多言語化についての意見交換会記録ーA.N.メシェリャコフ教授とM.V.トロピギナ教授ー
A Conversation on Multilingualization with Professors A.N. Meshcheryakov and M.V. Toropigina
奈良文化財研究所
- 奈良県
概要
2024年11月13日に、奈良文化財研究所の多言語化業務を担当する職員(多言語化チーム)は、研究調査のためロシアから来日したメシェリャコフ先生・トロピギナ先生を招いて意見交換会を行った。目的は、多言語化に関する様々な意見を頂戴し、今後の多言語化作業の改善策に活かすためである。平城宮跡資料館を一緒にまわったあと、インタビューを行い、最後に国際遺跡研究セミナーの一環としてメシェリャコフ先生に『ロシアとソ連における日本のイメージー女性の国からサムライの国へ』というテーマで発表していただいた。[1] そして、後日改めてオンラインでインタビューを行い、先生方に多言語化に関するたくさんのご意見をいただいた。様々な話に付き合ってくださったメシェリャコフ先生とトロピギナ先生に心から感謝申し上げます。
来賓
アレクサンドル・メシェリャコフ(Alexander Mesheryakov)
日本史研究者。1951年ロシア生まれ。
モスクワ大学のアジアアフリカ諸国研究所卒業。歴史学博士号を取得。
ロシア国立研究大学高等経済学院・東洋学西洋古典学研究所教授。
著書に『日本古代史』(2002年、共著、奈良時代担当)や『日本の天皇とロシアのツァーリ』(2004年)など約400点に及び、翻訳に『日本書紀』(共訳)、『日本霊異記』、『紫式部日記』、『徒然草』、貝原益軒の作品などがある。
『明治天皇と当時の日本』で2012年人文科学部門における啓蒙家賞を受賞。
外国人叙勲「旭日中綬章」受章者。
マリア・トロピギナ(Maria Toropygina)
日本文学研究者。1959年ロシア生まれ。
サンクトペテルブルク大学東洋学部卒業。文学博士号取得。
ロシア科学アカデミー・東洋学研究所主任研究員。
著書に、『日本の中世の物語―御伽草子―』(2011年)、『和歌の浦―中世日本の詩歌について―』(2020年)、翻訳に『とりかへばや物語』(2003年)、『無名抄・正徹物語』(2015年)、『唐物語』(2021年)などがある。
日本文化の伝え方と古代研究の推進について
多言語化チーム:今回ご来所いただいているお二方は日本に関する研究歴が長いことを承知していますが、一般の海外観光客の立場になって考えたとき、日本に来て日本文化を楽しんでもらうためには、日本側はどのような対応が必要だとお考えですか?
メシェリャコフ氏:これは非常に大きな質問です。簡単には答えられません。もし日本が素晴らしい国だったら、素晴らしくなればなるほど観光客も来るのではないかと、私は思いますね。
多言語化チーム:本質が重要、国が素晴らしいので、観光客も来るということでしょうか?
メシェリャコフ氏:ええ、そうです。
トロピギナ氏:そうですね。一般でいうと、今は世界中で古代史への関心があまりないと思います。学生たちにも、これからどのような論文を書きたいかと質問をすると、古代についての授業やテーマを選びません。海外のどこでもそうです。一般人はやっぱり古代のことをよく知りません。ですから、簡単な説明が必要ですね。例えば、博物館では英語で比較的簡単な言葉を使って、解説を加えた方がいいと思います。
多言語化チーム:先生は、教育者という立場から見ますと、学生があまり古代文化に関して知識を持っていないという認識でしょうか?
トロピギナ氏:知識を持っていないと言いますか…例えば、新しく出た古代に関する面白そうな本があれば、それに興味を持つのですが、でも今まではそこまで古代文化についての本があまりなかったと思います。
メシェリャコフ氏:確かに、少ないです。
トロピギナ氏:少ないですね。
多言語化チーム:もしかしてそういった本はあまり英語化されていないから、他の国にも流通していないということでしょうか?それとも日本の研究の翻訳が少なくなっているということですか?
トロピギナ氏:そもそもロシア語に翻訳された日本の古代研究の本はないと思います。
メシェリャコフ氏:そうですね、古代史研究の本の翻訳はないですね。このことは問題だと、私は思っています。そして念頭に置かなければいけないのは、ロシアの学校では、日本について教えることはあまりありません。高等学校だと、教科書での日本に関する記事というと、明治維新、そして日露戦争、第二次世界大戦、高度成長期、それぐらいです。古代史についての記事は非常に少ない。中世としては鎌倉とかですね、武士の文化について興味を持っている人がかなりいると思います。
多言語化チーム:では中世については学べる、ということでしょうか?
メシェリャコフ氏:いいえ、映画を見るぐらいですね。本はあるんですけれども、だいたい映画です。
トロピギナ氏:あと漫画ですね。
多言語化チーム:ロシアの学生たちがどのように日本史を学ぶのか気になります。例えば、韓国の授業では歴史が韓国史と世界史に分けられていて、世界史の中には西洋史や日本の話があります。ロシアの学校では日本史に触れる機会はどのように設けられているのでしょうか?
メシェリャコフ氏:やっぱり、学校のレベルですと、世界史の中の日本の歴史になります。大学となると、日本専攻の学生は真面目に日本文学と日本史を勉強するんですけれども、一般人の基礎知識は学校で教えられますが、学校では日本についてあまり教えられていないというのが現状です。ですから、申し上げたように今の人は映画や変な情報源から知識を得ます。その中では間違いが非常に多いです。
多言語化チーム:では、一般の方々に日本文化や古代史の面白さを伝えるために、日本古代史に興味を持ってくれる学生を増やすために、奈良文化財研究所としてはどのようなことができるのでしょうか?
メシェリャコフ氏:考えられるのは、うち[2]は月に2回、インターネットでセミナーをやっていて、それに本研究所の研究員さんがオンラインで発表するということです。それは非常に簡単です、組織としては。大体1時間前後の発表です。そして、毎年2月には、大きな日本史日本文化学会[3]を行っていて、オンライン・オフライン両方で発表ができますから、本研究所の皆様が参加してくださったらありがたいです。そして、一般の読者向けの本を本研究書がたくさん出しているかと思いますが、もしその本をロシア語に翻訳できればいいのではないかと思います。著作権の問題があるので、そこだけ許可をもらえたら、こちらで翻訳して出版することができると思います。
多言語化チーム:確かに、奈文研は様々な一般向けの本を出していて、その中に平城京についての本もありますし、多言語化が進んだら嬉しいですね。先ほどロシアではあまり日本の古代史についての本がないと仰っていましたが、もし奈文研の書籍、業績をロシア語に翻訳して出版したら、それが学校や大学のテキストとして活用される可能性はありますか?
メシェリャコフ氏:はい、その可能性はあると思います。あともう一つ、トロピギナ先生も言いましたが、古代に興味を持つ学生がとても少ないのですが、そういう優秀な学生がいたら、なんらかの形でのご援助があったらとても嬉しいです。例えば、今うちの学生の中に非常に優秀な人がいて、正倉院の研究をしています。もしできれば、短期間でも、本研究所へ研修に来られましたら、彼女のために大変勉強になりますね。
翻訳について
多言語チーム:お二方はたくさんの日本に関する研究書籍と論文をお書きになりました。木簡に関する論文をお書きになるとき、木簡の翻訳はどうされますか?
メシェリャコフ氏:研究調査のときに奈文研の木簡庫を使います。あれは非常に便利なデータベースです。「木簡」の表記はキリル文字化します。キリル文字で「моккан」(ローマ字だとmokkan)と書いて、括弧に「木でできたタブレット」というふうに解説を追記します。木簡に書かれた文字の翻訳は、難しい内容もあったりしますし、簡単な部分もあると思います。ですから、場合によって違うんですね。木簡に書かれたことが短くても、かなり長い注釈が必要になるというケースもありますし、長く書く必要がない場合もありますね。翻訳の一番の問題というのは、「誰に向けて翻訳をする」ということですね。もちろん、一般の読者のために木簡を翻訳する場合、かなり長い説明を書かなければならないのですが、専門家向けには、基礎知識があると思って、説明を省略するか、短くするか決めます。
トロピギナ氏:私の専門は古代日本ではないですけど、古代関連書籍のロシア語訳をしたりしています。最近は一冊の子ども向けの本を訳しました。富安陽子の『古事記』[4]でした。絵本で、山村浩二という有名な画家が絵を書きました。子ども向けの本ですから、もちろんテキストは難しくないです。わかりやすい文章ですけれども、『古事記』ですから、私にとっては難しいところはありました。例えば、『古事記』に登場する「うけい」という言葉でした。本では、スサノオがアマテラスに「じゃあ、お互いうけいをして、子どもを産んでみたらどうでしょう」という話が書かれています。本のテキストには、「うけいというのは、占いのようなものだ」と書かれています。それをロシア語に翻訳するときにどうすればいいのかを悩んでいました。子供向けの本ですけれども、やはりこの言葉をそのまま(ロシア語でукэи)残すことにしました。でも、その言葉の前にロシア語の翻訳「клятва」を加えました。こういう問題は、ロシア語へ翻訳するときによく起こります。私の考えでは、皆さまももう仰っていますが、一番重要なのは誰向けの翻訳なのかということです。読者の対象は誰ですか、という質問に答えなければいけません。私は個人的に解説が大好きです。それを書くだけではなく、読むのも大好きです。本に解説がたくさん書かれていたら、私にとってこの上ない嬉しいことです。でも、もちろん、翻訳するときは注がありすぎるとよくないとも思います。今まで最も面白い翻訳経験は、平安時代の『とりかへばや物語』のロシア語訳です。翻訳するとき、言語の問題は大きかったです。日本語の過去形動詞は性別を表現しないのに対して、ロシア語の動詞は「彼女が言った」のか「彼が言った」のかと形が違います。これが大きな問題でした。そういった翻訳作業は本当に興味深いと思います。私の考えでは、翻訳というのは本当に面白い仕事です。私は翻訳が本当に好きです。
多言語化チーム:先生方のおっしゃる通りです。木簡庫の多言語化が話題に上がるたびに、木簡の内容を翻訳するかしないかと考え始めますが、やはり非常に難しいので、木簡の専門家がやらないと無理だと痛感します。そして、翻訳をするときに、まずは訳文の想定読者を決めた上で翻訳作業を始めなければならないと再認識しました。次の質問に移りますが、お二方はたくさんの日本の古典籍を翻訳されたと存じます。日露翻訳をする、或いは日本文化紹介書を執筆する際、日本の歴史と文化の多言語化の過程でどのような工夫をしましたか?どのような読者を想定して翻訳をなさるのでしょうか?他に、最も優先すべきと思われる多言語化の原則はあるのでしょうか?
メシェリャコフ氏:「翻訳」には一つの原則というのは、存在しません。翻訳の仕方は、誰を対象として翻訳するかによって決まります。専門家向けの翻訳は、序文と注を詳細に書きますが、一般向けだと、序文は付けますが、そこまで詳細なものにはしません。注も、一般向けの場合は数を減らします。減らしはしますが、わかりやすさを目指して原文になかった単語を追加したり、専門家にしかわからない詳細を削除したりしています。ゴレグリャド氏の『徒然草』[5] のロシア語訳は、研究要素が強くて、注も多いのですが、私が翻訳[6]を手掛けたときには、自分の大好きな作品ですし、できるだけ多くの人に読んでいただきたかったから、翻訳をもっと軽くしました。先ほど申し上げた工夫のおかげで、もっと読みやすい訳ができあがりました。『日本霊異記』を翻訳したときも、研究者向けの翻訳と一般向けの翻訳、二つのバージョンを作りました。研究者向けのものは重版がなかったのですが、一般向けのバージョンは何回も再版されました。そして、「読みやすい研究者向け版」という種類もあって、それは日本学専門家ではない大学生や大学を卒業した読者のための翻訳です。
多言語化チーム:理解が間違っているかどうかについての確認ですみませんが、先ほど先生がおっしゃった『日本霊異記』には二つの翻訳バージョンがあって、一つは「研究者向け」で、もう一つは「一般向け」です。その後に「読みやすい研究者向け版」という種類もあると先におっしゃいました。一般向け版というのは、大学を卒業した人たちで、日本を専門としなかった人たち向けに作られた版だと思いますが、それと読みやすい、研究者向けに作られた版とは一緒なのでしょうか?
メシェリャコフ氏:大体同じと思いますね。というのは、世界史や世界文学を研究している人たちがいますね。でも、日本学の専門の本はあまり届かないのです。難しい専門用語や地名や人名が出てくると読むのも諦めます。それでどうやって書くと色々な読者に届くのかと考えてしまいます。日本学専門家だけではなく、普通の人だけではなく、日本学以外の専門研究者たちも、日本学に興味があるというのは事実ですから、それを配慮すればいいのではないかと思っています。
全国遺跡報告総覧のシソーラスの開発について
多言語化チーム:次に、文化財関係用語シソーラス(以下、文化財シソーラス)の今後の改善方向に関して、ご意見を伺いたいと思います。文化財シソーラスは、全国遺跡報告総覧(以下、遺跡総覧)という日本の遺跡に関する発掘調査報告書や関連情報を収集して公開するものの内部システムとしてあります。中に収録された日本語の用語は、主に考古学中心の辞書などから集めて、英語、中国語、韓国語の対訳を載せています。[7]多言語化チームの重要な業務の一つとして、文化財シソーラスの内容改善をしています。その内容改善について、先生方にご意見をお聞きしてもよろしいでしょうか?今後はロシア語の追加についても検討しています。先生方が研究者として、翻訳者、通訳者として、文化財シソーラスにこういう機能があればいいというご要望があったり、現在のページについてのご感想があったりしましたら、教えていただけないでしょうか?
メシェリャコフ氏:この質問に、すぐに答えを出すのは難しいかもしれませんが、アイディアとしては素晴らしいです。こういう辞書を作るのには大変努力が必要だと私は思います。これからどのような方法で単語を選択するか、そして例えば記事をどれぐらいの長さの記事にしようと思っていますか?
多言語化チーム:今まで文化財シソーラスに収録された日本語の用語は、主に考古学中心の辞書・事典類から収集されたもので、他に報告書から採録されたもの、所内保持のデータからのもの、研究員から提供されたものもあります。現時点で文化財シソーラスの用語数が19万個を超えていて、これからどのぐらいの用語数を目標にするか、あるいは範囲をどこまでにするか、決まっていません。用語の時代も分野も様々で、縄文土器も大極殿も石垣も、お城の名前も入っています。一条天皇と皇帝などの一般名詞が共に存在している状況です。実用性については再考すべきですし、先生のご指摘の通りに用語の収録範囲も改めて決めるべきでしょう。
メシェリャコフ氏:シソーラスや辞書などを作るのは本当に難しいですね。
トロピギナ氏:本当に難しいですが、今研究者はいろいろなデータベースを使うから、このような辞書の作成もとても意味のあることだと思います。でも、本当に難しいことですね。
メシェリャコフ氏:意味はもちろんあるんですけれども、一つの辞書に、一般人向けと専門家向けの用語を合わせるというのは非常に難しいと思います。理想としては、別々にした方がいいのではいかと思いますね。例えば、縄文という単語は、考古学に、または日本歴史に興味を持つ一般の方々も多分知っていると思いますが、考古学上の縄文に関する重大な発見などを単語の説明に入れると、一般の方々にあまり関係がないかもしれませんね。ですから、これから文化財シソーラスは、まず一般人向けか、あるいは専門家向けか、決めなければならないと思います。
トロピギナ氏:専門家向けの方がいいと思います。
メシェリャコフ氏:ええ。現在の状況を見ると、すでに専門家向けになっていますね。
多言語化チーム:そうですね。報告書はそもそも一般向けの読み物ではないので、抽出された用語も恐らく同業者向けですね…実際誰が使用するかというのは重要ですね。実は、過去調べた結果によると、遺跡総覧に学校からのアクセスが多くて、学校の授業に使われたと推測されています。[8]夏休みのときに学生が使っているのではないかと思われます。遺跡総覧は現在報告書の情報と電子版を集めて公開するだけでなく、他にも様々な機能があって、論文ナビや、イベント宣伝、動画公開なども、いろんな遺跡関連の情報が集められています。最初は、専門家が使うように、その文化財関連の仕事をしている人のために作ったと思いますけど、今はいろんな方々が利用してくれていると考えられます。
メシェリャコフ氏:話がずれるかもしれませんが、念頭に置かなければならない一つのことがあります。というのは、日本の学校カリキュラムに、考古学に関連する内容は結構入っていると思います。日本人の学生たちにとっては考古学というのは馴染みがあるわけです。しかし、ロシアとしても、西洋全体としても、考古学というのは、古代エジプトやバビロンなど馴染みがあるんです。日本や他の国の考古学には一般の人、学生もそうですが、ほとんど興味がない。基礎知識もない。中国で何か大きな発見があったら、テレビで報道します。その他は、例えば旧石器時代のものはそこまで印象的ではないから、皆あまり興味もないですし、こういう古いものは今ここに住んでいる人にあんまり関係がないというような考え方を持っている人が圧倒的に多いと思います。ですから、このようなデータベースを学生が夏休みに使っていると西洋やロシアで言ったら、皆びっくりすると思いますよ。こういうプロジェクトの意味は非常に大きいと思います。他の国のことはあまりよくわかりませんが、こういう総合的なデータベースは、確かに、残るんです。西洋では今日本の考古学に興味がある人が少なくても、これからどうなるか誰もわかりません。非常に大きな意味を持っていると思います。
多言語化チーム:もう一つお聞きしたかったのは、文化財シソーラスに、今は考古学関連のものが多く入っているけれども、「文化財」のシソーラスとなると、文化財にいろんなものが含まれていて、その中には書物なども入っているわけです。それ関連の用語は、どうなるかと個人的に考えたりしています。先生方にとっては、文化財シソーラスの中に考古学だけではなく、このような単語を載せてほしい、文化財関連の用語を広く収録してほしい、とういうご要望があれば教えてください。
メシェリャコフ氏:専門家でも、「奈良」という単語を聞くと、たぶん、奈良時代を想像するんですね。理想としては、考古学者の観点からだけではなくて、歴史家の観点からも作れば一番いいのではないかと私は思います。考古学の発見に、歴史の流れなどを加えることです。奈良時代というのは、日本史の中で非常に重要な時期で、木簡だけではなくて、他にも様々な書物が残っているので、それを紹介するのも大事だと思います。
多言語化チーム:文化財シソーラスにあってほしい機能などはありますか?或いは、用語の類義語とか、上位語とか、関連用語とか、現在既にある機能改善のご意見でもいいです。何かございますか?
メシェリャコフ氏:すみません、私はこういうⅠT関連の話があまり分からないんですけれども…ただ、もしこのウェブサイトと他の機関が作っているウェブサイトが連携していたら、歴史家としてはうれしいです。例えばの話なんですけれども、私は奈文研のウェブサイトで「太政官」という記事を見て、それが不十分で、でもどこかでもっと詳しい記事があるのではないかと思って、ただボタンを押すだけで詳細な記事の方に行けたら、非常に役に立つと思います。
トロピギナ氏:このような連携は難しいですか?
多言語化チーム:キーワードをある程度把握できれば、できると思います。例えば、「大嘗祭」というキーワードで、サーチエンジンを活かして、別のウェブサイトに飛ばすことはできますが、そのウェブサイトにいい情報があるということを保証することが難しいです。リンクするのはたぶん簡単だと思います。
メシェリャコフ氏:他の機関が作っているウェブサイトは公開されているんですか?それともなんらかの制限がありますか?よく知らないのですが…
多言語化チーム:制限がかかっているウェブサイトもあるのですが、公開しているウェブサイトにつなぐことはできます。話が少し変わるかもしれませんが、文化財シソーラスの記事には、ウィキペディアの記事の情報も加えるか加えないかという議論があります。ウィキペディアのページは誰でも編集できるというのは長所でも短所でもあるので、研究機関として、提供する外部リンクはある程度情報の信憑性が保証できないといけないと考えています。ウィキペディアだと心配になります。でも、ウィキペディアは多言語化もされているので、そういう意味で使いやすいです。
トロピギナ氏:ウィキペディアは誤りがたくさんありますから、気を付けないと…
メシェリャコフ氏:ロシア語のより少ないかもしれませんが、日本語のウィキペディアも誤りがかなりありますね。そしてそれを専門家じゃないと見分けができません。一般の人はウィキペディアの記事を読むと、大体信用してしまうんです。ですから、それを使うのはちょっと…
多言語化チーム:確かに、先生方がおっしゃっているように、研究機関のウェブサイトに信用できない情報を載せるのは危ないですね。別の研究機関が提供する内容とか、信用できる記事にリンクするようにしたいものです。
日本文化学習の資料について
多言語化チーム:一個気になる問題について伺いたいです。例えば、私が日本史を勉強したいとしましょう。日本語の壁を乗り越えたとして、次には日本史の専門用語の壁が立ちはだかります。先生方の下でも、日本文化や日本文学などを勉強している学生がたくさんいて、ロシアでの日本学研究者の卵だと思います。このような学生を指導するときに、どのようなバランスで専門的な文章を訳して、解釈するかということについてお聞きしたいです。例えば特有の表記や発音などを付けたり、どこまで分かりやすく翻訳したりしますか?どのぐらいのレベルとバランス調整をしていますか?曖昧な質問かもしれません、申し訳ありません。
メシェリャコフ氏:これはちょっと答えにくい質問ですね。実は、学者にとって、専門知識のない人向けに本を書くのは、専門家向けに本を書くのよりよっぽど難しいです。ジャーナリストなどがそういう本をたくさん書いていますが、間違いが多いです。そして学者というのは、だいたい学会のために書くのが多いです。学者同士ですから、お互いよく話をわかるんです。でも、一般の人のために書くのには才能が必要です。難しいことです。ある天文学者の名言は「五歳の子どもに自分の研究を説明してみて、理解してもらえなければ、あなた自身が自分の研究を分かっていない」です。でも、多くの学者は子供向けに書くのは嫌なんです。学者ですから、できるだけ専門用語を使って、普通の人がわからなくてもいい、自分がえらいですから。それは間違っていると思うんですけれども、事実ですよ。
トロピギナ氏:正直に言いますと、私とかは子供向けにあまり説明できない方です。翻訳するときにたくさんの解説を書くのが好きですから、どうしても難しい専門的なことを書いてしまいます。ですから、自分があまり子供向けの本などを書けない学者だと思います。残念ですが…
多言語化チーム:すみません、聞き方が悪くて…自分が先生方に伺いたいのは、日本のことを勉強し始めたけれども、まだ初心者で、ある程度日本語を勉強していて、でもまだ研究者ではないという人たちのために、どういうふうに資料を作ればいいのかという質問です。例えば、木簡という単語を、そのまま「木でできたタブレット」と訳すか、日本語のまま残して、説明するか、というバランスは、先生方はどうしているのでしょうか。何故このことが気になるかというと、多言語化チームでももしそういった資料を作ることになったら、どのような加減で作ればいいのか大変参考になるからです。個人的な経験からの話なんですが、昔ロシアの大学で日本文学の授業を受けるとき、とても勉強になる配布資料をもらっていました。それは、講義に出てくる専門用語や人名などのリストでした。日本語でのリストだったので、日本語でどうやって表記できるのかが分かって、ある程度日本語が上達すると、そのリストを使って日本語で資料を検索することができるようになります。英語論文は非英語の専門用語をローマ字化する傾向が強いですけど、それは逆に学習者に不親切なところもあるのではないかと思います。
メシェリャコフ氏:やっぱりこのような質問ににわかに答えられないです。授業の配布資料の話に関係あるかもしれませんが、西洋人にとっての日本の歴史や文学を勉強する一つの非常に大きな問題というのは、次のようなことです。例えば、日本文学や歴史を一年生のときから教え始めます。でも、そのときに学生たちは全く原文を読むことができないわけです。ですから、文学について話すときは、ロシア語の翻訳がありましたら、大丈夫ですが、もしなかったら非常に抽象的な、殻のような話になります。ロシアも、西洋の諸国もそういった問題はあるんです。
多言語化チーム:海外の日本学の初心者への多言語化資料提供について、多言語化チームとしてもすごくいい課題ですね。何を提供すれば相手の日本語と日本に関する知識のレベルに一番ふさわしいのか、このようなことをいつも考えていますが、やはり相手の声も聞くべきです。まずは交流活動などから始めてみましょう。先生方にたくさんのご指摘とご意見をいただき、ありがとうございます。時間があっという間に過ぎてしまいましたので、ここで終了とさせていただきます。先生方、ご協力ありがとうございました。
注
[1]先生方とのコミュニケーションは日本語で行っていたため、本記録の元言語も日本語である。
[2]ロシア国立研究大学高等経済学院・東洋学西洋古典学研究所
[3] 2025年2月はモスクワ/オンライン同時開催
[4]富安陽子、山村浩二絵『絵物語古事記』、偕成社、2017年
[5]Кэнко-хоси. Записки от скуки / Пер. В. Н. Горегляда. — М.: Издательство «Наука», 1970. (『兼好法師「徒然草」』、ナウカ出版、1970年)
[6]Ёсида Канэёси. Записки на досуге / Пер. А. Н. Мещерякова. — М.: Наталис, 2009. (『吉田兼好「徒然草」』、ナタリス出版、2009年)
[7]高田祐一「文化財関係用語シソーラスの構築と実践活用例」(『文化財多言語化研究報告』、奈良文化財研究所、2021年)56-64頁。
[8]https://data.wingarc.com/localdxlab-29-nara-46973 全国61万もの文化財データを地図アプリで一覧化。 異例の金融系SE出身研究者が挑むデータ統合とその未来とは | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん(2024/12/10訪問)
