奈良文化財研究所 ホーム
キーワードから探す
一覧から探す
その他
おすすめ
PDFがある書誌登録数
37922 件
( 発行機関数 724 機関 )
現在の書誌登録数
132055 件
( 前年度比 + 379 件 )
( 発行機関数 1908 機関 )
現在の遺跡抄録件数
146427 件
( 前年度比 + 671 件 )
現在の文化財論文件数
119405 件
( 前年度比 + 288 件 )
現在の文化財動画件数
1215 件
( 前年度比 + 26 件 )
( 登録機関数 110 機関 )
文化財イベント件数
1073 件
( 前年度比 + 18 件 )
※過去開催分含む

京都府遺跡調査報告集 第169冊

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/28033
引用表記 公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センタ− 2017 『京都府遺跡調査報告集169:京都府遺跡調査報告集 第169冊』公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センタ−
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センタ− 2017 『京都府遺跡調査報告集 第169冊』京都府遺跡調査報告集169
wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book ... 開く
wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book|和書|first=孝彦|last=増田|first2=博章|last2=福山|first3=一樹|last3=黒坪|first4=高弘|last4=伊賀|first5=忍|last5=松井|title=京都府遺跡調査報告集 第169冊|origdate=2017-03-28|date=2017-03-28|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/28033|location=京都府向日市寺戸町南垣内40番の3|ncid=AA12324901|ncid=BA86283401|series=京都府遺跡調査報告集|volume=169}} 閉じる
ファイル
書名 京都府遺跡調査報告集 第169冊
発行(管理)機関 (公財)京都府埋蔵文化財調査研究センター - 京都府
書名かな きょうとふいせきちょうさほうこくしゅう
副書名 平安京跡・東本願寺前古墓群発掘調査報告
巻次
シリーズ名 京都府遺跡調査報告集
シリーズ番号 169
編著者名
編集機関
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センタ−
発行機関
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センタ−
発行年月日 20170328
作成機関ID
郵便番号 617-0002
電話番号 075-933-3877
住所 京都府向日市寺戸町南垣内40番の3
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 平安京跡・東本願寺前古墓群
遺跡名かな へいあんきょうあと
本内順位
遺跡所在地 京都府京都市下京区烏丸通七条下る東塩小路町702番他
所在地ふりがな きょうとふきょうとししもぎょうくからすまどおりしちじょ うさがるひがししおこうじちょう
市町村コード 26106
遺跡番号 719
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 345919.48
東経(世界測地系)度分秒 1354532.52
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.988744 135.759033
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20140521-20150116
調査面積(㎡)
1900
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
その他の生産遺跡
時代
鎌倉
南北朝
室町
戦国
近世(細分不明)
近代(細分不明)
主な遺構
土坑
土壙墓
井戸
柱穴
主な遺物
土師器
須恵器
瓦器
輸入陶磁器
銭貨
石製品
鉄製品
銅製品
特記事項 遺跡名かな:へいあんきょうあと・ひがしほんがんじまえこぼぐん
要約 [平安京跡・東本願寺前古墓群 要約]
 13世紀から15世紀初頭にかけての柱跡、土坑、溝、井戸を多数検出した。土器などの遺物とともに鉄釘の製品・未製品、鉄滓、炉壁、銅滓などの鍛冶・精錬関連の遺物が多数出土し、職人町である七条町の関連の遺構と判断された。調査地全域で230基以上の多数の土坑を検出したため、掘立柱建物は2棟しか復原できなかったが、鉄釘・鉄滓・炉壁・銅滓の分布から、1棟は工房、1棟は工房以外の建物と判断した。また、100基以上の土坑には土師器皿を大量に埋納していた。従来、こういった土師器集積土坑は東本願寺前古墓群の主体となる墓と考えられてきが、墓である確証は得られなかった。土坑を分類し、大型で長方形の平面形を呈するものと大型の甕を埋納するものを墓と考え、これらは屋敷の背後に設けられたものと考えた。小型の土師器集積土坑は、全期間を通じて雑多な建物と重複して造られていることから、共同墓地を形成した墓穴とは考えにくく、完形の土師器皿が据え置かれた状況で出土することから、何らかの祭祀に関わる遺構と判断した。。 

関連文化財データ一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
詳細ページ表示回数 : 122
ファイルダウンロード数 : 0

全国のイベント

外部出力