分布調査におけるiPhone搭載LiDARの活用
Use of iPhone-equipped LiDAR in distribution surveys
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.丹波市での遺跡地図の現状
現在、丹波市で使用している遺跡地図は、合併前の旧6町の内、5町が作成した詳細な遺跡地図(図1)がある。1町は独自には作成していないため、その範囲については兵庫県の遺跡地図(図2)を参照している。このうち、5町が作成した遺跡地図において、古墳や山城が本来所在している場所と異なる場所に記載されているものが複数あることが近年発覚した。また、兵庫県遺跡地図に記載されている古墳群も、古墳群の範囲を線で囲っているだけのものと、おおよその位置に点が落とされているものがある。よって、埋蔵文化財包蔵地の照会があると、古墳や山城の位置については現地確認をする必要があった。

図1 合併前作成の遺跡地図

図2 兵庫県遺跡地図
2.古墳と山城の増加
遺跡地図に掲載されている古墳や山城以外にも、研究者によって、丹波市にはさらに多くの古墳や山城が存在していることが言及されていた(東2021)(高橋2020)。また、兵庫県がCS立体図を公開したことにより、現地を確認する必要はあるものの、それらの大半が地形的に存在する可能性が高く、それ以外にも存在する可能性があることが可視化された。結果、丹波市では古墳が約1300基、山城が約30城増える見込みとなっている。
これら増加予定の遺跡については、分布調査を実施して周知の埋蔵文化財包蔵地として登録する必要があるが、数が莫大であり、埋蔵文化財担当者1名では、分布調査をあまり進められていないのが現状である。しかし、丹波市はその大半が山林であり、林業が盛んな地域のため、分布調査未実施の範囲で伐採届が農林振興課に届く機会が多い。そのため、埋蔵文化財の分布が予想される場合はその都度事業者、農林振興課、社会教育・文化財課で事前立会を実施して、伐採する範囲や作業道の新設範囲に埋蔵文化財がないか確認している。この時、写真を撮影し、事業者の許可が得られた場合は事業者にも手伝ってもらい、図3のように中心部からおおよその距離を測った略図を作成していた。

図3 略図
3.効率化と詳細なデータ取得のためのiPhone搭載LiDARの活用
事前立会で事業者の承諾が得られた場合は略図を作成するものの、あくまで略図である。詳細な図を作ろうとすると測る点が増えるため時間がかかり、1人では測量ができず事業者に手伝ってもらう必要があるが、事業者の承諾が得られない場合が多い。また、分布調査であっても、1つの古墳群に存在している古墳の数が多く一つ一つに時間をあまりかけられないこと、冬以外は草の繁茂に加え、マムシ・スズメバチ・ヤマビル・熊が活動しているため長時間同じ場所にいるのは推奨できないこと、冬は除雪が必要となる(特に山城で必要)などの理由で、できるだけ早く測ることが求められていた。これらの状況を打開するため、iPhoneに搭載されたLiDARを活用することにした。
iPhone搭載LiDARを使い三次元計測を行うことにした理由として、次の点が挙げられる。①LiDARが捉えた地形の情報で三次元画像が作成されるため、誰が実施してもほぼ同じものが作成できる。②遺構の上端下端がどこか考えて測る場所を決める必要がない。③水平の設定等をせずに、一人で石室や石垣の計測も可能。④作成されたデータを基に、事務所に帰ってから古墳等の範囲を考え直すことも可能。⑤作成されたデータはパソコンで編集すれば、等高線を入れる事が可能。レベルやトータルステーションを持っていく必要もなく、現地で等高線の入った図を作成する必要もない。⑥iPhoneが1台あれば計測できるため、自分1人で作業が完結する。作業員の手配や、事業者や他の職員に手伝ってもらう必要がない。⑦最大5mの距離まで測れるため、スズメバチの巣があっても遠距離から測ることができる。
以上のことが、「Scaniverse」という全機能無料で使用できるスキャン用のアプリと、「CloudCompare」という点群加工用のフリーソフトを使用すれば可能なため、iPhone12proにLiDARが搭載されて以降、分布調査での図面作成はiPhoneによる三次元計測に切り替えた。
そして、実際に事業者との事前立会の際にiPhoneで作成したデータが図4であり、パソコンに取り込み「CloudCompare」で加工して等高線を入れたものが図5となる。この図面を作成するのに、直径10m程度で高低差もあまりない古墳なら現地でのデータ作成に5分程度、事務所に戻りデータを加工して等高線を入れた図面にするのに2~3分程度でで完了するため、事業者にも作業を承諾してもらいやすい。この等高線を入れた図に、古墳や周溝の範囲を追記すれば、周知の埋蔵文化財包蔵地として登録するための提出資料が完成する。範囲を決める際は、データを加工して断面図を作成すれば、どこを古墳の下端にするのか、周溝の上端下端はどこにするのかの判断に役立つ。なお、「Scaniverse」で作成したデータをLas形式という点群データで出力すると、取得している点群は874,421点であった。iPhone搭載のLiDARの精度を問われることもあるが、これだけの点をトータルステーションや平板・レベルで取得しようとすると5分程度で完了することは無いと思われる。トータルステーションや平板・レベルを使い5分程度で作成できる図面を考えると、iPhoneで作成したデータの精度はそこまで気にしなくてよいのではないだろうか。もちろん、大きく破綻していた場合は再度計測する必要があるが、それでも5分程度で終わる作業である。

図4 iPhoneで作成したデータ

図5 等高線を入れた図
4.遺跡地図への活用
遺跡の図面は作成できたが、ここで終了せずに、遺跡の位置情報を地図上に記載する必要がある。フリーソフトのQGISに兵庫県のCS立体図を取り込んだものが図6であり、そこにiPhoneで作成したデータをLas形式で出力して取り込んだのが図7になる。iPhoneで作成したデータの点群は位置情報を持っているが、その位置情報はiPhoneのGPSから取得されている。そのため、GPSの精度の関係からか始点がどうしてもズレるため、本来の位置から2m~6mほど離れたところにデータが表示される。これを解決する方法は後述するが、事業者との事前立会では実施する時間がないため、ズレとCS立体図の地形的特徴から、QGISや紙の地図上でおおよその場所に点を落として記録している。位置情報の意味がなくなるが、GPS頼りでおおよその位置を記録するよりは正確な記録になるだろうと判断している。

図6 CS立体図

図7 CS立体図とiPhoneで作成したデータ
さて、位置情報を解決する方法についてだが、BizStation製のRTK受信機を使用してRTK測量で詳細な位置情報を取得し、その位置情報をiPhoneで作成したデータに与えることで補正して解決している。筆者は、CLAS対応のRTK受信機*1を購入したため、近くに基準点がなくとも、上空が開けていて衛星を捉えることさえ出来れば山間部であっても数mmから数cm単位での誤差で位置情報を測量できている*2。実際に古墳群の分布調査を行い、後日試掘調査をすることがあったため、RTK測量も行い位置情報の補正まで実施したものが図8・9・10になる。手法としては、古墳の中心部に1箇所、古墳を囲むようにトレンチの端に最低4箇所のマーカーを設置してからiPhoneでスキャンしてデータを作成し、マーカーの中心部の位置情報をRTK測量で取得した。図8が分布調査で作成したデータをそのままQGISで取り込んだもの。図9が試掘調査で作成したデータを図8に追加したもの。図8に位置情報を補正したデータを追加したものが図10になる。図8・9を比較すると、補正しないデータ同士なら、後日作成したデータであっても、ほぼ同じ場所に表示されていることが分かる。そして、図9・10を比較すると、位置と角度がズレていたのが修正され、CS立体図で読み取れる古墳の位置に重なるように表示されていることが分かる。これがどれほどのズレとなっているかだが、試掘のトレンチ端だと約4m(図11)、トレンチの中心だと約2.5m(図12)ズレていた。このことから、事業者との事前立会ではRTK測量ができなくても、分布調査時には可能ならRTK測量を行うようにしている。

図8 CS立体図と分布調査時のデータ

図9 CS立体図と分布調査および試掘調査時のデータ

図10 CS立体図と分布調査および補正した試掘調査時のデータ

図11 トレンチ端の差異

図12 トレンチ中心の差異
5.おわりに
以上のように、丹波市で実施している分布調査の事例を紹介した。このように、iPhone搭載LiDARを活用すれば、1人でも詳細な計測と図面作成が可能となっており、機材購入費は必要になるものの、計測や加工するためのソフトは無料で公開されているので比較的容易に始められるようになっている。今後、導入する事例が増え、より効率よく調査ができる手法が公開されると思われるので、それらを注視しながら丹波市の分布調査を進めていきたい。
【註】
*1丹波市は市域が広く、基地局1基による有効範囲の半径10kmではカバーしきれない。また、個人で補正データサービスを個人で使用し料金を支払うのも厳しいため、CLAS対応しているRWX.DCを購入し、使用している。
*2完全に木に覆われている山中では衛星を捉えられないため、位置情報を取得できないことが多い。
【参考文献】
1)東昭吾 2021『兵庫県丹波市古墳分布調査報告書Ⅰ-氷上町域-』丹波国内における埋蔵文化財調査報告書 第3冊
2) 高橋成計 2020『明智光秀を破った「丹波の赤鬼」~荻野直正と城郭~』
