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内野宿御茶屋跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/129984
DOI 二次元コード
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.129984
引用表記 飯塚市教育委員会 2022 『飯塚市文化財調査報告書57:内野宿御茶屋跡』飯塚市教育委員会
飯塚市教育委員会 2022 『内野宿御茶屋跡』飯塚市文化財調査報告書57
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書名 内野宿御茶屋跡
発行(管理)機関 飯塚市 - 福岡県
書名かな うちのしゅくおちゃやあと
副書名 福岡県飯塚市内野所在遺跡の調査
巻次
シリーズ名 飯塚市文化財調査報告書
シリーズ番号 57
編著者名
編集機関
飯塚市教育委員会
発行機関
飯塚市教育委員会
発行年月日 20220331
作成機関ID 40205
郵便番号 8208501
電話番号 0948225500
住所 福岡県飯塚市新立岩5-5
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 内野宿御茶屋跡
遺跡名かな うちのしゅくおちゃやあと
本内順位
遺跡所在地 福岡県飯塚市内野
所在地ふりがな ふくおかけんいいづかしうちの
市町村コード 40205
遺跡番号 490107
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 333218
東経(世界測地系)度分秒 1303802
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.538333 130.633888
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20090527-20090828
20101116-20110811
20120126-20120331
20121210-20130331
20131204-20140331
20160316-20160328
20161208-20170331
20180208-20180330
20181208-20190331
調査面積(㎡)
1750
調査原因 保存目的調査
遺跡概要
種別
城館
交通
時代
江戸
主な遺構
礎石建物
掘立柱建物跡
柱穴列
布掘り基礎建物跡
池跡
主な遺物
土師器
陶磁器
金属製品
火打石
特記事項 ・確認された遺構の配置が江戸時代後期に描かれた図像資料『内野御茶屋絵図』と照合する。
・筑前藩主黒田家の定紋である藤巴文を有する軒丸瓦が出土。
要約  冷水峠の麓である飯塚市内野に所在する内野宿は長崎街道の宿場のひとつで、その町建ては慶長17年(1612)とされる。内野宿御茶屋跡は、宿場内を南北に走る長崎街道と宿場の中央において直交して西側に延びる道を上った正面に位置している。第9次までの調査により、礎石建物1棟(主屋)、掘立柱建物跡3棟(外郭施設)、布掘り基礎建物跡1棟、池跡などが確認されており、これらの検出遺構は文化8年(1811)に描かれた『内野御茶屋絵図』と照合することで、掘立柱建物跡については「番所跡」「物置跡」「材木小屋跡」、布掘り基礎建物跡については「道具蔵跡」と同定され、その規模は南北長約65m、東西長約60mと推定された。また、内野宿御茶屋の成立時期については出土した陶磁器より現段階では17世紀前半と推定された。さらに、筑前藩主黒田家の定紋である藤巴文を有する軒丸瓦が出土し、黒田家との関係を示す資料ともなった。

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