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平岡遺跡発掘調査報告

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/14568
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.14568
引用表記 財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所 2015 『富山県文化振興財団埋蔵文化財発掘調査報告65:平岡遺跡発掘調査報告1』財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所
財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所 2015 『平岡遺跡発掘調査報告1』富山県文化振興財団埋蔵文化財発掘調査報告65
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書名 平岡遺跡発掘調査報告
発行(管理)機関 (公財)富山県文化振興財団埋蔵文化財調査課 - 富山県
書名かな ひらおかいせきはっくつちょうさほうこく
副書名 主要地方道小杉婦中線道路改良事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告
巻次 1
シリーズ名 富山県文化振興財団埋蔵文化財発掘調査報告
シリーズ番号 65
編著者名
編集機関
財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所
発行機関
財団法人富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所
発行年月日 20150313
作成機関ID
郵便番号 9300887
電話番号 0764424229
住所 富山県富山市五福4384-1
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 平岡遺跡
遺跡名かな ひらおかいせき
本内順位
遺跡所在地 富山県富山市池田
所在地ふりがな とやまけんとやましいけだ
市町村コード 16201
遺跡番号 524
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 363959
東経(世界測地系)度分秒 1370739
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.666388 137.1275
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20120626-20121121
調査面積(㎡)
2610
調査原因 主要地方道小杉婦中線道路改良事業に伴う事前調査
遺跡概要
種別
集落
時代
縄文
古代(細分不明)
主な遺構
縄文-竪穴建物
掘立柱建物
土坑墓
埋設土器
土坑
主な遺物
縄文-縄文土器
土製品
石製品
植物遺存体
特記事項 縄文-縄文時代前期後葉の環状集落
種別
時代
主な遺構
古代-竪穴建物
土坑
主な遺物
古代-土師器
須恵器
土製品
特記事項 古代-8~9世紀代の竪穴建物(カマド部分)を確認
要約  平岡遺跡は,富山県のほぼ中央部に連なる呉羽丘陵南部の段丘上に位置している。古くから縄文時代の遺物散布地として知られてきたが,今回が平岡遺跡における初めての発掘調査にあたる。平成24年度に主要地方道小杉婦中線道路改良事業に伴い,幅約18m,長さ約120mにわたり調査を実施した。調査の結果,縄文時代前期後葉に営まれた集落を検出した。中央部に墓域,その外側に掘立柱建物,さらに外側に竪穴建物からなる居住域を配した環状集落の一角であると考えられる。
 出土遺物は,縄文時代前期後葉~末葉を主体としており,集落はこの時期にあたる。この他,縄文時代では晩期とみられる土器が数点あるが混入の域を出ず,複数の時期が混じらない傾向にある。その後,弥生~古墳の遺物はなく,古代(8~9C)を主体とする遺物が少量あり,上層遺構として竪穴建物・溝・土坑を検出しているが,集落縁辺にあたるとみられる。その後,中世~近世は遺物の出土もない。包含層は薄く,出土遺物の多くは摩耗していることから,繰り返し畑作等で土地利用が成されてきたとみられる。
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