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西州津遺跡・佃遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/97275
引用表記 公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター 2020 『徳島県埋蔵文化財センター調査報告書93:西州津遺跡・佃遺跡』徳島県他
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター 2020 『西州津遺跡・佃遺跡』徳島県埋蔵文化財センター調査報告書93
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wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book|和書|first=|last=公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター|first2=|last2=徳島県文化資源活用課|first3=|last3=株式会社パレオ・ラボ|first4=|last4=パリノ・サーヴェイ株式会社|first5=|last5=日鉄テクノロジー株式会社|title=西州津遺跡・佃遺跡|origdate=2020-03-31|date=2020-03-31|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/97275|series=徳島県埋蔵文化財センター調査報告書|volume=93}} 閉じる
ファイル
3次元画像
書名 西州津遺跡・佃遺跡
発行(管理)機関 徳島県(徳島県教育委員会) - 徳島県
書名かな にししゅうづいせき・つくだいせき
副書名 一般国道32 号猪ノ鼻道路関連(州津地区・西井川地区)関連埋蔵文化財発掘調査報告書
巻次
シリーズ名 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書
シリーズ番号 93
編著者名
編集機関
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター
発行機関
徳島県
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター
発行年月日 20200331
作成機関ID
郵便番号
電話番号
住所
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 西州津遺跡
遺跡名かな にししゅうづいせき
本内順位
遺跡所在地 徳島県三好市池田町州津井関 1393 -1 ほか
所在地ふりがな とくしまけんみよししいけだちょうしゅうづいせき
市町村コード 36208
遺跡番号 208-67
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 340211
東経(世界測地系)度分秒 1335008
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.036388 133.835555
※初期画面を表示しますので、該当場所に直接遷移しません。
調査期間
20090801-20100131
20100401-20100831
20110101-20110131
調査面積(㎡)
4100
1850
440
調査原因 一般国道32 号猪ノ鼻道 路(州津地区) 関連
遺跡概要
種別
集落
時代
縄文
弥生
平安
鎌倉
南北朝
室町
主な遺構
土坑
小穴
自然河道
貯蔵穴
主な遺物
縄文土器
弥生土器
須恵器
土師質土器
瓦器
陶器
磁器
石器
植物遺体
特記事項 縄文時代晩期の貯蔵穴
遺跡名 佃遺跡
遺跡名かな つくだいせき
本内順位
遺跡所在地 徳島県三好市井川町佃
所在地ふりがな とくしまけんみよししいかわちょうつくだ
市町村コード 36208
遺跡番号 208-42
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 340159
東経(世界測地系)度分秒 1335118
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.033055 133.854999
※初期画面を表示しますので、該当場所に直接遷移しません。
調査期間
20140101-20140331
20150501-20150630
調査面積(㎡)
1326
521
調査原因 一般国道32 号猪ノ鼻道 路(西井川地区)関連
遺跡概要
種別
集落
時代
弥生
室町
主な遺構
小穴
土坑
集石遺構
主な遺物
弥生土器
石器
土師器
須恵器
特記事項
要約 (西州津遺跡)
 吉野川北岸に形成された標高90 ~ 108 mの段丘上に位置し、縄文時代から江戸時代にかけての遺構や遺物を確認した。特に堅果類等を貯蔵した縄文時代晩期前半の貯蔵穴群が注目される。貯蔵穴はほぼ円形で、調査区内で39 基検出した。30 基を数える貯蔵穴群を確認した例は四国ではこれまでになく、西州津遺跡が初めてである。今回の調査地点では、住居などの遺構は確認されていないが、隣接地に集落が営まれていたと推定される。
(佃遺跡) 
 吉野川に面した低位段丘上から弥生時代後期以降の遺構・遺物が確認され、 その出土遺物から讃岐地域との交流のある集落遺跡の存在が推定される。中世段階では小規模な集落が形成されていた。近世段階以降、結晶片岩の岩盤の頂部をほぼ水平に削平した痕跡などを多くとどめることから、土地開発に伴い整地を繰り返すことにより屋敷地を設ける様子が確認できた。
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