文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか

三好 清超 ( 飛騨市教育委員会/石棒クラブ )

How Society has Improved with Digital Archives of Cultural Assets - A Case Study of Sekibo club-

Miyoshi  Seicho ( Hida City Board of Education/Sekibo club )
このエントリーをはてなブックマークに追加
データ登録機関 : 奈良文化財研究所 - 奈良県
詳細ページ表示回数 : 209
三好清超 2025 「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 XR・LiDAR・3D・デジタルアーカイブ・知的財産権 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/74
 本稿では、石棒クラブのデジタルアーカイブ活動が、飛騨市や文化財・博物館業界など社会へ与えた影響を述べた。誰もが取得者にも発信者にもなるデジタルデータ化で、来館者が増加した。さらに来館希望に対応するため、来館者にも管理人にも有人と無人の場合があると「来館」を再整理した。その上で取組みの不足部分を補うため、無人開館、一日館長、バーチャル空間など新しい活動を進めた。また、それぞれで市内外の支援者が積極的に関わることができる仕組みを整えた。これにより、当館の価値が広く認識され、地域の魅力として認知され、飛騨市から関係人口を拡大するための支援を得ることができた。この一連の過程は、設置主体者の抱える人口減少や、文化財や博物館業界が持つ担い手不足という社会課題の解決につながる可能性を持っている。
目次

はじめに-飛騨市における文化財保護行政とデジタルアーカイブの関係とは-

 飛騨市の文化財行政に求められるのは、文化財の価値を明確にし、地域の魅力として全国や世界に広く発信し、それにより関係人口を拡大させることである。そのために、飛騨市に存在する文化財を可視化する必要がある。その手段の一つが文化財のデジタルデータ化である。しかし、少子高齢化が進む飛騨市では、文化財データの構築、整理、保存、発信、流通といったノウハウも、そのための人手も予算も不足していた。また人口減少は今後100年続く見込みで、改善の兆しは見えない。この課題に対し、可視化ができていないことを「困りごと」として世に発信し、その「困りごと」が誘引する人々を見極め、その人々に届く企画を継続し、資料の可視化を進めていく方法を、2019年度以降「石棒クラブ」で実践している。筆者はかつてその内容をまとめ、画像や3Dデータの作成を関係人口と共働し、誰もがデータ取得し発信することで、データ利用も来館者も支援者も増える状況を示した(三好2022a・b、2024a・b)。

 本稿では、これまでの実践を振り返り、飛騨市と文化財や博物館業界を「社会」と定義した上で、文化財デジタルアーカイブが社会に与えた影響を整理したい。なお、このような理由から、過去の実践などを述べた前稿と重複する部分があることをお断りしておく。

 

1.飛騨みやがわ考古民俗館の存続を目指して「石棒クラブ」を設立

 飛騨みやがわ考古民俗館(以下、当館と言う。)は岐阜県飛騨市に所在する。豪雪地帯の生活民具や、旧石器~縄文時代の発掘調査出土品を収蔵・展示する。とりわけ縄文の祈りの道具である石棒類1,074本の存在は、全国的に知られている。しかし、これら重要な資料にもかかわらず、来館者は減少し続けていた。それは市街地から27km離れた過疎地域に位置し、管理人を募集しても集まらず、年間30日しか開館できていないことが原因と考えていた。この課題は、飛騨市が抱える人口減少という社会課題に根差している。飛騨市の人口は2万人、高齢化率は4割に達しており、2050年には人口がおよそ半減して1万1千人になると予想されている。この大きな課題に対し、市外の方々との接点や交流を増やし、関係人口の創出を目的とするプロジェクトが、2019年3月に結成した「石棒クラブ」である。

 石棒クラブの特徴は、ミッションを明確にして、PDCAサイクルを回し続けることである(図1)。目的達成のための企画が上手くいった場合もそうでない場合も、原因を検証して継続し続けることとした。また、当館が抱える人口減少という課題は、他の自治体では未だ潜在的であるが、いずれ全国的に顕在化すると認識した。この全国的な課題を先取りして活動することで、将来的には横展開が可能なモデルとして位置づけられ、文化庁や奈良文化財研究所に呼ばれる事例になりうると考えた。


図1 石棒クラブのmission・vision・value

 

2.「一日一石棒」と「3D石棒」のデータは一般参加で生成

 石棒クラブでは、当館が収蔵する1,074本の石棒の画像を撮影してインスタグラムに投稿する「一日一石棒」を2019年より開始し、2024年11月29日のイベントで全画像を公開し終えた(https://sitereports.nabunken.go.jp/video/1416)。これらの画像の一部は、飛騨市画像オープンフォトサイト(https://openphoto.app/c/hidacity?client=hidacity&page=1&words=%E5%A1%A9%E5%B1%8B%E9%87%91%E6%B8%85%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E9%81%BA%E8%B7%A1)と文化遺産オンライン(https://bunka.nii.ac.jp/heritages/search?freetext=%25E9%25A3%259B%25E9%25A8%25A8%25E3%2581%25BF%25E3%2582%2584%25E3%2581%258C%25E3%2582%258F%25E8%2580%2583%25E5%258F%25A4%25E6%25B0%2591%25E4%25BF%2597%25E9%25A4%25A8&sorttype=_)で公開しており、CC‐BYで自由な利用を推奨している。なお、2025年1月1日からは1本ずつ削除する「一日一石棒一削除」を開始している(図2)。5年かけて蓄積したデータを、同じ時間をかけて消去していく。この企画は、石棒が製作・完成・廃棄という一連の過程を経ることと重ねている。というのも、石棒は縄文人が廃棄したとされる状態で見つかるものが多いことから、その精神に近づきたいという想いである。


図2 一日一石棒一削除


 また、2019年に画像とともに3Dデータと公開も開始した。当初は「できたらカッコ良いね」という程度の認識であり、無料で3Dデータをアップできることを知り、Sketchfabでアカウントを取得して公開した(https://sketchfab.com/search?q=石棒クラブ&type=models)。2020年、コロナ禍で行ったオンラインツアーで、「画像がもう少し鮮明であれば良かった」「3Dデータなら鑑賞の同時性がオンラインでも高まるよ」というコメントを受けた。石棒クラブでは、まずは文化財における3Dデータの意義を理解することから始めるにあたり、その機会をイベントに仕立てて多くの人と共有した。内容は、飛騨市長と3D考古学専門家の対談「石棒を3D化することの未来」である。動画配信したところすぐに1000回閲覧され、ニーズが高いことを知った(https://sitereports.nabunken.go.jp/video/317)。


表1 3Dデータ活用アイディア一覧表


 その対談で挙がった25項目のアイディアについて、順次取り組んできた(表1)。これまでの活動で達成率は84%である。中でも2021年から継続する「3D合宿」と題したイベントが知られる。3D合宿は、全国から支援者を募集して収蔵資料の3Dデータを取得するもので、2024年度で4年目を迎えた。1年目は募集人員の半分しか参加がなかったが、今では募集開始1週間で満席となるほど周知されている。全国からの参加者のおかげで、2025年1月末現在、収蔵資料170点の3Dデータを取得し、117点をCC-BYで公開している。 


3.情報をオープンにして飛騨みやがわ考古民俗館の認知度向上を目指す

 取組みのポイントは2つある。1つ目は、収蔵資料はパブリックドメインであり、現代に生きる我々が先祖に感謝して有難く使わせていただくという姿勢で取り組んだことである。3Dデータはデータ取得者を明記した上で、自由な利用を推奨している。



 2つ目は、当館が情報を共有しやすい順番で、一覧表→画像→3Dデータとし、3Dデータが最も資料に近い情報を体感できるものと位置付けたことである。資料情報を体感してもらうにあたって飛騨市に求められることは、データの保存性・検索性を高めることであると認識した(図3)。この認識は、2022年度に実施した現状と展望を整理するイベント「3Dデータ活用合宿」で確認している(https://sitereports.nabunken.go.jp/139408)。行政が責任を持つべき部分を明確にして、情報を見つけてもらうために発信を増やしたことで、筆者が文化財3Dの専門家でなくてもデータは生成され、タブレット教育・芸術作家・ゲームなど想定していなかった活用がなされた(表2)。なお、2024年度には保存性を高めるため、クラウドサービスのBOXにデータを蓄積することとした。


表2 デジタルデータの活用実績一覧表


4.石棒クラブが飛騨市や文化財・博物館の業界、飛騨みやがわ考古民俗館に与える影響

 石棒クラブが当館に与える影響は非常に大きい。まず、当館の茅葺き民家の保存活用を使途メニューとしたふるさと納税に、2024年までにのべ約4,000人より8,100万円の寄付が集まった。また、当館の来館者数は2024年に飛騨市誕生後最多となった。他にも、Sketchfabの閲覧数が4万を越え、報道件数が84件(表3)となった。


表3 石棒クラブ関連の報道掲載等一覧表


 その結果を受け、飛騨市では2024年度より茅葺き民家の修復工事を開始した。また、35年ぶりにスリッパが新調され、28年ぶりに壁紙が新調されるなど、適切な維持管理が行われる状況となった。さらに担い手不足が全国的な課題となる中、飛騨市は2024年度には新規職員で学芸員2名を採用した。

 このように、当館ではファン・支援者を増やすことで、安定して継続できる仕組みが整い、持続可能な状況が生まれつつある。

  

5.来館希望者の増加に対応するため、無人開館・一日館長・バーチャル空間を導入

 デジタルアーカイブの整備と利用が進み、支援者が増えると、来館したいが30日開館では日程調整が難しいといった声も聞こえるようになった。この来館希望に対応するため、無人開館システムの構築、一日館長制度の確立、バーチャル空間の再現を2024年度に行った。

 まず行ったのが、「来館」の再整理である。石棒クラブでは、来館には有人と無人の場合があり、それに対応する管理人にも有人と無人の場合があると考えた。その先に、これまでの取組みが紐づくと整理し、不足部分を補うために「無人開館システム」「一日館長」「バーチャル空間」が必要と考えたのである(図4)。以下、個別の取組みを見ていきたい。

図4 石棒クラブによる来館整理図


(1)無人開館システムの構築

 石棒クラブの活動を知った人々の来館がコロナ禍のあと増え始め、2024年度に来館者が飛騨市誕生以来最多となる830名を記録した(12月現在)(表4)。これは「年間30日しかチャンスがない」「来館したい」という声に応えるため、一日館長制度・無人開館システムを構築したことが一因である。


表4 飛騨みやがわ考古民俗館における入館者一覧表


 無人開館は、市役所情報システム担当の協力を得て、IoT機器を用いて実施した。情報システム担当が加わった背景は、市内の体育施設や文化施設において、過疎化に対応する必要が生じていたことである。これら市有施設の過疎化対策の一つが無人開館であり、当館はその試験施設として位置づけられた。

 館内整備として、Wi-Fi設置と館内ケーブル配線工事を行い、防犯カメラ・インターフォン・リモート電気スイッチ・リモート玄関ロック・緊急アラーム等を設置した。また、閉館チェックと緊急時対応を近隣のガソリンスタンド運営会社である合同会社PASSに委託した。これにより有人開館30日に加え、無人開館120日を確保し、合計150日の開館を実現した。

 想定しているリスクは、盗難と来館者が倒れた時などの緊急時対応である。盗策対策として、監視カメラの映像を教育委員会職員と管理委託先職員が確認できるようにした。緊急時対応としては、来館者にSOSボタンを持ち歩いてもらい、緊急時に押すと教育委員会と管理委託先へ連絡が届く仕組みとした。これらの必要経費はイニシャルコスト約40万円、ランニングコスト年間約40万円であった。全国の様々な施設でも導入してもらえるよう、経費を抑えることも意識した。

 2024年度は、29名が無人開館を利用した。利用者アンケートでは、問題なく鑑賞できたことや素晴らしい取組みと賛同する意見が多かった。一方で、「無人は何となく怖い」「空調が付かないため、最適シーズンも事前に伝えておくと良い」といった利用者ならではの意見もあった。また、情報システム担当や管理委託先との振り返りでは、「監視カメラには死角が生じる場所がある」「有人の際に出来ていた、人流分析による展示品の人気の把握ができていない」といった運営面での課題が明らかとなった。

 これらに対し、RFIDを活用した展示品一斉点検や、人検知カメラを用いた人気展示品の把握といったアイディアを持っており、引き続き検証を行っていく予定である。また、他の博物館や自治体の体育館施設担当者から問合せや視察があった。これらに丁寧に対応することで、文化財・博物館分野を超えた展開も目指していきたい。

(2)一日館長制度

一日館長制度

 一日館長制度は、全国から当館の開館日を増やすために協力してくれる人が開館する仕組みである。一日館長には、講義を受けて試験に合格した者を任命する(図5)。応募者の動機は、「開館日を増やしてあげたい」「管理時間に資料と触れあいたい」といったものであった。これまでに、東京都から2名・埼玉県から1名・岐阜県から2名・長野県から1名が活躍した。業務内容は、出勤時の清掃、来館者対応、退勤時の戸締り確認など、通常の管理人と同じである。宿泊を伴う遠方からの参加者には、宿泊費用のうち3,000円を助成している。


図5 一日館長


②地元の宮川小学校による半日館長

 当館の様々な取組みを知った地元の宮川小学校から、ガイドの申し出があった。全校児童8名は来館学習と学芸員の出前授業を受け、タブレットで説明資料を作成した。そして、計3回のガイドを実施した(図6)。最後には出前授業で振り返りを行い、楽しかった部分や難しかった部分、自分が役に立った部分などについて意見交換を行った。

図6 宮川小学校ガイド


(3)飛騨みやがわ考古民俗館をバーチャル空間で再現

 以上のような来館対応を充実させるとともに、オンライン上のバーチャル空間で当館を再現した。この取組みは、地理的制約・時間的制約を超えて、世界中の人々が当館の魅力にアクセスできる状況を作ることを目的としており、構想は2022年度からであった。2023年度にはNTTのDOORと無料配信ゲームSTEAMで、展示室の一部のVR空間を作成してもらう機会があった。しかし、当館全体の仮想空間は再現できていなかった。この課題に対し、2024年度に公立小松大学と産業技術総合研究所の協力を得てMatterportでデータを取得した。これにより、館全体を立体的に見ることができ、自由に移動できるバーチャル空間の公開が可能となった。さらに、すでに公開している収蔵資料の3DデータやAR看板を配置た。これにより、実物展示では不可能な視点での鑑賞、身体感覚を伴った体験が可能となった(図7)。


図7 バーチャル空間での飛騨みやがわ考古民俗館考古展示室


図8 バーチャル空間での飛騨みやがわ考古民俗館民俗資料収蔵庫


 また、収蔵庫のバーチャル空間も公開した(図8)。この目的は、展示資料数が全体の2%程度に留まり、多くの資料が収蔵庫に保管されている現状を打破するためで、収蔵資料を可視化することができると考えたからである。今後は、飛騨市と民俗資料データの保全と公開について覚書を締結した国立歴史民俗博物館のkhirinで公開される収蔵資料データベースもリンクし、閲覧できるようにする計画である。

 なお、2025年1月11日には、メタバース空間に収蔵資料の3Dデータを展示し、参加者同士の投票で1位になった展示を現実でも行うというコンテストを開催した(図9)。仮想空間と現実とを結ぶ企画にも引き続き取り組んでいきたい。


図9 仮想空間での展示コンテスト

 

6.業界の課題を意識した活動

(1)課題の認識と対応

 石棒クラブの活動は、国や他の自治体、博物館など業界の課題を把握し、その課題にどう取り組むかという視点を忘れないようにしている。筆者は「組織が大きく、自治体の担当の思いだけで活用を行うことは簡単でない」「庁内の調整に体力を消耗する」といった声を何人かの自治体担当者から聞いた。この内部調整という課題に対し、石棒クラブは飛騨市にどのように貢献しているかを示し、市内外に発信するよう努めた。その結果、2023年度までは市外から注目される割合が多かったが、2024年度には地元の飛騨神岡高校のイベント「飛騨神アカデミア」や市の生涯学習イベント「探求フェス」で石棒神経衰弱を実施するなど、市内での注目も高まった。このような飛騨市民への成果の還元は、飛騨市への貢献につながり、石棒クラブ活動の継続に対して飛騨市の支持を得る重要な要素となった。ここからは、事業の実施において、設置主体者もステークホルダーと捉えて価値提供を行い、設置主体者の持つ課題解決にもなるという視点が必要であると認識される。

 次に、「組織の自走」も意識している。きっかけは、2023年度に他の自治体職員から「三好がいなくなったらどうする?」という質問を受けたことである。この質問は、「先輩が積極的に文化財の保存と活用を進める方で、自分はそこまでできない」という不安から来ているものであった。これに対して筆者は、「初めはキーパーソンを介して文化財と人とを繋げていたものが、キーパーソンがいなくても別の繋がりを生じさせることができる」と考え始めている(三好・佐々木2023)。つまり、「設置者-文化財・収蔵資料-担当者-参加者・応援者」という関係から、「設置者-文化財・収蔵資料-担当者と石棒クラブメンバー-参加者・応援者」という属人的でない状況に変わってきているのである。これについては、関係人口研究の成果と合わせて後述したい。

(2)関係人口研究からみた石棒クラブの活動

 現在の石棒クラブの状況を、杉野弘明による関係人口研究を基に考える。杉野は、地域愛着を「好き」「誇り」「責任」「所属感」「大切」の5つの要素に分け、関係人口が地域の事柄に対し、これらの感情を高めて関係継続意思を拡大し行動を促進するためには、友人・知人といったキーパーソンが重要な役割を果たすと示した(杉野2024)(図10)。さらに、この状況が進むと、キーパーソンに依存することなく、地域の事柄と関係人口の気持ちや行動が直接結びつくと予測した。

図10 地域の事柄と地域愛着の関係図(杉野2024より引用、一部加筆)


 石棒クラブにおいては、2024年6月に奈良文化財研究所で行われたイベント「XRミートアップ奈良」で、担当である筆者は不在であった。また、宮川小学校ガイド活動の振り返りで、「地域の人口減少が進むと伝える人がいなくなると思った」「飛騨市の学芸員は管理人がいなくて困り、飛騨みやがわ考古民俗館の無人開館に踏み切ったと新聞で知った。困っている人を助けたいと思った」などの意見が出され、筆者が求めていた博物館と小学生との連携という意識を超えて、小学生は独自の動機で取組みを行ったと分かった。さらに、文化庁主任文化財調査官が研修で飛騨市の取組みを紹介したり(近江2024)、博物館機能強化推進事業の先行事例として飛騨みやがわ考古民俗館を紹介したりした(https://support-for-museums.com/cases/hida-miyagawa-museum)。

 これらからは、筆者というキーパーソンを介さずに、石棒クラブの取組みを広げる様子が見受けられる。すなわち、筆者が外部に発信するためのデータを整備することで来館ニーズが高まり、それに対応するための取組みが支援者を増加させ、最終的にキーパーソン以外が発信者として行動するようになったと考えられる。杉野の予測した状況が生じているのである。この状況は、文化財や博物館の社会還元という意義を拡大させるとともに、担い手不足や博物館の存続という業界の課題の解決にもつながる可能性を持っている。


おわりに

 本稿では、飛騨みやがわ考古民俗館と石棒クラブが行ったデータの蓄積が、社会に与えた影響を考えた。具体的には、誰もが3Dデータを取得して公開することで、データ活用が増え、その様子を広める人々が増加し、市内でも当館を必要と感じる人が増えたという点が挙げられる。石棒クラブメンバーに参加理由を聞くと、「楽しい」「活躍の場がある」「わくわく感が高い」からという理由が多い。当館側のメンバーにとっては、「困りごと」の解決に向かうので「感謝」という気持ちが大きい。ここからは、参加側の「承認」や「特別な体験」と、企画側の「感謝」という感情が高まる仕組みづくりが、これまで取組みを継続できた要因と認識される。

 文化財デジタルアーカイブのマネジメントには、データの保存性・検索性を高めることはもちろん、その過程において心と心の交換、「感情」を強く意識することが必要であり、それにより持続可能な状況が生じ、最終的に文化財そのものの継承につながると考えられる。

 また、これらの取組みは明確な展望や事業計画があって実践してきたものではない。メンバー内外でミッションを共有し、そのための施策・事業を展開し、さらにその成果と課題を共有することを繰り返してきた。活動の継続を重視し、ノルマを設定していない。これにより、多くが取組みの賛同者により実現されている。このような現状から、人口減少社会における博物館や文化財の継承においては、デジタルアーカイブの導入が賛同者を増やす有効な手段と言える。一方、石棒クラブの事例は、その導入に当たって組織等のミッションに沿って必要性を明確に位置づける必要があることも示している。

 このような成果に対し、活動の評価については課題がある。筆者はかつて評価項目を検討したが(三好2022a)、活動が拡大し、求められる役割が広がったため、見直していく必要があると感じている。これについて、ファインドレイジングの支援者を増やし、社会に変化を生みだす考え方とその評価を取り入れたいと検討を始めている。石棒クラブへの支援が文化財・博物館業界への支援の足掛かりにしていくことを目指し、今後も引き続き考えていきたい。

 
【引用参考文献】

近江俊秀2024「埋蔵文化財保護行政の現状と課題 令和6年度講習会版」『令和6年度埋蔵文化財担当職員等講習会 ―発表要旨―』文化庁

杉野弘明2024『Strategy of Endogenous Cultivation with Associated People - Case Study of Hida, Japan -』Proceedings of International Symposium on Yeongwol Cultural City: Relationship Population and the Love of Hometown Donation System

三好清超2022a「関係人口と共働した文化財と博物館資料の活用-飛騨市モデルの報告-」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用4-オープンサイエンス・Wikipedia・GIGAスクール・三次元データ・GIS-』奈良文化財研究所

三好清超2022b「関係人口とともに埋蔵文化財を楽しむ飛騨市・石棒クラブの取組」『月刊文化財』710号 第一法規㈱

三好清超・佐々木宏展2023「博物館資料の学校現場での活用と展望」『考古学ジャーナル』№791 ニュー・サイエンス社

三好清超2024a「収蔵資料のデジタル化と仲間づくり」『博物館DXと次世代考古学』雄山閣

三好清超2024b「石棒クラブによる関係人口と共働した地域資源の掘り起こしと活用」『群馬文化』352号 群馬県地域文化研究協議会

引用-システム内 :
引用-システム外 :
Cultural data online report map :
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図1 石棒クラブのmission・vision・value
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図2 一日一石棒一削除
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表1 3Dデータ活用アイディア一覧表
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図3 飛騨市におけるデジタルアーカイブの構築と公開
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表2 デジタルデータの活用実績一覧表
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表3 石棒クラブ関連の報道掲載等一覧表
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図4 石棒クラブによる来館整理図
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 表4 飛騨みやがわ考古民俗館における入館者一覧表
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図5 一日館長
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図6 宮川小学校ガイド
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図7 バーチャル空間での飛騨みやがわ考古民俗館考古展示室
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図8 バーチャル空間での飛騨みやがわ考古民俗館民俗資料収蔵庫
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図9 仮想空間での展示コンテスト
三好清超「文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図10 地域の事柄と地域愛着の関係図(杉野2024より引用)
NAID :
都道府県 :
時代 :
文化財種別 :
史跡・遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
テーマ : 活用手法
キーワード日 : 飛騨みやがわ考古民俗館 関係人口 石棒クラブ 無人開館 一日館長 バーチャル空間 3D
キーワード英 : Hida Miyagawa Archaeoloogy and Folklore Museum Associated population Sekibo Club Unmanned Museum Museum Director for a day Virtual Museum 3D
データ権利者 : 三好 清超
データ権利区分 : クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
総覧登録日 : 2025-02-13
wikipedia 出典テンプレート : {{Citation ... 開く
wikipedia 出典テンプレート : {{Citation|first=清超|last=三好|contribution=文化財デジタルアーカイブで社会はどのように変わったか|title=デジタル技術による文化財情報の記録と利活用|date=20250331|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/74|publisher=独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所|series=デジタル技術による文化財情報の記録と利活用|issue=7}} 閉じる