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八ヶ入遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/25212
DOI 二次元コード
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.25212
引用表記 財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団 2010 『群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書505:八ヶ入遺跡』財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団
財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団 2010 『八ヶ入遺跡』群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書505
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書名 八ヶ入遺跡
発行(管理)機関 (公財)群馬県埋蔵文化財調査事業団 - 群馬県
書名かな はちがいりいせき
副書名 北関東自動車道(伊勢崎〜県境)地域埋蔵文化財発掘調査報告書
巻次 2 : 縄文時代以降編
シリーズ名 群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書
シリーズ番号 505
編著者名
編集機関
財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団
発行機関
財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団
発行年月日 20101022
作成機関ID
郵便番号 377-8555
電話番号 0279-52-2511
住所 群馬県渋川市北橘町下箱田784番地2
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 八ヶ入遺跡
遺跡名かな はちがいりいせき
本内順位
遺跡所在地 群馬県太田市緑町・東今泉町
所在地ふりがな ぐんまけんおおたしみどりちょう・ひがしいまいずみちょう
市町村コード 10205
遺跡番号 T0434
北緯(日本測地系)度分秒 361953
東経(日本測地系)度分秒 1392239
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.3345 139.3743
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20030701-20050331
調査面積(㎡)
23180
調査原因 道路建設
遺跡概要
種別
集落
散布地
時代
縄文
弥生
古墳
主な遺構
集石
住居
建物址
土坑
主な遺物
縄文土器
石器
弥生土器
特記事項 類例の少ない縄文土器・弥生土器が出土し、古墳時代5世紀頃の住居2軒を検出。
種別:集落 包蔵地
種別
集落
散布地
時代
奈良
平安
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
住居
竪穴状遺構
掘立柱建物
土坑
ピット
井戸
柵列
主な遺物
土師器
須恵器
金属製品
石製品
ガラス小玉
鉄関連遺物
陶磁器
特記事項 東山道駅路南側側溝を発見したが、当該時期の住居が見当たらない。奈良・平安時代住居は9世紀後半〜10世紀前半が多い。奈良三彩・瓦塔の小片出土。
種別:集落 包蔵地
要約 [八ヶ入遺跡 要約]
古墳時代〜平安時代に、断続的に営まれた集落。6〜8世紀前半の約250年間は、大型須恵器甕を伴う建物址を除き無住居である。平安時代9世紀後半〜10世紀前半に最盛期を迎え、「大溝」の埋没の後、低地が水田化される。 

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