古地図・絵図のデジタル・アーカイブ―日本版Map Warperについて―
Digital Archives of Japanese Old Maps: Overview and usage of Japanese Map Warper
1.はじめに
博物館法の改正などにより、博物館の事業として、「博物館資料に係る電磁的記録を作成(デジタル・アーカイブ化)し、公開すること」(文化庁 2022)が加えられた。資料をデジタル化するだけでなく、データベースとしての管理やそのデジタルデータの公開や普及・活用にも目を向ける必要があるであろう。本稿では、古地図や絵図を対象にしたデジタル・アーカイブ資料の活用について述べていく。
古地図や絵図の資料の活用には、地図という性質を利用することが挙げられる。それは、過去や現在の地理的な情報をもつものと地図上で重ね合わせて比較することなどである。例えば、地理院地図で公開されている「標準地図」を始めとする現代の地図との重ね合わせや、遺跡や文化財情報との重ね合わせることで様々な気付きを得ることができる。近年では地理情報システム(GIS)が普及したことにより、様々な地図や地理空間情報を組み合わせた(オーバーレイ)表現や分析を行いやすい環境にある。
近代以降の測量を基にした地図であっても、資料撮影やスキャニングによりデジタルデータ化したのみであってはまだGIS上で扱えるデータにはなっていない。座標情報の持っていない地図画像に位置情報を付与するジオリファレンスを行うことでGIS上で当該位置で表示できるようになる。ただし、古地図や絵図は、近代以降の測量をもとに作成された地図と異なり、現実世界と位置的にずれが生じている場合が多く注意が必要である。
このように地図に座標情報を付与する、歪みがある場合は与えた位置情報をもとに位置を補正する作業を行うことでGIS上で扱うことができるようになる。また、古地図・絵図などは現代地図と直接重ね合わせることが難しいが、その幾何補正の方法について清水ら(1999)の研究を始めとして、幾何学的に古地図・絵図を配置し、描かれている様々な情報や空間に関する研究などもある(例えば塚本(2012))。
なお、日本における古地図のデジタル化や公開・検索のできるポータルサイトについては、矢野(2016)に詳しい。また、ジオリファレンスはGISソフトウェアでも行うことができ、QGISであれば「ジオリファレンサ」という機能を使うことで処理を行うことができ、喜多(2022)などで手順が示されている。本稿ではソフトウェアを使わずにブラウザ上でジオリファレンスを行うことができる日本版Map Warperの概要と古地図・絵図の登録方法、利用・活用方法について述べる。日本版Map Warperについては、矢野ら(2017)などでMap Warperの構築や活用、古地図ポータルサイトの構築などがまとめられている。
2.日本版Map Warper
地図画像を現実の地図上に重ねて表示し、インターネットを通じて世界中の人へ公開することができるシステムを提供しているのが立命館大学の「日本版Map Warper」(注1)である。このシステムは、欧米にて開発されたMap Warper(注2)の日本版である。規格に沿って製作された現代の地図に限らず、古地図などにも利用することができ、地図を登録する際には、基準となる点を指定することで地図上に配置する。日本版Map Warper上で公開された地図は、画像データまたは地図データとして自由にエクスポートができるようになる。
図1 日本版Map Warperトップページ
トップページでは、地図の検索もでき、「タイトル」「出版社」「作成者」「タグ」などでキーワード検索ができる。また、西暦年の検索バーを用いることで作成年で絞り込むことができる。「場所から整形済みの地図を探す」をクリックすると、Web上のOpenStreetMapから目的の地域に絞り込むことができる(図2)。
図2 日本版Map Warperでの地図からの検索
(愛媛県付近を対象としている)
なお、日本版Map Warperに登録されている地図は、絵図・古地図と呼ばれるものが多いものの、地図であれば登録するものに制限はない。日本版Map Warperは、Tim Water氏が開発したMap Warperのソースコードを利用して構築されている。Map Warperでは、世界中の様々な地図、例えば1930年代のルーマニアの民族の割合を示した主題図(注3)や衛星画像(注4)や空中写真(注5)のような地図画像も登録されており、実に多様な地図を閲覧することができる。
3.システムへの登録方法
ここでは、「天保改鐫/改正日本図」(1837年、立命館大学アート・リサーチセンター所蔵、所蔵番号:arcSP02-0135)を例に日本版Map Warperのシステムへの古地図・絵図などの地図画像の登録方法について述べていく。なお、地図画像の準備として、PDFではなく、画像データ(jpegやtiff)を用意する必要がある(日本版Map Warper ヘルプを参照)。
地図を登録するには、アカウント作成・ログインが必要である。トップページ右上にある「アカウント作成」から「名前」「eメール」「パスワード」を入力・設定することでアカウントを作成することができる。ログインすることで、ページ上部に「地図をアップロードする」というタグがあるため、そこをクリックすることで地図をアップロード際の情報入力画面へ移る(図3)。ここでは、タイトルや出版年などを入力するとともに、画像をローカルファイルから選択、または画像のURLから画像データをアップロードする。なお、地図をアップロードする注意点として、画像をアップロードする権限が自分にあることを認め、あらゆる人がその地図を閲覧・使用できることに同意したとみなされるということがある(ヘルプを参照)。また、情報(メタデータ)を入力について、所蔵館やライセンスなどは「説明」の欄へ記載することができる。また、所蔵館については「タグ」へ入力することもできる(図4)。日本版Map Warperではすべての項目への全文検索機能は実装されておらず、「タグ」や「説明」などで検索することになるため、それを見越したメタデータ入力が望ましいと考えられる。
図3 地図アップロード画面
図4 地図のメタデータの例(大英図書館所蔵 伊予国土佐国)
※ここでは、所蔵館の所蔵番号やライセンスなどが「説明」に記載されており、「タグ」には所蔵館名が日本語と英語表記で記載されている。
画像のアップロードができれば、次は、画像を地図上で重ね合わせていく。「整形」タブから位置合わせを行うことができる。
図5 整形画面
アップロードした地図(左)とOpenStreetMap(右)が表示されており、両方の地図の対応する地点にそれぞれポイントを打ち、「基準点を追加」を押す。
図6 整形画面での基準点の追加
(左右の地図の対応する地点に青ピンが打たれている)
この「基準点を追加」を繰り返し、少なくとも3点以上の基準点を追加する必要がある。
図7 整形画面(3点の基準点追加後)
3点以上の基準点を追加できれば、下のコントロールパネルにて「イメージを整形する」ボタンをクリックすることで、アップロードした地図画像がOpenStreetMap上で重ね合わせられた状態で表示される。なお、地図画面下部にあるバーでアップロードした画像の重ね合わる際の透明度を変更できる。なお、このような整形(ジオリファレンス)には、様々な手法がある。コントロールパネルにて、「高度な機能」をクリックすると、「整形の方法」や「リサンプリングの方法」などが選択できる。近代測量に基づく古地図は最低3点で行われる一次多項式でジオリファレンス可能であるが、近世の絵図など歪みが大きい場合は、広範囲に多くの基準点を設ける薄版スプライン法などが用いられる(今村ら 2019,矢野2020)。
図8 地図の整形後
その他、日本版Map Warperでは、地図の切り抜きや整列機能などがある。さらに、旧版地形図など、複数の地図を組み合わせることができる場合は、アップロードした複数の地図画像からモザイク地図を作成することもできる。
4.地図画像の利活用
日本版Map Warperに登録した地図画像はオープンデータとして利用可能である。選択している地図について、「エクスポート」タブからエクスポート情報を閲覧することができる。まず、画像としてGeoTiffをダウンロードできる。例えば、GeoTiffをローカルにダウンロードしてそのままQGISなどへ取り組むことが可能である。また、WMSを利用すれば、タイルURLをコピーして、QGISにて「XYZ Tiles」として接続することもできる。
図9 日本版Map Warperでの地図のエクスポート画面
図10 日本版Map Warperからダウンロードした地図画像をQGISにて表示
図11 QGISでのXYZタイル接続画面
実際に利活用されている事例として、ひなたGIS(注6)に日本版Map Warperでの旧版地形図が取り込まれており、ひなたGIS上の他の様々な情報と重ねて閲覧することができる。その他にも、KMLファイルをダウンロードすることができ、こちらのフォーマットはGoogle Earthなどで利用することができる。
5.おわりに
本稿では、ブラウザ上でジオリファレンス処理を行うことができる日本版Map Warperの概要とシステムへの登録、登録されている地図の利活用について示してきた。
日本版Map Warper開発者らは、日本の歴史GISプラットフォームとして、Map Warperと共に「ARC地図ポータルデータベース」(注7)と「Japanese Old Maps Online」(注8)を挙げており、これらにより、複数の機関の古地図の横断的検索とジオリファレンスや共有、そして詳細な分析や様々な地図の作成ができるとしている(夏目ら 2022)。また、ARC地図ポータルデータベースで見つけた古地図について、ボタン一つで日本版Map Warperへ当該画像をアップロードできるシステムの導入が予定されており(今村ら 2020)、更なるシステムのアップデートが期待される。
このような古地図・絵図のデジタル・アーカイブや公開、分析が進むことで、博物館事業だけでなく、歴史GISやデジタル・ヒューマニティーズが発展していくことが予想される。
謝辞
本稿執筆にあたり、立命館大学文学部 矢野桂司教授に日本版Map Warperの利用方法や執筆内容についてご指導いただきました。この場をお借りして感謝申し上げます。
【注】
1. 日本版Map Warper,https://mapwarper.h-gis.jp/(2023-12-05参照)
2. https://mapwarper.net/(2023-12-05参照)
3. https://mapwarper.net/maps/65800#Show_tab(2023-12-05参照)
4. https://mapwarper.net/maps/77891#Show_tab(2023-12-05参照)
5. https://mapwarper.net/maps/48137#Show_tab(2023-12-05参照)
6. ひなたGIS, https://hgis.pref.miyazaki.lg.jp/hinata/(2023-12-05参照)
7. ARC地図ポータルデータベース, https://www.dh-jac.net/db/maps/search_portal.php(2023-12-05参照)
8. Japanese Old Maps Online, https://japanese-old-maps-online-rstgis.hub.arcgis.com/(2023-12-05参照)
【引用文献】
今村聡・鎌田遼・矢野桂司(2020) 日本版 WorldMap の構築と日本版 Map Warper との連携 - 日本の古地図研究への活用を事例として - 「地理情報システム学会研究発表大会講演論文集」,27,CD-ROM.
今村聡・鎌田遼・矢野桂司・磯田弦・中谷友樹(2018) 日本版 Map Warper を用いた旧版地形図の公開. 「地理情報システム学会研究発表大会講演論文集」,27,CD-ROM.
今村聡・鎌田遼・矢野桂司(2019)日本の古地図のポータルサイトの構築. 「地理情報システム学会研究発表大会講演論文集」28, CD-ROM
喜多耕一(2022)『改訂版Ver.3.22対応 業務で使うQGIS ver.3 完全使いこなしガイド』全国林業改良普及協会
清水英範・布施孝志・森地茂(1999)古地図の幾何補正 に関する研究. 「土木学会論文集」、625/Ⅳ(44), 89-98.
塚本章宏(2012)近世京都の刊行都市図に描かれた空間.HGIS研究協議会編『歴史GISの地平 景観・環境・地域構造の復原に向けて』勉誠出版.
夏目宗幸・今村聡・鎌田遼・矢野桂司・Lewis Benjamin(2022)日本の歴史GISプラットフォームの構築―Japanese Old Maps Online―. 「地理情報システム学会研究発表大会講演論文集」30, CD-ROM.
文化庁(2022)博物館法の一部を改正する法律の公布について(通知)(2023-12-05参照)
矢野桂司(2017)日本版Map Warperの構築と活用.「地理情報システム学会研究発表大会講演論文集」27, CD-ROM
矢野桂司(2018)日本の古地図のポータルサイト構築に関する一考察.「立命館文學」,656,735-721
矢野桂司(2020)あいまいな時空間情報をもつ古地図の検索と活用.浅見泰司・薄井宏行編『あいまいな時空間情報の分析』古今書院