないものを取り上げた。

 ②古文書をはじめとした歴史資料の場合、関係者が周囲に知られたくない情報も含まれている可能性がある。そのなかでも近現代に作成された資料、特に日記資料は情報量の多い公開が望まれる一方で、登場する人物が存命の場合も考えられるため、検討するべき課題も多いと判断し出題した。出題した「日記」は1950~51年という戦後まもない時期のものを選び、検討材料のひとつとして配布資料には作者の死亡年を注記した。

 ③写真資料の場合は著作権と肖像権の問題がメインとなることを想定し出題した。例示する資料は、地域の民俗行事を記録した写真で、被写体となる人物の個別判定が可能な大きさで映り込んだもので、存命の可能性が排除できないものとした。また、撮影者が存命かどうかは、あえて記載しなかった。

 ④美術資料の選定には苦慮したが、1930年代に発行された雑誌に掲載された菓子製品の広告から出題した。これを通じて筆者たちは、著作権者が必ずしも明確でない広告デザインの公開について議論がなされることを想定していた。しかしグループワークにおいては、出題資料のなかに製造企業のロゴや、製品を紹介するコピーなどが含まれており、1ページのなかに複数の検討ポイントが含まれることが共有された。

おわりに

 ここまで本稿は、当館が実施した2回にわたる研修会の問題意識と、実施内容について紹介してきた。2回とも参加した人は、1年目で得た考え方をもとに、2年目の研修でグループワークを通じて意見交換を行うことで、当該問題についての理解がより深まったのではないだろうか。

 また、グループワーク参加者のなかには、自身の所属機関ですでにデジタルアーカイブの構築経験をもつ人も複数おり、参加者全体の経験値にはバラつきがあった。しかし、具体的な資料情報をともなうグループワークを実施したことで、日常的に向き合っている資料を取り巻く諸問題をひとつの場で意識し、意見を交わすことができ、経験値の差にかかわらず少しでも問題意識の共有につながったのではないだろうか。とはいえ、研修終了後のアンケートのなかにはグループワークの対面開催を希望する声も多く、実際の研修の運営に関しては、今後も改善の余地は大きいと考えている。

 冒頭に述べたような問題関心のもと、2回にわたって実施した本研修会の具体的なイメージを持つきっかけとなったのは、奈文研での研修であった。そこで得た学びを、さらに県内の類縁機関とも共有することは、毎年この研修会を実施している兵庫歴博の役割のひとつだと考える。

 今後も、資料保存をめぐる現状を常に意識し、その課題を幅広く共有できる場をつくり、それをひとつの基盤として、兵庫県内でのデジタルアーカイブ構築を少しずつでも進めていくのが、兵庫歴博としての今後の課題である。

【註】

*1 以下の点については、福島幸宏氏の一連の論考を参照。同「地域の博物館や図書館などは「地方(じかた)写真」の拠点たりえるか?」(『国立民族学博物館研究報告』46(1)、2021年)、「歴史資料のデジタル化」(『デジタルアーカイブ学会誌』5巻2号、2021年)、「文化施設とCOVID-19アーカイブ」(『デジタルアーカイブ学会誌』5巻1号、2021年)「制度を使いこなす上での3つのレイヤー」(『奈良文化財研究所研究報告 第27冊 デジタル技術による文化財情報の記録と利活用3』2021年)「文化財情報を真の公共財とするために」(『奈良文化財研究所研究報告 第24冊 デジタル技術による文化財情報の記録と利活用2』2020年)「歴史資料のデジタル化とオープンデータ化の実際と理念」(『情報の科学と技術』65巻12号、2015年)など。

*2 宮城資料ネットの取り組みについては、佐藤大介「「宮城方式」での保全活動・一〇年の軌跡」(奥村弘編『歴史文化を大災害から守る』東京大学出版会、2014年)。近年の史料ネットの活動については、天野真志・後藤真編『地域歴史文化継承ガイドブック』(文学通信、2022年)などを参照。

*3 渋谷美月「コロナ禍をきっかけとした「おうちミュージアム」の試み」(『歴史学研究』1004号、2021年)など。

*4 当館の現状改善と発展に向けて設置されている運営懇話会において、外部委員から収蔵コレクションが公開されていないことに対する指摘を受けている。この問題に対する暫定的措置として、当館ホームページ「コレクション」上に「ひょうご歴史ステーション」時代に作成された「名品選」とともに「コレクション紹介」ページを設けている(https://rekihaku.pref.hyogo.lg.jp/collection/)。

*5 FLASH機能を多用したごく一部のコンテンツについては、予算の都合により更新を断念したものもある。なお、当該コンテンツについては、当館常設展示内のタッチパネルにおいて体験可能である。

*6 『館報 兵庫県立歴史博物館 平成30年度(2018)』(兵庫県立歴史博物館、2020)。なお、令和2年度に行われたページの再編によって「ひょうご歴史ステーション」は当館のホームページに統合され、コンテンツの一部をホームページ内に分散配置したため、ページビュー数は 令和2年以前と以後で断絶がある。

*7 『館報 兵庫県立歴史博物館 令和4年度(2022)』(兵庫県立歴史博物館、2023)

【図表】

【表1】兵庫県立歴史博物館「デジタルミュージアム」公開コンテンツ一覧

【表2】兵庫県立歴史博物館における博物館資料取扱研修会開催内容一覧(過去10年分)

【図1】酒井雅楽頭領分播州海岸絵図(兵庫県立歴史博物館所蔵、橋本政次コレクション)

【図2】日記(兵庫県立歴史博物館所蔵、高橋秀吉コレクション)

【図3】沢田鱧切り祭(兵庫県立歴史博物館所蔵、堀英雄兵庫県民俗芸能写真コレクション)

【図4】『少女の友』31巻13号 裏表紙(兵庫県立歴史博物館所蔵、入江コレクション)


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NAID :
都道府県 : Hyogo Prefecture
時代 :
文化財種別 :
遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
キーワード : デジタルアーカイブ 兵庫県立歴史博物館 研修
データ権利者 : 竹内信 吉原大志
総覧登録日 : 2024-03-22
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