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デジタル技術による文化財情報の記録と利活用 > 6 号 > 松山市における埋蔵文化財関係業務の現状 -周知の埋蔵文化財包蔵地の管理を中心に-

松山市における埋蔵文化財関係業務の現状 -周知の埋蔵文化財包蔵地の管理を中心に-

楠 寛輝 ( 松山市教育委員会文化財課 )

Current statsu of buried cultural properties administration in Matsuyama City - Forcusing on management of land known to contain cultural properties -

Kusu Hiroki ( Cultural properties Division, Mtsuyama City Board of Education )
楠 寛輝 2024 「松山市における埋蔵文化財関係業務の現状 -周知の埋蔵文化財包蔵地の管理を中心に-」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 遺跡地図・3D・GIS・モバイルスキャン・デジタルアーカイブ・文化財防災 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/11
 本論は、筆者が平成12年4月に松山市役所に考古学の専門職員として入庁して以降、20年以上わたって携わってきた埋蔵文化財保護行政について、近年の「包蔵地の管理」についての具体的な取組を中心に、松山市における「包蔵地の規制に係る対応」、そしてその基礎となる「埋蔵文化財保護に対する考え方」などについて、述べたものである。その要旨は次のとおりである。まず理解しておかなければならないのは、前提となる法制度としての周知の埋蔵文化財包蔵地の規制というものは「任意性」に立脚している、ということである。その上で、埋蔵文化財行政において重要なのは、まず1点目として、届出者が自ら届出をしようと思えるよう、遠回りでも「届出者の『予見可能性』を高める」ための取組が重要であり、また、約20年の松山市の取組は、結果的な部分も含めて、市町村としてのそのささやかな実践(=計画・実行・検証・改善の繰り返し)であった、ということである。2点目として、行政に求められる役割の本質は、届出者の利益と埋蔵文化財の保護という公益との間の利害調整であり、その調整には当然に私権の制限を伴うことから、法的な部分をはじめとした根拠の明確さ・説明責任が重要である、ということである。一方で、3点目として、逆説的ではあるが、「任意性」に立脚している以上、「あいまいさ」を完全に排除することは不可能であり、それを減らす努力を続けながらも、それでも残る「あいまいさ」を、行政の「裁量」として、その調整に最大限活用することもまた重要である、ということである。以上の3点が本論のまとめである。

1.はじめに

 筆者は、平成12年4月に松山市役所に考古学の専門職員として入庁して以降、20年以上にわたって一貫して埋蔵文化財保護行政に携わってきた。その間、史跡松山城跡の整備に先立つ確認調査や、芸予地震等により被災した松山城の石垣の修理等の現場も担当してきたが、業務の過半は、文化財保護法(以下「法」という。)第93条に規定される、いわゆる「周知の埋蔵文化財包蔵地」(以下「包蔵地」という。)の規制に係る市民や事業者への対応であった。そのような中、この度、奈良文化財研究所で実施する令和5年度文化財担当者専門研修「遺跡地図・GIS課程」で、「自治体における包蔵地関係業務」をテーマに、松山市のこれまでの埋蔵文化財関係業務に関する取組の一端をお話する機会に恵まれた。本論は、その内容を踏まえて執筆したものである。

 松山市は、高縄半島南西部に位置する愛媛県の県庁所在地で、人口約50万人を数える中核市であり、四国最大の都市である。面積は約430k㎡で、平成17年1月に旧北条市(現市域北側)と旧中島町(同西側[島嶼部])を合併した。市域の中心は、重信川・石手川・小野川をはじめとする大小河川群により形成された扇状地性の沖積平野である松山平野で、西の伊予灘に向けて開く。残る三方は、北側が領家帯花崗岩類、南側は海成堆積層である和泉層群を中心とする山地・丘陵が取り囲む。遺跡は、松山平野周辺を中心に分布し、古墳時代の葉佐池古墳、古代の久米官衙遺跡群、中世の湯築城後、近世の松山城跡と伊予遍路道の5件の国指定史跡に加え、弥生時代の文京遺跡など、特に弥生時代以降、地域を代表する遺跡が継続的に所在している。

2.松山市の埋蔵文化財保護に係る体制・考え方

 松山市における埋蔵文化財関係業務を担当するのは、教育委員会事務局文化財課の埋蔵文化財担当で、令和5年度の人員は、専門職員(考古)3名(リーダーを含む)、事務1名、会計年度任用職員1名の5名である。所掌する令和5年度の事務事業は、「埋蔵文化財管理運営事業(受付業務全般・全国史跡整備市町村協議会関係事務等、予算721千円)」、「埋蔵文化財センター管理・教育普及事業(指定管理、予算197,689千円)」、「市内遺跡発掘調査事業(試掘調査等[委託]、予算28,204千円[国庫補助1/2])」の3事業である。また、松山市立埋蔵文化財センター(松山市考古館[公開承認施設・登録博物館]を併設、以下「センター」という。)は、平成18年度から指定管理者制度が導入されており、指定管理者は(公財)松山市文化・スポーツ振興財団(松山市外郭団体)、センターの令和5年度の人員は、専門職員(考古)7名、同(市派遣)1名、同(再雇用)5名、事務(再雇用)1名、嘱託(調査・整理)9名の計23名の常勤職員と複数名の非常勤職員となっている。

 次に、本論のメインテーマである包蔵地の管理について述べる前に、その基礎となる包蔵地の規制に係る市民や事業者への対応における、本市の考え方について述べる。

 まず、その前提として確認しておかなければならないのは、法第93条の規定の義務があくまで届出であって許認可ではないことや、その届出も「努力義務(=罰則なし)」であること、また、届出に対する都道府県・政令市の指示はあくまで「行政指導(=お願い)」であることなど、法に規定される包蔵地の規制の肝心な部分は、届出等を行う市民の「任意性(=行政への自発的な協力)」に基づいているということである。逆に言えば、「埋蔵文化財の保護」というものは、原則的に市民の「任意性(=×義務性)」に基づいたものでかまわない、ということが「国民的合意(=法)」であり、当然のことながら、行政はこれに基づいて執行されなければならない、ということである。このように、埋蔵文化財の保護に対する規制が、指定文化財のそれに見られる義務性ではなく任意性を基づいていることは、保護しようとする埋蔵文化財というものの特性、つまり、価値の定まっている指定文化財とは異なり、調査を行うまでは、価値があるかどうか、場合によっては、存在するかどうかすら不明であること、を踏まえると理解できる面はある。結果として、包蔵地の規制は、埋蔵文化財を「適切に」破壊するための手続法的な側面が強いものとなっている。一方で、このような任意性に基づきながら、行政指導で本発掘調査への協力を求められる協力は、費用(いわゆる「原因者負担」)がかなりの高額に上るなど過大とも言えるもので、極めてバランスを欠いたものとなっている。このような状況の中で、長年、市町村の担当者として、包蔵地の規制に係る市民や事業者との対応を実際に担ってきた筆者にとって、長年の最大の課題は、「正直者がばかをみる」ことをどう防ぐのか、ということであった。そして、長年その解決に取り組む中で辿り着いたのは、「届出者の『予見可能性』を高める」ことが、最も重要であるということであった。

 そう考えるようになった契機は、実際に市民や事業者と対応をする中で、指示の影響をよく理解せず、実際よりも過大に捉え、過剰に警戒している市民や事業者が、あまりにも多かったことであった。そこで、市民が指示の影響(金銭的・時間的等)を正確に想定できれようになり、影響はそう大きくないこと、あるいは、仮に影響があったとしても、それを小さくするために様々な工夫が可能なことや、少なくとも事前に影響を計算することが可能であることを理解できれば、届出へのハードルを大きく下げられるのでは、と考えたのである。やはり、埋蔵文化財保護においても、「行政」の本質は「利害調整」であり、また、罰則がないとはいえ、普通の市民はできることなら違反はしたくないはず、と考えたのである。実際、この約20年間、どの案件においても同様に丁寧な説明・法手続に努め、特に個人住宅を中心に埋蔵文化財の現状保存が図られるケースが一般化し、施主側に大きな負担が発生しない事例が増加するにつれて、届出を仲介することの多い住宅メーカーや設計事務所等を中心に、早い段階から文化財課に相談していただけるケースが増加したことを、近年、顕著に実感している。

 そのための行政側の具体的な目標・指針としては、「窓口でいつでも誰でも同じ判断・説明が可能」にすることを掲げ、市民との接点である窓口(電話、メールを含む)を最重視して(=逆ピラミッド)、専門職員・事務職員を問わず、どの担当職員でも同じ判断・説明が可能となるよう約20年にわって継続的に改善に取り組み、結果的に、窓口だけでなく事務処理等を含む法手続全体の適正化(≒BPR)が大きく進展した。具体的には、「マニュアル化」「デジタル化」「共有化」を基本とし、現在では、原則的に全データは共有サーバーに保存されており(各データの入力方法やファイル名の付け方等も全てルール化・マニュアル化されている)、担当内全職員が各自の端末から即座に確認することが可能となっている。また、全員の予定はグループウェアで共有されているだけでなく、週1回(5分)程度のミーティングで、直近の予定や注意が必要な業務について、重ねての情報共有を図っている。なお、当然ながら、これらの改善は誰か一人によるものではなく、専門職員・事務職員を問わず、これまでの埋蔵文化財担当の職員全員が、それぞれの立場で小さな改善を積み重ねてきた結果である。そして、その改善における最大の課題が「包蔵地の適正化」であった。これについては「4.包蔵地の管理」で詳述する。

3.包蔵地の規制に係る対応の現状

 以上を踏まえ、まず、包蔵地の規制に係る市民や事業者への対応について、松山市文化財課の取組の概要を述べる。

●窓口・電話・メール対応(約2,400件/年 ※新規相談のみ)

:・全件を役所側で記録・集計+紙の包蔵地地図(住宅地図)への記録

 ・複数人での対応の徹底

●法第93・94条受付(約240件/年)

:・台帳(エクセル)への記入+紙の履歴地図(住宅地図)への記録(註1)

 ・事務処理(照会→届出・通知→試掘調査→県への進達→県からの指示・勧告)の各段階での二重チェック+チェック履歴の台帳への記録

 ・押印は原則廃止(試掘申込の土地所有者の同意のみ押印[or直筆署名]を依頼)

 →申請書、試掘データ、指示通知等は電子データ化して保存・共有化

  申請書(図面を含む)は電子データ化し、県へは進達は電子データを添付したメール、県からの指示も電子データ(図面を含む)を添付したメール

 ・県からの指示までが終了した土地のうち、「県から申請地全域に対して「発掘調査」の指示があり、実際に申請地全域で本発掘調査を実施した土地(=試掘調査等で埋蔵文化財が確認)」と「県から「慎重工事」の指示が出た土地(=試掘調査等で埋蔵文化財が確認されず)」については、実質的に埋蔵文化財を包蔵していないと判断されるため、包蔵地内であっても今後の届出は不要(=実質的に包蔵地外)

 ・ホームページの充実(法手続関連情報、申請書・包蔵地地図のダウンロード等)(註2)

➡〇試掘調査(約120件/年)

:・市内遺跡発掘調査事業で埋蔵文化財センターに委託(調査には原則的に市教委の専門職員が立ち会い、埋蔵文化財の有無の判断や立会者への今後の法手続の説明等を実施)

 ・調査の際に、道路上の境界鋲や等、今後も動かないを仮のベンチマークとして設定し、図面に位置と相対レベルを記載するとともに、工事の設計者に対し、設計図への当該ベンチマークの位置と相対レベルの図示を依頼

 ・試掘のみ(売買等に伴うもの)の申請も、事前調整の一環と捉えて調査を実施(スペースが確保できるようなら建物等の解体前でも調査を実施)

 ・包蔵地外については、庁内の各事業課に協力を依頼し、公共事業や公共用地での試掘・(任意)立会を通じ履歴を蓄積

 〇踏査・意見書(履歴)対応(約120件/年)

:・試掘調査履歴のある地番での届出、道路内での管工事等で事前の試掘調査が物理的に困難なもの等

  〇工事立会(約120件/年 ※史跡内の現状変更等に伴うもの等は含まず)

:・報告は定型化し保存・共有化、主なものは『年報』で報告

 ・県からの指示が「発掘調査」の場合でも、規模が小規模で「工事立会」で「記録保存」が可能なもの(浄化槽等)は、原則的に届出者の負担が小さい「工事立会」で対応(=県からの「発掘調査」の指示の本質は「記録保存」であるため)

●規制等の照会(約150件/年)

:・包蔵地の内外や今後必要な法手続等について、申請への回答として公文書を発行

・売買のために公的な証明書が欲しい、との市民や事業者等からの要望を受けて、法第95条に基づく周知の一環として、松山市が独自・任意で実施

●建築・開発関係合議(約100件/年)

:・建築指導課の協力を依頼(ただし、「建築確認」については、近年、そのほとんどが民間検査機関によることから、建築指導課の協力により、松山市建築確認事務等連絡協議会等を通じ、民間検査機関に対し定期的に情報提供・協力依頼を実施)

●農地法関係照会(12回/年)

:・農業委員会に協力を依頼し、毎月、農地法関の申請・届出の一覧の提供を受け、法手続を要する可能性のある案件について指導書を発送

●公共事業調査(1回/年)

:・庁内の公共事業を把握するため、当初予算の内示に合わせ、庁内事業課に対し、次年度と直近5年程度の公共事業について照会を行い、新体制となった新年度当初に回答を発送

●その他(法第92条、同96条、同99条、同100第、同102条等)は適宜対応

4.包蔵地の管理

 次に、本論のメインテーマである「包蔵地の管理」について、松山市文化財課の行っている主な取組を述べる。

 現在、松山市内の包蔵地は合計386ヶ所(旧松山市域218ヶ所、旧北条市域120ヶ所、旧中島町域48ヶ所)で、市域面積の概ね10%を占めている。ただし、合併前の埋蔵文化財保護行政の執行状況を反映し、旧松山市域・旧北条市域は面(=区域)での指定で、一部の中世城館等一部が点での指定となっているが、旧中島町域は点での指定で、面での指定は1ヶ所のみとなっている。また、法93・94条の届出・通知の対象となる包蔵地内での土木工事等の状況は、旧松山市域のものが大多数で、旧北条市域のものはかなり少なく、旧中島町域のものは極めて少ない。

 松山市域における包蔵地の設定・変更の経緯については、昭和38年に愛媛県教育員会で作成された『愛媛県遺跡目録』を嚆矢とし、昭和49年には愛媛県教育員会で『愛媛県埋蔵文化財包蔵地一覧表』、松山市教育委員会でも初めて『埋蔵文化財地図』が作成され、昭和50年には松山市教育委員会で『松山市文化財・遺跡地図 昭和50年版』が作成されたようである。以降、愛媛県教育員会でも松山市教育委員会でも何度か包蔵地に係る資料集成が行われ、平成12年、いわゆる地方分権一括法の施行に伴い、法第93条の指示権限等が愛媛県教育委員会に移譲されるのに合わせて、愛媛県教育委員会から『愛媛県埋蔵文化財包蔵地分布図』、松山市教育委員会から『松山市埋蔵文化財包蔵地地図』が公刊された。ただし、平成12年の段階でも、少なくとも旧松山市域では、基本的に昭和50年に設定された包蔵地の区域が踏襲されている。

 以上の経過を踏まえ、松山市教育員会では、平成23年度から旧松山市域を中心に本格的な包蔵地の適正化(=区域変更)を開始した。当初は全体計画を定めてはいなかったが、現在では、期間は令和10年度末まで(18年間)、包蔵地数は151ヶ所(旧松山市域149ヶ所、旧北条市域2ヶ所 ※令和5年10月末段階で124ヶ所を変更済)を目標として取り組んでいる。変更を検討する包蔵地は、市民への影響の大きさや変更についての根拠の客観性等から、法第93・94条の届出・通知や試掘調査の履歴の多いものを優先して選定している。

 なお、包蔵地というものは、法上は土地に埋蔵文化財が存在していることが前提となっており、逆に言えば、土地に埋蔵文化財が存在しない場合は包蔵地ではない。そのため、包蔵地の区域変更に際しては、極論すれば、埋蔵文化財の有無だけが問題であり、変更に先立って地元説明会やパブリックコメントにより、市民から意見を聴取するような性質ものではなく、埋蔵文化財の存在を市民に広く知ってもらう、認識してもらう必要があるものである。そのため、松山市では、法第95条も踏まえ、市民を広く対象とした(=対象者を限定しない)包蔵地の周知というものに特に力を入れて取り組んでいる。なお、包蔵地の周知については、愛媛県内では、法第95条や平成10年の文化庁通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(いわゆる「円滑化通知」)等を踏まえ、基本的に市町教育委員会が実施している。

 実際の包蔵地の変更手順は次のとおりである。

●包蔵地の区域変更案(包蔵地カード)の作成

:変更の対象となる包蔵地を決定した後、まず、過去の試掘調査等の履歴の集成や古地 図等による旧地形の把握、現地踏査等を行った上で、それらの情報を集約した区域変更案を含む包蔵地カード(以下、「変更案」という。)を作成

➡●松山市文化財保護審議会第4専門部会(埋蔵文化財)開催

 :事務局で作成した変更案を示し、部会員(有識者5名)から意見聴取を行うともに、変更案に対する同意を取得

 ※オブザーバーとして愛媛県教育委員会の担当職員を招聘

➡●愛媛県教育委員会への変更案の提出(協議)

 :第4専門部会を経た変更案を、内部決裁の後、愛媛県教育委員会に提出(協議)

➡●愛媛県教育委員会が包蔵地の変更を決定(了承)

 :通例では数週間~1ヶ月程で原案どおり決定(了承)され、同日から減少分(=新たに包蔵地外となった区域)の適用を開始

➡●周知期間

 :市広報掲載から3ヶ月程度(掲載日決定後HP等に終了日を掲載)

  ・HPデータ更新(全体図、個別包蔵地図、一覧表等)、窓口用資料作成・設置

   →・関係部署(建築指導課、道路関係課等)・機関(確認検査機関、各業界団体等)への通知(メール・紙)

   →・市広報への掲載

➡●周知期間の終了

 :拡大分(=新たに包蔵地内となった区域)の適用を開始

 なお、包蔵地の変更の頻度や時期については、「届出者の『予見可能性』を高める」ため、当初から、継続的に行うこと(最低でも10年間は続けることを目標)、また、原則、毎年度1回、同じ時期に行うこと(年度末を目途に変更案を県に進達し、その後に県が決定)に努めている(=定時性)。近年では、春頃になると事業者から「今年度の変更はどなりますか?」といった質問を受けるなど、この「定時性」の力を実感している。

 以上、包蔵地の変更を中心に包蔵地に管理について述べてきたが、これら以外で、埋蔵文化財担当内で大きな議論となったものに、包蔵地外での埋蔵文化財の把握がある。これについては、結論として、包蔵地外での埋蔵文化財の把握は、先に述べた公共事業調査を通じ、庁内の公共事業の把握した上で、その事業課に試掘調査等の協力を依頼するなどして行うこととし、市民に対しては、原則的に試掘調査等の協力は要請していない。その理由は、包蔵地内での土木工事等に対する届出義務という規制をかけていても、それが適切に運用されない(=規制の執行が欠けている)状態は、その規制を守らなくて良い(=当該規制によって守ろうとしている埋蔵文化財は実は守るに値しない[=重要ではない])というメッセージを、行政自身が市民や事業者に対して発しているようなものであり(註3)、包蔵地外での埋蔵文化財の把握よりも、包蔵地内での届出の促進に注力すべき、と判断したためである。

5.おわりに

 ここまで、近年の「包蔵地の管理」についての具体的な取組を中心に、松山市における「包蔵地の規制に係る対応」、そしてその基礎となる「埋蔵文化財保護に対する考え方」などについて述べてきた。最後に、改めて強調しておきたいのは、これまでも何度も述べたとおり、法制度としての包蔵地の規制というものは「任意性」に立脚している、ということである。その上で、埋蔵文化財行政において筆者が特に重要だと考えるのは、まず1点目として、届出やその後の各種行政指導を実のあるものとするためには、届出者が自ら届出をしようと思えるよう、遠回りでも「届出者の『予見可能性』を高める」ための取組が重要であり、また、約20年の松山市の取組は、結果的な部分も含めて、市町村としてのそのささやかな実践(=計画・実行・検証・改善の繰り返し)であった、ということである。次に、2点目として、行政に求められる役割の本質は、届出者の利益と埋蔵文化財の保護という公益との間の利害調整であり、その調整には当然に私権の制限を伴うことから、法的な部分をはじめとした根拠の明確さ・説明責任が重要である、ということである。一方で、3点目として、逆説的ではあるが、「任意性」に立脚している以上、「あいまいさ」を完全に排除することは不可能であり、それを減らす努力を続けながらも、それでも残る「あいまいさ」を、行政の「裁量」として、その調整に最大限活用することもまた重要である、ということである。以上の3点を本論のまとめとしたい。

【註】

(1)最近は、紙の履歴地図に加え、それを電子データ化したものにも履歴を記録(将来的には電子データ化したものに完全移行予定)

(2)松山市文化財課ホームページ「周知の埋蔵文化財包蔵地」を参照

(3)その意味では、規制をかけていない状態の方がまだ望ましい状態と理解することも可能である。

【参考文献】

文化庁監修 1970 『文化財保護提要』第一法規出版

椎名慎太郎 1977 『精説 文化財保護法』新日本法規出版

埋蔵文化財行政研究会 2003 『周知の埋蔵文化財包蔵地の特定-事業者負担の法制化と関連して-』発表要旨第5巻第3号(通巻第21号)

埋蔵文化財行政研究会 2005 『周知の埋蔵文化財包蔵地の諸問題』発表要旨第7巻第1号(通巻第25号)

埋蔵文化財行政研究会 2009『埋蔵文化財行政研究会の10年』研究発表論集第13集

日本不動産学会 2016 『日本不動産学会誌第30巻第3号(第180号、特集「埋蔵文化財保護と不動産開発」)』

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都道府県 : 愛媛県
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キーワード : 文化財保護法 埋蔵文化財行政 周知の埋蔵文化財包蔵地 任意性 予見可能性
データ権利者 : 楠 寛輝
総覧登録日 : 2024-03-22
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