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神道遺跡(第14次)・庄島侍屋敷遺跡(第7次)・筑後国府跡(第167・250・251次)

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/57940
引用表記 久留米市市民文化部文化財保護課 2013 『久留米市文化財調査報告書335:神道遺跡(第14次)・庄島侍屋敷遺跡(第7次)・筑後国府跡(第167・250・251次)』久留米市教育委員会
久留米市市民文化部文化財保護課 2013 『神道遺跡(第14次)・庄島侍屋敷遺跡(第7次)・筑後国府跡(第167・250・251次)』久留米市文化財調査報告書335
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書名 神道遺跡(第14次)・庄島侍屋敷遺跡(第7次)・筑後国府跡(第167・250・251次)
発行(管理)機関 久留米市 - 福岡県
有償頒布・配布ページ https://www.city.kurume.fukuoka.jp
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな しんどう いせき (だい14じ)・しょうじま さむらい やしき いせき (だい7じ)・ちくご こくふ あと (だい167・250・251じ)
副書名 久留米市埋蔵文化財調査集報 ; 14
巻次
シリーズ名 久留米市文化財調査報告書
シリーズ番号 335
編著者名
編集機関
久留米市市民文化部文化財保護課
発行機関
久留米市教育委員会
発行年月日 20130331
作成機関ID 40203
郵便番号 8308520
電話番号 0942309225
住所 福岡県久留米市城南町15-3
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 神道遺跡 第14次
遺跡名かな しんどういせき
本内順位 1
遺跡所在地 久留米市御井旗崎一丁目
所在地ふりがな ふくおかけんくるめしみいはたさきいっちょうめ
市町村コード 40203
遺跡番号 30278
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331853
東経(世界測地系)度分秒 1303309
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.314722 130.5525
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19920618-19920710
調査面積(㎡)
200
調査原因 記録保存調査
遺跡概要
種別
集落
時代
奈良
主な遺構
溝 2条
竪穴建物 1棟
主な遺物
須恵器
土師器
特記事項
種別
集落
時代
平安
主な遺構
土坑 2基
主な遺物
須恵器
土師器
特記事項
種別
集落
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝 2条
主な遺物
近世陶磁器
特記事項 7世紀後半~11世紀の集落跡を確認。
遺跡名 庄島侍屋敷遺跡 第7次
遺跡名かな しょうじまさむらいやしきいせき
本内順位 2
遺跡所在地 久留米市荘島町11-1外
所在地ふりがな くるめししょうじままち11-1ほか
市町村コード 40203
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331853
東経(世界測地系)度分秒 1303017
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.314722 130.504722
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20100204-20100312
調査面積(㎡)
483
調査原因 記録保存調査
遺跡概要
種別
集落
時代
奈良
主な遺構
土坑 1基
主な遺物
土師器
須恵器
特記事項
種別
集落
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝 1条
道路跡 1条
土坑 17基
埋甕 1基
主な遺物
陶磁器
土師器
瓦質土器
銅製品
特記事項 江戸時代の武家屋敷跡の調査。
遺跡名 筑後国府跡 第167次
遺跡名かな ちくごこくふあと
本内順位 3
遺跡所在地 久留米市朝妻町1447-1
所在地ふりがな くるめしあさづままち1447-1
市町村コード 40203
遺跡番号 30112
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331848
東経(世界測地系)度分秒 1303242
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.313333 130.545
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19991129-19991210
調査面積(㎡)
154
調査原因 記録保存調査
遺跡概要
種別
官衙
時代
平安
主な遺構
ピット
主な遺物
土師器
土製品
特記事項 9世紀~11世紀代のピット50基余りを確認。
遺跡名 筑後国府跡 第250次
遺跡名かな ちくごこくふあと
本内順位 4
遺跡所在地 久留米市合川町407-1外
所在地ふりがな くるめしあいかわまち407-1ほか
市町村コード 40203
遺跡番号 030112
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331854
東経(世界測地系)度分秒 1303222
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.315 130.539444
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20120409-20120418
調査面積(㎡)
61
調査原因 記録保存調査
遺跡概要
種別
官衙
時代
奈良
主な遺構
柵列 1条
主な遺物
土師器
須恵器
特記事項
種別
集落
時代
室町
主な遺構
溝 2条
土坑 3基
主な遺物
土師器
天目
土錘
砥石
特記事項 真北を計画方位とした柵列と中世の方形居館に付随すると考えられる遺構群を検出。
遺跡名 筑後国府跡 第251次
遺跡名かな ちくごこくふあと
本内順位 5
遺跡所在地 久留米市合川町1226-1
所在地ふりがな くるめしあいかわまち1266-1
市町村コード 40203
遺跡番号 030112
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331845
東経(世界測地系)度分秒 1303220
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.3125 130.538888
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20120409-20120413
調査面積(㎡)
88
調査原因 記録保存調査
遺跡概要
種別
官衙
時代
奈良
主な遺構
溝 1条
ピット
主な遺物
土師器
須恵器
特記事項 9世紀代の区画溝の一部を検出。
要約 (神道遺跡 第7次)
調査地は高良山から北西へ派生する、標高14~15mの低位段丘上に立地する。遺構の時期は8世紀半ば~後半と、11世紀代の2時期に大別される。前者は中谷川を隔てて西方に位置するヘボノ木遺跡の官衙群と密接な関係を有するものと推察され、当遺跡もこうした官衙の一角を占めるものと考えられる。
(庄島侍屋敷遺跡 第7次)
調査地は、久留米城下の南方に設けられた庄島侍屋敷の南西に位置する。旧体育館の基礎等による撹乱が著しく、江戸期の遺構は溝や土坑が検出されたのみであるが、城下町形成期における町並み復元のための貴重な情報が得られた。また周辺域では希少な奈良時代の遺物も少なからず出土している。
(筑後国府跡 第167次)
調査地は、筑後国府Ⅲ期政庁の北西に位置する。調査区の西側を南北に走行する道路遺構の東側溝の検出を目的として調査であったが、検出遺構はピット50基余りのみであった。このことから、周辺域では小規模な掘立柱建物やピット群が散在する状況であったことが窺え、主に9~11世紀のみ、土地利用がなされていたことが判明した貴重な成果が得られた。
(筑後国府跡 第250次)
調査地は、筑後国府Ⅱ期政庁に付随する国司館の北東160mに位置し、南方50mには国府域を直線的に敷設された官道が東西に走行する。8世紀末に位置付けられる柵列SA1は、真北を計画方位とし、第218次調査で検出した掘立柱建物と共に官衙群を形成するものと考えられる。また14世紀代の溝や土坑は、現在も西側に残る「立石土塁」と呼ばれる方1町を有したとされる方形居館に関連した遺構群と考えられる。
(筑後国府跡 第251次)
調査地は、筑後国府Ⅰ期政庁の南東200mの葉山地区に位置し、南方4kmに位置する筑後国分寺から北進して国府域に到達する古代官道の西に隣接する。葉山は「駿馬(はゆま)」が転訛したとの説もあり、古代の三井駅が付近に存在した可能性もある。検出された溝は9世紀代の所産で、官道に沿った街区を形成した区画溝の一部とも考えられる。

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