XR開発技術の近年の動向
Recent Trends in XR Technology
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.初めに
XR(クロスリアリティ)はデジタル環境に属する情報と現実環境を相互作用する技術の総称である。相互作用の度合いによって、デジタル情報を主体とした疑似的な体験を構築するVirtual Reality(VR)、現実環境の中でデジタル情報を活用することで新たな体験等を生み出すAugmented Reality(AR)、そしてデジタル情報と現実環境をシームレスに連携するMixed Reality(MR)といったものが含まれる。また近年では、空間コンピューティングという「機械が実際のオブジェクト(物体)や空間への参照を保持し、操作する機械との人間の相互作用」を生み出す概念も生まれている。
従来のPC等の情報端末から情報を取得する時代から、このようなデジタルデータや機械と現実環境の相互活用を重視したデータ利活用する時代へ進んでいると言える。こういった概念がより現実味を帯びる中で、その体験を実現するためのコアとなるXR技術も向上し、コンテンツ開発手法や体験手段も多様化が進む。例えば、簡易的なコンテンツ体験であれば、デジタル情報が用意できればビューア等で3D情報を可視化することができる。また、VRヘッドセットを利用すれば、3次元的に確認することも可能になる。このようにXR技術を活用する手段は年々容易になるとともに選択肢も多岐にわたる。今回はコンテンツの開発手段やデバイスについて、近年のXR技術を使った体験についての動向を整理する。
2.XRコンテンツの開発
XR技術を使った体験を実装にあたり、その環境を準備する必要がある。近年は3Dデータを表示するだけであれば、アプリケーションを開発することなく可視化することは容易である。もちろん、より複雑な要件に合わせた実装も可能である。このように実現したい要件に応じて様々な開発手段を選択することができるのが現状である。次節では主要なコンテンツ開発手段について述べる。
2.1 開発手段
近年のコンテンツ開発における手法について整理すると手段や提供手段に応じて以下のようなパターンがある。具体的なコーディング手段については一例として紹介している。

図1. 開発手段の違い
1) コード実装が伴う従来手法
デバイスがサポートする開発言語で開発者がコーディングによりアプリケーションを構築する。
2) ローコード開発
最小限のコード実装でコンテンツ開発が可能な仕組みを提供することで開発者の技術的なスキルの敷居を下げることができる。コーディング部分を最小限にするためのプラットフォームやエンジンとして利用する。
3) ノーコード開発
プログラミングの知識がなくても開発が可能。コンテンツの設計から利用までをプラットフォームで提供される。
1点目の手段は現在でも主流な開発手段の1つとなっている。開発にはプログラミング、3Dアプリケーション等の知識が必須となるため、一般的には敷居が高い面がある。このため開発コスト(技術力、期間等)が高い手法ではある。利用するデバイスに合わせた高度なアプリケーション開発が可能というメリットがあるが、デバイス毎の個別アプリケーションとなる場合が多い。例えば、iOS向けにはSwiftで開発した場合iOS以外ではそのままでは展開することができない。もし、マルチデバイス対応が要件となる場合、Unityのようなゲームエンジンや開発フレームワークの導入、8thwallといったプラットフォームサービスを利用することも可能である。デバイス固有機能の利用に対する制約が入る代わりに、汎用化された共通機能を利用して実装可能になる。これにより同一コードでマルチデバイスへの展開を可能にする。
2点目のローコード開発はコード実装による手段よりも容易にコンテンツ開発が行える。多くのローコードツールでは実装に必要な処理がブロック状になっており、ノードをつなぐ形で処理を実装する。開発言語の知識があまりなくてもある程度のアプリケーションの構築が可能となる。1点⽬の⼿段に⽐べるとデバイス固有機能の利⽤が制限される。
3点目は用途や機能を限定することでロジックを一切実装することなくアプリケーションを開発する手法である。先の2つの手段に比べるとコンテンツとして実現できることが制限される代わりに、コーディングが必要ない。例えば3Dスキャンツールである「Scaniverse」では、スキャンした物体をARで原寸表示する事ができ、Adobe Aeroのように簡易的なコンテンツ構築と体験の共有を実現できる。
このように、3Dデータを活用するためのコンテンツ開発もより手軽に開発することが可能な状況となっている。
2.2 コンテンツの提供手段の違い
前節ではコンテンツ開発手段に着目していくつかのパターンを示した。このほかにも提供者がコンテンツを提供する手段も重要となる。例えば、「博物館や美術館に常設する形で提供者が数台のデバイスで運用するような場合」と「広告などのQRコードをから多くの人にXR体験を提供するような場合」では、メンテナンスや利便性の観点から提供手段が変わる。コンテンツ提供手段には以下のようなものがある。
1) ネイティブXRアプリ
デバイスに直接展開して導入したアプリケーションを実行する。デバイスへのインストールが必要
2) WebXRアプリ
デバイスへのインストール作業は不要になる。体験に必要なURLを共有しデバイスのブラウザからアクセスすることでコンテンツを体験することができる。各デバイスへのアプリ導入が不要になり、コンテンツ管理をサーバで一元管理することが可能になる。
3) 専用アプリ
専用アプリを提供し各デバイスにインストールする。専用アプリではプラットフォーム上で構築したXRコンテンツデータを共有することでXR体験を生み出す。ノーコード型のプラットフォームに多い提供手段といえる。
このようにXR開発については様々な手段を選択できる。どの手段が優れているというものではなく、要件に応じて最適な開発手段を選択し体験を提供する必要がある。次にコンテンツを体験する際に利用できるデバイスの動向について述べる。
3.デバイスの種類と特性
前章ではXRコンテンツ開発の手法について解説を行った。実際に開発したコンテンツを利用者が体験するためにはデバイスが必要になる。デバイスについても近年では様々なものを活用することができる。ここでは、XRコンテンツを体験するためのデバイスの種類や特性について述べる。

図2. デバイスの種類と特性
1) XRデバイス(Video Pass-Through方式)
ヘッドセット型で視野を覆う形で利用するデバイス。3Dデジタルデータを現実に存在するかのように可視化できる。近年主流になりつつあるVideo Pass-Through方式は外付けカメラを通して現実環境を撮影し3Dデジタルデータを合成する。この方式では、VR/AR/MRいずれの表現方法でも没入感ある体験を可能にする。様々な体験を生むことができる反面デバイスの中では比較的高価になる傾向がある。また、装着時にヘッドセット部分がずれないように頭部への固定が必要となる。これは、体験の手軽さを妨げる1つの要因となっている。
2) XRデバイス(Optical Pass-Through方式)
現実世界を見ることができる透明~半透明のレンズを用いたデバイス。レンズに透過型の投影領域を配置し光学的な手法により映像を投影する。現実空間は透過レンズを通して視認できるためより日常に近い中で3Dデジタルデータを利用できる。この方式はAR向けとして利用することが多い。先のデバイス同様、デバイスの中では比較的高価になる傾向がある。デバイスの形状としてはヘッドセット型と眼鏡型のデバイスが存在する。ヘッドセット型はVideo Pass-Through方式と同様、装着の手軽さの問題がある。眼鏡型デバイスは、実際に眼鏡をかける感覚で利用できるため体験を容易に行えるが、コンテンツの描画に必要な処理をスマートフォン等別デバイスで行うものが現在の主流となっている。
3) スマートフォン
近年では、スマートフォンもXRコンテンツを体験することができる。スマートフォン搭載のカメラを利用し、平面のVideo Pass-Through方式デバイスとしてARコンテンツを体験することができる。

図3. スマートフォンを利用した簡易的なXRデバイス
また、簡易的なアタッチメントを利用することでXRデバイスと同様に立体的で没入感ある体験を実現できる。
この他、PCを利用して3Dデジタルデータを活用することができる。PCを利用するメリットとしては「描画性能を上げてより⾼品位の3Dデジタルデータを扱う」、「映像を出力する機器を選択できる」等がある。XRデバイスを接続することで、スタンドアロン型のXRデバイスよりも高品位で没入感あるコンテンツを体験できる。また近年は裸眼立体視が可能なディスプレイを用いることで、体験者がデバイスを装着することなく立体的に鑑賞することができる。
このように様々な手段で体験を提供することができる。
4.まとめ
今回は、3Dデジタルデータを活用できるXR技術についてその開発手段やデバイスの特定についての近年の動向を紹介した。XR専用デバイスと高度な開発技術への知見が必要だった以前に比べると、近年は容易に3DデジタルデータをXRコンテンツとして提供、および利用できる下地がある。このため、3Dデータ活用をより積極的に活用できる。例えば、POCのような実証実験の際にはノーコード開発を利用しまずは最小限で動作する体験を構築しで検証することが可能になる。
一方、要件に応じてどの開発手段、提供手段を利用するのか、デバイスは何を使うかといった選択は重要になる。例えば、想定する利用者を多数にする場合は、スマートフォンを利用した安価な簡易的なデバイスや、利用者が手持ちのスマートフォンで利用できる等を考慮する。コンテンツの提供もブラウザを利用したWebXRであれば、インストールが不要なり利用者の体験機会を増やすことができる。
[参照文献]
・Greenwold, Simon, "Spatial Computing", MIT Graduate Thesis, 2025年1月15日閲覧.
・Adobe, "ARソフトウェアでARを制作 - Adobe Aero", https://www.adobe.com/jp/products/aero.html, Adobe, 2025年1月15日閲覧.
・Niantic, "Scaniverse - Free 3D Scanner - Gaussian Splatting for iOS and Android", https://scaniverse.com/, Niantic, 2025年1月15日閲覧.
・株式会社palan, "palanAR(パラナル) | WebAR(ウェブAR)作成オンラインツール", https://palanar.com/, 株式会社palan, 2025年1月15日閲覧.
・ホログラム株式会社, "だんグラ - ダンボールで出来たホログラスでMR体験", https://dangla.jp/, ホログラム株式会社, 2025年1月15日閲覧
