奈良文化財研究所 ホーム
キーワードから探す
一覧から探す
その他
おすすめ
PDFがある書誌登録数
41485 件
( 発行機関数 759 機関 )
現在の書誌登録数
132562 件
( 前年度比 + 1888 件 )
( 発行機関数 1918 機関 )
現在の遺跡抄録件数
147727 件
( 前年度比 + 2285 件 )
現在の文化財論文件数
120638 件
( 前年度比 + 1645 件 )
現在の文化財動画件数
1314 件
( 前年度比 + 130 件 )
( 登録機関数 118 機関 )
文化財イベント件数
1263 件
( 前年度比 + 214 件 )
※過去開催分含む
デジタル技術による文化財情報の記録と利活用 > 6 号 > フォトグラメトリとレーザースキャンによる3Dデータ活用

フォトグラメトリとレーザースキャンによる3Dデータ活用

平山 智予 ( 株式会社ホロラボ )

laser scanning & photogrammetry : Spatial information data utilization

Tomoyo Hirayama ( HoloLab Inc. )
平山 智予 2024 「フォトグラメトリとレーザースキャンによる3Dデータ活用」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 遺跡地図・3D・GIS・モバイルスキャン・デジタルアーカイブ・文化財防災 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/6
 筆者は所属するXR開発会社にてフォトグラメトリやVPSなど3Dデータを活用したプロジェクトに携わっており、レーザースキャナーを用いた空間スキャンを多く担当している。
一度スキャンしてしまえばそのデータを使って様々な活用ができるが、実際には必要に迫られてスキャンをしておいたものの、データを有効に活用できず折角作成したデータがそのままお蔵入りしてしまう例が多いようだ。
今回、筆者の経験から空間スキャンデータの活用例や可能性について述べていきたい。後半に記述する活用事例ではデジタルアーカイブにフォーカスして紹介する。

1.3Dデータを活用した開発図

 空間の撮影・スキャンからモデル作成、開発、主なアウトプット先を表現したのが以下の図だ。
まず、デジタルカメラ撮影データとレーザースキャンデータを合成し、より精度の高いフォトグラメトリ3Dモデルを生成する。このモデルは現状を遺すためのデジタルアーカイブとしてだけでなくコンテンツとして利用ができるので、現実空間にヴァーチャルモデルを配置するAR(註2)やMR(註3)、ヴァーチャル空間に3Dモデルを配置するVR (註4)として利用できる。
 レーザースキャンデータは実物のスケールをそのまま型取っており、BIM(註5)やCAD (註6)データを作成したり、図面を起こしたりすることもできるので、古い建物や改築が重なり正しい図面がない場合に有効活用できる。
また、レーザースキャンデータは、現実空間の位置情報をスマートフォンやメガネ型デバイスのカメラが認識し、スキャンした任意の場所に3Dモデルを表示させるVPS(註7)機能へ活用することも可能である。
開発環境にはUnityやUnreal Engineといったゲームエンジン(註8)を主に用いている。
 

画像1:システム構成図

・撮影使用機材

【Laser : レーザースキャナー】
 レーザースキャナーは用途ごとに機材を使い分けているが、筆者の所属するホロラボでは主にLeica社のハンディタイプのBLK2GOと据え置き型のRTC360を主に使用している。より高い精度が求められるデジタルアーカイブ用にはRTC360が使用される。

【Camera: フォトグラメトリ用カメラ】
 一眼レフデジタルカメラを使用することが多いが、360°の全天周カメラによる映像や写真を用いることもある。

2.業種ごとの3Dデータ作成目的

 顧客が空間スキャンや3Dモデル作成を行いたい理由としては以下が挙げられる。

 (1)デジタルアーカイブ

 将来解体が見込まれる、また老朽化による崩壊が危ぶまれる、歴史的・文化的価値のある建造物やオブジェを、レーザースキャンとフォトグラメトリを用いデジタル化して遺す。

(2)設備拡張・設備リプレースの検討

 工場など建物内の大型機材のリプレースなど、実物では簡単に検討が難しい場所の変更を事前に仮想的にシミュレーションするため建物内をスキャンする。

(3)地形の把握

 地形の起伏等をスキャンしその形状を把握することで、都市開発などのシミュレーションに活用する。

(4)正確な図面の作成

 図面の消失や紛失、繰り返された改築により正しい図面が存在しない場合、建物全体をレーザースキャナーでスキャンしその点群情報から図面を起こす。

(5)エンターテインメント

 スキャンデータをモデル化しコンテンツとして使用するほか、スキャンデータを位置情報認識機能(VPS)として活用する。

・主な業種

地方自治体
製造業
商業施設
ゼネコンなど

3.フォトグラメトリとレーザースキャンの合成について

 ホロラボではフォトグラメトリモデル作成にあたり、撮影はデジタルカメラのみではなくレーザースキャナーの併用を行っている。これにより双方の利点を“良い所どり”することが出来、欠点を補い合える。
 

画像2:レーザースキャンのみ

(1)レーザースキャンのみで3Dモデルを作成

 レーザースキャンが取得するデータの精度はとても高く、正しいスケールでデータが取れるほか、畳の目のような細部の形状まで遺すことができるので、戦争時の刀傷や弾痕などの歴史的な記録や、芸術的な造形物の精細なかたちを捉えることが可能である。真黒、または真白な色の連続など条件が悪いエリアも比較的しっかりと形を取ってくれる。
その一方で、搭載されたカメラは実物に近い色やディテールの画像表現には不向きなため、鮮明なマテリアルを遺すことが難しい。

画像3:デジタルカメラのみ

(2)デジタルカメラのみで3Dモデルを作成

 デジタルカメラは高解像で精彩な色やディテールの表現が可能で、暗所など多少の環境の悪さがあってもカメラの設定で補正がある程度できるなどの利点がある。
しかし、画像情報自体にスケール情報が無いことから実物に対して歪みやすく、実物の正しい情報を捉えることが難しい。平坦で白い壁が続く場所など、条件によって生成が難しいこともある。

4.日本特有のデジタルアーカイブ化の目的とは

 日本では古来より、欧米に比べ木材で建築された建造物が多く火災の危険に常に晒されている。また、海に囲まれ火山もあり地震も多い国であることから、震災による建物の倒壊も懸念される。
 文化財をデジタルアーカイブしたいというクライアントと会話していると、ただ単純に経年劣化がすすむ前に現状を残しておきたいという理由だけではなく、そうした、万が一文化財が災害に遭った場合のリスクマネジメントとして実物を型取りしてデジタルのコピーを遺すことができる、レーザースキャンやフォトグラメトリがしたいという思惑もあるようだ。
 図面や2Dの画像だけでは再現できない、唯一無二の歴史を重ねた建材の味わいや彫刻の優美さなど、たとえ消失することがあったとしても手がかりを残して未来に託したいという強い想いが感じられる。
彼らの多くは、2019年に起きた沖縄県の首里城正殿火災のことが常に頭にあると言う。あれだけ有名で壮大な建築物が一夜にして黒炭と化してしまった事故は、観光で訪れたことのある我々からもショックな出来事であったが、同じ文化財を守る担当者方からすると特に人ごとではいられないのであろう。
  なお、この首里城はホロラボのメンバーがあるプロジェクトで何百枚という観光客が撮影した写真をもとに正面だけは3Dモデルとして復元することが出来たが、観光で撮ったスナップであるため、当然側面や裏側の画像数が乏しく全体の精細な復元が叶わなかったのが残念でならない。
  そのほか、日本は自動車や電車など乗り物の機械製造業の発展がめざましく、各社がこぞって新機能、新デザインの車体を発表し続けており、それらは短いスパンで現れては消えていく。歴史的価値の高い車体は役目を終えても倉庫や博物館で実物が保管されているが、多くは図面が残る程度で形を残さずスクラップになってゆく。比較的価値の高い車体であっても維持コストがかかることや敷地を圧迫していくことから、やむなく解体されるケースも少なくない。
 そこで最近では、解体が決まったものの、多くの人々を乗せて彼らと同じ風景を見続けてきた車体を、せめてデジタルの中で残したいという想いから、それらをフォトグラメトリ化したいと言う声が製造会社や運輸会社から多く上がっている。「現在の車体デザインの多くには設計時に作成された3Dモデリングデータが既にあるはず。どうしてわざわざ実物をフォトグラメトリ化したいのか?」と思う人もいるだろう。
 なぜなら、フォトグラメトリの技術は車体そのもののカタチだけではなく、ボディのサビや傷、椅子のへこみなど一つと同じものがないものも忠実にスキャンしており、その車体が培った歴史もデジタルの中に遺すことができるからだ。こうした機械の製造物の場合、デジタルアーカイブの対象となるのは製造後、数十年程度で引退したものであることが多く、建築物、とりわけ築数百年以上の石や煉瓦の建築物や遺跡が多い海外の例から比べると、かなり短い期間でアーカイブ化されるのが特徴である。

5.活用事例

 以下に2つのフォトグラメトリ作成とその3Dデータの活用事例を紹介する。

「沖本邸」


画像4:沖本邸3Dモデル全景
 
 沖本邸は東京都国分寺市にある国登録有形文化財で、1933年に建てられた洋館と、1940年に増築された和館から構成されている。

画像5:沖本邸3Dモデル〈洋館内部〉


画像6:沖本邸3Dモデル〈和館内部〉
 
 今回は、デジタルカメラとレーザースキャンによるフォトグラメトリ3Dモデル化と、BIMデータ化、ARコンテンツ作成を見据えての点群データのVPSマップ化、マネタイズとして敷地内の樹木モデルを販売用にアセット化している。
 
画像7:沖本邸スキャンデータ活用例

・災害リスクマネジメント例

 沖本邸はフォトグラメトリ撮影とレーザースキャン後、一部の壁が台風の影響で崩落してしまった。
この崩落前の形状は詳細なモデルとして残っており、正確な図面が残っていなかったことから復旧の参考に役立っている。
 
画像8:沖本邸崩落前(3Dモデル)と後(実際の写真)

 

「東京メトロ 7000系車両」


画像9:東京メトロ7000系モデル画像
 
 営団7000系電車は、1974年に帝都高速度交通営団で運用開始された電車。 2004年営団民営化により東京地下鉄(東京メトロ)に継承され、2022年4月に運用終了している。
 今回は、同社に残っている最後の車両を、デジタルカメラとレーザースキャンでフォトグラメトリ3Dモデル作成し、NFTサイトで営団地下鉄時代の車体デザインバージョンと、東京メトロ継承後のデザインバージョンの2パターンで販売され話題となった。

画像10:東京メトロ7000系モデルNFT販売ページ

 
 撮影では屋外と野外という異なる環境で同車両を撮影しており、フォトグラメトリ処理時に合成がされやすいよう車体にターゲットを貼って撮影している。
 

画像11:東京メトロ7000系撮影画像

6.最後に

 昨今はレーザースキャナーなど高性能な撮影機材の低価格化や、ソフトウェアの性能の高度化、また、それらで生成した重いモデルデータをスムーズに閲覧できるデバイスの高スペック化などにより、まだ課題はあるものの、空間情報をスキャンしモデル化やコンテンツ化するケースが増えてきた。現実の世界から跡形もなくなってしまう可能性がある、価値あるモノの形が今後もデジタルの中でも残ってくれたらと願っている。ただのデータであっても、その中にはアナログの人々の思いも生き続けてくれるからだ。

【補註】

1) XR開発:X(cross) Reality(クロス・リアリティ)の頭文字を連ねた言葉で、現実空間と仮想世界を融合した体験を設計するテクノロジーで、「VR(仮想現実)」、「AR(拡張現実)」、「MR(複合現実)」などを総合する。
2) AR:Augmented Reality(オーグメンテッド・リアリティ)の頭文字を連ねた言葉で、「拡張現実」と呼ばれる。スマートフォンなどカメラ付きのモバイル機器で現実空間を写し、そのディスプレイ上で任意のコンテンツが現実空間を拡張し表示されているように見える技術。
MR 3) MR:Mixed Reality(ミクスド・リアリティ)の頭文字を連ねた言葉で、「複合現実」と呼ばれる。ARをさらに進化させVRの要素が複合的に使用される。主に透過型のメガネ型デバイスを使用し、他角度から見えるCGと現実世界の任意のものが相互に干渉しあうような体験ができる。
4) VR:Virtual Reality(ヴァーチャル・リアリティ)の頭文字を連ねた言葉で、「仮想現実」と呼ばれる。視界を覆うヘッドマウントデジスプレイを頭部に装着し、コンピュータ上の現実ではない空間の映像を見渡すことで別世界に没入する体験ができる。
 
5) BIM :Building Information Modeling(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の頭文字を連ねた言葉で、コンピューター上で現実と同様に作成した3次元の建物モデルに、素材や工程など図面以外の情報を付与し、建築物の総合的なデータベース化を行ったもの。
6) CAD :Computer Aided Design(コンピューター・エイデッド・デザイン)の頭文字を連ねた言葉で、コンピュータ上での設計図作成を支援するツール。建築物以外にも機械や衣服など多くのプロダクトで使用されている。
7) VPS:Visual Positioning System(ヴィジュアル・ポジショニング・システム)の頭文字を連ねた言葉で、写真やレーザースキャンで取得したエリアの画像情報と、現実空間を照らし合わせて位置情報を把握する仕組みでAR/MRで使用される。現実世界の任意の場所にCGコンテンツを表示させることができるので、より現実と仮想が複合した体験ができる。
8) ゲームエンジン:ゲーム制作に必要な機能が総合的に含まれるソフトウェア。CGの制御を行うことができるほか、現実世界でも自然な動きが表現できる物理エンジンなどが含まれるため、XRコンテンツ開発では必要不可欠なもの。

【出典】

「画像6:東京メトロ7000系モデル画像」:CGWOLD “フォトグラメトリ&レーザースキャンで7000系が蘇る。東京メトロとホロラボによる、7000系車輌NFTモデル販売の裏側” https://cgworld.jp/article/202303-metro-nft.html
「画像7:東京メトロ7000系モデルNFT販売ページ」:Adam byGMO “<CRYPTO METRO>7000系引退記念3DモデリングNFT” https://adam.jp/stores/CRYPTO_METRO
 
 

引用-システム内 :
引用-システム外 :
使用データリポジトリ画像 :
NAID :
都道府県 : 東京都
時代 :
文化財種別 :
史跡・遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
キーワード : 3Dデータ活用 レーザースキャン フォトグラメトリ デジタルアーカイブ XR クロス・リアリティ
データ権利者 : 平山智予
総覧登録日 : 2024-03-22
wikipedia 出典テンプレート : {{Citation ... 開く
wikipedia 出典テンプレート : {{Citation|first=智予|last=平山|contribution=フォトグラメトリとレーザースキャンによる3Dデータ活用|title=デジタル技術による文化財情報の記録と利活用|date=20240328|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/6|publisher=独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所|series=デジタル技術による文化財情報の記録と利活用|issue=6}} 閉じる