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伏津館跡発掘調査報告書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/49604
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.49604
引用表記 公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター 2019 『岩手県文化振興事業団埋蔵文化財調査報告書695:伏津館跡発掘調査報告書』国土交通省東北地方整備局三陸国道事務所他
公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター 2019 『伏津館跡発掘調査報告書』岩手県文化振興事業団埋蔵文化財調査報告書695
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書名 伏津館跡発掘調査報告書
発行(管理)機関 (公財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター - 岩手県
書名かな ふしつだてあとはっくつちょうさほうこくしょ
副書名 三陸沿岸道路関連遺跡発掘調査
巻次
シリーズ名 岩手県文化振興事業団埋蔵文化財調査報告書
シリーズ番号 695
編著者名
編集機関
公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
発行機関
国土交通省東北地方整備局三陸国道事務所
公益財団法人岩手県文化振興事業団
発行年月日 20190315
作成機関ID 03000
郵便番号 0200853
電話番号 0196389001
住所 岩手県盛岡市下飯岡11地割185番地
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 伏津館跡
遺跡名かな ふしつだてあと
本内順位
遺跡所在地 岩手県九戸郡野田村大字野田第21地割79-1ほか
所在地ふりがな いわてけんくのへぐんのだむらおおあざのだだい21ちわり79-1ほか
市町村コード 03503
遺跡番号 JG50-2353
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 400638
東経(世界測地系)度分秒 1414828
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 40.110555 141.807777
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20130902-20131128
20140410-20140818
20171016-20171207
調査面積(㎡)
7300
7000
850
調査原因 三陸沿岸道路施工に係る発掘調査
遺跡概要
種別
城館
時代
縄文
弥生
古代(細分不明)
室町
主な遺構
陥し穴状遺構
竪穴住居跡
焼土
炭窯跡
溝跡
曲輪
掘跡
土塁
切岸
武者走り状
掘立柱建物跡
土坑
柱穴状ピット
主な遺物
縄文土器
石器
弥生土器
土師器
土製紡錘車
有孔石製品
金属製品
琥珀
中国産陶磁器
国産陶器
金属製品
銭貨
動物遺存体
特記事項 弥生時代・・・南端調査区から確認した竪穴住居跡で、青木畑~谷起島式期の土器を出土している。
古代・・・南端調査区から7世紀後半の竪穴住居跡4棟が確認され、明内川沿いの南斜面に集落が広がることが分かった。
室町時代・・・15世紀後半に廃絶した城館から、計2期に亘って構築された普請及び作事遺構が確認された。種類の豊富な遺物がまとまって出土している。
要約  三陸沿岸道路施工に伴い、3カ年で計15,150㎡の調査を行った。平成25・26年度に北側の中世城館、平成29年度に南側の弥生・古代集落の調査を行い、上記の遺構・遺物を確認した。
 特に15世紀後半に廃絶した中世城館は、遺構の残存も良好で多くの遺物が出土した。検出された普請・作事遺構から、第1期の小さな曲輪を並べた簡素な戦時のための軍事的な城館から、第2期の大型の掘立柱建物跡を有する領内を支配する在地領主の居館へと変遷する城館の様子が捉えられた。中でも、第2期は曲輪1・2で構成される主郭に四面庇付き掘立柱建物跡が建てられ、中国産の高価な陶磁器が多く出土するなど伏津館の在地領主としての力が強まったことが分かる。文献から館主を知ることはできないが、残された遺構・遺物から教養と財力を持った在地領主の姿がうかがわれる。
 今回の調査で、縄文時代は狩り場、弥生時代・古代は集落、室町時代は中世城館が造営されるなど時代背景に合わせて遺構も大きく移り変わってきたことが分かった。大規模な普請と作事によって築かれた伏津館は、野田地域における室町時代後半(15世紀後半)の拠点的な中世城館と位置付けられる。

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