デジタルとアナログの融合による近世たたら製鉄の史跡整備・活用の可能性 -史跡田儀櫻井家たたら製鉄遺跡 越堂たたら跡の整備を事例として-
Possibilities for Management and Utilization of Tatara Iron Making in early modern through the combination of Digital Technologies and Analog Methods - The case study about Management of Koedo Tatara Site among Tagi Sakurai Tatara Iron Making National Historic Site -
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.はじめに
田儀櫻井家たたら製鉄遺跡は、江戸時代初期から明治時代中頃まで島根県出雲市多伎町を中心に活躍した鉄山師(たたら製鉄の経営者)である田儀櫻井家が営んだ、たたら場・鍛冶屋跡の総称である。
田儀櫻井家のたたら製鉄の特徴は、山間部で「山のたたら」を営むと同時に、日本海沿岸部で「海のたたら」を操業する独自の経営手法を展開した点にあり(角田2014・2019・2022など)、生産した鉄は海のたたらに近い田儀港の廻船を利用して全国各地に出荷した。山と海のたたらを同時に経営し、鉄生産から流通まで一貫して行う様子は、「江戸時代の製鉄コンビナート」として評価でき、現代の製鉄コンビナートの先駆的な形態を確立していたことが注目される。この経営体制の成功により、田儀櫻井家は幕末から明治初年頃に最盛期を迎え、当時全国で有数の鉄生産地であった出雲地方でも一、二を争うほどに隆盛した。現在、田儀櫻井家の足跡は、製鉄経営の拠点であった集落跡の宮本鍛冶山内遺跡(出雲市多伎町奥田儀)を中心として、出雲市多伎町域・佐田町域や隣接する大田市域および雲南市域の山間部と沿岸部に残されている(図1)。現在15箇所で確認されているたたら場・鍛冶屋跡のなかで、4箇所(宮本鍛冶山内遺跡・朝日たたら跡・聖谷たたら跡・越堂たたら跡)が国史跡に指定されている(註1)。

図1 田儀櫻井家たたら製鉄遺跡の分布と史跡の位置
本稿では、越堂たたら跡において実践した、デジタル技術・アナログ手法を両輪とする史跡整備の取り組みを素材として、デジタル技術を活用した史跡整備の課題や方向性について考えたい。
2.越堂たたら跡の調査記録
越堂たたら跡は日本海沿岸部近くに立地し、江戸時代中期頃から約150年もの長期間にわたり操業された海のたたら場跡である。田儀櫻井家の製鉄経営の基幹であった越堂たたら跡に残る遺構の確認を目的として、出雲市文化財課が平成25年度(2013)から平成29年度(2017)に全面的な発掘調査を実施した。発掘調査によって高殿(製鉄炉を覆う建物)や床釣り(保温や防湿を目的とした製鉄炉の地下構造)に度重なる改修の痕跡が確認され、長期間操業の実態が判明した(幡中編2022)。
(1)デジタル技術による遺構の記録-3次元測量とフォトグラメトリ-
越堂たたら跡の発掘調査では、通常の考古学的手法による遺構の調査記録のほかに、史跡として今後の整備や活用を見据え、デジタル技術を援用した記録方法(3次元測量・フォトグラメトリ)(註2)を目的に応じて実施している。
床釣りに代表される複雑なたたら製鉄の遺構を詳細なデジタルデータとして記録保存する目的で、高殿およびその周辺の3次元測量(地上型レーザー測量)を実施した。遺構の詳細かつ膨大な点群データを取得・作成することで、高精度の遺構のデジタル情報として保存・管理が可能になり、調査成果の再現や整備実施のための基礎情報として高い汎用性を持つ(図2)。
その一方で、遺構保護のために調査完了後に行う現地の埋め戻しで直接確認ができなくなるたたら製鉄遺構を再現するため、3次元測量を実施した範囲を対象として、近年急速に普及が進んでいるフォトグラメトリ(写真測量)を同時に行っている(図3)。3次元測量による遺構の点群データは、遺構の高精度なデジタルアーカイブとしての側面が強いが、カメラ撮影画像から高密度点群を形成するフォトグラメトリは、やや難解なたたら製鉄遺構を高精彩に可視化するために最適なデジタル技術である。

図2 越堂たたら跡の3次元測量の様子(左)と点群データ(右)

図3 越堂たたら跡のフォトグラメトリの様子(左上・右)と3次元モデル(左下)
(2)アナログ手法による遺構の記録-床釣り立体剥ぎ取り-
デジタル技術を駆使した遺構の高精度・高精細な情報は、基礎情報としての保存性や様々な用途への汎用性、そして遺構の高精細な可視化に優れているが、実物が持つ風合いや質感および規模感は、現在のデジタル情報では完全に表現することはできない。越堂たたら跡の製鉄炉地下構造である床釣りには、長期間操業を具体的に示す造り替え痕跡や息抜き穴に使われた土管などの遺構が実際の操業のなかで高温に熱せられて変色した焼土層とともに残されており、当時のたたら製鉄の情景を雄弁に物語る。こうした遺構の風合いや質感などを記録するアナログ的な手法として、床釣りの立体剥ぎ取りを実施した(図4)。

図4 越堂たたら跡の床釣り(左:北から)と立体剥ぎ取り(右)
3.越堂たたら跡の整備内容
発掘調査が完了した後、平成30年度(2018)の越堂たたら跡現地での簡易整備を経て、令和2年度(2020)から令和4年度(2022)に本格的な現地整備、そして令和5年度(2023)に越堂たたら跡ガイダンス施設(註3)の整備を実施した(幡中編2024)(図5)。ガイダンス施設は令和6年(2024)4月に開館し、広範囲にわたって点在する田儀櫻井家たたら製鉄遺跡の導入部の役割を担う施設として、市内外および県外から多数の見学者が訪れるほか、地元の歴史学習の場としても広く活用されている。

図5 越堂たたら跡現地・ガイダンス施設周辺の遠景(左:南東から)と全景(右:南西から)
(1)アナログ手法による現地整備
越堂たたら跡の現地整備では、発掘調査で確認できた床釣りの位置などをもとに製鉄炉と天秤ふいごの復元製作を実施した(註4)。復元製作にあたり、実物の製鉄炉の質感を忠実に再現するため、現存する菅谷たたら(島根県雲南市)の高殿内部にある製鉄炉の質感に合わせて表面の珪藻土仕上げを行った。
天秤ふいごの復元製作は、天秤棒などは復元せずに踏板下部の土台部分を対象としており、木製の実物と同じ風合いを演出するために材料にはスギ材を使用した。屋外設置のため、スギ材には防腐剤の含浸処理による防腐処理を施し、屋外環境に対する耐久性の向上を図った。また、和鋼博物館(島根県安来市)および奥出雲たたらと刀剣館(島根県奥出雲町)が所蔵する天秤ふいごの展示品で細部の構造を確認し、外面から見える部分にはできるだけ釘を使わずに木材の組み合わせで構築した。
天秤ふいごの復元製作で対象としなかった上部構造やたたら操業の様子を現地で可視化するための方策として、復元イラスト透過式看板を採用した(図6)。透明プレートの表面に線画のイラストで天秤ふいごの上部構造を表示したほか、村下や炭坂、番子などのたたら操業に携わる人物を描き、透明プレート越しにイラストと天秤ふいごの復元製作を重ね合わせると、天秤ふいごの全体像やたたら操業の様子が把握できる仕掛けである。

図6 越堂たたら跡現地の復元イラスト透過式看板(南東から)
こうしたアナログ手法を中心とした現地整備の利点は、各地で事例が増えているAR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのデジタル技術を駆使した再現方法と比較して、様々な世代の見学者が一見しただけで直感的に把握しやすいことにあり、加えて特別な機器・設備や回線などが無くても手軽に利用できるため、現地で大人数を対象にした歴史学習の実施に関しては、特に有効に活用できる。また大規模なメンテナンスや定期的なシステム更新の必要がなく、維持管理の側面から見ても費用対効果に優れている。
(2)デジタルとアナログの共存展示-3次元モデル映像と立体剥ぎ取りの相互補完-
現地ではアナログ手法による整備を進めたが、史跡隣接地に設置した越堂たたら跡ガイダンス施設の建物内の展示では、遺構の高精細な再現が可能なフォトグラメトリによる高密度点群データを活用し、映像展示として仕上げた。越堂たたら跡の遺構のフォトグラメトリでは、現地で撮影した約7,500枚のカメラ撮影画像から点群データを構築し、点群データから構成したTINサーフェスデータをもとにレンダリング(データ処理)ソフトを用いて3次元モデル映像を作成した(註5)(図7)。また3次元モデル映像は、越堂たたら跡全体と床釣り周辺を場面分けして作成し、一連の映像として統合している。なお、展示用に作成した3次元モデル映像はフォトグラメトリの点群データを基盤としているが、これに3次元測量で取得した点群データを統合することで、高精度の位置情報を備えた高精細な3次元モデルが生成できる。
3次元モデル映像展示の主な目的は、直接確認できない越堂たたら跡の遺構をデジタル技術で高精細に再現し、床釣りなどの難解なたたら遺構について見学者の理解を促進させることである。その一方、デジタル技術では再現しきれない実物が持つ臨場感を補完する役割を果たす存在として、実物の風合いや質感および規模感を記録した床釣りの立体剥ぎ取りを展示に採用した。展示室内では、3次元モデルの映像展示とともに、床釣りの立体剥ぎ取りをガイダンス施設の整備に合わせて補修や補彩、展示台の設置などを行い、実物が持つたたら製鉄遺構の迫力を体感できる展示品として仕上げている(図8)。このようにデジタル技術とアナログ手法を両輪として、双方の利点を活かした相互補完的な展示を実践することで、多角的な視点から様々な世代に訴求できる史跡整備が実現可能となる。
4.おわりに-史跡整備におけるデジタル技術活用の課題と方向性-
田儀櫻井家たたら製鉄遺跡の越堂たたら跡において、デジタル技術・アナログ手法を活かした史跡整備の内容について確認してきた。日進月歩で進化するデジタル技術は、高精度なデジタル情報としての保存や、遺構の高精彩な可視化が可能になり、史跡整備において今後ますます重要かつ必要不可欠なツールとなることは想像に難くない。
一方、広範囲の遺構における高精彩なフォトグラメトリの実施や高精細な3次元モデル映像の制作は、膨大なデジタル情報を円滑にレンダリングするために処理性能の高いハードウェアが不可欠になるが、こうした設備は高価格帯のカテゴリーとなり、現在手軽に入手・活用できる市場環境にはなく、設備の充実に対する費用面が課題となっている。近年、タブレットやスマートフォンなどの高性能なモバイル機器の登場や、低価格帯のソフトウェアの普及でフォトグラメトリが手軽に実施できる環境が整いつつあるものの、広範囲に展開する遺構の高精細な3次元モデル映像の制作までを想定すると、高度な処理性能を持つハードウェアを用いてレンダリングを実施する必要が生じてくる。

図7 フォトグラメトリによる越堂たたら跡の3次元モデル映像用データの構築過程
また、史跡整備を進めるなかでデジタル技術を活用した整備内容の費用対効果を慎重に検討することが必要である。特に様々な世代の見学者が訪れる現地整備では、特別な機器・回線を準備することなく一見しただけで直感的に把握できる整備内容が求められ、ARやVRなどの最新のデジタル技術を駆使した整備が最も効果的であるとは即断できない。加えて、定期的な維持管理や内容更新に必要となる費用も見込んでおく必要があるため、整備計画策定の段階で長期的にみた費用対効果の是非が問われることになる。

図8 ガイダンス施設展示室での3次元モデル映像展示(左)と床釣り立体剥ぎ取り展示(右)
史跡の魅力を最大限に引き出し、様々な世代の見学者に効果的な訴求を行うためには、再現性や汎用性に優れたデジタル技術に加えて、直感的に理解しやすく臨場感を生み出すアナログ手法を適所に配置して相互補完的な整備を行うことが有効であると考えられる。デジタル技術活用の課題については、今後の更なる技術の開発・革新により解決可能になると見込まれるため、最新鋭のデジタル技術の活用策を常に検討しながら、従来のアナログ手法の利点も考慮しつつ、最善の史跡整備の内容を模索していくことが求められる。
【註】
1)市町村合併前の旧多伎町が進めていた田儀櫻井家の総合的な基礎調査の成果(田中・松尾編2004)によって近世たたら製鉄の一貫した工程が把握できる重要な遺跡として評価され、宮本鍛冶山内遺跡と朝日たたら跡(出雲市佐田町高津屋)が平成18年(2006)1月に近世たたら製鉄遺跡として全国で2番目となる国史跡に指定された。その後、平成18年度(2006)の内容確認調査の成果(石原編2008)を受けて、平成21年(2009)2月に聖谷たたら跡(出雲市多伎町奥田儀)と越堂たたら跡(出雲市多伎町口田儀)が追加指定を受けた。
2)越堂たたら跡の現地の3次元測量は株式会社トーワエンジニアリング、フォトグラメトリはコンピュータ・システム株式会社に委託して実施している。
3)越堂たたら跡ガイダンス施設は、細長い敷地の中央に展示室と便益施設を備えた建物を配置し、製鉄実験などの体験学習ができる「多目的広場」、地表に芝を張ることで見学者や地元の人々が利用できる「いこい広場」を備えている。なお、建物の外壁は表面に安定錆を形成して鉄の風合いを生み出す茶褐色の耐候性鋼板(コールテン鋼)を採用し、鉄を連想させる外観となっている。
4)越堂たたらの製鉄炉と天秤ふいごの復元製作は、越堂たたらと同じ日本海沿岸部にあった海のたたら場の価谷たたら(島根県江津市)において、明治時代後半に俵国一博士が作成した調査記録(俵1933)を参照して行った。
5)越堂たたら跡現地で取得したカメラ撮影画像をもとに、映像展示用として新たに3次元モデルを構築してレンダリングを行い、3次元モデル映像として仕上げた。展示用の3次元モデルの構築やレンダリングおよび映像制作は、株式会社TDMテックおよび有限会社トランズアクションに委託して実施した。
【参考文献】
石原 聡編2008『田儀櫻井家たたら製鉄遺跡発掘調査報告書-平成16~18年度の調査-』出雲市の文化財報告1 出雲市教育委員会
角田徳幸2014『たたら吹製鉄の成立と展開』清文堂
角田徳幸2019『たたら製鉄の歴史』歴史文化ライブラリー484 吉川弘文館
角田徳幸2022「田儀櫻井家のたたら経営と越堂鈩」『越堂たたら跡-発掘調査と文献調査・文書目録-』史跡田儀櫻井家たたら製鉄遺跡調査整備報告書Ⅱ・出雲市の文化財報告50 出雲市教育委員会 217~232頁
田中義昭・松尾充晶編2004『田儀櫻井家 田儀櫻井家のたたら製鉄に関する基礎調査報告書』多伎町教育委員会
俵 国一1933『古来の砂鉄製錬法 たたら吹製鉄法』丸善
幡中光輔編2022『越堂たたら跡-発掘調査と文献調査・文書目録-』史跡田儀櫻井家たたら製鉄遺跡調査整備報告書Ⅱ・出雲市の文化財報告50 出雲市教育委員会
幡中光輔編2024『越堂たたら跡整備事業報告書』史跡田儀櫻井家たたら製鉄遺跡調査整備報告書Ⅲ・出雲市の文化財報告57 出雲市
