著作権者不明等の場合の裁定申請に関する導入的なQ&A ― 文化財関連報告書における外部執筆者の担当部分を例に ―
奈良文化財研究所
- 奈良県
1 本稿の目的
本稿は、著作権法が定める著作権者不明等の場合の裁定申請について、若干の論点をQ&A形式で整理するものである。裁定申請の対象例として、文化財関連の報告書のうち外部執筆者が担当した部分を取り上げる。
執筆分担として、2章の問題意識と3章の質問(Q)を高田が、3章の回答(A)を数藤が担当した。念のため付言すると、本稿の各記載は著者2名の見解であり、各所属組織を代表する見解ではない [1]。なお、法令は2025年2月時点のものである。
2 問題意識
文化財関連の報告書がデジタル公開に至らないケースがある。例えば、報告書のデジタルデータそれ自体は発行機関が持っていても、大学教授などの外部執筆者が署名で書いた部分(つまりその執筆者が著作権を持っている部分)につき、執筆者の許諾を得られていないケースなどが挙げられる。
このうち、執筆者に連絡を取れないような場合は、いわゆる孤児著作物となり、文化庁長官による裁定制度の利用が選択肢となる。裁定制度の利用のための手続は近年緩和されつつあるものの、地方公共団体等の機関にとっては利用のハードルが高い。一定の事務手続が発生するが、少量の冊数の場合は割に合わず、裁定制度の利用が後回しになることが多い。
このような問題に対応するための一つの方法として、奈良文化財研究所のような文化財研究機関が、報告書の公開を希望する自治体等の刊行物につき、裁定申請することが考えられる。
このような裁定申請にあたり、どのような点に注意すべきかを検討したい。
3 裁定申請に関するQ&A
以下では、2で述べた問題意識をふまえつつ、裁定申請についてQ&A形式で整理する。
なお、裁定申請の実務では、文化庁ウェブサイト内の「裁定の手引き」 [2]の最新版を参照しつつ、文化庁の担当職員と電話等でやりとりしながら事務処理を進めるのが通常である。以下は、ごく基本的な点も含め、これから文化財関係者が裁定申請を検討する場面を想定した導入的なQ&Aとなっている。2で述べた問題意識をふまえる関係で、自治体が刊行した文化財関連の報告書を主に取り上げているが、このような報告書に特有の論点は少なく、その意味では他の著作物にも通じる部分があるだろう。
Q1 そもそも著作権法に定める裁定制度とはどのような制度か。
A1 文化庁は、裁定制度について、以下のように説明している [3]。

文化財関連の報告書についても、まだ著作物の保護期間が満了しておらず、著作権が消滅していない場合は、デジタル複製して、そのまま全文をインターネットで配信することにつき、著作権者の許諾が必要となる[4] 。
自治体が発行した文化庁関連の報告書のうち、自治体の職員が執筆した部分については、職務著作が成立して自治体が著作権を持つ場合も多い。そのような場合には、自治体から許諾を得れば足りる。これに対し、大学教授など外部の者が執筆した部分は、その執筆者が著作権を持ち続けている場合も多い(執筆者が自治体に対し、明確に著作権を譲渡している場合は多くはないだろう)。その部分については、執筆者を探して許諾を得る必要があるが、昔の報告書の場合は執筆者に連絡が取れないこともある。このように、著作権者と連絡がとれない場合には、裁定制度を利用することが考えられる。
裁定制度は、手続に要する時間や手数料の負担などから、積極的に活用されているとは言い難いが、著作権者と連絡がとれない場合に著作物を公開するための、いわば最後の手段として検討に値する。
Q2 第三者に利用させるための裁定申請は可能か。
A2 上記2で述べた問題意識をふまえると、まず文化財の研究機関が、第三者である自治体に利用させる(自治体に複製や公衆送信をさせる)ために裁定申請を行うことが考えられるが、このような申請は可能なのか。
この点、平成26年の裁定制度の見直しの際に、「第三者に利用させることを内容とする裁定申請が可能」とされた [5]。
ただし、このような裁定申請は、具体的なやり方次第では非弁行為(弁護士法72条違反の行為。簡単に言えば、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うこと)になりうる点に注意が必要である [6]。
むしろ、文化財の研究機関においては、自治体などの発行する報告書を自ら運営するウェブサイトで配信する例も見られる(例えば奈良文化財研究所は、文化財の調査報告書を全文電子化して、インターネット上で検索・閲覧できるようにしたウェブサイト [7]を運営している)。このように自ら運営するウェブサイトを通して配信する場合は、文化財の研究機関が自ら利用することを内容として裁定申請を行うことになる。
Q3 多くの報告書についてまとめて申請することも考えているが、その場合の申請手数料はどうなるか。
A3 裁定申請の手数料は、本稿執筆時点(2025年2月時点)で、「1申請あたり」6,900円である [8]。そのため、多くの著作物についてまとめて1回で申請すれば [9]、手数料も1回分となり、その意味では金銭的なコストを減らすことができる。
Q4 権利者の調査として何をすればよいか。
A4 ここでは、昔の文化財関連の報告書につき、外部執筆者(著作権者)が当時大学教授であった場合を例に検討する。裁定申請にあたっては、以下の(1)と(2)の対応が必要となる[10] 。
(1) 権利者情報を取得するために必要な対応
裁定制度においては、まず、権利者情報を取得するために、以下の3つの措置を全て行う必要がある。
1つ目は、「広く権利者情報を掲載していると認められるものとして文化庁長官が定める刊行物その他の資料を閲覧すること」である。
具体的には、以下の(ⅰ)から(ⅲ)のうちいずれか適切な方法を選んで行う。

2つ目は、「著作権等管理事業者その他の広く権利者情報を保有していると認められる者として文化庁長官が定める者に対し照会すること」である。
具体的には、裁定を受けようとする著作物等が過去に裁定を受けたものでない場合には、以下の(ⅰ)及び(ⅱ)を行う。裁定を受けようとする著作物等が過去に裁定を受けたものである場合には、(ⅰ)~(ⅲ)のうちいずれか適切なものを選択して行う。

3つ目は、「時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙への掲載その他これに準ずるものとして文化庁長官が定める方法により、公衆に対し広く権利者情報の提供を求めること」である。
具体的には、日刊新聞紙への掲載も可能ではあるが、実務上は費用の関係で、公益社団法人著作権情報センター(CRIC)のウェブサイトに7日以上の期間継続して掲載することが多い。後者の料金は、本稿執筆時点(2025年2月)では、1回の申請につき8,250円(7,500円+消費税)である[13] 。
(2) 取得した権利者情報や保有していた全ての権利者情報に基づき、権利者と連絡するための措置
裁定制度においては、上記(1)により取得した情報や元々判明していた情報に基づいて、権利者と連絡を試みる必要がある。
具体的な連絡方法のうち、例えば住所と電話番号が判明した場合に試みる措置は以下のとおりである[14] 。
(3) 実務上想定される対応
なお、裁定申請への対応という意味では上記(1)(2)の措置をとることになるが、それとは別に、著作者が過去に所属していた団体等に照会して連絡先を得ることも考えられる[15] 。例えば、本稿が想定しているような、自治体の報告書に外部の大学教授が執筆した場合では、当時の所属大学などに問い合わせを行うことが想定される。それにより、執筆者と連絡が取れて、利用のための許諾が得られる場合もある。
Q5 裁定申請の具体的な作業や、補償金の額の先行事例について詳しく知りたいが、申請者がそのような情報をまとめた文献はあるか。
A5 裁定の具体的な申請手続について書かれた文献は、必ずしも多くない。
まず、手続全般を詳しく述べた文献として、以下の2つが挙げられる。
1つ目として、一橋大学附属図書館が裁定制度を使って、明治期の簿記書のコレクションをインターネットで公開した際の、著作権者の調査や、申請書の作成と提出、補償金の供託について詳細に記されたものがある[16]。この件では、著者93名分、116冊分の補償金として、62,723円と算出されている (2011年の文献のため、裁定制度の運用に関して現在と異なる点に留意されたい)。
2つ目として、福井県文書館が、明治15年から明治24年(1882年から1891年)の地方紙の画像データをインターネットで公開した際の、署名記事の抽出と分類、権利者捜索のための作業、裁定申請について詳細に記されたものがある[17] 。この件では、174人分471件の署名記事につき、補償金の額は10,362円(記事単価4円×471件分×5年分+消費税)と算出されている。
他に、裁定申請の作業について部分的に触れた文献として、国立民族学博物館が、米国先住民の十字架を商業誌に掲載するために裁定制度を使い、「相当な努力」として民族誌や先住民アートショーの出品記録の拡大、米国の民族誌博物館の専門家の鑑定を行ったところ、文化庁に受理された旨の報告がある[18] 。
また、やや統計的な資料ではあるが、平成26年の裁定制度の見直しの検討時に、ヒアリング資料として、各種団体(国立国会図書館、国立美術館、映像コンテンツ権利処理機構、日本放送協会)の裁定制度の利用実態が公開されている[19] 。
なお、2016年から文化庁の委託事業で、権利者団体を中心に構成されたオーファンワークス実証事業実行委員会が、裁定制度に関する実証事業を行っており、報告書が公開されている[20] 。
Q6 最近、裁定制度について法改正があったと聞いたが、どのような内容か。
A6 著作権法の令和5年(2023年)改正で、新たな裁定制度が導入された。施行は公布日(令和5年5月26日)から3年を超えない日のため、令和8年(2026年)の春ごろと予想される。
文化庁は、この新しい裁定制度について、現行の裁定制度との比較から、次のように説明している[21] (下線は本稿筆者)。

すなわち、現行の裁定制度では、著作権者の連絡先が判明しても、単に返事がないなど、権利処理に必要な著作権者の意思が確認できない場合は裁定の対象とならない(上記Q4の(2)の表を参照)一方で、新制度ではそのような場合も対象になり得る。
新制度にも様々な論点があるが、本稿が想定している、自治体の報告書に外部の大学教授が執筆した場合においては、著作権者である大学教授の意思をどう確認するか等が論点になる。この点については、文化庁の告示やガイドライン [22]で明確になる見込みである。本稿執筆時点(2025年2月)では、文化庁の告示案が示された[23] にとどまるところ、告示案の内容にはいまだ解釈の余地もみられる[24] 。また関連して準備中の「分野横断権利情報検索システム」の詳細も現時点では明らかでない [25]ことから、新制度の検討は後日に委ねたい(本稿が想定しているような大学教授の執筆者の場合には、分野横断権利情報検索システムにも十分な権利者情報が掲載されていない可能性がある。文化庁は、「現行の裁定制度と比べて簡素な手続とすることで、迅速な利用が可能となります」[26] と述べるが、新制度がどこまで無用な負担なく使えるものになるかは、現時点では未知数である)。
【註】
[1] 数藤の執筆部分については、草稿段階で鈴木康平氏(人間文化研究機構)から貴重な助言を得た。
[2] 文化庁ウェブサイト「著作権者不明等の場合の裁定制度」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/1414110.html)内「裁定の手引き」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/chosakukensha_fumei/pdf/93947601_01.pdf)(以下この文献を「裁定の手引き」と略し、特に断りなければ本稿執筆時点の最新版である令和5年9月版(第11版)を指す)。なお本稿記載のURLの最終確認日は、特に断りなければ2025年3月10日である。
[3] 裁定の手引き1頁
[4] 権利処理の概観として、数藤雅彦「発掘調査報告書のインターネット公開に向けた権利処理」奈良文化財研究所『文化財と著作権』9頁(2022年)(https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/115734)、同「デジタルアーカイブを取り巻く法制度の現状と課題」コピライト744号26頁(2023年)。
[5] 文化庁ウェブサイト内「平成26年度文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会(第1回)議事次第」(平成26年9月8日付)(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h26_01/)内の資料6、文化庁「著作権者不明等の場合の裁定制度の見直しについて」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h26_01/pdf/shiryo_6.pdf)。
[6] 裁定の手引きにおいても、令和3年4月発行の第9版までは、「裁定を受けることができた場合の手続」の箇所で、「第三者に対して著作物等を利用させることについて裁定を受けることは可能ですが、そのような裁定を受けた場合でない限り、裁定を受けた者が、第三者に対して著作物等を利用させることはできません。」と書かれていた(第9版30頁)。しかし、令和5年7月発行の第10版からはこの記載は削除され(第10版33頁、第11版33頁)、「申請者」の箇所で、「原則として当該裁定により著作物を利用する者が申請者となりますが、弁護士法等の法令に抵触しない場合は、代理人申請が可能となります。」との記載が追加された(第10版18頁、第11版18頁)。これは、第三者に対して著作物等を利用させる裁定申請が非弁行為として弁護士法等の違反になり得ることをふまえた修正と思われる。なお、著作物等を利用できる立場を第三者に譲渡することができないかも問題となるが、裁定申請は行政庁の処分であって対等当事者間の契約に基づくものではないため、その著作物等を利用できる立場を第三者に譲渡することは認められないと説明されている(第11版33頁。加戸守行『著作権法逐条講義〔七訂新版〕』528頁(2021年)も参照)。
[7] 「全国遺跡報告総覧」(https://sitereports.nabunken.go.jp/ja)
[8] 裁定の手引き18頁
[9] 裁定の手引き39頁も、「申請は、著作物等の単位ではなく、複数の著作物等をまとめて申請していただくことができます。著作物の利用開始時期が同じであれば、一度に申請できる著作物等の数について特段の上限はございません。」とする。
[10] より詳しくは、裁定の手引き7頁以下を参照。
[11] https://saiteiseido.bunka.go.jp/
[12] 前注を参照。
[13] 公益社団法人著作権情報センターウェブサイト内「権利者捜し 広告掲載申込方法」(https://www.cric.or.jp/c_search/doc/koukoku_houhou.pdf)
[14] 裁定の手引き15頁より。同文献には、FAX番号やメールアドレスが判明した場合も記されている。
[15] 裁定の手引き15頁においても、「連絡先以外に権利者に関係すると思われる情報が判明している場合」には、「関係する情報に基づき、連絡先を特定するための調査等を行ってください。例えば勤務先等の著作者等が過去に所属していた団体が判明している場合は、それらの団体への照会により権利者の連絡先に関する情報を取得できることがあります。」とされている。
[16] 菅原光、高橋菜奈子 「文化庁長官の裁定による著作物の利用実践報告 : 著作権法第67条から第70条の適用による電子化資料の公開」大学図書館研究93巻27頁(2011年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcul/93/0/93_84/_article/-char/ja)
[17] 長野栄俊、田川雄一「文化庁長官裁定制度による明治期地方紙のインターネット公開」カレントアウェアネス-E No.394(https://current.ndl.go.jp/e2277)(2020年)、田川雄一「文化庁長官裁定制度を用いた地方新聞画像のインターネット公開とその反応」図書館雑誌115巻1号26頁(2021年)
[18] 伊藤敦規「民族誌資料の理想的なデジタルアーカイブと公開方法」文化人類学89巻1号127頁(2024年)
[19] 文化庁ウェブサイト「平成25年度文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会(第4回)議事次第」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h25_04/)
[20] オーファンワークス実証事業実行委員会「著作権者不明等の場合の裁定制度の利用円滑化に向けた実証事業報告書概要」(2017年3月)(https://jpca.gr.jp/orphanworks/2017/006/)、同2018年3月公開版(https://jpca.gr.jp/orphanworks/2018/020/)、同2019年3月公開版(https://jpca.gr.jp/orphanworks/2019/032/)、同「著作権者不明等の場合の裁定制度の利用円滑化に向けた実証事業報告書」(2020年4月)(https://jpca.gr.jp/orphanworks/2020/044/)
[21] 文化庁著作権課「著作権法の一部を改正する法律(令和5年改正)について」5頁(https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r05_hokaisei/pdf/93999801_01.pdf)
[22] 校正時に接した「「著作権法の一部を改正する法律に基づく文化庁告示案の概要」に関するパブリックコメント(意見公募手続)の結果について」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_06/pdf/94186001_04.pdf)によると、今後ガイドラインが策定・公表される予定とのことである。文化庁ウェブサイト「文化審議会著作権分科会政策小委員会(第6回)」(2025年3月18日)の参考資料4より(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_06/)。
[23] 「著作権法の一部を改正する法律に基づく文化庁告示案の概要」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_04/pdf/94158101_10.pdf)。文化庁ウェブサイト「文化審議会著作権分科会政策小委員会(第4回)」(2025年1月20日)の参考資料6より(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_04/)。
[24] 例えば、文化審議会著作権分科会政策小委員会(第4回)(2025年1月20日)における福井健策委員と持永著作権課課長補佐の議論を参照(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_04/)。
[25] 2022年12月時点の資料として、文化庁「分野横断権利情報データベースに関する研究会報告書」がある。文化庁ウェブサイト内「文化審議会著作権分科会基本政策小委員会(第2回)(令和4年12月21日)」資料2(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/kihonseisaku/r04_02/)。吉田光成「著作権行政をめぐる最新の動向について」コピライト751号19頁(2023年)も参照。
[26] 文化庁ウェブサイト「令和5年通常国会 著作権法改正について」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r05_hokaisei/)
