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瓦葺き文化財BIMの取組

桑山 優樹 ( 株式会社桑山瓦 ワイクウーデザイン )

Tile Roofing H-BIM Initiatives

Kuwayama Yuki ( Kuwayamakawara Co.,Ltd (ykuw-design) )
桑山 優樹 2024 「瓦葺き文化財BIMの取組」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 遺跡地図・3D・GIS・モバイルスキャン・デジタルアーカイブ・文化財防災 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/9
 本報告では、歴史的価値のある建物の情報をより多く後世へ伝えていく為の手段の一つであるHBIMの活用事例を報告する。
 保存工事時に瓦の変遷を具現化できるよう、ナンバリングとフォトグラメトリ等のデジタルツインデータとを紐付けしたビジュアルで直感的にわかるようにする事で、現工事においても瓦の配置検討や工事後の移動状況を把握する事ができる。
また、将来工事時にその時点の状況=前回工事の状態だけでなく、前々回工事の状態をも把握できるようになる事で、対象建物についてより理解が深まる事を期待する。

1.はじめに

 史跡や文化財に建設業界で普及が進むBIM(Building Information Modeling)を活用したHBIM(Historic or Heritage Building Information Modeling)を愛知県豊田市にある土蔵(以後、土蔵)の移築工事に活用しデジタルツイン保存をおこなった。(図1)


図1

 現存する建物の保存工事では、大工・左官・屋根と関わる業種毎に必要な情報をわかりやすくする共有する為に各部材毎にナンバーをふり現況を二次元化する。この工程を、瓦工事の場合は屋根をHBIM化する事で、工事に携わった者だけでなく、関わっていない者にもわかりやすい資料となる事を目標とした。

 HBIMは、ICCROM主催ウェビナーでも度々取り上げられており、2023年9月にも開催されている。HBIMは、世界中で注目され始めている資料作成方法の1つである。BIMは、建設業向けのツールとして作られたが、文化財建物情報を残していくにも十分な機能を備えている。と言うのも、工事にはたくさんの人が共同して作業していく側面から、設計としての機能だけでなく、情報共有に重点がおかれたツールだからだ。

 建設業界の利用だけでも存続可能な状況が既にあるツールであり、また、作成したソフトだけでなく他ソフトでもデータを開く事が出来る、汎用性のある共通形式(IFC)もある事から、データの存続性も高い。そして、複数人で情報共有をする為に、ビューワーアプリの機能が充実しているソフトもある。こうした背景から、文化財関係でもBIMは最適な場合が多くある。

 本論では、文化財でBIMを活用したHBIMの中で、有形文化財建築の瓦屋根の情報に特化したシステムを構築し実践した事を報告する。

2.環境

作成に使用した機材・ソフト等は、

・テキストデータ作成 Excel(Microsoft)

・撮影機材 O-MD EM-5III(Olympus)、α7s II(Sony)、iPhone14Pro(Apple)及び一脚(3m)

・ラベル印刷 P-Touch2430PC(brother)

・パソコンスペック CPU:Ryzen9 3900X、メモリ:128GB、GPU:GeForceRTX3090Ti

・フォトグラメトリーソフト Realitycapture1.2.1(Epic)

・HBIM構築及び閲覧ソフト Rhinoceros7・Grasshopper(McNeel)

3.手順

 建物形状把握→ナンバリングテキスト作成・シールプリント→現場にシール貼り→撮影(解体工事は撮影後になるように工程調整が必要)→(解体過程や施工過程も3D保存する場合は適宜撮影をする)→フォトグラメトリ→HBIM化→工事完了後撮影→フォトグラメトリ→HBIMに工事後情報を付加→HBIMデータ完成

4.保存工事HBIMについて

 現況保存には、フォトグラメトリー技術を使った3Dスキャンでデジタル複製した。3Dスキャンの手法はフォトグラメトリーに限らず、メッシュデータ(テクスチャ付き)が作れたら良い。

ナンバリングは従来の現場手書きからデジタルデータ及びプリントシール貼りに変え、データと現地が紐づくようにした。(図2)


図2

 デジタル複製した3Dモデルとテキストデータをプログラムで重ねる事で、図3のように、どの瓦が見本・廃棄・どこに移動して使われたかが一目瞭然にわかる可視化できるHBIMプログラムを開発した。


図3

 このプログラムは、次回工事までを想定して開発しているので、データ作成時の工事からX年後も、逆ナビゲーションする事を可能にしている。(図4)


図4

 今までの2次元資料や写真との違いは、瓦の位置をルール通りナンバリングし、ナンバーを検索をすると図5のように、移動した瓦の変遷を直感的に知る事ができる。


図5

 こうした情報を蓄積していけば、経年劣化の可視化も可能となり、保存工事で既存瓦の転用先の最適解を見出す可能性を秘めている。また、災害等の予想していなかった破損時も、こうした災害前情報が多ければ復旧計画がしやすくなる。これは、建設業界で既に証明されており、災害前のデジタルツイン及びBIMの普及により災害時の復旧計画が格段に良くなっている。

 では、手順通りに解説する。まず、現況に合わせたナンバーデータを作成し、ナンバーをシールプリントする。プリントしたナンバーシールを情報とズレが生じないように現場で解体前の瓦に貼る。これは、従来からされている方法と相違はないが、従来は、現物にシールを貼ってからナンバーを手書きしていたのに比べ、ナンバーシールを貼る作業に変った事で、現場作業の手順が1つ減り作業効率が向上した。それだけではなく、高所作業で作業時間の短縮は安全にも繋がっている。

 次に、現況保存としてフォトグラメトリー用の撮影をおこなう。土蔵の屋根形状は切妻で、大屋根(A・B面)下屋(C面)庇(D・E・F・G面)あり、工事前の現況は全面撮影済みで合計5,340枚撮影した。施工後はA・B・D・Eの4面を撮影済みで合計3,601枚撮影した。

 残りC・F・Gの3面は1月に撮影予定である。その為、本論執筆時のHBIMは、工事前は全景あるが、工事後は不足面がある事を補記する。

工事現場の撮影は通常対象物の撮影とは異なり、足場が組まれている為、対象物とカメラの距離が物理的に取れない箇所が多くある。今回は3機種を使った撮影をした為、混合画像(Exif情報で機種及びレンズ情報がある状態)となったがフォトグラメトリーは問題なく出来た。(図6・7)


図6


図7

 iPhoneは薄く軽いので、狭い場所も撮影しやすく出番は多かった。また、既存瓦の保存の観点からも屋根上に乗る事を極力避けて撮影するので、使用メリットは大きい。ドローンを使えばとの意見も想定されるが、HBIMの場合は、瓦にナンバーシールを貼ってから撮影する事で、HBIM上で目視でナンバーを確認出来る事も情報としてメリットがある為、必然的に足場が組まれた後になり、ドローンのみの撮影は難しい。もちろん、ドローンを使う事を否定している訳では無く、利用できる場合は使用すると良いだろう。

 フォトグラメトリーの手順は既出でありHBIMと直接関係がある訳ではないので本論では割愛する。 

 次に、Rhinocerosを使いGrasshopperで組み立てたプログラムを実行する。Rhinocerosは、機能を加味すると比較的安価(2023/12現在最新のRhinoceros8は、187,000円税込)であり導入しやすい3DCADである。GrasshopperとはRhinocerosに付属するグラフィカルアルゴリズムエディタで、ノード等を繋げ組み立てる事で、様々なプログラムを作成し動かす事が出来る。本論では、Grasshopperを使い、瓦の位置(見本瓦の位置、再利用瓦の位置や枚数及び移動経路、破棄瓦位置や枚数)を表示出来るように組み立てた。スライダー(図8)の数値を調整し、土蔵の屋根を地割する。現況は経年劣化や当時の瓦製作精度の誤差等により地割通りにいかないのではないかと聞かれる事があるが、基本的に瓦は屋根の範囲内を地割して葺かれているので誤差は出るが、ナンバーと瓦の位置を確認出来る許容内には納まる。図9のようにズームして見るとプログラムの地割と3Dスキャンデータに誤差はあるが大幅なズレは無く許容内に納まっている。


図8


図9

また差が大きい場合はプログラムをカスタマイズして調整する事も可能である。3D上で確認出来るだけでなく、簡単な屋根伏せ図(図10)も同時に表示しており、2次元情報として印刷する事も可能である。屋根伏せ図だけでなくRhinocerosは3DCADであるから、必要に応じた作図をする事も可能である。例えば、フォトグラメトリーで作った3Dモデルと作図を重ねた状態でプリントする事も出来る。


図10

5.まとめ

 このように、HBIMは情報が組み込まれており、後世により多くの情報を残す事が出来るツールである。瓦の情報は全てExcelを使ったテキストデータを使用している。その為、ソフトが無くなるなどツールが使えなくなったとしても、最低限従来からの2次元情報は残っており、同様の事が出来るソフトで新たにHBIMツールを組み立てれば再現が可能となる。土蔵では、瓦のみに適用したHBIMツールを構築したが、カスタマイズする事でタイルや石垣といった素材にも転用が可能である。カスタマイズが実現可能な点も、Rhinoceros・Grasshopperを選択した理由である。瓦用に作った専用ソフトであれば転用が難しくなるが、Grasshopperであれば使える人がカスタマイズするだけで良く、一から構築する手間が無くなる。もちろん、誰もが別素材用にカスタマイズできる訳ではないが、Rhinocerosは建築業界で使える人が増えているソフトであり、また建築だけでなく工業デザインやジュエリーデザインと幅広く使われている背景から、使える人を探すのも現実的である。現存する建物だけでなく、史跡の復元CG制作においてもHBIMは今後の主流になると考えている。何故なら、発掘により考え方は日々進化しており、発掘物によっては形状が大きく変わる事がある。例えば切妻屋根と考えられていた建物が入母屋屋根に変る場合もある。その場合、従来のCGは、元データを受領していない場合もあり、していたとしても作り方が作り手によって幅が大きく更新費が高くなる場合が多かった。

HBIMならば、最小限の情報はExcel等のデータを更新すれば良く、また、モデルの変更も、必要最小限の更新をする事が可能であり、内部で出来る人材がいれば内製が可能であり、いない場合でも外部委託は現実的である。より情報を増やしながら属人率を下げて行く事が大切である。


引用-システム内 :
引用-システム外 :
使用データリポジトリ画像 :
NAID :
都道府県 : 愛知県 三重県
時代 :
文化財種別 :
遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
テーマ : 技法・技術
キーワード : 3D HBIM 文化財BIM フォトグラメトリー 情報 Rhinoceros Grasshopper 情報管理
データ権利者 : 桑山優樹
総覧登録日 : 2024-03-22
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