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敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/22321
DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.22321
引用表記 鹿児島県立埋蔵文化財センター 2018 『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書194:敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡』鹿児島県立埋蔵文化財センター
鹿児島県立埋蔵文化財センター 2018 『敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡』鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書194
ファイル
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書名 敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡
書名かな しきねかやくせいぞうしょあと・ねじめはらだいばあと・くじはくとうこうじょうあと
副書名 「かごしま近代化遺産調査事業」に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 -幕末~明治初期における「旧薩摩藩の近代化遺産」
巻次
シリーズ名 鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書
シリーズ番号 194
編著者名
編集機関
鹿児島県立埋蔵文化財センター
発行機関
鹿児島県立埋蔵文化財センター
発行年月日 20180300
作成機関ID
郵便番号 8994318
電話番号 0995485811
住所 鹿児島県霧島市国分上野原縄文の森2番1号
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
備考
所収遺跡
遺跡名 敷根火薬製造所跡
遺跡名かな しきねかやくせいぞうしょあと
本内順位
遺跡所在地 鹿児島県霧島市敷根
所在地ふりがな かごしまけん きりしまし しきね
市町村コード 46218
遺跡番号 218-80
北緯(日本測地系) 304155
東経(日本測地系) 1304823
北緯(世界測地系)
東経(世界測地系)
調査期間
20150803-20160728
調査面積
174
調査原因 保存目的調査
遺跡概要
種別
その他の生産遺跡
時代
近世(細分不明)
主な遺構
導水路
石垣
礎石
主な遺物
陶磁器
石臼
特記事項
遺跡名 根占原台場跡
遺跡名かな ねじめはらだい ば あと
本内順位
遺跡所在地 鹿児島県南大隅町根占辺田
所在地ふりがな かごしまけん みなみおおすみちょう ねじめへた
市町村コード 46491
遺跡番号 491-67
北緯(日本測地系) 311026
東経(日本測地系) 1304546
北緯(世界測地系)
東経(世界測地系)
調査期間
20151005-20151028
調査面積
42
調査原因 保存目的調査
遺跡概要
種別
その他
時代
近世(細分不明)
主な遺構
土塁
石垣
礎石
砲座
石列
主な遺物
陶器
特記事項
遺跡名 久慈白糖工場跡
遺跡名かな くじはくとうこうじょうあと
本内順位
遺跡所在地 鹿児島県大島郡瀬戸内町久慈
所在地ふりがな かごしまけん おおしまぐん せとうちちょう くじ
市町村コード 46525
遺跡番号 525-53
北緯(日本測地系) 281343
東経(日本測地系) 1291503
北緯(世界測地系)
東経(世界測地系)
調査期間
20161003-20170627
調査面積
185
調査原因 保存目的調査
遺跡概要
種別
その他の生産遺跡
時代
近世(細分不明)
主な遺構
煉瓦造遺構
主な遺物
陶磁器
耐火煉瓦
普通煉瓦
特記事項
要約 【敷根火薬製造所跡】
 敷根火薬製造所は,文久3(1863)年に薩摩藩火薬製造の本局である滝ノ上火薬製造所の分局として建設された火薬製造所である。水車動力を用いて火薬が製造されており,文献史料上では日本で初めて洋式水車(縦軸水車)が設置されたとされている。今回の発掘調査で,洋式水車の痕跡は確認できなかったが,今まで把握されていなかった新た
な導水路が発見された。また,西南戦争の際に焼き払われたとされる記録どおり,焼けた瓦も多数出土した。

【根占原台場跡】
 根占原台場は,弘化4(1847)年に築かれた台場で,薩摩藩の中でも初期に築かれた台場の一つである。薩摩藩の台場では,薩英戦争の前後に新型の砲架が採用されるが,本遺跡では採用されなかったため旧式の形状を留めた台場である。今回の発掘調査では,砲座や石列,礎石など広く残存していることが確認された。また,現存する石垣及び土
塁の構造も把握することができた。

【久慈白糖工場跡】
 久慈白糖工場は,慶応年間(1865~1867)年に,奄美大島に建設された4か所の工場の内の一つである。文献史料上では,後に銀座煉瓦街などを設計したウォートルスが設計したとされている。今回の発掘調査で,3基の煉瓦造遺構をはじめ,工場の痕跡を確認することができた。また,工場に用いられたとされる普通煉瓦や耐火煉瓦が多数出土した。日本における煉瓦導入期の様相を把握するうえで,重要な発見となった。
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