奈良文化財研究所 ホーム
Search
List
Others
おすすめ
report count (with pdf)
41182 reports
( Participation 755 Orgs )
report count
132392 reports
( compared to the privious fiscal year + 1704 reports )
( Participation 1917 Orgs )
site summary count
147505 reports
( compared to the privious fiscal year + 2075 reports )
Article Collected
120545 reports
( compared to the privious fiscal year + 1547 reports )
video count
1297 reports
( compared to the privious fiscal year + 113 reports )
( Participation 117 Orgs )
Event Collected
1242 reports
( compared to the privious fiscal year + 191 reports )
※過去開催分含む

史跡寺家遺跡保存管理計画書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/90905
DOI 2D code
2D Code download
※二次元コードが有効化するまでにPDFの登録から2週間程度かかる場合があります。
DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.90905
For Citation 羽咋市教育委員会 2014 『史跡寺家遺跡保存管理計画書』羽咋市教育委員会
羽咋市教育委員会 2014 『史跡寺家遺跡保存管理計画書』
wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book ... 開く
wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book|和書|first=知幸|last=中野|title=史跡寺家遺跡保存管理計画書|origdate=2014-03-31|date=2014-03-31|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/90905|location=羽咋市旭町ア200番地|ncid=BB1589758X|doi=10.24484/sitereports.90905}} 閉じる
File
※モバイル対応のPDFは解像度を下げているため、画像が粗く文章が読みにくい場合があります。
Title 史跡寺家遺跡保存管理計画書
Participation-organizations 羽咋市 - 石川県
Alternative しせき じけいせきほぞんかんりけいかくしょ
Subtitle
Volume
Series
Series Number
Author
Editorial Organization
羽咋市教育委員会
Publisher
羽咋市教育委員会
Publish Date 20140331
Publisher ID 172073
ZIP CODE 9258501
TEL 0767225998
Aaddress 羽咋市旭町ア200番地
Report Type Codes
史跡-管理計画(保存・活用)
NII Type Research Paper
Research Report 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
NCID
JP Number
Other Resource
Remark
Articles
Site
Site Name 寺家遺跡
Site Name Transcription じけいせき
Order in book
Address 羽咋市寺家町
Address Transcription はくいしじけまち
City Code 172073
Site Number
North Latitude (JGD)
East Longitude (JGD)
North Latitude (WGS)
East Longitude (WGS)
Research Period
Research Space
Research Causes
OverView
Site Type
祭祀
Main Age
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
Main Features
Main Foundings
Remark 寺家遺跡保存管理計画書
Abstract  能登半島西側付け根付近の海岸砂丘上に所在する古代を中心とする祭祀(さいし)遺跡である。
 調査により発見されたのは,祭祀遺構とそれに関連する建物である。祭祀遺構は,焼土面や石組炉などからなり,銅鏡・鉄刀や多数の土器などが見つかった。また,祭祀を管理していたとみられる9世紀後半の大型掘立柱(ほったてばしら)建物群,溝と柵列で区画された神社的な性格のある掘立柱建物などを確認している。出土遺物は海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)などの銅鏡・帯金具(おびかなぐ)・銅鈴(どうれい)・銅鋺(どうわん)などの銅製品,鉄鏡(てっきょう)・鉄鐸(てったく)・鉄刀などの鉄製品,勾玉(まがたま),土馬(どば),斎串(いぐし),牛馬歯骨,二彩(にさい)・三彩(さんさい)陶器などがある。また,墨書(ぼくしょ)土器には,「宮」「宮厨」「司」「神」「奉」などがあり,神祇(じんぎ)信仰との関係が推測される。
 文献では,古代から気多(けた)神社が存在したことが知られ,『万葉集』 では越中(えっちゅう)国司(こくし)大伴家持(おおとものやかもち)が着任後に「気太神宮(けたじんぐう)」へ巡行した記載があるなど,律令国家から重視されていた。
 寺家遺跡は古代を中心とする祭祀遺跡で,焼土遺構をはじめとする遺構は良好な状態で残っており,古代における祭祀遺跡の様相が明らかとなった。出土遺物の内容から祭祀には国家が関与したと考えられ,古代気多神社に関わりがあった可能性が考えられる。古代における神祇信仰のあり方を知ることのできる稀少かつ重要な遺跡である。

Related Cultual Data

このエントリーをはてなブックマークに追加
Page view : 335
File download : 327

All Events

外部出力