史跡復元BIMとARバーチャル看板
H-BIM&AR-VirtualBillboard
奈良文化財研究所
- 奈良県
そしてBIMでは点群をインポートする事ができるが,点群と一言で言っても多種多用であり使い分けが必要であるが,では身近なところでどういった機種があり違いがあるのかを簡単ではあるが紹介している.
ARバーチャル看板については,難しく思われがちなXR技術であるが,実は既に持ち合わせているソフトを使い,XRプラットフォームを使う事で簡単に解説板をARで表示させる事ができる.その手法(手順)を解説している.
史跡復元BIMについて
史跡に建っていたであろう建物の復元や,現存する歴史的建造物の図面化にBIMを活用する利点や効果は絶大である.
何故なら,従来は図面と3次元データや素材,そして発掘された場所を示した資料等が語弊があるかもしれないがバラバラに記載されてきた.
私が述べるバラバラとは,紙資料であるが故に情報を1ヶ所に集約する事が物理的に困難であり,例えば瓦1つにしても,写真からはどこにあったものなのか直感的にわかる訳ではなく,写真と他記載資料と図面を照らし合わせてやっとわかる.
紙資料というのは,画面で見る情報よりも解像度が高く,また考えが深まりやすかったり理解が進むという見解もあるが,効率的に情報を掴む事を難しいデメリットがあった.
デジタルツールでそのデメリットを減らす事ができないか考えると,BIMが最適ではないかと考えている.BIMとは,建設業界で普及が進んでおり,図面作成時に使うソフトのCADが進化したオブジェクト指向の入力が可能で更にオブジェクトに情報を持たせる事ができるソフトをBIMと呼ぶ.
このツールに出会った際に私が感じた事は,このソフトは新築や改修といった現代の工事の為に作られたソフトであるが,文化財に最適であり文化財こそ使うべきソフトだと思った.
BIMの利点
BIMの利点の1つは図面の整合性である.オブジェクト指向で入力するので,平面図・立面図・断面図が不整合を起こす事が無い.従来の2次元図であっても間違いなく書かれている図面も多くあるが,細かな所で不整合を起こしている物も多く,寸法の数字だけを修正して他は変更しておらず平立断で不整合が起こっていたり,中には大幅な不整合をおこしている場合もあった.
2つ⽬の利点は,3次元から2次元を切り出して図⾯化しているので,図⾯と3次元CGに整合性がある事だ.従来,CG復元をする場合,図⾯を基に3次元化をおこなってきた.この⼿法の場合,図⾯の不整合による影響や,3次元化した際に2次元図の不整合の発覚や図化されていない部分の3次元化があるなど,2次元とは別物になる事が起こりえた.また,3次元化の担当者の多くが歴史的建造物等に詳しい訳では無く,結果的に間違った3次元モデルになっている事もあった.
3つ目の利点は,最大と言っても良い利点であるが,オブジェクトに情報を保存できるので,選択すれば柱なのか梁なのか,その部材の太さや長さ,品種や名称,発掘されたものなのかどうか等の情報をプロパティで確認する事ができる.もちろん,検索して探す事もできる.
4つ目の利点は,設計用ソフトであるから修正が他CGソフトよりも容易にできる部分が多くあり,またモデルを修正すると図面にも反映される為,リンクしている情報は一括で修正されるので更新時の負担が減る.
5つ目の利点は,10年前のデータも現在の所は開く事ができている.
6つ目の利点は,BIM化すると3次元データがあるので,イメージ図や動画,最近ではVR等のバーチャルコンテンツ化も同データでする事ができる(図1).

図1_BIMの特性
7つ⽬の利点は,図⾯化・三次元化の⽤途だけではなく,同データを使って史跡の維持管理にも使う事ができる.その場合,委託が必要な場合が多いが,現場はタブレット端末でビューワーアプリで確認し,修正指⽰はアプリから修正箇所のリンクをメールで送って指⽰を出す事ができる.受信者はリンクをクリックすれば,指⽰箇所へ的確に誘導されるので効率的な業遂⾏に期待できる.
ここまでは,標準的なBIM手法であるが,他にもある.3Dスキャンデータと情報を紐付けし管理する事もできる.例えば保存工事の際に,現況→施工の情報を繋げて確認できたり,工事後の災害補修や次回工事といった将来にも繋げていける.
H-BIMは従来の図面や資料を1つに集約した総合資料データの構築を実現する.
図2は,図面表記の種類であるが,従来であれば漢字・ひらがな・英語と対応するには相当に手間が必要であった.だがBIMであれば,部材のプロパティ入力時に漢字・ひらがな・英語(他,必要に応じて多言語対応可能)を入力しておけば,図面の体裁を漢字で整えた後に,容易にひらがなや英語等の表記に変えられる.

図2_H-BIM表記例
そうした情報を確認するのに,例えば漢字が難しく読めない場合にひらがなの図⾯を確かめる必要があるかというとそうではない.ビューワーで閲覧している場合であれば図3のように3Dビューで部材を選択してプロパティを表⽰すれば選択部材の全ての情報が表⽰される.その為,必要な情報を探す⼿間を軽減できるのである.

図3_H-BIMプロパティ例
利点と隣り合わせに必要なデータ構築と予算感がある.入力ボリュームは予算に合わせれば良い.
3Dスキャンについても様々な手法があり,一言で3Dスキャンと言っても特徴や必要な予算も変わってくる.
モバイルスキャン協会で検証した内容を紹介する.
2023年5月に,山梨県南アルプス市にある重要文化財安藤家住宅で,モバイルスキャン・ハンディ型スキャナー・据置き型スキャナー・フォトグラメトリーを使ってどのような違いがあるかを検証した.
使った機材は、iPhone14Pro・BLK2GO・BLK360・一眼レフカメラの4種類である.
図4がiPhone14Proでスキャンした点群である.見ての通り点密度が少なく大枠はわかるが細かなディテールはわかり辛い.

図4_モバイルスキャン点群
図5がBLK2GOでスキャンした点群である.かなり鮮明になり,襖の引手もわかるようになった.

図5_BLK2GO点群
図6がBLK360でスキャンした点群である.写真と見違える程に鮮明になり奥の五月人形の顔までわかるようになった.

図6_BLK360点群
図7がフォトグラメトリーの点群である.粗々しい点群だが,畳は1番ハッキリとわかるデータとなっている.

図7_フォトグラメトリー点群
そして,一番特徴が出ているのが茶釜である.図8が比較画像で左からモバイルスキャン・BLK2GO・BLK360・フォトグラメトリーとあるが,モバイルスキャンは何となく丸い何かがあるのがわかる程度だが何かまではわからない.次にBLK2GOは荒々しいながらも茶釜か?とわかる.次にBLK360は,鮮明ながらも据置きが故に裏側がスキャンできておらず物に対して抜けがある状態だ.次にフォトグラメトリーは,一番鮮明に表現できており,裏側も合わせて全ての角度で再現できている.

図8_各種点群比較
次に,モバイルスキャンは⼤枠しかわからないと先で述べたがそうとも限らない.何故ならば点群だけでなくメッシュも⽣成する事ができるからである.茶釜の比較では点群では丸い何かがある程度にしかわからなかったがメッシュであればどうか.図9がモバイルスキャンのメッシュデータであるが茶釜の他,畳や奥の⼈形もちゃんとわかる.

図9_モバイルスキャンメッシュ
図10は,BLK2GOでスキャンした敷地も含めたスキャンデータである.BLK2GOのようなハンディ型スキャナーであれば,広範囲をスキャンする事が得意で,また⽞関の吹き抜けを⾒てもわかる通り,動きながらスキャンできるので梁や⼩屋束といった部材まで形の取得ができている.据置き型でここまでスキャンするのはかなり⼤変になる.

図10_BLK2GO点群_全景
このように,ツールによって得⼿不得⼿があり,またエクスポート形式によって得られる情報もかわってくる.そしてデータによって操作性にも影響があるので注意が必要だ.
予算感については,この中で⼀番⼿軽に始められるのがモバイルスキャンだと考える.何故ならば,機材は現在20万円前後で購⼊が可能であり,アプリは無料のものでも⼗分であるからだ.検証時に使ったアプリもScaniverseという無料アプリを使った.
次にフォトグラメトリーだ.カメラに松⽵梅はあるが,安い物だと10万円前後から始められる.だが⾼性能なパソコンや専⽤ソフトが必要であったり,使⽤者の属性によって価格が違ったりするので⼀概に1番⼿軽とまではいかない為2番⼿とした.
BLKについては,2GOよりも360の⽅が本体価格は安い.だが,スキャン⼿法及び時間が全くの別物になるので,スキャン範囲や必要な精度といった様々な要求事項によって変動する.
ARバーチャル看板について
史跡メタバースを手始めとしてオススメするのがバーチャル看板だ.バーチャル看板はARで表示させる案内板等をいう.博物館や史跡等に設置される説明板の多くは日本語のみであり多言語に対応していない場合が多い.また,日本語も漢字が使われており,読みかなが振ってない場合も多い.
こうした事が起こっている要因の1つが見やすさ読みやすさを優先していたり物理的な場所の限界がある.
バーチャル看板は,説明板をAR技術を使って仮想で表示させる事で物理的な場所の制約を無くす事ができる.また,従来法では不可能だった博物館等の展示物への注釈説明や類似物の3Dモデルを表示させるなど様々に応用すれば現実をバージョンアップさせる事も可能だ.
看板画像の作り方
バーチャル看板に必要なのは看板の体裁をした画像だ.必ずしもデザインソフトが必要になる訳ではない.例えばPowerPointでも作る事ができる.
PowerPointで画像を作る手順は図11~図19を参考にしてほしい.注意点は,画像の名前は半角英数字にする事.そして画像の最大値は2048px×2048px以下とする事だ.

図11_看板画像1

図12_看板画像2

図13_看板画像3

図14_看板画像4

図15_看板画像5

図16_看板画像6

図17_看板画像7

図18_看板画像8

図19_看板画像9
ARバーチャル看板の作り方
STYLYというサービスを使ったバーチャル看板の作り方を紹介する.STYLYは現在の所,公開ワールドであれば無料で使う事ができる.また対応端末はARKitまたはARCoreに対応している市販端末に対応しており,一般に広く普及している端末で体験が可能である.
STYLYは,STYLYのウェブサイト上にあるSTYLY Studioで簡単に構築する事ができる.高度なギミック等はUnity(ゲームエンジンソフト)を使う必要があるが,単純にバーチャル看板を表示させるだけであればSTYLY Studioで十分構築可能である.
まずはじめに,STYLY公式サイトでアカウントを取得する.取得したら,「+新規シーン」をクリックする.次のページでも「+新規シーン」をクリックする.
シーンタイトルを⼊⼒(半⾓英数字)し,テンプレートは「ARシーン」を選択する.「⾼度なXR体験をつくる」は今回は使⽤しない.では,「シーンを作成」をクリックする.
編集画面になったら,左上にある「+Asset」をクリックする.次の画面で「My uploads」をクリックする.次の画面で「Image」をクリックする.次の画面で「Select...」をクリックし,先程作った看板画像を選択し「Upload」をクリックする.
次の画面では,アップロードした画像の特性に合わせて選択する.例えばスクエア画像であれば「Square Screen」を.オリジナルアスペクト比であれば「Original Aspect Screen」を選択する.クリックしたら編集画面に戻り,画像が配置されている.
次に,配置された画像を表示したい位置に移動する.例えば高さを変えたい場合は,左の一覧に表示されているアップしたScreenを選択し,画像を見るとXYZの矢印及び下段にX:0,Y:0,Z:0と表示されているのでYの数字を1にすると画像の中心位置が1m上に移動する.
回転は,右側の上からXY・Persp・global・move・reset positionとあるので「move」をクリックすると「rotate」に変化するので,rotateの状態になると選択オブジェクトを回転させられる.rotateの次はscaleなので大きさも変えられる.
後は,任意にアップロードや配置を調整していく.構築が出来たら左項目の右上にある「Publish」をクリックする.次の画面でタイトル(変更があれば変更する)・説明・タグを入力し,OKをクリックすると公開される.
この手順でバーチャル看板は作る事ができる.
また,配置を現地に合わせる必要がある場合は,地図や図面の画像をアップロードし実寸大になるように調整するとアタリにできる.
STYLYのAR表⽰にはEnable AR Occlusion機能がある(図20).この機能は,CGと現実の前後関係を認識し,CGより⼿前にある現実の物がある場合にその形をCGからくり抜いて,CGが奥にある事がわかるように表⽰してくれる機能だ.この機能も必要に応じて使い分けると便利である.

図20_AR看板オクルージョン例
まとめ
H-BIMとARバーチャル看板の手法について解説したが,根本は省力化と持続性である.現在の日本は少子高齢化で,2024年の出生数は72万人と想定よりも速く少子化が進んでいる.二昔前の人口が増加していた頃の当たり前はもう通用しなくなってきている.
省力化できる事を進める事で,持続性も生まれる.その際に注意したい点は,コストに関しても同じで不必要なコストをかける必要はない.
この10年くらいはXR事業にかかる予算は3桁後半から4桁使われる事が多かった為,XR事業=高額というイメージが付き導入が避けられる傾向にあるが,実はそうではなく良いサービスが増えてきており内製化でXRコンテンツを作る事も実現できる時代になった.
内製化と言われると拒否反応がでる人もいるかもしれないが,ARバーチャル看板の作り方を見てもらったらわかる通り,今あるツールでも作れる場合がある.PowerPointを使えない人はほとんどいないのではないか.STYLY Studioは初めて触る方が多いと思われるが,こちらも難しくはなく,慣れれば5分から10分で新規ワールドを公開する事も可能である.
ARバーチャル看板やモバイルスキャンを活用して,地域学習等で児童や学生にも取り入れてもらいたいと考えている.
10年後の日本の文化がより豊かに残るよう,今後もこうした手軽な手法を伝えていけたらと考えている.
