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戸関遺跡発掘調査報告

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/131810
DOI 二次元コード
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.131810
引用表記 三重県埋蔵文化財センター 2023 『三重県埋蔵文化財調査報告412:戸関遺跡発掘調査報告』三重県埋蔵文化財センター
三重県埋蔵文化財センター 2023 『戸関遺跡発掘調査報告』三重県埋蔵文化財調査報告412
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書名 戸関遺跡発掘調査報告
発行(管理)機関 三重県埋蔵文化財センター - 三重県
有償頒布・配布ページ https://dps-ec.com/
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな とぜきいせきはっくつちょうさほうこく
副書名
巻次
シリーズ名 三重県埋蔵文化財調査報告
シリーズ番号 412
編著者名
編集機関
三重県埋蔵文化財センター
発行機関
三重県埋蔵文化財センター
発行年月日 20230306
作成機関ID 24000
郵便番号 5150325
電話番号 0596521732
住所 三重県多気郡明和町竹川503
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 戸関遺跡
遺跡名かな とぜきいせき
本内順位
遺跡所在地 鈴鹿市徳田町字戸関
所在地ふりがな すずかしとくだちょうあざとぜき
市町村コード 24207
遺跡番号 1347
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344944
東経(世界測地系)度分秒 1363240
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.828888 136.544444
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20200424-20201022
調査面積(㎡)
1245
調査原因 道路建設
遺跡概要
種別
集落
時代
弥生
古墳
飛鳥白鳳
奈良
平安
鎌倉
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
土坑
ピット
掘立柱建物
水田跡
噴砂
主な遺物
土器
鉄製品
木製品
陶磁器
鉄滓
石製品
特記事項
要約  戸関遺跡は新たに発見された遺跡で、中ノ川下流左岸、標高約5mの低地に立地する。
 発掘調査の結果、弥生時代終末期~古墳時代前期、飛鳥~奈良時代、平安時代前~後期の遺構を確認した。
 なお、弥生時代終末期~古墳時代前期、飛鳥~奈良時代の遺構は、平安時代遺構面の下層にみられた。また、古墳時代前期の遺物包含層には多くの土器が包含されており、土壌化作用により遺構が消失したとみられる。
 この他、平安時代末~鎌倉時代の水田跡や、室町~江戸時代の地震に起因する噴砂がみられ、各時代の遺構面や遺物包含層を層位的に把握することができた。
 遺跡形成過程や下層遺構に関する詳しいデータを得るため、調査区堆積層の層相解析と埋没微地形の判読、ボーリング柱状コアの層相解析を実施し、更新世から現代に至る地形環境、古環境の変遷を示した。その結果、遺跡は弥生・古墳時代の水田経営に適した狭義の後背低地に立地すること、縄文時代の最海進期の内湾は当地に及んでおらず、河口付近の堆積環境であったこと、下層に弥生時代の水田が存在すること、氾濫原が弥生時代終末期~古墳時代前期に離水した後、後背湿地の様相を強めたことなどが示唆された。

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