泉大津市の文化財デジタルアーカイブを活用した小学校での活用実践
Classroom Practice in Elementary Schools Utilizing the Cultural Heritage Digital Archive of Izumiotsu City
奈良文化財研究所
- 奈良県
1. 概要
泉大津市は市内の文化財を広く周知する取り組みのひとつとして2022年度から文化財のデジタルアーカイブ「ORIAM digital history(オリアムデジタルヒストリー)」を公開している。本市が公開したデータ及び全国のデジタルアーカイブが公開しているデータを、小中学校の授業に活用する取り組みについて紹介するものである。
2. 泉大津市の位置と文化財を取り巻く環境
泉大津市は、大阪府南部の大阪湾に面した小さな市である。市制施行当時(1942年/昭和17年)の面積は8.2平方キロメートルであったが、臨海部の埋め立てによって少しずつ面積が増え、現在は約14平方キロメートルに広がっている。小さな市域であるが、その中に先人の営みが積み重なっている。弥生時代には大環濠集落である史跡池上曽根遺跡で多くの人々が暮らし、古代には和泉国の国府に近い港として、多くの人や物が行きかい、中世には戦乱の舞台となり、江戸時代には綿花の産地として栄え織物業が発達、明治時代からは毛織物の生産が始まり、特に毛布産業が発展するという、時代ごとに特徴的な歴史がある。これは各時代の都や大都市に近いという地理的な環境にも大きく影響を受けている。
このような歴史的背景を持つ本市には、多くの文化財や地域資料が残っており、市が保有する文化財だけでも数万点を数える。しかし常設の展示公開施設がなく、文化財担当職員も少ないという現状から、文化財を一般公開する機会が著しく少なく、活用の機会が限られている。また地域に関連する重要な文化財でありながら、保存の観点から公開することそのものが難しい資料などもあり、その活用をどのようにすべきかなど、活用に対していくつもの課題を抱えていた。そのようななかで新型コロナウイルス感染症の拡大があり、資料のデジタル化および公開を行うことに舵を切ることとなった。
3. 「ORIAM digital history(オリアムデジタルヒストリー)」制作の経緯
本市が保有する文化財を広く公開し、その歴史と魅力を発信するために、選択したのが文化財のデジタルアーカイブである。資料を掲載するサイトを構築し一般に公開することで、これまで限定された期間に、わざわざ足を運んでしか見ることができなかったものが、いつでも、気軽に、しかもインターネットの環境さえあれば、どこでも見ることができるようになるというメリットは、展示公開施設を持たない本市にとって、非常に大きな利点である。これにより、市民や研究者、教育機関など、幅広い層に対して文化財の情報提供が可能となる。
また文化財の保存を考えるうえでは、ただ単純に保管しておくという行為だけでは不十分で、現代に生きる人々が地域の歴史や文化に対する理解を深め、その魅力を知り、次世代に継承していきたいという想いをもつ、ということが結果として文化財を保存することにつながると考えられることから、サイトを制作するにあたっては、地域の魅力を発信し、それを知ることで「泉大津が好きな人を増やす」ことを大きな目標とした。
この目標を達成するためには、歴史や文化財を好きな人だけが閲覧するものではなく、ちょっと地域のことが知りたい人が見てみたいと感じ、児童・生徒が地域学習の教材として有効に活用できるようなサイトにするべきだと考えた。そのため、渋くて格好いいデザインとするのではなく、親しみやすいデザインとやわらかい色合いを採用しサイトの名称は、「ORIAM digital history(オリアムデジタルヒストリー)」と名付けた。「ORIAM」とは本市独自の造語で、織り(毛布など)と編み(ニット)を主要産業とする繊維のまちであることから、文化財施設の名称「織編館(おりあむかん)」*1 に採用されている。サイトは文化財施設のデジタル版であるということ、また先人が織り紡いできた歴史を紹介するという意味を込めてこの名称とした。
サイト名称のロゴは、親しみやすい雰囲気のなかに、絵解きの要素を入れ込み、本市の歴史に関わるイラストを織り込みながら、デザイナーではない筆者が制作したものである。

図1 「ORIAM digital history」タイトルロゴ

図2 「ORIAM digital history」トップページ
4. デジタルアーカイブの活用~特に学校教育現場での活用を目指して~
「泉大津が好きな人を増やす」という大きな目標を達成するためには、どのようにPRしていくべきか。当初は、文化財が好きな人の興味に応えたい、研究者にも見てもらいたい、子供にも見てもらいたいと欲張りで散漫な想いもあったが、本市の文化財を次世代につなげる、継承者を育てるという観点から、コアターゲットを小中学生に絞り込んだ。身近な地域の歴史や文化財に触れる機会を増やし、郷土について知ってもらうため、そのターゲット層にどうアタックするか考えたとき、市内小中学校の教員が、授業で利用することが近道であると至った。
デジタルアーカイブの最大の利点は、インターネット環境さえあればいつでもどこでもアクセスできることである。国の施策であるGIGAスクール構想により急速に広まった小中学校のICT環境の整備により、デジタル資料を教育現場で活用することも容易になった。しかしながら、本市学校教員らにヒアリングするなかで、その多くが「良い教材を作りたいけど面白い資料がなかなか見つけられない」「どこを探していいのわからない」「権利関係を確認するのが手間である」という悩みを持ち、授業の資料探しに多くの時間を費やしている状態であるとわかった。そこで、市が公式にデータを提供し、それを活用した授業教材を作成することで、これらの問題が解決し、学校教員の勤務時間の短縮という学校側のWinと、「ORIAM digital history」を児童らに周知したいという文化財担当のWinが両立できるのではないかと考えた。さらに検証を兼ねて、「デジタルアーカイブを活用した実践授業」を研究しておられる大井将生氏(国立歴史民俗博物館 特任准教授/TRC-ADEAC 特任研究員)を招聘し、「デジタルアーカイブを活用した実践授業研修」を教員向けに開催することになった。
初めて実施したのは、2022年度に「ORIAM digital history」が公開されて間もなくであった。デジタルアーカイブという言葉になじみのない教員も多い中、定員を大きく超える申し込みと当日の飛び入り参加があり、「デジタル資料の利用の仕方」について多くの教員が「知りたい」と思っている現状を知った。研修は、デジタル資料の利用ルールと、資料を探す際に便利なJapansearchなど既存のプラットフォームの紹介、市の文化財や歴史の資料を探すには「ORIAM digital history」を利用するなどの説明の後に、他市町村での活用の事例を紹介いただいた後、グループワークによって指導要領にそった授業を行う際に、どのような資料を、どういった切り口で児童らに見せるかという内容の検討が行われた。この際に作成された資料は、「ADEACラボ SxUKILAMスキラム連携 多様な資料を活用した教材アーカイブ」(https://adeac.jp/adeac-lab/top/SxUKILAM/index.html Topページ>自治体版WSの成果>泉大津市-2023年2月20日開催-) で公開されている。その一つが「デジタルアーカイブで タイムスリップ!泉大津市ORIAMデジタルヒストリーを活用した地域探究アイディア」(https://adeac.jp/adeac-lab/iiif/iiif/sxx-lg6_izumiotsu02/uv#?c=0&m=0&s=0&cv=0&r=0&xywh=-231%2C0%2C4461%2C2249)
である。市の戦前から現代の写真を活用することで、第2学年:まちたんけん、第3学年:まちのうつりかわり、第6学年:戦後のくらし/国民生活の向上 等の単元で活用できるのではないかという提案があった。同一の資料であっても、その見方次第で学年も単元も異なる授業で利用できるということもわかった。

図3 研修で作成された資料-1

図3 研修で作成された資料-2
5. デジタルアーカイブを活用した実践授業
教員向けワークショップは好評であり、一定の成果を得られたと思われる一方で、作成した教材を教員が実際の授業で利用するかどうかは未知数であった。また、市内の各小中学校から数名ずつの参加であったため、学校内で取り組みの温度差ができてしまうのではないか、といった懸念があった。そのため翌2023年度は、前年度の取り組みを継続・発展させるために、希望する教員を対象とした研修の実施(https://adeac.jp/adeac-lab/top/SxUKILAM/index.html Topページ>自治体版WSの成果>泉大津市-2023年8月9日開催-)に加え、年度を通して継続した取り組みとするために、学校全体で取り組むモデル校を設定することとした。モデル校は、市立楠小学校(校長:浅間原子)に協力を依頼し、在籍する全教員を対象とした校内研修として実施した(https://adeac.jp/adeac-lab/top/SxUKILAM/index.html Topページ>自治体版WSの成果>泉大津市立楠小学校-2023年11月24日開催-)。
いずれも、グループワークで教材を作成するという内容であったが、楠小学校ではさらに踏み込み、研修で作成したデータをもとに、数名の教員に授業の教材として利用できるまでに仕上げてもらい、研究授業として実施。実際の児童の反応を観察した。この授業の一部は動画で公開している(地域のデジタルアーカイブを活用した実践授業@大阪府泉大津市 https://adeac.jp/izumiotsu-city-oriam-history/catalog/mp10000050)(JAPAN SEARCH公式チャンネル 【ジャパンサーチを授業で活用】デジタルアーカイブの教材化ワークショップ@大阪府泉大津市 https://www.youtube.com/watch?v=nGLY-bYjmaM)。実施後児童らからは、自分たちが暮らす地域の文化財資料を通して、学びを深める様子が確認でき、また教員からも好意的な意見が聞かれた。

図4 地域のデジタルアーカイブを活用した実践授業@大阪府泉大津市
引き続き、教員からどのような資料があれば授業で利用しやすいかという意見を聴取し、それにそって資料を追加するとともに、調べ学習で利用しやすいよう、児童らでも検索が容易な新しいタグやバナーなども追加した。
2024年は、楠小学校がモデル校2年目となることから、浅間校長の提案により、グループワーク形式の研修ではなく個人で教材を作成する形とし、それぞれが教材として完成させ、授業を実施することを目標に取り組みを実施した。2学期中に全ての教員がデジタルアーカイブを活用した授業を実施し、浅間校長が授業観察を行った。

図5 研修の様子-1

図5 研修の様子-2
全教員が授業にデジタルアーカイブを取り入れるとなると、担任を持たない音楽等の選任教員や支援学級の教員が戸惑うのではないかと思っていたが、どの教科、どのクラスも非常に児童の関心を引き出す授業を実施されていた。教員からはデジタルアーカイブを活用すること、特に本市の資料を活用することによって、「遠い世界の事象が身近なものであることを知り、自分たちの住む地域の歴史を実感することができる・掲載画像は拡大しても鮮明である・権利関係が明らかで、誤情報の心配が要らない・教材研究のための時間短縮ができる」など、の感想があった。この成果は、すべて学習指導案の形式でとりまとめ、公開する予定である。これにより、多様なデジタル資料が教育現場で有効に活用され、子どもたちの学びを深めることを期待している。
6. 今後の展望と課題
「ORIAM digital history」の構築は、本市の文化財を広く公開し、地域の魅力を発信するための手段として実施したものである。それを活用した教育現場での活用と実践授業は、市の歴史や文化を広く発信し、地域の魅力を高めるための重要なステップとなった。今後さらに、デジタルアーカイブを活用した授業を重ねていくことで、泉大津市独自の“学習指導案アーカイブ”を作成し、授業準備の簡素化と、教育の質向上に貢献していきたい。
また、児童が本市の歴史や文化に触れる機会が増えたことで児童らに、地域のことについて調べる楽しさを実感させることができたのではないか。調べ学習(探求学習)*2 を行う際に児童らが自らデジタルアーカイブを活用し、興味あるテーマについて調べ、発表することにつながればと期待している。2025年度は児童らがデジタルアーカイブを活用することを目標に、楠小学校で事業を進めていく予定である。
しかしながら、調べたいと思うすべての興味関心に応えられるほど、「ORIAM digital history」の内容は充実していない現状がある。未掲載の文化財資料もまだまだ多くある。今後も、文化財資料の新しいデータを公開し続け、充実したコンテンツを作っていくことが、大きな課題である。
*1 織編館 泉大津市の繊維産業の歴史を学ぶ博物館として、1993年に開館したが、市の方針転換により2020年に展示室を閉室。現在は近接する市立図書館の一角に展示スペースを設け、市の歴史を紹介している。
*2 調べ学習(探求学習) 児童・生徒が課題について調査し結論をまとめる学習法で、泉大津市では連休や長期休みの宿題として課されることが多い。
