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二本松城跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/90459
For Citation 二本松市教育委員会 2020 『二本松市文化財調査報告書72:二本松城跡』二本松市教育委員会
二本松市教育委員会 2020 『二本松城跡』二本松市文化財調査報告書72
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File
Title 二本松城跡
Participation-organizations 二本松市 - 福島県
Alternative にほんまつじょうあと
Subtitle 発掘調査報告書
Volume 32: 令和元年度
Series 二本松市文化財調査報告書
Series Number 72
Author
Editorial Organization
二本松市教育委員会
Publisher
二本松市教育委員会
Publish Date 20200330
Publisher ID 072109
ZIP CODE 9608601
TEL 0243562141
Aaddress 二本松市金色403-1
Report Type Codes
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
NII Type Research Paper
Research Report 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
NCID
JP Number
Other Resource
Remark
Articles
Site
Site Name 二本松城跡
Site Name Transcription にほんまつじょうあと
Order in book
Address 福島県二本松市郭内四丁目
Address Transcription ふくしまけんにほんまつしかくないよんちょうめ
City Code 072109
Site Number 19
North Latitude (JGD)
East Longitude (JGD)
North Latitude (WGS) 373557
East Longitude (WGS) 1402546
Dd X Y 37.599166 140.429444
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
Research Period
20191115-20191209
Research Space
103
Research Causes 学術調査
OverView
Site Type
城館
Main Age
室町
戦国
安土桃山
江戸
Main Features
平場
土塁
ピット
場内路
石段
Main Foundings
陶磁器
土師質土器
碁石
Remark 中腹平場の利用状況と場内路を確認
Abstract  二本松城は二本松藩丹羽氏の居城として営まれた近世城郭であるが、その前身は奥州管領として下向した畠山氏が築いた中世城館であるため中世と近世の城跡が同じ場所に営まれたことが当城跡の最大の特徴である。
 今回調査した本丸南側中腹平場は、1T・2Tにおいては2時期の平場利用の痕跡を確認し、新しい平場は北側斜面の土砂崩落が発生していた状況が確認された。19世紀と考えられる陶器片が土砂崩落土から出土していることから、それ以降に造られた平場であると考えられる。古い時期の平場では土塁状の盛土が確認されたが、土砂崩落以前の平場である。さらに、1T~2T周辺の斜面には、3Tの状況から石積は存在していないことも確認された。
 4T~5Tの平場では、近現代において畑の造成が行われており、遺構はその影響で削平を受けていることが判明した。6Tでは南東から北西に延びる場内路の延長約3mを確認したが、その落ち込み内には、陶磁器類や礫などが廃棄されており、後世にカクランを受けていることが確認された。さらに中世以降の連絡通路として使用していたと考えられる場内路の空堀南東側には、今回階段状の石が8段残存していることが確認された。

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