発掘調査現場でのオルソ画像を用いた遺構実測作業-京都府城陽市久津川車塚古墳の事例-
Measuring Archaeological Remains Using Orthophotos at Excavation Sites: A Case Study of the Kutsukawa Kurumazuka Tumulus in Joyo City, Kyoto Prefecture
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.はじめに
2010年代以降、発掘調査現場での写真測量にはAgisoft社のMetashapeなどSfM/MVS処理を行うソフトウェアの導入が進んでいる。
SfM/MVSとは、様々な角度から対象物の写真を撮影し、画像間で共通する特徴点を抽出しカメラ位置を推定する処理(Structure from Motion(略してSfM))と、対象物の密な3D構造を復元する処理(Multi View Stereo(略してMVS))の総称である。近年では写真測量のうちこの技術を「フォトグラメトリ」(直訳すると「写真測量」)と呼ぶこともある。
この技術は発掘調査現場での遺構平面図作成に利用されており、作業工程は大きく以下の三段階の流れになる。
①現場での写真撮影・標定点測量作業
測量する遺構の写真撮影と、標定点測量。撮影する写真の枚数は数十枚〜数百枚(場合によっては数千枚)。
②オルソ画像作成作業
写真と座標データを専用のソフトウェアで読み込み、座標に基づいた遺構の3Dモデルとその3Dモデルからオルソ画像(正射投影画像。真上からの視点で全ての地点を見た画像)を作成する作業。
③トレース作業
線画作成ソフトやCADソフトを用いてオルソ画像から遺構として抽出する線をトレースし、図面を作成する作業。
この作業工程のメリットは、現場での作業が①のみで済むことによる時間の短縮化と、取得できる情報量の最大化にある。調査区の規模にもよるが、100㎡程度のトレンチであれば写真撮影にかかる時間は30分~1時間であろうか。それに対し、取得できる情報量はミリ単位の精度をもつ数千万に及ぶメッシュとその色情報となる。
一方のデメリットは、現場で図化が完結する従来手法とは異なり、②で挙げた屋内での作業の増加が挙げられる。これには、画像データのPCへの転送、標定点座標の入力と画像の特定、3Dモデルの生成処理、オルソ画像の書出し処理などが含まれる。このうち、最も時間を要するのは、3Dモデルの生成処理である。
また③では、②に時間を要することに伴って、オルソ画像を出力しトレース作業に取りかかる段階で既にその遺構面が掘り進められている場合も多々ある。SfM/MVSに限らず、現場作業から図化作業が分断されること自体をデメリットと考える担当者もいるかもしれない。
以上より、現場作業時間の短縮を目的に従来手法から三次元写真測量への切替えを考える場合、②・③の問題から「オルソ画像作成までの時間短縮」と「遺構観察を伴った実測手法の確立」が課題として挙げられる。
本稿では、城陽市にある国指定史跡久津川車塚古墳の発掘調査でのオルソ画像を用いた実測作業がこれら課題を解決する手法と考えており、その取組みについて報告する。
なお本稿では触れていないが、近年普及しているモバイル端末に搭載されたLiDARを活用したアプリであれば、数cm程度の誤差でオルソ画像が作成でき、かつ計測から解析処理に要する時間も大幅に短縮できる。既に実践例もあることから(濵﨑2023)、用途に合わせた技術選択が重要である。
(仲林篤史)
2.久津川車塚古墳発掘調査での三次元写真測量の導入とその背景
(1)古墳の概要と発掘調査成果
久津川車塚古墳の発掘調査での事例を報告するにあたり、古墳の概要と既往の調査成果について紹介する。
①古墳の概要
久津川車塚古墳は、京都府城陽市を中心とする久津川古墳群の中心的な古墳で、古墳時代中期前半に築造された。墳丘長約175m、外濠も含めた全長約272mを測る山城地域最大級の前方後円墳で、ヤマト王権の地域支配を担った大首長の墓として知られる。
三段築成の墳丘や埴輪・葺石、二重の周濠をもち、過去には長持形石棺や多数の副葬品が出土している。昭和54(1979)年に国史跡に指定されている。
②発掘調査成果
城陽市教育委員会では、大阪公立大学及び立命館大学の協力のもと、平成26(2014)年度から令和7(2025)年現在まで、史跡整備へ向けた発掘調査を継続している。
発掘調査では、墳丘の形状や葺石・埴輪列の遺存状況に加え、造り出しや渡り土手など、以下の状況が明らかになった。
【墳丘】
後円部及び前方部では、上段から下段までの斜面に葺石、テラス面では礫敷や埴輪列を検出している。それぞれ段径やテラス幅が異なる構造を確認した。後円部の復元寸法は上段径約66m、中段径約85.5m、下段径約108mなどが判明している。
【外堤】
外堤は墳丘斜面より小ぶりの石材で葺石を施し、周濠底からの高さは後円部西側約3.1m、東側約4.3mを測る。
【造り出し】
西造り出しは前方部下段斜面とくびれ部の間に位置し、南北約31m・東西約13m、高さ約3.1mを測る。上面は、円筒や朝顔形埴輪で囲まれ、南半を埋葬、北半を儀礼の空間と区分する。なお、対称位置にあたる東側での造り出しは確認されなかった。
【渡り土手】
後円部西側では外堤へ至る渡り土手が確認されている。上面長約16.5m、幅約5.4m、そして高さ約0.7mを測る。墳丘築造時の作業通路であると同時に、葬送儀礼にも用いられた可能性がある。
(仲林篤史)

図1 城陽市及び久津川車塚古墳位置図(地理院地図から作成)
(2)三次元写真測量の導入と背景
久津川車塚古墳発掘調査での三次元技術を用いた遺構測量は、調査開始段階の平成27(2015)年度から導入が始まり、後述するオルソ画像を用いた実測手法を採用してきた。当初は、地上レーザ測量や部分的な三次元写真測量を業務委託で実施してきたが、平成29(2017)年度以降は、大阪公立大学(当時は大阪市立大学)がAgisoft社のMetashape(当時はPhotoscan)を用いた作業を行っている。令和4(2022)年度までの調査では、主に大阪公立大学がオルソ画像作成を担当してきたが、それ以降は城陽市教育委員会の担当者が作業を行っている。
このような手法導入の背景には、三次元測量が墳丘斜面に加え、西造り出しや渡り土手で検出した遺存状況の良好な葺石の図化作業に効果的である点などが挙げられる。特に、斜面長3m以上、傾斜角25度前後にもなる墳丘斜面での平面図や立面図の図化作業には、図面の正確性に加え、作業時間の短縮化につながる。
また、久津川車塚古墳は厚い洪水堆積層に覆われているため、墳丘下段の調査ではトレンチが深くなりやすい。そのため、調査区によっては図面作成のためのグリットの設定が難しく、オルソ画像を用いた図化作業が有効である。
(金井千紘)
3.オルソ画像を用いた遺構実測作業
(1)発掘調査の目的とトレンチ設定
令和6(2024)年度の調査では、前方部東側の下段テラスと下段斜面及び東側外堤の状況の確認を目的に、6か所のトレンチを設定した。このうち、4トレンチと6トレンチで実施した三次元写真測量について報告する(図2)。4トレンチでは検出した下段斜面葺石の図化を目的に、6トレンチでは削平を受けた前方部東南隅の状況を立体的に復元することを目的に、それぞれ三次元写真測量を行った。作業に用いた機材は表1のとおりである。

図2 久津川車塚古墳発掘調査トレンチ配置図

表1 使用機材一覧
(2)オルソ画像作成までの所要時間
第1章に挙げた課題のうち、オルソ画像作成までの時間短縮には処理時間が短いCapturing Reality社のRealityCapture 1.3(本稿執筆時点の最新バージョンは1.5)の採用が解決方法と考えた(図3)。
4トレンチでの写真撮影開始からオルソ画像作成完了までの実時間を表2に示した。これはソフトウェアの処理時間ではなく、各段階で作成されたデータ(画像やプロジェクトファイル)のメタデータから算出したものである。参考に、6トレンチの情報も併せて示している。
4トレンチでは、令和6(2024)年9月18日の午前中に写真撮影と標定点測量を行った。午後から現場事務所に設置したノートパソコンを使用し、解析処理を開始した。そして当日の現場終了時間ごろには子午線を組み込んだオルソ画像が完成した。よって翌日の午前中にはプリントアウトしたオルソ画像を用いた現場での実測作業が開始できる状態になった。
6トレンチでは記録写真の撮影後に作業を行っており、現場の工程に合わせた時間短縮も可能である。
(仲林篤史)

図3 RealityCaptureでの処理画面(4トレンチ)

表2 三次元写真測量の所要時間等
(3)オルソ画像を用いた実測作業
久津川車塚古墳発掘調査では、現場での「実測」を前提に、オルソ画像を利用した遺構平面図を作成してきた。ここで言う「実測」とは、プリントアウトしたオルソ画像にマイラー紙を重ね、実物の遺構を観察しながら手描きでトレースを行いつつ、適宜手計りで計測しながら、図面を作成する方法である(写真)。
このトレース作業は単に葺石の上をなぞるのではなく、石の稜線や重なり、前後関係、同じ方向に並ぶ石列など、現場での観察を通じた表現を行うことで、短時間で複雑な遺構に対する実測が可能になる。
また、久津川車塚古墳の調査は大学と連携した学生の多い現場であるが、オルソ画像をベースとした実測を行うことで、学生が遺構の観察や基本的な図面の制作方法を学習しつつも、正確な図面作成につながっている。
(金井千紘)

写真 オルソ画像を用いた実測作業(令和5(2023)年度2トレンチ)
4.おわりに
作業の迅速化につながる三次元技術の導入は、従来手法での図化作業体制が崩壊しつつある現状への対策としても、その必要性が指摘されている(面2024)。今後日本社会が直面する労働力供給制約社会という問題への対応という点からも、三次元技術をはじめとする新たな技術の導入は必要不可欠といえる。
一方で、本稿で挙げた2つの課題は、新たな技術と従来手法との比較に焦点を当て導いたものである。新技術の導入それ自体には、機材の調達、発生するデータの保管や管理そして担当者の技術習得など多くの課題が存在する。また、これらの課題は担当者個人で解決できないものも含まれるため、組織での対応が重要である。
最後に、三次元測量データは図化作業以外でも活用できる。令和6年度久津川車塚古墳発掘調査の現地説明会では、現場管理の問題で既に埋め戻した5トレンチの三次元データを城陽市公式Sketchfabにアップロードし(図4)、現地説明会資料の余白にそのページへアクセスするためのQRコードを印刷した(図5)。Sketchfabとは三次元データの公開共有サイトで、日本でも60程度(令和7年1月。筆者調べ)の地方自治体や博物館などの文化財関連機関が公式アカウントを取得している。これにより現地説明会参加者は自分のスマートフォンで三次元データの閲覧が可能になった。三次元データの活用で現地説明会での情報提供に選択肢が増えることも、導入のメリットの一つである。
(仲林篤史)

図4 Sketchfabに公開した5トレンチの三次元データ

図5 現地説明会資料のQRコード
【引用・参考文献】
面 将道2024「デジタルカメラ写真測量等を使用した発掘現場の遠隔図化支援に関する実証的研究」『京都府埋蔵文化財情報』第147号 公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター
金田明大2019「3 次元技術等によるデジタル技術の導入」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』奈良文化財研究所研究報告21 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
金井千紘・岸本直文2021「(4)調査のまとめ」『城陽市埋蔵文化財調査報告書』第80集 城陽市教育委員会
金井千紘・仲林篤史2024「3.発掘調査の成果(5)調査成果のまとめ」『城陽市埋蔵文化財調査報告書83集』城陽市教育委員会
岸本直文2021 「久津川車塚古墳の調査」『椿井大塚山古墳と久津川古墳群』季刊考古学・別冊34 雄山閣
城陽市教育委員会2023『城陽市埋蔵文化財調査報告書』第81 集 城陽市教育委員会
城陽市教育委員会2024『城陽市埋蔵文化財調査報告書』第83集 城陽市教育委員会
仲林篤史2020「三次元データの公開に伴う著作権等の整理」『奈良文化財研究所研究報告24:デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
濵﨑範子2023「LiDAR 搭載のモバイル端末を活用した三次元計測について」『和歌山県文化財センター研究紀要』創刊号 公益財団法人和歌山県文化財センター
