電子申請システムを活用した発掘届出事務の電子化について
Digitization of procedures for processing excavation notifications using an electronic application system
奈良文化財研究所
- 奈良県
1 静岡県の発掘届出事務について
静岡県では、文化財保護法(以下「法」という。)に基づく発掘に関する届出、通知(法92~94、96、97条関連)の事務処理について、「静岡県事務処理の特例に関する条例」に基づき事務の一部を県から各市町に移譲しており、届出者からの書類の受付と、県が発出する通知の届出者への伝達については、国・県事業を除いて市町の役割となっている。県は、市町から進達された届出について、取扱(本発掘調査、工事立会、慎重工事など)を決定し、県知事名の通知を発出している。
また、「静岡県埋蔵文化財保護事務取扱要綱」に、県は市町に対し、埋蔵文化財の保護に係る事務の適正な処理のため、対象地やその周辺で実施された試掘・確認調査の結果など、必要な資料の提出を求めることができると規定しているため、市町が届出を県に進達するにあたっては、それら資料に取扱に関する意見を付した上で提出することが通例となっている。
これらの事務のうち、特に件数が多いのが、主に開発事業に伴う周知の埋蔵文化財包蔵地内での発掘に関わる法93条届出・94条通知であり、その膨大な事務処理に各自治体が頭を悩ませていることは共通であろう。
本稿では、静岡県で令和6年度から実施している、法93条届出・94条通知の事務処理(以下「発掘届出事務」という。)の電子化の取組について、経緯及び検討の過程、内容、成果、今後の展望についてまとめる。
2 令和5(2023)年度以前の状況
令和5年度以前、一部を除く県内の多くの市町では、窓口で届出者から紙媒体の届出書類を2部受理し、そのうち1部に資料と意見を付した上で、県担当課である文化財課に進達していた。書類を受け取った文化財課は、提出された資料を参考に届出内容を確認し、取扱に関する通知案について紙媒体による決裁を経た上で、紙に印刷した通知文に知事印と契印を押印して発出していた。
令和5年度時点で、発掘届出事務は幾つかの問題を抱えていた。
① 届出件数の増大
静岡県の年間における法93・94条届出件数は、平成23(2012)年には755件だったものが、令和4(2022)年には1,595件と10年間で2倍以上に増加していた。1)件数の増大により、県の事務担当者の負担は大きくなっており、加えて大量に届く書類が執務室内で山積みになり、事務処理の漏れ、又は遅延が発生するリスクが高まっていた。
② 文書管理コストの増大
届出書類について、県では規定の様式(2ページ)に加え、掘削の位置、範囲、深度などが分かる図面等の添付を求めているため、1件あたり概ね20ページ程度のものとなっていた。事務処理終了後、一連の書類は、許認可に類する事務書類であることから長期保管の対象となるため、1年間、執務室内に保管したのち、文書課へ引継ぎし、県庁舎内の文書保管庫で管理する。この文書引継ぎに関る作業についても、①で述べた件数の増大により、毎年度、多大な労力を要していた。また、保管庫の空き容量が年々減少する中で、長期保管書類が毎年度大量に発生するこれら事務についても、いずれ見直しが求められる可能性があった。
③ 事務処理期間の問題
市町から県への書類の進達、県から市町への通知の発出は、いずれも郵送で行われていたことから、郵送に要する時間が事務処理期間を圧迫する問題があった。法93条届出は、着手の60日前までに行う義務があるため、着手までの期間に余裕を持って提出する必要があるものの、市町に届出があった後に市町が確認調査を実施するケースなどでは、時間に余裕がない状況で県に進達され、短期間内に通知の発出が求められることで、書類の確認時間を確保するために苦慮することがあった。さらに、そういったケースでは、市町の担当者、場合によっては届出者から直接県に電話等で問い合わせがあるなど、業務に支障が生じることもあった。
3 取組の経緯
静岡県では、令和4年度から全庁的に文書の電子保存の推進、紙から電子への媒体変換の促進、電子決裁の利用の徹底が目標として掲げられてきた。特に電子決裁については、部局ごとに利用率の数値目標が設定され、最終的には100%とすることが求められていた。
本県の電子決裁とは、決裁システム上にPDF等のファイルを掲載し、全てシステムの画面上で完結する「電子決裁」と、決裁システムと照合可能なIDを付与した紙資料の回覧を併用する「電子決裁(紙併用)」の総称である。
電子決裁の利用の徹底が求められる中で、年間1,500件以上の発掘届出事務については、部局全体の利用率に与える影響が大きいことから、部局内から電子決裁を利用するよう求める声が強まった。
利用にあたり、膨大な紙書類が県に進達される発掘届出事務において、県が受理した書類全てをPDF等の電子ファイルに媒体変換することは、従来の紙媒体のみによる事務に比べて労力・コストが増加してしまうことから、「電子決裁」ではなく、「電子決裁(紙併用)」を利用することとした。しかし決裁システム上の掲載ファイルと紙資料の照合に労力を要することなどのため、従来の紙媒体による決裁処理を効率・省力化するまでには及ばなかった。
こうした状況にあった令和5年度9月、従来本庁の文化財課で所管していた発掘届出事務のうち、市町からの進達の受理、県通知の起案・市町への発出については、令和6年度から出先機関である埋蔵文化財センターに移管することが正式に決定された。
移管にあたり事務処理内容を精査していく中で、郵送コストに関する問題が浮上した。
本庁の文化財課に係る書類の送付や受取は、県庁⇔市町庁舎を定期的に往来する郵送物として県庁全体分が一括して処理されるため、県文化財課又は各市町担当課が個別に郵便料金を負担する必要はなかった。しかし埋蔵文化財センターは、単独の出先機関であり、書類の郵送は個別に対応することとなるため、郵便コストがセンター及び市町担当課の相互に増大することが見込まれた。そのため、県⇔市町間の書類の受け渡しを紙媒体でなく、郵便コストの要らない電子媒体で行う方法を検討する必要が生じた。
また、事務移管における課題の1つであった、県通知に押印する公印の取扱について、見直しが行われた。静岡県における従来の公文書管理においては、知事名の文書を発出する場合は、一部の例外を除き、公印及び契印を押印する必要があった。令和5年4月に静岡県文書管理規程が改正され、契印の押印が原則廃止されるとともに、公印についても一部の文書を除いて、文書中に文書の真正性を相手方が確認できる事項(担当課・班、担当者名、連絡先等)を明示した上で省略することとなった。発掘届出事務に係る県通知についても公印省略可能との基準が示されたことから、県通知を紙媒体でなく電子データで発出することが可能となった。
よって、これらの経緯を経て、発掘届出事務の電子化について、文化財課と埋蔵文化財センターで検討を開始した。
4 取組にあたっての検討
発掘届出事務を電子化するにあたり、複数の方法が検討された。
① 新たなシステムの開発
静岡県内には周知の埋蔵文化財包蔵地が約9,200箇所あり、その内容(遺跡の時代や規模など)の多くは、市町が実施した試掘・確認調査により把握されている。このため、提出された届出の内容について県が取扱を決定するにあたっては、市町からの進達に添付される資料が不可欠となる。
よって、書類提出の電子化には、届出者から県に直接提出される方法ではなく、その間に市町が入る方法が望ましい。しかし、そうしたシステムを構築するためには、開発に多大なコストと時間を要するが、事務の移管が決定されたのは年度途中で移管までの期間が半年程度と短く、予算措置を経て新システムを構築することは困難な状況であった。
② メールによる書類の送受信
従来から、諸事情により着手時期が切迫しているなど、緊急に対応する必要がある一部の届出については、市町でPDF化した書類をメールで送付してもらい、県での電子決裁後に紙通知(公印押印)を発出するケースがあった。この方法を広く用いて、全ての届出を市町でPDF化してもらい、課の業務メールボックスで書類を受け渡しする案の検討も行った。
前述の通り、電子決裁が推進されている環境において、県通知の公印も要らないことから、メールで送受信することは可能であった。
しかし、年間の処理件数が多い中、全てを課の業務メールボックスを用いることは、他の業務メールと紛れて事務処理漏れが発生するリスクが高いと判断した。また、本県のメールサーバーについて、各課に割り当てられている容量が少なく(4GB程度)、また受信できるメールの最大容量も限られている(10MB程度)ため、図面を多く含む届出が大量に提出された場合には、課のメールサーバーがパンクし機能不全に陥る恐れがあった。
③ 既存の電子申請システムの利用
そこで、市町から県への書類の進達、県から市町への通知の発出といった書類の受け渡しについて、静岡県の県民向け共通の電子申請サービスである「ふじのくに電子申請システム」(以下「静岡県電子申請S」という。)を活用することを考案した。
静岡県電子申請Sは、本県の職員採用試験の申込みや公文書開示請求、道路占使用関係届出、又はアンケートや県主催イベントの参加者募集などに活用されている。主に県担当課と県民(利用者)の直接のやりとりを目的としたシステムである。このシステムは、県の担当者側で、入力内容や、添付ファイルの様式や容量(最大100MBまで)などを自由に設定することができる。また、本事務とは直接には関係はないが、料金収納事務にも対応が可能である。
このシステムを利用するメリットとして、提出された届出は県側で一覧として確認することができ、市町名・提出日・事務処理状況等に応じてソートをかけることができる。さらに、ソートした状態からCSV形式で市町側が入力した内容を出力することが可能であるため、県の事務の省力化を実現できる。また先述した通り、システムで取り扱うことができるファイルの最大容量が比較的大きいため、発掘届出書類に概ね対応が可能である。
また、利用者側は、申込時に発行されるIDを用いて、各届出の事務処理状況を確認することができるとともに、県側がシステム上にアップロードした返信文書を、届出者側でダウンロードすることができる。このため、県での決裁処理を除き、市町側との書類の受け渡しをシステム上で完結することができる。
ただし、あくまで県担当と利用者の2当事者の利用を想定したシステムであり、発掘届出事務における実際の流れに即したように、市町を間に入れ込むことはできないことから、上記②のメールによる送受信案に代わる方法として、電子申請システムの利用者側を市町とし、県側で受付を行うこととした。

図1 事務処理フロー比較

図2「ふじのくに電子申請システム」のステータス図

図3「ふじのくに電子申請システム」県担当者側画面
5 実施
まず静岡県電子申請Sにおける申込様式を作成した。それまで県での紙書類の事務では、県通知を作成するにあたり、届出書や市町の進達文書の鑑文に記載されている、届出者名や所在地、遺跡名、文書番号といったものを県の担当が確認し、通知様式に入力する必要があった。1件ではさほど労力は要しないものの、大量に処理する必要があることから、非常に時間と労力を要する作業となっていた。そこで、申込様式において、県通知の作成に必要な情報を市町担当者に入力してもらい、県では入力された情報を通知様式に差し込むことで、県通知作成に要する労力を削減できるようにした。
作成した申込様式で実際の運用上の課題を洗い出すため、令和6年1月から、一部の市町の協力を得て試験的に運用を開始した。実際に運用していく中で、様々な問題点が明らかになった。例えば、当初は届出書や試掘結果などの添付ファイルをPDFに限定していたが、ある市では内部の取り決めにより、市の外部にファイルを送信する際にはパスワード付きzipファイルで送信する必要があることが判明したため、限定を緩和する必要が生じた。
そうした3ヶ月程度の試験運用を経て、埋蔵文化財センターに事務が移管された令和6年4月から、全市町を対象に運用を開始した。開始時にはマニュアルを作成・配布し、各市町からの問い合わせに対応できる体制を備えたが、システムが県民の利用を想定しており、UIが比較的平易なものであったことから、大きな混乱は生じなかった。
一方、当初は、各市町の担当者が様式に入力することから、利用回線をLGWAN(総合行政ネットワーク)に限定していたが、一部市町では、文化財所管課の所在地が市町の本庁舎ではなく、資料館などの出先機関に所在するため、LGWAN回線が利用できないことが分かった。そのため当該回線を利用できない市町に限り、通常のインターネット回線からの申込を受け付けるように運用を変更した。
令和7(2025)年1月現在で、既に900件以上の届出がこのシステムにより処理されている。

図4「ふじのくに電子申請システム」市町側入力画面
6 取組の成果
静岡県電子申請Sにより発掘届出事務を行うことで、市町との書類の受け渡しを電子上で完結することが可能となったことから、郵送、印刷に要する経費は全て無くなった。また、一連の取組により、公印の押印に要していた時間が無くなり、文書も電子データで保管することから長期保管文書の引継作業に要する時間も削減された。
また、静岡県電子申請Sの機能で、事務処理状況が県と市町の担当の両者から確認できるようになり、事務処理の漏れや遅延の発生を防止することができるようになった。以前は頻繁にあった処理状況に関する問合せがなくなり、その対応に係る労力も要らなくなった。
一方、市町担当者の負担が増加することに懸念があった。本県の発掘届出事務において、届出に用いる媒体を指定していないため、市町が届出者から書類を受理する際に紙又は電子データとするかは自由である。本県の富士市のように、既に事務処理が電子化されていれば、そのデータを利用すれば良いが、事務処理に紙媒体を用いている市町であれば、決裁後に書類をPDF化する手間が増えてしまうからである。しかし、行政事務の電子・デジタル化は今後とも全国的に一層進められていくものと考えられ、市町側が電子化を図ったとしても、それに県側が対応していなければ事務処理の電子化・省力化の流れに水を差すことになってしまう。今後、市町も含めた事務処理全体の電子化を促進させるという点においては、意義があっただろう。
7 目指すべき発掘届出事務の処理方法
これまで述べてきた通り、発掘届出事務において、市町に資料等の提出を求める現在の本県の方法について、一部の市町担当者の負担が増加している状況に鑑みれば、届出者⇔市町⇔県の3者の対応を一体化したシステムの開発・運用が理想である。
また県では、周知の埋蔵文化財包蔵地の範囲について県のGISで一般に公開しているため、開発事業者など、埋蔵文化財発掘届出を行う者がネット上のGISでそれを確認し、手続の要否を確認した後に、スムーズに手続に移行できるシステムであれば、県民等の利便性が大幅に向上することが見込まれる。
しかし、発掘届出事務処理に特化したシステムを開発することのハードルは高く、仮に開発したとしても、その後の運用やOSのアップデート等に対応するための更新作業に要するコストに鑑みれば、容易にはその選択肢を採用することはできない。現状において、コストをかけずに省力化を図りつつ発掘届出事務を継続していくためには、既存の県全体の共通システムを利用していく方法が最善のものと考えている。
ついては、今後、発掘届出事務に係る県、事業者、市町の関わり方を踏まえて、事務制度の改善も含めた検討を行い、県の共通システムの利用方法を再構築するべく取り組んでいきたい。
8 おわりに
本稿では、静岡県における発掘届出事務について、既存の県共通の申請システムを活用し、県⇔市町間の書類の受け渡しを行うことで電子化を達成した事例を紹介した。今後こうした事務の電子化を図る上では、新たなシステムの開発・導入にこだわらず、既存の汎用システムを活用することで、目標が達成できる可能性があるだろう。
本稿で紹介した発掘届出事務の電子化を実現するにあたり、令和5年度の試験運用に御協力いただいた富士市、伊豆の国市、清水町の文化財担当者の皆様、そして現行のシステムの運用に御協力いただいている県内各市町の文化財担当者の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
1)文化庁文化財第二課『埋蔵文化財関係統計資料 ―令和5年度―』令和6年3月 16頁
