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小屋館城跡・忍館城跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/70402
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.70402
引用表記 宮城県教育委員会 2020 『宮城県文化財調査報告書253:小屋館城跡・忍館城跡』宮城県教育委員会
宮城県教育委員会 2020 『小屋館城跡・忍館城跡』宮城県文化財調査報告書253
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書名 小屋館城跡・忍館城跡
書名かな こやだてじょうあと・しのぶだてじょうあと
副書名 三陸沿岸道路 気仙沼道路建設関連遺跡調査報告書
巻次
シリーズ名 宮城県文化財調査報告書
シリーズ番号 253
編著者名
編集機関
宮城県教育委員会
発行機関
宮城県教育委員会
発行年月日 20200316
作成機関ID 041017
郵便番号 980-8423
電話番号 022-211-3684
住所 宮城県仙台市青葉区本町三丁目8-1
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収遺跡
遺跡名 小屋館城跡
遺跡名かな こやだてじょうあと
本内順位 1
遺跡所在地 宮城県気仙沼市松崎中瀬
所在地ふりがな みやぎけんけせんぬましまつざきなかせ
市町村コード 04205
遺跡番号 59049
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 385226
東経(世界測地系)度分秒 1413453
調査期間
20141117-20141119
20150623
20160704-20161202
20170605-20170831
20180423-20180731
20190603-20190605
調査面積(㎡)
5216
調査原因 三陸沿岸道路建設事業
遺跡概要
種別
集落
城館
時代
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
平場
堀跡
溝跡
集石遺構
整地層
掘立柱建物跡
近世墓
主な遺物
陶器
石臼
人骨
柄鏡
銭貨
煙管
刀子
特記事項 館跡北縁で二重の長大な堀跡を検出。
集石遺構より人骨が出土。
遺跡名 忍館城跡
遺跡名かな しのぶだてじょうあと
本内順位 2
遺跡所在地 宮城県気仙沼市浪板・大峠山
所在地ふりがな みやぎけんけせんぬましなみいた・おおとうげやま
市町村コード 04205
遺跡番号 59082
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 385453
東経(世界測地系)度分秒 1413527
調査期間
20170302-20170303
20170828-20181221
20190806-20190807
調査面積(㎡)
2728
調査原因 三陸沿岸道路建設事業
遺跡概要
種別
城館
時代
中世(細分不明)
主な遺構
平場
土塁跡
塀跡
主な遺物
砥石
炭化米
特記事項 館跡北東隅で平場、土塁跡、塀跡を検出。
要約  小屋館城跡は、気仙沼湾と大島を東に望む丘陵の先端に立地する。館跡に伴う遺構として、平場1ヶ所、切岸1ヶ所、堀跡2条、整地層2ヶ所、溝跡1条、集石遺構1ヶ所を検出した。また、その他の遺構として掘立柱建物跡9棟、柱列跡2条、地下室状遺構1基、近世墓10 基などを検出した。堀跡は、自然地形を活かしてつくられた館跡北縁の丘陵を断ち切る長大なものである。また、集石遺構から人骨が出土しており、15 世紀後葉から17 世紀前葉の年代がAMS 分析によって示されている。集石遺構が堀跡の埋没過程で構築されていることから、館跡の機能した年代は、おおよそ15 世紀~ 16 世紀前後と推定される。
 忍館城跡は、気仙沼湾の最奥、鹿折川河口左岸の丘陵上に立地する。館跡に伴う遺構として、平場1ヶ所、土塁跡1条、堀跡3条を検出した。これらの遺構は、館跡東端部に位置し、過去の分布調査等の成果から、搦手の防御施設であり、堀跡が通路であったと推定される。堀跡の底面付近から炭化米が出土しており、AMS 分析の結果、16 世紀前葉から17 世紀前半の年代が示されたことから、館跡はおおむね16 世紀代には機能していたものと推定される。
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