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枇杷塚遺跡・相垈塁址

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/65187
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.65187
引用表記 山梨県埋蔵文化財センター 2019 『山梨県埋蔵文化財センター調査報告書319:枇杷塚遺跡・相垈塁址』山梨県教育委員会他
山梨県埋蔵文化財センター 2019 『枇杷塚遺跡・相垈塁址』山梨県埋蔵文化財センター調査報告書319
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3次元画像
書名 枇杷塚遺跡・相垈塁址
書名かな びわづかいせき・あいぬたるいし
副書名 国道141号相垈交差点改良工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
巻次
シリーズ名 山梨県埋蔵文化財センター調査報告書
シリーズ番号 319
編著者名
編集機関
山梨県埋蔵文化財センター
発行機関
山梨県教育委員会
山梨県県土整備部
発行年月日 20190228
作成機関ID 192015
郵便番号 4001508
電話番号 0552663016
住所 山梨県甲府市下曽根町923
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収遺跡
遺跡名 枇杷塚遺跡・相垈塁址
遺跡名かな びわづかいせき・あいぬたるいし
本内順位
遺跡所在地 山梨県韮崎市藤井町北下條字枇杷塚地内
所在地ふりがな やまなしけんにらさきしふじいまちきたげじょうあざびわづかちない
市町村コード 19207
遺跡番号 枇杷塚遺跡F-43・相垈塁址F-31
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
調査期間
20170615-20170901
調査面積(㎡)
392
調査原因 道路
遺跡概要
種別
集落
城館
時代
弥生
古墳
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
竪穴住居跡
小竪穴状遺構
土坑
ピット
溝状遺構
焼土跡
井戸
主な遺物
弥生土器(後期)
土師器(古墳時代中期~平安)
土師質土器
陶磁器
古銭
土製円盤
石製品
特記事項 初めての発掘調査となった相垈塁址範囲内より、16世紀を中心とした遺物が出土した。
要約  国道141号相垈交差点改良工事に係り実施した、枇杷塚遺跡と相垈塁址の発掘調査報告書。枇杷塚遺跡は平成7年度の韮崎市教育委員会の調査によって古墳時代中期の遺構が発見されており、今回本格的な発掘調査は二回目となる。相垈塁址は枇杷塚遺跡の範囲内に長方形の区画が残る城館跡とされている。調査の結果、古墳時代まで遡る可能性のある竪穴住居跡2軒、中世と考えられる小竪穴状遺構1基、主に中世と考えられる土坑41基とピット55基、ほかに溝4条、焼土跡3基、井戸1基が検出され、弥生時代後期から近現代に至るまでの遺物が出土した。遺跡のある地点は藤井平といい、古来より肥沃な穀倉地帯として知られており、周辺にも弥生時代後期から古墳時代の遺跡が多く、島状に分布する微高地上に集落を展開している様子が改めて確認された。
 相垈塁址は現在も土塁が一部に残っているが、その内容は全く不明であった。今回の調査で相垈塁址の範囲内より、中世とくに16世紀後半頃を中心とした遺物の出土が認められ、戦国期における館等の施設の存在が想定できるようになった。土塁部分の調査や施設の性格、関係氏族などが今後の課題として挙げられる。
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