静岡県富士市における埋蔵文化財部門のデジタル化の状況

佐藤 祐樹

Status report on digitalization of buried cultural property sector in Fuji City, Shizuoka Prefecture

Sato Yuki ( Fuji City Board of Education )
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データ登録機関 : 奈良文化財研究所 - 奈良県
詳細ページ表示回数 : 431
佐藤祐樹 2025 「静岡県富士市における埋蔵文化財部門のデジタル化の状況」 『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』 XR・LiDAR・3D・デジタルアーカイブ・知的財産権 https://sitereports.nabunken.go.jp/online-library/report/61
 静岡県富士市の埋蔵文化財部門で実践している文化財保護法第93条の進達事務(以下、「進達事務」という。)及び発掘調査におけるデータ管理方法、周知の埋蔵文化財包蔵地の公開などのデジタル化の状況を報告する。年間230件程度の進達事務は庁内における電子起案、電子簿冊制度及び静岡県が導入した「ふじのくに電子申請システム」を利用し、ペーパーレスで進めている。さらに過去の調査結果概要や届出書類のデータはマニュアル・ルールに基づき保管され、起案から事業者への県知事指示の伝達という進達事務などを会計年度任用職員(整理作業員)が主体的に行える体制を整えている。
目次

はじめに

 静岡県富士市における文化財保護行政は教育委員会文化財課が担っており、文化財課職員は所属長を含めて8名が所属し、そのうち埋蔵文化財専門職員として位置づけられる職員が筆者を含めて2名いる。本市の史跡の大部分は古墳であり、国指定1件、県指定4件、市指定10件を数え、これら「史跡」と「埋蔵文化財」部門の業務を2名の職員で担当している。

 近年は、市指定史跡千人塚古墳の整備工事や国指定史跡浅間古墳保存活用計画の策定などの保存・管理・整備・活用に関わる業務と年間3件程度の本発掘調査および年間60件程度の確認調査を直営で実施している。また、本論での主題となる文化財保護法(以下、「法」という。)第93条の受付、進達事務はここ5年間の平均で年230件程度あり、発掘調査報告の作成など他業務とのバランスも考えると、会計年度任用職員のサポートを得ながら、いかに事務処理を効率的に進めていくかを常に念頭に置いて、所属職員への業務割り振りしていくかが求められている。

 以下では、本市においてその問題を解決するためのデジタル化の状況について報告する。


1. 庁内全体におけるデジタル化の状況

 地方自治体の埋蔵文化財行政におけるデジタル化を推進するうえで、庁内全体のデジタル化の状況に左右される点が大きい。いかに一部門のデジタル化を進めたとしても、庁内全体の業務フローの中で、どこかにその流れと逆行する考え、仕組みが介在した時点で、それは非効率的なものになる。そのため、他市の担当者にとっては参考にならない点もあるかもしれないが、富士市デジタル担当課により構築されているデジタルワークフローを紹介する。

 富士市では2001年度からアプリケーションの実行やデータ管理をサーバー側が行うシンクライアントパソコンが導入され、筆者が入庁した2007年にはすでに電子起案、電子簿冊を含めたデジタル文書管理システムが導入・運用されており、かつて、多くの自治体で見られたであろう「稟議板」による持ち回りの承認(押印)は一応廃止されていた。ただし、「パソコンの画面では確認しにくい」や「部長級への説明は対面、紙で行うべき」、「重要な資料ほど紙で残すべき」という古い体質と風土によるものか、導入から約20年たった現在も、一部で「手決裁」と呼ばれる稟議板による回議が若干残っている。本来は、重要な資料ほど、「いつでも だれでも どこでも」確認できる電子起案、電子簿冊の利点を理解して記録保管をすべきである。

 それでも、コロナ禍を経て、働き方の変化や職場のフリーアドレス化などの影響からか、大半の文書及び財務会計の電子起案が浸透している印象があり、埋蔵文化財部門でもほぼすべての文書(例えば確認調査の事業承認やその結果概要の県への提出、法93・94条の進達関連など)が電子起案により処理され、最終的には電子簿冊に格納、保管されている。

 以上のような庁内シンクライアントによる文書管理システムに加えて、埋蔵文化財調査室内におけるローカルエリアネットワークを使用した旧来のシステムも並行して稼働しており、こちらの構築、維持、管理は職員自身で行われており、こちらの問題は後述する。


2. 周知の埋蔵文化財包蔵地の管理と公開

 埋蔵文化財部門におけるデジタル化の試みとして、周知の埋蔵文化財包蔵地(以下、「包蔵地」という。)の管理システムについて紹介する。これは大きく分けて職員が庁内シンクライアントで見ることができるシステムと、市民・開発事業者向けのシステムに分けることができる。

 まず、庁内シンクライアントは株式会社パスコが提供するPasCALというGISシステムにより、各課が保有する様々な空間情報データがレイヤーごとに管理されており、文化財課でも包蔵地レイヤーの管理をおこなっている。各課が保有するデータには毎年更新される市内全域の航空写真や地籍、河川などさまざまなデータがあるため非常に便利なシステムであるが、あくまでも庁内で職員が業務上操作できるだけであり、一般には公開していない。

 そのため、県内における包蔵地地図の公開は、市のホームページ上における包蔵地地図のPDF公開以外には、静岡県による包蔵地のGIS公開によるものが一般的であり、富士市もかつては同様の対応をしていた。しかし、静岡県による包蔵地GISの公開は、ある一定程度の縮尺よりもアップにすると包蔵地の線があえて見えなくなるという、利用上の不便さがあり、そのような状況下で法93条の届出を徹底させることは開発事業者への一方的な負担を強いているともいえる状況であった。

 近年、富士市では株式会社パスコが提供する自治体向け情報公開GISサービス「わが街ガイド」の富士市版にあたる「ふじタウンマップ」というサイト上で、防災マップや都市計画マップ、基準点、指定道路情報などとともに包蔵地地図の公開を行っている。本来であれば、汎用性の高い形式により、包蔵地データそのものを公開するという取り組みが求められており、今後の課題といえる。

 市民・開発事業者向けの「ふじタウンマップ」では郵便番号や住所、地番のいずれかを入力すると法93条の届出が必要なエリアであるかの確認や包蔵地名、種別、時代などの情報が表示されるようになっている。さらに遺跡の特徴もあわせて公開し、自分の住んでいる場所の遺跡を調べるなどの学校教育上でも使用できるようにしている。

 これまでふじタウンマップの更新は管理業者であるパスコに委託して年1回程度行われていたが、現在は、庁内シンクライアントからPasCALの包蔵地地図を文化財担当者が修正し、デジタル担当部門の職員が承認ボタンを押すことで、公開しているふじタウンマップも更新されるという仕組みに変更したため、常に最新の包蔵地地図を公開するという責務を果たせるようになった。これは、文化財課からデジタル担当部局への働きかけにより実験的に導入テストが行われ、更新作業が実施できることになった。市のシステム変更を待つだけでなく、積極的に庁内デジタル担当部署に働きかけることが必要と言える。なお、GISによる包蔵地の公開により、これまで埋蔵文化財専門職員が行っていた包蔵地の照会件数やその対応時間が大幅に減少したことは言うまでもない。


3. 法93条事務について

 前述の通り、本市における法93条の受付は年平均230件程度であり、県を通さずに指示を出す権限を有する静岡市、浜松市を除くと県に進達する県内自治体としては富士市が最も事務件数が多い。その内訳は、電柱設置やガス管の設置など公共インフラの整備に伴う比較的小規模な工事内容によるものが多い。

 法93条の受付、進達事務は都道府県により運用の差がある可能性が高いが、静岡県内では、1.基礎自治体による〈受付〉‐2.進達(副申)〈起案〉‐3.県システムへの〈入力〉による進達‐4.基礎自治体への指示の〈県指示アップロード〉‐5.指示の伝達〈起案〉-6.指示〈発出〉の流れとなっている。このうち、「ふじのくに電子申請システム」を使用した3.県システムへの〈入力〉から4.基礎自治体への指示〈県指示アップロード〉の流れについては本誌の静岡県鈴木氏の報告に譲ることとする。

 本市ではメールでの届出の受付も対応しているが、いまだに紙での提出が多い。そのため、記載事項や資料の過不足を確認したのち、PDF形式でのスキャニングを行うとともに、データベースへの入力を行う。データベースでは、[年度管理番号]-[包蔵地名]-[事業者大別コード](文化庁調べに対応するア~エ)-[事業内容]-[事業コード](文化庁調べによるa~z)-[所在地]-[届出日]-[進達文書番号]-[進達日]-[県指示通知文書番号]-[県指示通知日]-[指示文書伝達番号]-[指示伝達日]-[指示事項](工事立会い、本発掘調査など)が入力される。これらの入力は法93条進達事務を担当する整理作業員(会計年度任用職員)により行われ、届出者からの問い合わせなどによる事務処理状況の確認にも利用される。2010年度以降の法93・94条の届出・通知データを確認すると2480件のデータが入力されている。

 また、受付時にPDF化した後は県知事指示の庁内起案を含めて前述の庁内電子起案、電子簿冊制度によりパソコン上で完結しており、紙資料を介在させる余地はない。加えて、進達時の副申理由などの記載もマニュアル化され、包蔵地名や届出住所、届出者、代理人情報を入力し、副申の根拠文書テキストとなる項目についてもExcelのコンボボックスから選択することで、PDF形式の県への進達文や届出者への指示伝達文が簡易に作成できるようにしている。

 そのため、法93条事務担当の整理作業員は掘削規模や周辺調査例を自ら確認し、また、不安な場合は専門職員に確認しながら進達起案し、専門職員がパソコン上で承認、もしくは指示をつけての差し戻しをおこなうことができている。その結果、法93条に基づく事務手続きにおける専門職員の事務対応時間は1件につき2~3分程度になっている。

 その後、県とのやり取りでは県入力システムを使用することとなるが、富士市のメールアドレスを入力する必要がある。そのため、県と93条を含めた調査結果概要の提出などのやり取りをする専用のメールアドレス(一般公開しないメールアドレス)の作成をデジタル担当課に依頼して使用することで、文化財課に届く他の業務との区別を明確にしている。

 なお、本市では2人いる埋蔵文化財専門職員のうち、筆者が法93条のうち公共インフラを除く部分の開発協議を行い、94条及び93条のうちの公共インフラの開発協議をもう一人の職員が担当している。本来はそれぞれが複数人で対応するのが理想である。


4. 発掘調査のデータ管理

 上記のように整理作業員が法93条の進達事務をこなすためには、届出箇所周辺での確認調査事例が整理され、遺構検出高などが記載された調査結果概要などの各種データが整理されている必要がある。現在、富士市では2009年度以降に実施した確認調査、本発掘調査の結果概要の723件のPDF化が完了しており、今年度中には1950年以降の全調査である1458件の調査結果概要のPDF化が完了する予定でいる。また、それらのデータは当該年度では年度ごとの管理が行われているものの、年度終了後にはすべて包蔵地ごとのデータフォルダに振り分けられ保管されている。データ名は【包蔵地番号3桁_地区名3桁(調査地点ごとに割り当てられる数字)_調査次(第1次調査の場合は01)】に整理され、包蔵地ごとの調査位置図とともに格納されている。今後は、調査地点と紐づいた調査結果概要を全面的に公開することで、開発事業者とのさらなる円滑な調整を図ることが求められている。


5. 発掘調査の記録方法について

 さて、前述の調査結果概要作成前の発掘現場での記録取得方法についてまとめておく。本市でもフォトグラメトリなどの手法を使っての記録方法を採用しているものの、2名で分担する年間60件程度の確認調査の現地記録の大部分はTS(トータルステーション)による。基本的に確認調査と本発掘調査とで記録方法や形式に差はない。

 事業実施計画に伴う位置図やトレンチ配置図の作成は前述の庁内GISからDXF形式で地図データをダウンロードし、illustrator形式(ai)に変更して使用している。

 現地でのトレンチ配置図や土層断面、遺物出土位置などの記録は、どんな小さな現場であってもすべて平面直角座標による記録を徹底している。写真は文化庁の『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について1(報告)』(埋蔵文化財発掘調査体制等の整備充実に関する調査研究委員会 2017)に基づき、確認調査でもフルサイズのデジタル一眼レフカメラを使用して、RAWデータでの撮影、グレーカードを使用して色調補正やコントラストなどを調整している。最終的にRAWデータのすべてをTIFFで現像するとともに、結果概要などで使用する写真のみをJPEG形式で現像している。

 これらの写真や図面のデータは庁内シンクライアントを通じたデジタル担当課が管理するデータ保管とは異なり、埋蔵文化財調査室独自のネットワークシステムによりデータ保管がおこなわれている。データフォルダを作成する際にはその名称やデータ形式などがマニュアル化されている。これらのデータはUPS(無停電電源装置)をつけたNAS(ネットワーク対応HDD)により、調査室内のすべてのパソコンからのアクセス可能な状況になっており、毎日の自動バックアップが行われるように設定されている。しかし、このシステムは筆者がその場しのぎのデジタル知識により管理・運用しており、恒久的なデータの保存に不安を覚える。今後は、データ管理の業務委託などを導入すべきと考えている。

 発掘調査の結果概要は、鑑文、位置図、トレンチ配置図、土層断面図、写真を1つのPDFに統合して電子起案がおこなわれ、前述の通り、法93条の届出の参考資料としても常時確認できるようになっている。


おわりに

 富士市の埋蔵文化財部門は専門職員2名、会計年度の発掘調査員3名、整理作業員4名で業務を担っており組織としてはさほど大きくない。それでもマニュアルを策定し、それを徹底することで法93条の関連業務などをチームとして対応することを可能にしている。

 また、93条事務以外にも、現地での調査、整理作業に関わる業務をマニュアル化し、見直し作業を毎年4月に整理作業員が主体的に実施している。報告書の仕上がりを見ながら、整理作業員自身が線の太さの0.01mmに対するこだわりを持って議論している。それは、マニュアルは自分たち自身が作り出し、アップデートし続けていくものだという、職場風土を作り出すことにもつながっている。

 近い将来、93条の進達事務、起案を含めてAIが担い、専門職員が確認、承認をすればいいと考えている。そのためにも、各種データは規律をもって整理され、誰がいつ見ても分かる状態に整備しておくことが必須である。かつてのように力技で、毎日、現場が終わって夕方から93条の事務をこなし、報告書の図面を整理するといったような、負の連鎖を断ち切り、マネージメントや歴史叙述、活用などといった埋蔵文化財専門職員がもっと力を発揮すべき業務に注力していかなければならない。


タウンマップの地図画像



93条進達事務の流れ


引用-システム内 :
引用-システム外 :
Cultural data online report map :
佐藤祐樹「静岡県富士市における埋蔵文化財部門のデジタル化の状況」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図1 「ふじタウンマップ」での埋蔵文化財包蔵地の公開
佐藤祐樹「静岡県富士市における埋蔵文化財部門のデジタル化の状況」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用7』 - 図2 法93条進達事務の流れ
NAID :
都道府県 : 静岡県
時代 :
文化財種別 :
史跡・遺跡種別 :
遺物(材質分類) :
学問種別 :
テーマ : 活用手法
キーワード日 : 電子起案 データ管理 マニュアル化
キーワード英 : Electronic drafting Data management Manualization
データ権利者 : 佐藤 祐樹
データ権利区分 : クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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総覧登録日 : 2025-02-06
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