建造物・庭園等有形不動産文化財の3Dデータ利用
Preservation-Oriented Use of 3D Data for Tangible Cultural Heritage Assets: A Focus on Architectural Structures and Landscaped Gardens
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.文化財3D計測の適用範囲
2025年3月時点で実用化されている3D計測の主な手法は、対象物体の表面における光の反射または遮蔽を記録するもの(3Dスキャナー)、および対象物体の可視画像から表面形状(ジオメトリ)を再構築するもの(3Dフォトグラメトリ)である。したがって過度な透過や反射を示すものを除き、ほとんどの有形の物体の表面形状を記録することができる。このため文化財分野では、考古資料(遺跡・遺物)、民具、石造物等の記念物、建造物などに適用されている。
ところで多くの場合、公開共有されている3Dデータおよびモデルは、計測・記録後の編集によって目的とする対象物体のみが提示される。しかし実際には、計測・記録時にその場に存在する有形物は、目的的な計測記録の対象であるか否かに関わらず可能な限り記録される。
例えば地上型レーザースキャナー(TLS)の場合、計測範囲はスキャナーを中心として半球状に広がり(図1)、その大きさはレーザーの出力や対象表面の反射強度、スキャナーの検出能力に依拠するが、数十m〜最大で数kmに及ぶ。このため実際のスキャンでは、地表面に広がる遺跡・遺構、あるいはより高さを持つ記念物、建造物だけでなく、スキャン範囲に存在するその他の物体、例えば樹木や対象以外の造作物も一括して記録される。

図1.地上型レーザースキャナーの計測範囲(模式図)
このため一次データには、編集データより多くの情報が含まれていることになるが、文化財計測においては目的外の、いわば「ノイズ」として除去されることになる。しかし視点を変えると、それらも文化財記録に活用できる。
2. 建造物の3D計測と樹木3Dデータ
文化財建造物の3D計測とデジタルアーカイブ事例はすでに多くの蓄積がある。ここでは(株)ホロラボによる、東京都国分寺市所在の国登録有形文化財「沖本家住宅」1)の事例を取り上げる(平山・長坂2024)。地上型レーザースキャナーと3Dフォトグラメトリのハイブリッド計測による点群データとメッシュ-テクスチャモデルは、国分寺市教育委員会ふるさと文化財課のSketchfabアカウントから公開されている2)。
レーザースキャナーによる直接計測は、対象の表面形状を高精度に記録できる。一方、3Dフォトグラメトリは細部の記録が可能であり、また高精細なカラーテクスチャを得られる。2つの手法の利点を組み合わせ、かつガラス窓等の細部についてデータ編集を行うことで、極めて再現性の高い3Dモデルが作成されている3)(図2)。

図2.沖本家住宅の外観モデル
外観だけでなく、建物内部についても詳細な計測記録が実施されている。このため、実際の建造物本体に対して行うことは不可能である「カットモデル」の作成もできる(図3)。仮想情報化されたデジタルツインとしての3Dデータならではの利用方法である。

図3.沖本家住宅のカットモデル
また高精度な計測データは、精確な建築モデルの基盤ともなる。(株)ホロラボでは、現状の実測データに基づくBIMモデルを作成しており、これは将来的な修復や再建の際に有効である4)。
さらに3D計測の実施の際には、主たる目的である建造物の計測データだけでなく、付随して建物周囲の樹木も記録されている。上掲の建物モデルはそれらを除去する編集作業を経たものであるが、(株)ホロラボでは樹木データの利用も試みている5)(図4、5)6)。なおこれは、実測データそのものではなく、実測データに基づきTLS-QSM法によりモデリングしたものである(熊崎2021)。目的とする対象だけでない、対象物を含む範囲を一体的包括的に記録する3D計測の特性を活かしたデータ利活用の可能性が窺える好事例である。

図4.沖本家外観(2023年4月25日撮影)

図5.樹木モデル(ケヤキ)
3. 建造物と名勝庭園の3Dデジタルアーカイブ
建造物とその周囲の景観を一体的に記録、共有公開する方法として、レーザースキャナーによる点群計測とそれに基づくメッシュ-テクスチャモデルの構築に、360°画像を組み合わせる方式もある。Matterport社7)は、独自開発のスキャナー-カメラ複合機による計測・撮影データの他、他社製のスキャナーやカメラのデータも利用できる、モデル構築から公開までのプラットフォームサービスを提供している。
筆者が飛騨市教育委員会と協働して計測記録を行った、岐阜県飛騨市江馬氏下館跡(国指定史跡江馬氏城館跡・国指定名勝江馬氏館跡庭園)の事例を以下に紹介する。
飛騨市神岡町に所在する江馬氏下館跡は、室町時代から戦国時代にかけて飛騨北部に勢力を誇った江馬氏の館跡である。水田に残された5つの巨石が館の庭園のものであるとする伝承地に、庭園を持つ武家館跡が残されていることが発掘調査により確認され、その後、史跡・名勝として復元整備されている(三好2021)。
筆者らは2024年7月に、Matterport Pro3、Leica geosystems BLK360G2、およびドローンフォトグラメトリによる3Dデジタルアーカイブ化を実施した。そのうちMatterportによるデジタルツイン・アーカイブについてはすでに公開している8)。庭園、復元建物、および堀と土塀(一部)を含む約5000m2の範囲を90地点のスキャン・撮影により記録した(図6)。地上からのスキャンと撮影のみであるが、堀や庭園の凹凸、復元建物の屋根も良く再現されている(図7)。

図6.江馬氏下館跡メッシュモデル平面図

図7.江馬氏下館跡メッシュモデル斜め俯瞰図
図8、9には、復元建物内部からの庭園の眺望を、メッシュモデルと360°画像により示した。メッシュモデル(図8)の解像度、再現度は必ずしも高くないが、360°画像(図9)がそれを補完する。

図8.江馬氏下館跡:復元建物から庭園を望む(メッシュモデル)

図9.江馬氏下館跡:復元建物から庭園を望む(360°画像)
同じく図10、11には、庭園を北東から南西に望むかたちでメッシュモデルと360°画像でそれぞれ示した。屋外の場合、360°画像には計測時の景観や気象がそのまま記録され臨場感が増す。

図10.江馬氏下館跡:庭園景観(メッシュモデル)

図11.江馬氏下館跡:庭園景観(360°画像)
なお360°画像は、あくまでスキャナーが設置された場所に視座が固定されたものであり完全な3D形状情報は保持していない。一方、メッシュモデルは解像度、再現度で劣るが、完全な3D形状情報を保持する。このためメッシュモデルにもとづき、庭園や堀の標高段彩図や等高線図、断面図も作成可能でさる(図12、13)。

図12.江馬氏下館跡標高段彩図・断面見通し図(北西から南東)

図13.江馬氏下館跡等高線図
Matterportに限らず、他の地上型レーザースキャナーや可搬型レーザースキャナー、または3Dフォトグラメトリによるモデルも同じような利用が可能である。建造物や庭園の3D計測データは、ワンストップで多様な記録と図化・可視化のソースとなり得る点で、従来型の点計測と結線による図化や写真よりも可用性が高い。
なお江馬氏下館跡の事例では樹木植栽が無かったため実施していないが、沖本家住宅のように周囲を樹木で覆われている建造物の場合と同様、庭園の3D計測データから編集により樹木を除去し、地形や造作物だけのモデルとすることも可能である。文化財庭園の3D計測により包括的な全体記録を行うことで、樹木植栽、庭石や石造物、池、水路、築山などの造作と地形全体などの図化を、個別に、または組み合わせて、かつ様々な可視化表現手法により示すことができる。
おわりに
建造物や庭園等の屋外にある有形不動産文化財の記録において、3D計測は極めて有効である。使用する機器・手法によりデータの品質や内容は異なるが、基本的に包括的に取得される記録を様々な目的、用途に使用することができるので、一次記録はそのままアーカイブした上で、目的に応じた二次的データを編集加工してゆくことが望ましい。
今後は、異なる機器・手法ごとの標準的な手順や、目的に応じたデータ標準についてさらに検討し、有形不動産文化財の記録の体系化に寄与することを目指したい。また広域・景観フォトグラメトリ(嘉本2024)や、あらたな記録手法としての3Dガウシアンスプラッティングについては稿をあらためて紹介したい。
なお建造物3D計測および樹木モデルについては(株)ホロラボ、中村 薫、藤原 龍、長坂匡幸、平山智予、熊崎理仁の各氏に多くのご教示をいただいた。
岐阜県飛騨市江馬氏下館跡の計測記録は飛騨市教育委員会の全面的な協力・協働により実施した。
本稿の内容は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(B) 24K00142「考古学ビッグデータの統合と3D-GISによる古代寺院立地・造営・景観論」(研究代表者:野口 淳)の成果を含む。
注
1) 国分寺市「沖本家住宅洋館・和館【国登録有形文化財】」https://www.city.kokubunji.tokyo.jp/shisetsu/kouen/1005196/1026832.html
2) Sketchfab 国分寺市教育委員会ふるさと文化財課「国登録有形文化財沖本家住宅」
・メッシュ-テクスチャモデル:https://skfb.ly/oOOYD
・点群データ:https://skfb.ly/oOTpH
3) 長坂匡幸「文化財デジタルアーカイブの裏側 撮影編」https://www.docswell.com/s/HoloLab/ZJL77N-holoconf24_b22
4) HoloLab「文化財デジタルアーカイブの舞台裏【Hololab Conference2024】」 https://youtu.be/VuQM9V3uDQw?si=x6X2tD8F9DUTCSq7
5) HoloLab「樹木モデル公開のお知らせ」 https://blog.hololab.co.jp/entry/2024/02/22/173000
HoloLab「レーザー測量に基づく詳細3D樹木モデルの作成と建設業化に向けた需要と展望【Hololab Conference2024】」 https://youtu.be/W9cbHNanIkE?si=FseE3D0cRjejKuGn
6) オリジナルデータ:樹木モデル ケヤキ(ホロラボ モデルショップ)https://hololab.booth.pm/items/5112184 VN3ライセンス
※ライセンス詳細:https://drive.google.com/drive/folders/1Qj7Vx8VSBXxgA_xu-eSDXHsWuKKmuRvh
8) 【岐阜県飛騨市】24時間世界中いつでもどこからでも文化財にアクセス!飛騨市の主要文化施設をバーチャル空間で公開 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000080.000120394.html
Matterport 史跡江馬氏館跡公園 https://my.matterport.com/show/?m=ie4wohehX4P
引用文献
嘉本 聡 2024「広域・景観フォトグラメトリ」『博物館DXと次世代考古学』雄山閣
熊崎理仁2021「TLS点群データを用いた3D樹木モデルの構築と応用」『ランドスケープ研究』84(5) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jila/84/5/84_527/_article/-char/ja
平山智予・長坂匡幸 2024「文化財建築3Dアーカイブ」『博物館DXと次世代考古学』雄山閣
三好清超 2021『中世武家庭園と戦国の領域支配 江間氏城館跡』新泉社
