古代の水滴に関する一試論
丸杉 俊一郎
硯で墨を磨るためには、水を蓄え少量の滴を落とす水滴が不可欠である。しかし、文書作成行為において水滴は重要な役割をもつにもかかわらず、形態など考古資料から触れる機会はすくなかったといえる。本稿では、その機能が論じられることが多い須恵器・平瓶の諸属性を分析し、水滴の史的意義について検討した。その結果、頸部が短く体部に稜線を有し頂部に把手を付す小型の平瓶は、古代東海道西部では遠江国西部の官衙遺跡から主に出土している。また、この小型の平瓶が出土した遺跡では獣脚硯・無脚硯などの特殊硯や硯面の低い定形硯を保有しており、圏足円面硯を主体に陶硯が構成される遺跡では小型の平瓶は出土しないことを指摘した。これらの様相から、8 世紀の官衙における本格的な文書作成に伴い小型の平瓶は水滴としての機能を確立させ、文書行政における権威を象徴する行為の主要な器種であったと評価した。