中近世墓の調査におけるLiDAR活用の有効性 ~石見銀山遺跡の事例から~
Effectiveness of the use of LiDAR in the investigation of medieval and early modern tombs - A case study of the Iwami Ginzan site.
奈良文化財研究所
- 奈良県
1.はじめに
総務省行政評価局が令和5年9月に報告した『墓地行政に関する調査-公営墓地における無縁墳墓を中心として-結果報告書』(注1)によれば、「人口減少・多死社会」という社会情勢に伴って、「死亡者の縁故者がない墳墓又は納骨堂の増加は、より顕著な問題となっていくおそれがある」としている。
具体的には、公営墓地での無縁墳墓等(注2)の発生が、「墓地の荒廃や不法投棄の温床」になっており、なかには「市町村で樹木の伐採や墓石の倒伏防止のための手間と費用を要した例」もあるという。
墓地は、全国で87万区域存在し、そのうち公営墓地は約3万区域であるので、公営墓地以外の大多数の墓地においても無縁墳墓等が増加、つまり相当数の中近世墓の撤去と処分が行われている現状がうかがえる。それはすなわち歴史資料としての墓石の滅失が全国的に進行していることに他ならない。
この問題について、日本考古学協会第90回総会で「中近世墓地の「墓じまい」を考える」と題したセッションが行われた。おびただしいほどの数の中近世の墓石が記録化されることなく山積みにされた現状を目の当たりにし、急速に進む「墓じまい」にどう対処すべきか、課題の整理と対処方法について意見交換が行われた。
「墓じまい」は人間活動の営為の結果生じた社会変容であるがゆえに、受容せざるを得ないなかで、ならば、いかに記録化するか。
一方、石見銀山遺跡では多年にわたる墓石の悉皆的な調査成果が世界遺産の価値証明に結び付いた。その調査内容と成果の概略を述べ、石見銀山遺跡以外で無縁墳墓の記録化を行った例を紹介。墓じまいの抱える諸課題に対する有効手段として、デジタル技術の活用を提起しておきたい。
2.石見銀山の石造物調査
(1) 文化的景観としての価値
島根県大田市に位置している石見銀山遺跡は、「石見銀山遺跡とその文化的景観」として2007(平成19)年にユネスコの世界遺産一覧表に記載された。構成資産の面積は529.17ha、緩衝地帯は3,134haの広さがある。
世界遺産一覧表における登録名称の英語表記は「Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape」であり、日本語表記にはある“遺跡“(site)という文言を含んでいない。その理由は、世界遺産の価値基準ⅴ、石見銀山の場合のそれは「鉱山活動を示す土地利用の総体」が評価されたのである。具体的には、採掘を終えることで機能を停止した鉱山をはじめ、鉱山への物資の搬出入を担った往時の港や街道、その近辺に位置する山城といった考古学的な遺跡にとどまらず、今なお人々の暮らしが継続する鉱山町と港町にまで及ぶ土地利用のあり方を意味している。
図1 石見銀山遺跡の位置と範囲
遡ることちょうど30年前の1995(平成7)年。島根県が石見銀山の世界遺産一覧表記載に向けた取り組みを表明したことを契機に、石見銀山がどのような価値を有しているのかを明らかにするため、島根県と大田市を中心に「石見銀山遺跡総合調査」(以下「総合調査」と略記)に着手した。総合調査の構成は、遺跡部分の実態解明を目指す発掘調査とそれに連動した科学分析調査、国内外の歴史文献調査、街道、港湾、山城跡の分布調査、民俗調査、そして石造物調査である。
(2) 石造物調査の成果と継続実施
石造物調査の目的としては、「銀山(開発)に関わった人々の信仰や葬送儀礼、さらに集団的営為のありようと変遷を具体的に復元し、遺跡の実態と意義を明らかにする」ことを掲げた。総合調査の初期である1997・8(平成9・10)年度は、集中的な分布域であった鉱山山頂周辺と公開坑道龍源寺間歩周辺の実態把握を進めた。各石造物群の規模や種類、その消長を把握するため紀年銘のある墓石を対象に実施した。その結果、天正・慶長年間の紀年銘を多数確認し、継続的かつ悉皆的な調査が必要となった。1999(平成11)年度からは、立正大学が調査に参画し、以後継続される以下の二つの調査手法で実施することとなった。一つは、鉱山全体の墓標墓石の傾向や変遷を把握するとともに悉皆調査の必要個所を特定するための分布調査、もう一つが、墓所墓域単位での個々の墓標墓石の実測調査を行う悉皆調査である。
2024(令和6)年度段階で、鉱山町、港町までの範囲で確認された墓石総数はおよそ15,000基に及び、そのうち実測点数は5,500点を数える。個体数では近世墓標の数が圧倒的に多い。近年では、石見銀山遺跡の墓石の解明に不可欠な緩衝地帯とその周辺域にも対象範囲を広げ、調査及び記録化を行っている。
(3)調査用紙と調査台帳
石造物調査はその着手当初から記録方法については手書きによる実測図や調査カードを用いている。概略を述べると、カード1枚に1点の墓石を記録。表面には、種類・時代・調査年月日など基本的な項目に加えて、所見と銘文を記載。銘文は必要に応じて拓本を打っている。撮影した画像はデジタルデータで別に保管しているため写真貼り付け欄に貼付は行っていない。裏面は方眼紙である。縮尺は1/5、実測に際しては、特殊品を除き外形や装飾部位を中心線から反転して記載している。
図2 調査カード表面 図3 調査カード裏面
図4 実測例(宝篋印塔) 図5 実測例(石仏) |
この方法で1日に図化できる数は、一石五輪塔や宝篋印塔で5~6基、地蔵(石仏)となると2~3基である。悉皆調査では数百基の墓石を実測するため、いわば「人海戦術」を取らざるを得ない。こうした手書き実測にメリットもある。衆目の一致するところであろうが、その場で対象物の仔細な観察、場合によっては視覚と触覚も用いて図化することで、実体感を調査者が「記憶化」できるという点である。その「記憶化」した経験的蓄積によって、別の資料に接した際に形状の判別が容易になることもある。ただ、実測の個体数が増加するにつれて、記憶化はあいまいになり、まして多人数の、半ば機械的で大量の実測作業では、「記憶化」の長所は期待できなくなる。いうべくもないが、「記憶化」は、資料の管理はもとよりその活用となる資料アクセスの不便さはデメリットである。
なお、石造物は寺跡などに墓域として把握する一定のまとまりがあることがわかっている。これについては、当初からトータルステーションでの計測を実施している。
墓域の位置や範囲は、鉱山に1,000箇所ある坑口や、伝統的建造物に係る修理・修景の記録、発掘調査と試掘地点の詳細情報等を集約したGISの「石見銀山遺跡地理情報システム」を2005(平成17)年に整備して格納している。(注3)

図6 墓群の実測例

図7 石見銀山GIS
3.湯氏関連遺跡の調査
(1)経緯
以下に紹介する湯氏関連遺跡の調査は、石造物の実測調査について新しい取組みを実施した例である。

図8 湯氏関連遺跡の位置
「港町温泉津の景観と変遷」として実施した学術研究の一つとして、石見銀山遺跡の周辺域で世界遺産の緩衝地帯よりも外に位置してはいるが、調査対象とした遺跡である。調査に至る経緯は、周知の墓所であった「温泉新兵衛墓」の調査を実施した際に、新たに宝篋印塔16,五輪塔8基の合計24基を確認したことによる。この石塔群は、石見銀山遺跡で確認されてきた石塔群と比較して、定型化した形式よりも古い様相で、製作年代は15世紀後半~16世紀前半を中心とした時期と判断された。発見時に判明したのであるが、この箇所が砂防工事の実施予定地となっていたのである。工事対象範囲にはこれら中世の石塔に加えて近世~近代の石塔も含んでおり、事業主体によって無縁墳墓の公告が行われ、無縁仏として改葬が行われることとなっていた。
取扱い協議の結果、東西21m、南北約15mの平坦地に存在する石塔群のすべてについて記録化を行うこととなった。つまり、中世墓のみならず近世~近代墓までを対象としたのである。
その要因は、周辺に温泉城跡及び居館推定地、輸入陶磁器が出土した湯里天神遺跡が位置していること、さらに遺産域内の石造物との比較研究に係る資料となることが期待され、地域の歴史をうかがい知る資料となると判断したことによる。
(2)調査と記録方法
しかしながら、そもそも取り扱うこと自体の判断が難しい近世~近代の墓石を調査対象に含めた要因には、LiDAR搭載のタブレットを公用で導入していたことが大きな点であった。現地調査は2023(令和5)年2月と2024(令和6)年10月に補備調査を実施したのであるが、2022(令和4)年度に、国土交通省が出来高計測に際して、「モバイル端末(LiDAR付きスマートフォン等)を「運用ICT」に示したこと(注4)も背景としてあった。しかし、精度の問題や、どこまでの記録化が可能かどうか不明であったため、レーザー計測を実施し、必要に応じてメタシェイプによる3次元テクスチャを構築。LiDAR測量は、石造物のより詳細な記録作業を目的とした。
調査の工程は次のとおりである。
①草や支障木を撤去した後に、すべての墓石と周辺の露岩をクリーニングし、レーザー計測等による3次元実測を実施。②改葬が行われる近世~近代の石塔について、墓群と個々の個体についてLiDAR搭載のタブレットで実施。③作図後に実物と照査した。

図9 調査前

図10 清掃後
(3)成果
結果として、LiDAR測量は、個々の墓石の記録化においてその能力の高さを示した。下図のとおりである。

図11 墓石の実測状況
先に紹介した調査カード方式の「記憶化」では得られない詳細な形状やテクスチャを記録できる。また、照査についても画面上であらかじめ把握でき、墓群としての集積状況の記録、位置情報の記録も可能である点は大きなメリットである。
記録作業が著しく短縮できたため、補備調査として下層確認のトレンチを設定し、地下遺構の有無を確認することとした。結果、現況の石垣とは方向が異なる石列が認められた。石列には平滑な石が所々に据え置かれていることから柵や門扉を伴う墓域の区画と推定。さらに石列より谷奥側に盛土のある石集積遺を確認し、中世墳墓と判断。湯氏に関連した墓所の可能性が高いことから遺跡名称を「温泉氏関連遺跡」とした。こうした予想外の成果は、調査効率化の、いわば「副産物」でもある。

図12 下層遺構の検出状況
4.まとめと展望
(1)LiDAR測量の有効性と展開
簡便かつ短時間で計測が可能なLiDAR測量の活用は、「墓じまい」により移動等を余儀なくされた墓石の即時的な記録化に効果的であるとともに、広範囲に分布する石造物の調査手法として、その有効性は非常に高い。記録としても個体の比較検討につなげることができ、それによって新たな発見や分析調査が進む可能性を有している点も注視される。また、緊急的な記録作業に加えて、「墓じまい」に抗する事前策としての記録化に適している。金石文の研究や郷土史研究など、考古学以外で幅広く、誰しもが参画できる歴史資料の収集の一つの手法として優れた能力を発揮することは想像に難くない。
得られた資料は、調査研究だけではなく学校教育や展示といった教育普及分野への展開も期待される。高精細で実体感が高いがゆえに視認性において優れ、本来は現地で学習することが望ましい臨場感のある疑似的な体験をもたらすことは疑いない。
現在、石見銀山では「石見銀山メタバースプロジェクト」として、次世代型といわれる「T-Twin Verse」 (注5)の試行を進めている。そのコンテンツ制作には、大田市の地域課題解決につなげることを目指して、大田市独自の生成AIを構築して学習させている。今回のLiDAR測量の成果はまだ反映されていないものの、記録化しておくことで、今後、石見銀山の解明や石造物の解析などへ応用していくことが可能となる。
(2)記録の必要性と手法の進化に向けて
海外からの石見銀山を訪れる専門家などを案内するなかで、日本の江戸時代への関心の高さを感じる。特に現地に残る石造物は、その宗教的背景、造墓体制や被葬者などの知的好奇心を誘引するようである。さらには、江戸時代の鉱山社会や経営、そして今につながる石見銀山の文化的景観の本質的な価値への興味関心を示されることが多い。
このごとく、我々が認識している以上に、江戸時代の歴史とその特性は、文明史あるいは人類史的視点において記録すべき対象となる可能性があるのかもしれない。
その視点に立てば、記録化されない考古学的資料が放置される状況に向き合い、一定の手法なり制度を確立し、保護すべき対象として議論を深めていく必要があるのではないか。
しかしながら、中近世墓の記録化については、文化財調査体制の制度的限界という大きな問題が存在している。記録すべき保護の対象として広げにくいのが実情であることは十分理解している。特定の地域を除き、江戸時代の遺跡は発掘調査の対象外とされている実態もある。
そうした課題に対して、LiDAR測量の活用に期待が高まる。国土交通省の要領にはすでに記載されており、考古学の分野でも調査標準化の動きがあるなかで、先に述べた広範かつ多方面、多分野での記録化の試みが、より効率的で機動性が高い標準、すなわちデータベース化を含むプラットフォームの構築に寄与するのではと思われる。
「墓じまい」という歴史資料喪失の危機が、逆に契機となって考古学の調査研究にかかる手法の進化につながることを期待したい。
謝辞
本稿は、日本考古学協会第90回総会のセッション「中近世墓地の「墓じまい」を考える」において発表した内容を基に、手法や展望についてまとめたものである。セッションの佐藤亜聖代表始め、海邉博史、関口慶久、鳥羽正剛の各氏、そして石造物研究会の方々から多くの示唆や助言を頂戴したことに感謝申し上げます。
【注】
1. https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/hyouka_230913000167928.html
2.「無縁墳墓等」とは、死亡者の縁故者がない墳墓又は納骨堂のことをいう
3.このGISは、ソフトウエアのアップデート等の課題を有しており、非公開である
4.国土交通省2022「3次元計測技術を用いた出来形管理要領 (案) 令和4年3月版」
5. https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2024/240626_9969.html
【引用・参考文献】
(一社)日本考古学協会2024 『一般社団法人 日本考古学協会第90回総会 研究発表要旨』
東山信治2016『石見銀山遺跡石造物調査報告書16』島根県教育委員会・大田市教育委員会
間野大丞他2021『石見銀山遺跡石造物調査報告書20』島根県教育委員会・大田市教育委員会




