構造物への影響指標の地理空間情報を用いた地震による文化財被害の検証可能性 ―大阪北部地震を事例に―
Verifiability of Earthquake-Induced Cultural Property Damage Using Geospatial Information of Structural Impact Indicators: A Case Study of the Northern Osaka Earthquake
奈良文化財研究所
- 奈良県
1 はじめに
災害後の文化財被害を分析し検証することは今後の防災・減災・文化財継承のためにも重要である。本報告では、大阪北部地震の際の文化財被害について、企業が保有する地震計による地震メッシュデータを用いて検証を試みるものである。
地震による揺れのあった地域にありながら、被害にあった文化財と被害のなかった文化財が存在する。その差について明確にすることは今後の文化財の地震被害を少なくすることに繋がる。特に、文化財の被災・修復記録など個別事例の検証はあるものの、文化財と地震被害を地理的・広域的な視点で分析する事例はあまりみられない。中谷ら(2012)は東日本大震災による文化財の被害について、被災文化財の特徴や被災状況の把握を試みており、太平洋側に分布する震度5強以上が観測された文化財において、被災率が25%以上、とりわけ国宝・文化財建造物で50%以上と高率であったと示している。
本稿は、大阪北部地震を対象として、文化財指定を受けている文化財(特に建造物)と、地震の建造物への影響度についての地理空間情報を組み合わせて文化財被害について検証を試みるものである。
2 大阪北部地震での文化財被害
大阪北部地震は、平成30年6月18日7時58分、大阪府北部において発生したマグニチュード6.1の地震であり、大阪市北区、高槻市、枚方市、茨木市、箕面市で震度6弱、大阪府、京都府、滋賀県、兵庫県、奈良県の一部市区町村で震度5弱以上を観測した(注1)。
大阪北部地震での文化財等の被害は86件であったと文部科学省による報告で示されている。建造物だけでみても、国宝は3件、重要文化財は24件、登録文化財は33件の被害があった(注2)。
本稿では、これらの文化財被害について広域的に分析を試みるものである。
3 用いるデータ
地震に関するデータとして都市ガス事業者からメッシュデータの提供を受けた。これは、都市ガス事業者が設置している地震計にて観測した値から、空間補完してメッシュ単位で算定した値を持ったデータである。本稿では、その属性データの中でもSI値を用いる。SI値は地震が構造物に与える破壊力を知る指標であり(注3)、既に木造建造物被害との関係についての研究などがある(星ら2009)。構造物への破壊とSI値が関連しており、文化財被害に関する分析でも有益な情報であると予想する。
次に、文化財について、大阪府教育委員会から提供を受けた⼤阪北部地震被災文化財のリストを用いて分析を行っていく。
なお、基礎情報として大阪府指定文化財(大阪北部地震にて被害を受けていないものも含む)の全体像をつかむために、大阪府が提供している文化財オープンデータから指定文化財の一覧も取得した(注4)。位置情報についてはオープンデータにある情報のままで地理情報システムにて扱える情報がなかったため、独自に文化財名称やその他の文化財項目をもとに都道府県や市町村による文化財の個別紹介のウェブサイト、さらには検索エンジンでヒットした情報をもとに位置情報を取得した。
国指定(国宝・重要)・登録文化財についても文化庁による国指定文化財等データベース(注5)から取得した。今回、市町村指定文化財については扱っていない。
大阪府教育委員会から提供を受けた被災文化財のリストには位置情報は含まれていなかったため、上記の方法で取得した指定文化財一覧の位置情報を、文化財名称で一致した、または属性情報から同じ文化財と判断できるものについて付与した。
4 分析試行
地震メッシュデータ(SI値)と文化財データを地理情報システム(GIS)上で組み合わせて可視化した(図1)。メッシュデータをみてみると、高密度でSI値の値が分かり、どの範囲でどれくらいの規模の地震(構造物に与える破壊力)があったのかが把握でき、必ずしも震源からの距離に反映されないということも空間的に把握できる。文化財データとのオーバーレイについて、SI値が大きい地域に被災した建造物が多くなっている。しかし、SI値が大きいところでも一部は被災を免れている建造物もあることがわかる。なお、被災した文化財(国指定/登録・府指定)のうち、10%がSI値40以上の範囲に、72%がSI値20以上の範囲にあった。さらに、被災した文化財(国指定/登録・府指定)はすべてSI値10以上の範囲にあった。
災害時の建造物をはじめとする文化財の被害を左右するものは、必ずしも地理的な立地だけでない。建造物であれば、木造か鉄筋コンクリート造なのか、耐震構造の有無、過去の被災履歴、建築の時期など、様々な要素が考えられる。そのような被害の分析については、文化財の属性情報も重要である。

図1 SI値と文化財被害の分布図
注 震源については、気象庁編(2018)から取得した。
5 おわりに
本稿では、大阪北部地震を対象として、文化財指定を受けている建造物と、地震の建造物への影響度についての地理空間情報を組み合わせて文化財被害について検証を試みた。結果として、建造物への影響度であるSI値が高い箇所に被害のあった建造物が多かった。広域で分析することと、地震について高密度なGISデータを用いて分析することは重要である。
本稿で示した試行は、災害後の文化財被害の検証についてである。今後の災害時の文化財の被害を最小限に抑えたり、早期の文化財復興のためには、過去の災害時の文化財被害について検証・分析し、知見を得ることが重要である。その際に、ここで示したような行政以外で整備されている地震に関する地理空間情報の利活用を検討し実際に分析する試みは重要である。
また、今後の分析の展開として、他の地震での分析を試みて更なるSI値と文化財被害に関する検証を積み重ねていくことが考えられる。その際には、被害の有無や多寡に関わると思われる文化財の諸情報(文化財の構造、作成年、過去の被災履歴など)を組み込んだ文化財データセットの構築も必要である。さらに、過去の災害履歴をみるために歴史災害に関するデータセットと組み合わせた分析が考えられる。過去に地震で揺れが大きいとされた地域ではSI値が高くでるのかなどの関係性の分析なども必要であろう。
謝辞
大阪府教育委員会から⼤阪北部地震被災文化財のリストの提供を受けた。この場をお借りして感謝申し上げる。
参考文献
注1 内閣府 令和元年版 防災白書|特集 第1章 第1節 1-2 大阪府北部地震
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h31/honbun/0b_1s_01_02.html
注2 文部科学省 大阪府北部を震源とする地震による被害情報(第14報)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/05/1406261_14.pdf
注3 IMV株式会社 知っておきたい地震の予備知識
https://we-are-imv.com/support/library/seismograph/seismograph-01/
注4 大阪府オープンデータカタログサイト大阪府内指定文化
https://data.bodik.jp/dataset/270008_shiteibunkazai
注5 文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
気象庁編(2018)「災害時地震報告 平成30年6月18日大阪府北部の地震」.https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_201804.pdf
中谷友樹, 瀬戸寿一, 長尾諭, 矢野桂司, 板谷(牛谷)直子(2011) 「東日本大震災による文化遺産の被災状況について 文化財被災地理情報データベースの利用」『歴史都市防災論文集』 5, p.201-208.
星幸江・丸山喜久・山崎文雄(2009)「数値解析に基づく地震動SI値と木造建造物被害の関係の分析」『土木学会論文集AI(構造・地震工学)』 65(1), p.606-613.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejseee/65/1/65_1_606/_pdf/-char/ja
