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小鹿杉本堀合坪遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/21631
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.21631
引用表記 静岡県埋蔵文化財センター 2014 『静岡県埋蔵文化財センター調査報告41:小鹿杉本堀合坪遺跡』静岡県埋蔵文化財センター
静岡県埋蔵文化財センター 2014 『小鹿杉本堀合坪遺跡』静岡県埋蔵文化財センター調査報告41
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書名 小鹿杉本堀合坪遺跡
発行(管理)機関 静岡県埋蔵文化財センター - 静岡県
書名かな おしかすぎもとほりあいつぼいせき
副書名 平成24年度静岡県立大学新看護学部棟建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
巻次 4
シリーズ名 静岡県埋蔵文化財センター調査報告
シリーズ番号 41
編著者名
編集機関
静岡県埋蔵文化財センター
発行機関
静岡県埋蔵文化財センター
発行年月日 20140228
作成機関ID 22000
郵便番号 4228002
電話番号 0542624261
住所 静岡県静岡市駿河区谷田23番20号
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 小鹿杉本堀合坪遺跡
遺跡名かな おしかすぎもとほりあいつぼいせき
本内順位
遺跡所在地 静岡県静岡市駿河区小鹿2丁目2-1
所在地ふりがな しずおかけんしずおかしするがくおしか2ちょうめ2-1
市町村コード 22102
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 345827
東経(世界測地系)度分秒 1382501
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.974166 138.416944
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20120730-20130202
調査面積(㎡)
1473
調査原因 大学校舎建設
遺跡概要
種別
田畑
時代
弥生
古墳
古代(細分不明)
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
畦畔状遺構
土坑
溝状遺構
主な遺物
須恵器
土師器
土師質土器
灰釉陶器
山茶碗
近世国産陶磁器
中国産青磁
木製品
漆製品
金属製品
銭貨
自然遺物
特記事項 種別:水田
要約  第3面の黒色泥炭層は弥生時代~古墳時代前期の包含層と考えられるが、そこから、板状及び棒状の木製品が出土した。第2面では須恵器の破片が出土しているが、時期は古墳後期~古代でやや不明確である。第2面で検出された遺構は、平安時代以降と想定される水田関係の遺構が主であり、畦畔状遺構及び多数の溝状遺構のほかに、土坑が検出された。土坑は溝状遺構を切って構築されており、先後関係が認められる。畦畔状遺構及び溝状遺構の主軸方向は、静清平野の広域表層条里とほぼ一致し、条里制に基づく水田面と思われる。第1面は近世以降と考えられる水田面であり、一体となった畦畔状遺構と溝状遺構が検出され、広域表層条里の坪界線とほぼ一致する。第1面の遺構は杭列が伴っていた可能性もある。調査区は全面にわたって、旧静岡薬科大学時代の建物基礎と思われる攪乱により破壊されている部分が多く、遺跡の保存状態は悪かった。この攪乱ないし盛土中より、旧日本陸軍の砲弾の薬莢が出土した。その刻印により、東京第一陸軍造幣廠(現東京都北区に所在)で1943(昭和18)年に製造された37mm砲弾のものと考えられる。本遺跡隣接地(または本遺跡を含む地区)に所在した、旧三菱重工業静岡発動機製作所が、1945年に米軍の空襲を受けて大きな被害を受けた際、その瓦礫が今回の調査地点に運び込まれ、その中に含まれていた可能性を想定した。

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