史料から見た草戸千軒
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木村 信幸 ( KIMURA NOBUYUKI )
 草戸千軒の古地名について記されたと考えられる史料から,草津→草井地・草出→草土→草戸と地名が変遷したと言われてきた。本稿で改めてそれら史料を検討したところ,草戸千軒の町の空間構成を次のとおり明らかにした。
 芦田川河口の右岸に,西側に山並みを有し,北から東・南へかけての川や海に向けて草の生い茂った「クサイツ」というところが存在した。「クサイツ」の山際の微高地辺りを開墾して田畑や平地を造り出していき,そこを「くさと」と呼んだ。「クサイツ」の北から東・南にかけての川や海からは内部へ向けて水路が整備され,その所々には港が造られ,「つ」と呼び「くさつ」と略した。「クサイツ」には市も立ち,「くさいち」と呼び,所々の「くさつ」をつなぎ,「くさと」と接していた。
木村 信幸 2020「史料から見た草戸千軒」 『広島県立歴史博物館研究紀要』 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/15294
NAID :
都道府県 : 広島県
時代 鎌倉 南北朝 室町 戦国
文化財種別 史跡
史跡・遺跡種別 集落 交通
遺物(材質分類)
学問種別 文献史学
テーマ 文化系統
他の電子リソース :
総覧登録日 : 2021-07-01
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この論文は下の刊行物の 17 - 30 ページ に掲載されています。

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